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 祭は、終わった。
 ノアを仮宮まで送り届けた彼女達が『月の大樹』に戻るまでには……幾ばくかの距離がある。
「姫を見送ったら、出るわ」
 塩田の勉強を終えたノアがガディアを発つのは、数日後だと聞いていた。本来であれば既に発っている所だったが、彼女たっての希望で、祭が終わるまでは……と引き延ばされていたらしい。
 そして、姫を見送れば、アルジェントにとっても一つの区切りがやってくる。
「……そうか。ナナトは?」
 遊び疲れた幼子は、マハエの背中でくうくうと寝息を立てていた。
 彼も草原の国からこのガディアまで、たった一人でやってきたのだ。そういう意味では既に立派な冒険者ではあるが……。
「連れて行くつもり。せっかくの連れだもの」
「そうか……」
 呟くマハエから、それ以上の言葉はない。
 無言の時間を惜しむように、代わりに言葉を放つのはアルジェントだ。
「もともと気楽な一人旅だったんだもの。連れが出来て、楽しみなくらいよ」
 旅のペースは今までに比べれば大幅に落ちるだろう。
 だが、医術師であるアルジェントの旅は普通の冒険者とは少し違う。ペースが落ちた所で、大きな問題が出るわけではないのだった。
「困ったら、いつでも来いよ」
「え……?」
 ぽつりと呟かれた言葉の意味を理解するまで、かかったのはほんの少しの時間。
「その……お前一人くらいなら、面倒見るから。えっと、一応、色々教えた弟子……って事になるんだろうしな」
 それを困惑と判断したのだろう。
 慌てて付け足した言葉にも、アルジェントは無言のまま。
「え、ええっと……」
 それ以上の補足は、歴戦の冒険者であるマハエにも浮かんでは来ない。
 やがて。
 アルジェントの口から漏れたのは。
「……困った」
「…………は?」
 その一言の意味は、マハエには理解できない。
「よく考えたらナナトとかいる旅って大変だし。そもそも女の一人旅だってすごく厳しいし……」
 顔を上げて、小さくひと息。
「面倒みて!」
 放った言葉は、たった一言。
「はぁぁ!? いま出るって言ったばかりだろ!?」
 気楽な一人旅を言っていたのは。
 そして、連れが出来て楽しみだと言っていたのは、つい先ほどのことではないか。
「言った以上責任取りなさいよ! ナナトも聞いたわよね?」
「きいたー!」
 アルジェントの言葉に元気よく返すのは、背中で眠っていたはずの幼子だ。
「ちょっ! いつから起きてたお前!」
 それから、しばらくの時が過ぎて。

 別れの季節が、やってくる。



ボクらは世界をわない

エピローグ


1.旅立つもの、残るもの

 古びた『武器・防具・よろず』の看板に強引に打ち付けられているのは、作られたばかりの『治療引き受けます』の看板だ。
「ウチは専門店じゃねえから、このくらいになるが……」
 そんな店の中、算盤を弾くのは白髪交じりの中年男。
 目の前に積み上げられているのは、魔物の牙や骨、そして用途も分からない骨董品の数々だ。
「……このくらいに、なりませんか?」
「うー。付き合い長いし、しゃあねえ」
 ヒューゴの言葉に幾つかの珠を動かして、ようやく商談は成立となる。
「けど、この手の引き取りならミスティの店の方がもっと良い値段で引き取ってくれるだろ」
 半分以上は、友人としての義理で引き取ったものだ。マハエとしても、店で並べられそうなもの以外は知り合いの骨董屋にでも持ち込むつもりだった。
「買い取り拒否されたんですよ。価値の分からない物は整理するのが面倒だからって」
 らしいといえば、らしい。
「けど、お前も出るのか……」
「色々思う所がありまして」
 白衣の研究者がこの街を訪れて、既に何年になるか。酒を酌み交わすことは数えるほどしかなかったが、共に調査や探索に赴いたことは両手でも足りないほどにある。
 彼の古代遺跡や魔物に知識で、マハエがどれだけ命を救われたか……。
「で、ルービィは残るのか」
「うん! 今度、フィーヱ達を長の所には送っていくけどね。すぐ戻ってくるよ」
 古代兵は、先日の戦いで既に亡い。
 だが、残骸となってもその調査は残っている。その手伝いと、この街で出会った古代の技術をもっと深く学ぶため、ルービィはこの街に残るのだという。
「これで、全部か。大きい金がないんだが……」
「宝石で構いませんよ」
「悪ぃな」
 代わりに、値よりも少し高価な宝石を投げておく。店にとっては赤字だが、友人への餞とするならそうたいした額ではない。
「そういえば本とかはどうするんだ? 全部処分したのか」
 持ち込まれた品物の中に、彼が愛読する本は含まれていなかった。本の価値はマハエには分からないが、そちらはミスティも引き取ってくれたのだろうか。
「とんでもない。あれらを手放すわけにはいきませんよ」
「まさか、持って行くのか?」
 ただでさえヒューゴの荷物は多いのだ。それに加えて、部屋の大半を占拠している書物の類を背負うとすれば……それこそ、部屋を一つ背負って歩くようなものではないか。
「『月の大樹』に預けてます」
「……大変だな、カナンも」
 嫌そうな表情をしている店主代理の顔が容易く浮かび、マハエも思わず苦笑する。
「あたしがちゃんと面倒見るから、大丈夫!」
 力強く胸を張るルービィの様子に、『月の大樹』の店主代理に限りなく近い表情を浮かべるヒューゴを見て。
「……たまに、見とくな」
「……よろしくお願いします」
 マハエは、もうしばらく彼女達の面倒を見る事になる事を理解するのだった。


続劇

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