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−Prologue−
 ルータはまどろみの中、少しだけ目を覚ました。  (『血に飢えた霧』…もう原型を維持するだけの力も残っていないの…?)  進化成長する力の代償として、『龍喰いのルタ』は存在するだけでも幾許かのエネ ルギーを消費するのだ。地下へと封印されてからの長い間で、内部に溜め込んでいた エネルギーの大半を使いきっていたらしい。  『ミストイレイザー』の核となる部分、『ドラゴンイーター』だけを切り離し、不 要な部分は一時的に退化させる。  (これで…当分はアヴィサル様を待っていられる……)  「畜生っ! もう一回勝負だぁ!」  「もう一回勝負って……お前もう金持ってねえだろ? だからミストなんて賭けた んじゃねえか」  外から聞こえる声に、ルータは再び目を覚ました。  すっかり姿の変わった『龍喰いのルタ』の額の瞳を動かし、声の主を探す。  「それ取られたら、俺は赤薔薇騎士団をクビになっちまうんだよ!」  「なら賭けんなよ。ンな大事なもん……」  だが。  (アヴィサル様じゃ………ない?)  それならば、誰であろうと用はない。  ルータは再び、深い眠りに就いた。  (ん………?)  『ドラゴンイーター』起動。  その事で、ルータは三度目の覚醒をした。  「ジェイラム……。あばよ……」  着装しているのは、前に目覚めた時に『龍喰いのルタ』の前にいた青年のようだ。  (低レベル雷撃呪文の吸収と反射……? マテリアル充足率……2%…)  だが、青年はアヴィサルではない。ルータは『ドラゴンイーター』の調整だけを行 ない、三度眠りに就いた。  「くっ……。パワーが違いすぎるっ!」  4度目の覚醒の時は、事態はかなり深刻だった。  何があったのかは知らないが、『龍喰いのルタ』へのダメージが酷い。  (機体損傷度30%……? 武器もないし…これ以上ダメージを受けると、『龍喰 いのルタ』が死んじゃう……)  見れば相手は大した相手ではないではないか。アヴィサルが着装していたならば、 今の状態の『龍喰いのルタ』でも一撃の下に葬り去るだろう。  (マテリアル充足率2%……。一回くらいなら大丈夫ね…)  左肩に残しておいた『ドラゴンイーター』を起動させ、展開させる。こちらの着装 者は何事かと驚いていたようだが、そんな些細な事に構ってはいられない。  (修復分のマテリアルくらいは貰っていくわよっ!)  「こんな虚仮威しなどっ!」  目の前のミストの剣を軽くいなし、左腕を一撃で食い千切る。まあ、これだけあれ ば今の『龍喰いのルタ』には十分だろう。  (修復が終わるまでは、一応起きとこうか……)



龍の血を受け継ぐもの
その3



#8 (エピローグ1)ライツァ商会・輸送監督

 「はぁ……」
 馬上の男は一人、小さくため息を吐いた。男の後に続く輸送隊の列を見やり、さら
にため息を吐く。
 「何でこうなったんだろう……」
 今回の仕事は簡単な仕事だったはずだ。ライツァ商会のエディーネ支店から、フロ
ス島支店へと商品の小麦を運ぶだけの。フロス島だから移動は全て船だし、輸送品の
警護は傭兵達の仕事だ。さらに言えば細かい管理は部下達がやってくれる。
 輸送監督の自分の仕事は、決定の判をポンと押すだけ。
 それがどうだ。
 いざフロス島に付いてみれば、エル・ロークは焦土と化し、フロス島支店は機能し
ていない。無論、輸送品…穀物の受け取りをする相手がいるわけでもなく。
 「どうしようか……これ」
 男は途方に暮れていたのだ。もともと平和ボケしたダナリア本店で事務一筋に生き
てきた男だから、こういう前例もない事態にきかせる機転も持ち合わせていなかっ
た。
 「そこの輸送隊、待てっ!」
 そこに掛けられた、声。
 「……こ、今度は野盗か!?」
 さらなる不幸の予感に、輸送監督は再び頭を抱えた。


#9 (エピローグ2)バティック・ライツァ(1)

