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冤罪探偵ハルキ [URA・Story] そして、真実のエンディング
 数日後。 「そうですか。やはり村瀬氏を殺したのは夕張氏でしたか……。MD関連の裏付け も取れた? ふむふむ……」  受話器に耳を寄せつつ、ハルキは小さく頷いていた。彼の事務所に置いてある電 話はコードレスのような最近のものではなく、あまり見なくなった黒電話だ。彼に 言わせれば、受話器と本体を繋ぐケーブルの絡まり具合が美しいのだという。 『まだ夕張本人は自白していないが、会社の彼のパソコンから例のデータの作成履 歴も見つかったし、MDの出所も大体ハッキリしている。まあ、時間の問題だろう な……』  電話の向こうは警視庁。捜査の一段落付いたサナエが、例の殺人事件の経過情報 を教えてくれているのである。 「結局原因は? ええ……会社を抜けると言っていた村瀬氏と、引き止めようとす る夕張氏のトラブルの線が強い? そうですか……ええ。ええ。はい、では、ま た」  妙に大きい音を立て、ハルキは黒電話の受話器を置いた。さして乱暴に置くわけ でもないのに大きな音が出るのも、ハルキの好む所の一つだ。  と、そんなハルキの事務所の扉が、ばたんと開いた。  入ってきたのは、一人の少女。しかし、そんな少女にハルキは「お帰り」の代わ りに、静かだが不機嫌そうな声を掛ける。 「カナン……扉はそんな大きな音を立てて閉めるものではありませんよ」 「ぶー。そんな事ばっか言ってるから、助手さんなんて三日も持たないんだよ?  せめて、お帰りくらい言いなさいよぉ」  受話器の音は良くて、扉の大きな音は悪いのだ。その辺の基準が何なのか、カナ ンと呼ばれた少女には全く分からない。   仕方ないから、少女は小さくふくれっ面をしてみせる。 「ま、いいでしょう。今度の仕事も、お疲れ様でした」 「ん。ただいま」  くすくすと笑う少女の顔は、あの結婚式場のメイドの娘とうり二つだった。 「結局あのオジさん、有罪?」  ベッドに横になりつつ、カナンは苦笑を浮かべる。 「ホントは無罪なのにさ、あのオジさん」  そう。  彼は、無罪。  村瀬キヌヲを殺した犯人は夕張ゴウイチではないのだ。  状況証拠はハルキの活躍で完璧に揃っていたし、アリバイもハルキの推理によっ て微塵に崩れ去った。  だが、彼は犯人ではない。 「しかし、彼も村瀬キヌヲもかなり強引な企業運営をしていたようですね……」  と、部屋の反対側のソファーベッドに身を持たせ掛け、夕刊を開いたハルキが小 さく呟いた。カナンの言葉など完璧に無視しているらしい。  死んだキヌヲやゴウイチのやっていたソフト会社はかなりの大会社だ。そこの若 き社長が副社長に銃殺されたとなると、新聞などもかなり力を入れて記事や調査を 行う。 「倒産した関連子会社は数知れず……中には首をくくった社長もいたそうですよ」  果ては、自社の社員を子会社に出向させた後に社員ごと子会社を切り捨てると 言った方法も行っていたらしい。そういう強引な経営手法で、彼らは自らの会社を 再構築させていったのだ。 「まあ、そーいう人達なら、ハルキのクライアントになっても当然……かぁ」  顔を埋めていた枕をひょいと抱え、カナンはその身を起きあがらせる。  彼女もかつてはそんなクライアントの一人だった。自らの力だけでは倒せない相 手を、社会的に……そして、『表向きは』合法的に抹殺するために、彼の力を借り たのだ。  彼……黒逸ハルキの力を。 「……別に好きで始めたわけではありませんよ。ただ、この社会にはあまりにああ いう輩が多いものでね……」  ハルキの実力は本物である。今までにもその卓越した推理力と正義感を武器に、 迷宮入りと思われる無数の事件を解決してきた。  だが、彼はその『完全犯罪』という迷宮を解くための力を、誤った方向に使って しまったのだ。  即ち、自ら『完全犯罪』という迷宮を組み上げるための力へと。  標的を自ら組み上げた偽のアリバイ崩しの罠に誘い込み、偽物の犯人へと仕立て 上げるための力へと。  たった一人の見ず知らずの少女……カナンという少女を救うために。 「ごめんね……ハルキ。あたしの……せいだよね?」  いつの間に歩み寄ってきたのか。ソファーベッドの背後から、カナンはハルキに ゆっくりとその細い腕を回す。ゴウイチの変装をしてMDを買い、ゴウイチの会社 に忍び込んで彼のパソコンから殺人劇の効果音を造り上げたその腕を。 「いいえ、カナン。貴方のせいではありませんよ……」  カナンの瞳からこぼれ落ちた涙をそっと拭い、ハルキは彼女をそっと抱き寄せ た。キヌヲや今までの標的達の血に染まった、その腕で。 「全ては僕の信じる正義のため、この僕の……意志です」  彼の歪んだ正義は止まらない。  目の前から、彼の言う、『悪』が滅びるその時まで。  カナンの依頼した標的が護送車に乗って運ばれていくのを見送りながら、ハルキ は自嘲気味に言ったものだ。 「僕もとうとう犯罪者と同じ、クズの仲間入り……ですね」  しかし、こうも言ったのだ。 「クズを狩るのは正義や法の仕事ではない。クズを狩るのは、我々クズの仕事です ……」  黒逸ハルキ。  数々の難事件を解決してきた、日本の誇る私立探偵だ。  だが、彼の真の姿を知る者達は、彼の名をこう呼ぶだろう。  『冤罪探偵ハルキ』  ……と。
[URA・Story 了]
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