-Back-

「はぁ……」
 青年は部屋のドアをバタン、と閉じるなり、その場にだらしなく崩れ落ちた。
「ったく。何であんなに飲めるかな、あいつら……」
 行ってきたのは予備校の仲間内での飲み会である。
 仲間といっても野郎ばっかりで、女っ気や華やかさといったものとはどこまでも
縁がない。ただただむさ苦しい男どもが知り合いの家の狭い一室に籠もりきって無
軌道に飲みまくるという……年の瀬だというのに何が楽しいんだかサッパリ分から
ないイベントだ。
「ヒイロやジイさまとので強いとは思ってたんだがなぁ……」
 青年は迷惑な隣人達のおかげで日頃から飲み慣れていたから、酒精に対してのあ
る程度の自信は……あった。
 だが、完全にみくびっていたのだ。
 暴走特急なんぞよりも遥かに暴走的な、『若さ』というモノの恐ろしさを。
「はぁ……」
 再び、青年はため息。
 青年が帰ろうとした時には「二年呑みじゃぁっ!」とか何とか息巻いていたか
ら、除夜の鐘の聞こえる今頃も景気良く無軌道な宴会は続いているのだろう。そし
て、さわやかな初日の出が昇る頃には無数の死体が死屍累々というカンジで転がっ
ているに違いない。
「そいや、今年は大掃除し忘れたな……」
 薄汚れた六畳一間ワンルームの天井を見上げ、青年は呟く。もともと掃除は嫌い
ではないから部屋自体は然して汚れているわけではないのだが、やはり年末の大掃
除は気分的にしておきたかった。
 本当は今日しようと思っていたのだが、朝っぱらから悪友どもに拉致られて結局
それどころではなかったのだ。
「あ〜あ、除夜の鐘が……キレイ……だな……」
 そして、それっきり青年の意識は闇に閉ざされた。


年末年始の正しいかもしれない過ごし方 −六畳一間のOverTec.−
 青年が目覚めたのは、酒臭い空気の中だった。 「痛ぅ……」  何はともあれ、頭が痛い。  二日酔いだろう。まあ、昨日あれだけ飲まされたのだから、当然といえば当然な のだが。 「おう、あけましておめでとう」  と、その青年を明るく迎えたのは、一人の派手くさい青年と黒い服を着た老人。 勝手に点けられているTVからは「新年一番のずーむ……」とか何とか流れている 時間だというのに、二人とも既に出来上がっているカンジだ。  それどころか、誰が作ったものやら可愛らしい重箱に入ったおせち料理までつつ いていたりするではないか。 「…………あんたら、新年早々…………つつつ」  寝込んでいた『布団』からがばりと立ち上がり、二人の間にだんっ! っと割り 込もうとして……青年は再び頭を抱えた。  何しろ、頭が痛いのだ。 「なんじゃ。もう二日酔いか……。新年からだらしないぞ、若いの」  青年が踏み込むはずだった場所にあったおせちの重箱をひょいと退避させたま ま、ジイさまが呆れたように呟く。箸をくわえたままだったのでちょいとセリフが もごもごだったが。 「っつーか……何で俺の部屋……で?」  ずきずきする頭を押さえつつ、そこで青年は言葉を止めた。  酒臭い六畳一間の部屋の中に漂う、微妙な違和感に気付いたのだ。 「……あんたら。一応聞くけど、俺の部屋って掃除したか?」  返ってきたのは、当然…… 「……俺が馬鹿だった」  である。 「誰か掃除した痕跡でもあるのか?」 「ああ。何か、ちょっと違う……」  大抵の人間には、忙しい時期に限って部屋の隅の埃が気になって気になって仕方 がなくなってしまう……という悲しい習性がある。年末という事でごたごたしてい た青年もご多分に漏れず、部屋の隅の埃が大変気になっていたのだが……。  それが、何故かキレイになっているのだ。 「俺が今日来た時はお前が布団で寝てて、台所にゃおせちの重箱が置いてあったけ どよ」  なぁ、と同意を求めてきた派手男に老人もうんうん、と首肯いて返す。 「丁度六時ごろじゃったかのう。初日の出を見た後じゃったわい。よう寝ておった から、起こすのは悪いと思って二人でちょいと先に始めさせてもろうたんじゃが」  一応、こんな連中でも季節感は重視するらしい。意外と風流を解する二人に何と なく感心しそうになって……青年はようやく気付いた。 「重箱があったって……。