 「若旦那。本当に無料で難民キャンプに提供していいんですか? 当たり前ですけ
ど、儲け全然ナシですよ?」
 「だぁぁ……。公告料よりは安いだろうが。それに若旦那はやめろ…」
 あまりにも間抜けな輸送監督の言葉に、若旦那と呼ばれた青年は小さくため息を吐
く。
 『リバイアサン』の艦砲射撃、そして『ハイマジックランチャー』攻防戦が終わっ
た今、エル・ロークはほぼ壊滅と言っていい状況だった。ファーレン軍によって難民
キャンプにも食料は提供されていたが、どうみても十分な状況とは言えない。
 そこにやって来たのが、ライツァ商会の輸送隊だった。エル・ローク壊滅の情報と
入違いになったエディーネ支店の穀物輸送隊が、壊滅したフロス島支店に卸す為の大
量の食料を持ってきたのである。
 「エディーネ支店はこの位の無理は効くだろ。帰り分の運送費まで考えたらここで
捨ててったほうが安いんじゃねえか? 今年の穀物は大豊作で相場は大暴落だって言
うしよ」
 旅の途中であちこちで聞いた話だ。その手の情報の収集量には、ちょっとした自信
がある。
 「若…じゃなかった、バティックさん……」
 前にライツァ商会の根本に関わるような壊滅的な仕事のミスを目の前の青年にフォ
ローしてもらって以来、彼には頭が上がらない。だが、輸送官はそれでも台詞を続け
る。
 「何でそこまでやれてて、ライツァ商会を継がないんで?」
 「実家はパレオが上手くやるさ。俺は好き勝手にうろうろするのが合ってるしな」
 バティックはダナリアの本店に居るはずの妹の名を挙げると、小さく苦笑した。


 「さて…と。これで食料の事は何とかなったとして…」
 輸送隊から分けてもらった当座の食料を馬から降ろし、バティックはだれともなし
に呟く。
 「後はデルタの修理だけか……」
 とは言え、こちらの方もそれほど心配してはいない。部品はそこらの大破したミス
トから失敬すればいいし、整備も手伝った事があるから大丈夫だろう。
 だが。
 「あれ?」
 自らのミストの所まで戻ってきた時、バティックは不審げな声を上げた。
 先日のジェイラムの『戦天使』との戦いで破損した所が、治っているのだ。それど
ころか、折れかけていた大剣まで完全に修復されているではないか。
 「何なんだ……こいつは…」
 『精神爆弾』攻防戦での魔力の反射、『戦天使』戦でいきなり変形した左肩の
『龍』。そして、今回の『自己修復』。
 あまりに奇怪な性能を見せる蒼いミストに、バティックは小さく眉をひそめた。


#10 (エピローグ3)ルータ(3)

 荒野を歩いていたルータは懐かしいものを見付け、ふと近寄った。
 ミスト『真紅のマンティコア』
 昔アヴィサルに城を案内してもらった時に見た、思い出のミストだ。足元まで近寄
ると、そのミストに背を預けて本を読んでいる女性がいる。多分彼女がこのミストの
着装者…。
 「あの…その本は?」
 真っ赤な装いをした綺麗な女性だ。その女性に、ルータは何の気なしに声を掛け
る。
 「これは『アヴィサルの日記』という本だが…。貴方は?」
 声を掛けられた女性はふとこちらを見、簡潔に答えた。
 だが、ルータは美女の返してきた質問よりも、アヴィサルという名前に反応してし
まう。
 「アヴィサル様の日記? 貴方、アヴィサル様をご存じなのですか?」
 その事に腹を立てる様子もなく、女性は返答を返す。
 「詳しくは知らない。何せ、500年も前の人物だからな。知りたいとは思うが、
今ではどうしようも……どうした?」
 返ってきたのは、信じられない答え。ルータは自分の耳を疑ってしまう。
 「500年って……アヴィサル様は? 生きておられないのですか?」
 「500年の時を生きるなど…余程の事でもないと不可能だろうな。第一、アヴィ
サル・スペクターは戦死したというぞ?」
 (戦死? それって…………)
 一瞬、理解する事が遅れる。
 (アヴィサル様……)
 ルータの瞳から光が消え、ゆっくりと涙が流れ落ちる。
 そのルータのただならぬ様子を見、美女はあわてて立ち上がった。
 「お前……『お前も』…なのか……?」
 そのルータの顔を正面から見たとき、美女は思わず口を閉ざす。彼女の瞳に宿って
いたのは、美女の瞳と同質の物だったからだ。少女もそれを感じたのか、こくりと小
さく首を縦に動かす。
 「そうか……」
 見ず知らずの美しい女性が、ルータの細い体をそっと抱き寄せた。アヴィサルと別
れたとき以来の、暖かさ。
 「アヴィサル様ぁ………」
 500年ぶりの泣き声。エルロークを離れた荒野に、その声が静かに流れていっ
た。


#11 (エピローグ4)『龍喰いのルタ』(2)

 「ミストイレイザー『龍喰いのルタ』、起動確認。システムチェック…全エラー訂
正完了。マテリアル充足率7%…足りない93%分、出力が圧倒的に低下しますが…
どうされますか?」
 会ったばかりの聞き慣れない少女の声が、青年の耳に届く。
 「例のミストを喰う龍があれば何とかなるんだろ? 当面はそれで補給して行こう
や」
 突然『龍喰いのルタ』のアーティと名乗り、機体の秘密を明かしてくれた少女。確
かに少女の説明ならば今までの奇怪な出来事の辻褄は合うだろう。
 しかし、自分のミストの秘密がまさかこれ程とは…青年はその真実に、小さく身を
震わせる。
 「『ドラゴンイーター』の使用は…可能です。了解しました、マスター」
 こういう遣り取りに慣れない男の声と、無機的な少女の声。時々つっかえつつ、指
示のやりとりが続く。
 「そうだ。龍の喰う対象をミストだけに限定出来るか?」
 「基本設定を変更すれば可能ですが…。それが何か?」
 「お前らアーティはどっちかってえと被害者だからな。悪いのはこんなミストを
造った俺達人間だ。そういう連中まで巻き込みたくない」
 どこかで聞いたような台詞に、ルータの反応が一瞬遅れる。
 「……了解です、マスター」
 そして。
 「…そのマスターってのは止めて欲しいんだけど…」
 「では、どうお呼びすれば?」
 少し考えた後、男は苦笑しつつ言った。
 「お前の言いやすい言い方でいいや。出来れば、口調もそれで頼む。頼めるか
な?」
 似ている……。ルータの頭に一瞬、新たなマスターの顔と、かつて愛した人の顔が
だぶる。
 (アヴィサル様……こんなに…こんなに早く戻ってきて下さったのですか……?)
 「ルー…タ? どうしても嫌ならさっきのでもいいけど…」
 「あ、はい、アヴィ…じゃなかった、バティック様っ!」
 無機的だった少女の声から、冷たさが消えた。
 (今度は私は貴方の傍を離れません。例え、この手が血に染まったとしても……)
 「最終設定終了。それでは、『ドラゴンイーター』、起動します!」
 そして、ミストイレイザーは再び動きだす。
 全てのミストを滅ぼすために。


#12 (エピローグ5)ハールーン・アイケイシア(2)

 「ハールーン様。そういえば、あの本はどうされました?」
 「あの本?」
 掛けられた声に、ハールーンは小さく首を傾げた。
 「ほら、あの『アヴィサルの日記』とかいう…」
 「ああ、あれか……」
 『真紅のマンティコア』のメンテナンスパネルを閉じ、小さく笑う。
 「あれは人にやったよ」
 相変わらずファーレン軍、教団、正統ロークの三軍に大きな動きはない。だが、最
近の情報では三軍とも偵察部隊のミストを次々と破壊していく『ミスト狩り』の対処
に躍起になっているという。
 「人に…ですか?」
 「ああ。あの本を最も必要とすべき者に…ね」
 そしてハールーンは、澄み渡る蒼い空を見上げた。


『…『墜ちたるアスカーリ』の造った黒いミストは余りにも強力だ。私達でも勝てる
かどうか…』
『…多分この決戦が終わった時、私は生きていないだろう。だが、もし生き残れたら
エル・ロークへ行き…』
『…ルータ。私は生まれ変わってでも君に逢いに行く。それまでの間、『YOU MUST 
SEEK OUT YOUR NEXT!(次の主を求めよ)』…』
(アヴィサルの日記より抜粋)
龍の血を受け継ぐもの・終劇
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