確かにそれって俺んちのだけど……??」  端の欠けたプラスチック製の重箱は確かに自分の家の物だ。やっぱり昨日のうち におせちを作っておこうかと出しておいた物である。  悪友に拉致られて、それどころではなかったのだが。 「誰か来たのかなぁ……。泥棒が入っても、盗られるような物はないけどよ」  金もなければ貴重品もない。あるのは型遅れの電化製品と中古品の家具、それと 特売で買った生活用品だけだ。貯金はないでもないが、通帳はなくカードしか使っ ていないから仮に盗られたとしてもどうにでもなる。 「そういえば……」  そこに至って、青年はようやく思い出した。  部屋の片隅に立て掛けてある、カンオケの存在を。  そう。  カンオケである。  夏に差出人不明の宅急便で青年の家に届けられた『謎の』カンオケだ。重くて薄 気味の悪い物体ではあったが、鍵がかかっているから開ける事も出来ず、バチでも 当たりそうで捨てる事も出来なかった。  仕方ないから部屋の隅に立て掛けてほったらかしておいたら、結局慣れてしまっ て最終的には忘れてしまったのである。  慣れとは、恐ろしいものだ。 「……ま、こんなモン持ってくバカはいないかぁ」  頭が痛い事もあり、青年は一人で笑ってオチをつけた。 「とりあえず、二日酔いの薬ってあったっけ……」  がさがさと一つだけある棚を物色するが、それっぽい薬はない。  ポケットに入ったままのサイフを確かめると、青年は仕方なく近所のスーパーに 行く事に決めた。最近は正月でも開いている店が増えたから、多分そこも開いてい るだろう。 「あ、ヅミぃ。買物行くんなら、ついでにツマミ買ってきてくれ。ツマミ」 「てめえが行けっ! ……痛ぅぅ……」  無責任な派手男に叫び返した青年は、再びうずくまる羽目になった。
「鬼畜」 「外道」 「人非人」  帰ってきた青年に叩きつけられたのは、派手男と老人からの非難の声だった。 「……は?」  スーパーの袋を戸口に置いて靴を脱いでいる間にも、青年にはさらなる罵倒の声 が浴びせられる。 「全く、最近の若モンにしては少しはまともな輩かと思っておったが……。あの迷 惑者のキャプテンライスよりも最低ぢゃな」 「ああ。あんな可憐な娘を拉致監禁するような奴、正義のキャプテンライスにでも 成敗されればいいんだ」  最近この辺に現われる迷惑な(そして謎の)自称正義の味方の名前まで引き合い に出し、二人はエンドレスな陰口を続けに続けた。青年の目の前で言う悪口だか ら、陰口とは言えないのかもしれないが……。  何にせよ、青年に覚えのある事ではない。 「……って、拉致監禁って何じゃ。俺にゃンな覚えなんてねえぞ!」  二日酔いの薬はスーパーで買った時点で飲んできたから、頭痛の方もだいぶ治 まってきていた。少々叫んでも頭の方に大したダメージはない。 「儂等の口からは言えん。それが約束ぢゃからな。じゃが、自分の胸に手を当てて よぅ考えてみい。それでも思いだせんようじゃ、お前は誠の外道じゃろうな」  ふん、と鼻を鳴らしつつ、老人はいつのまに作ったのか熱燗なんかをあおってみ せる。 「だとしたら最低だな。あの悪の天才科学者Dr.アンブレッドよりもはるかに最低 だぜ」 「当然じゃ。あやつの活動は官憲に許可を取った合法活動じゃぞ。こんな輩と比べ るまでもないわ」  いつのまに作ったのか二人はお酒の進む系の簡単な料理に箸を延ばしつつ、今度 は最近この辺に現われる迷惑な(そして謎の)自称悪の天才科学者の名前を引き合 いに出す二人。 「っつーか、お前等……」  部屋の中に沈殿していた酒臭い空気が、ゆらり、と動いた。 「ンなに俺がヤなら……」  派手男と、ジイさま。 「出てけぇっ!」  壁に開けられた不法侵入用の穴から、酔っ払いの二人は勢い良く蹴りだされてい た。 登場人物紹介 一乃字ヒヅミ(俺) 予備校生の青年。被害者(笑)。通称づみちゃん。 正義ヒイロ(派手男) 赤いマフラーに白いパンタロンをまとった怪しい男。 阿久津シュウスイ(ジイ様) 黒尽くめの怪しい老爺。
続く
< First Story / Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai