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8.帰ってきた……

「凄かったですわね、あの剣舞……」
 呑気に呟く忍に、アルジェント達は苦笑いを浮かべるしかない。
 明らかにアシュヴィンのそれは、相手を殺すための斬撃だった。恐らくはそれを躱しきれることは分かっていたのだろうが、もし紙一重の差を超えていれば……今頃は笑い話では済まなかっただろう。
 忍が抱えているリントなどは、彼の放ったあからさまな殺気にがたがたと震えている有様だ。
「あら? あれって……」
 そんなアシュヴィン達と入れ替わるように壇上に上がってきたのは、ノアもよく知る相手だった。
「シャーロット、頑張ってー!」
 元気よく手を振るノアに気付いたのだろう。彼女の侍従長は、口では言い表せない微妙な表情を浮かべ……。
 始まるのは、シャーロットを助手としたセリカの手品である。
 粛粛と進む手品の中、席に戻ってきたのは三人の男だった。
「ははは。なかなか手荒い歓迎だったね、アシュヴィン」
「……だから、グリフォンと呼べと言っているだろう」
 無言で座るジャバウォックとは対照的に、グリフォンの表情は険しいものだ。
「それより、話は色々ミラから聞いているよ。僕が置いていったコートも、役に立ててくれたそうじゃないか」
「やはりあれは汝の仕業か……。聞かねばならん事が、山ほどあるようだな」
「概ねは君が調べたとおりの事だと思うけどねえ」
 グリフォンの放つ苛立ちは、いつ先ほどの剣舞の続きが始まってもおかしくないものだ。
 それを飄々とした態度で躱しつつ、小太りの乱入者もその場に腰を下ろしてみせる。
「……グリフォン。この方は?」
「お主らも知っているだろう」
 だが、さすがに剣を抜くまでには至らない。
 グリフォンは憮然とした表情でアルジェントの問いに答えると、そのままステージに視線を向けて黙ってしまう。
「うぅ、分からないから聞いてるのだ……」
 思わず呟いたリントも、じろりと一瞥したグリフォンの視線を受けて、それきり黙ってしまう。
 無論、他の者達には、今までの話の流れから男の正体が何者かなど明らかだった。
「丘の上の……って、本物の?」
 見覚えがあるのは、以前からガディアにいたマハエや忍、ターニャくらいだろう。後の者達は、噂や報告でしか聞いたことのない人物である。
「そうだよ。ほら、ジャバウォック君ともそっくりだろう」
「……ホントだ」
「そっくりね……」
 男の言う通り、いくらかジャバウォックのほうが痩せてはいるが、基本的な顔の造形はほぼ同じ物。ジャバウォックが幽霊と呼ばれていた頃であれば、もっと似ていたはずだ。
「……あなた」
「貴女がノア・エイン・ゼーランディアのオリジナルか。なるほど、確かに姫にそっくりだね」
 アルジェントの言いたいことに気付いたのだろう。
「マーチヘアと呼んだ方がいいの? それとも、ダンプティと呼んだ方が?」
「おや、ダンプティの名前まで知られているのか。ま、どちらでも構わないよ」
 小太りの男は穏やかに微笑むと、グリフォンの隣に腰を下ろし。
「とはいえ、せっかくの後夜祭だ。積もる話は後にして、今は彼女達の手品を楽しもうじゃないか。な?」
 手品を終えたセリカ達に、盛大な拍手を送るのだった。


 ディスが律達のいる席に来たのは、セリカ達が手品を終えたのとほぼ同じタイミングである。
「ミラ、久しいの!」
「アスディウス。無事だったか」
「ディス。モモは?」
 コウ達と一緒にいたディスを呼びに行ったのは、龍族の娘だった。その割には、呼びに行った彼女が帰ってこない。
「次は自分の番らしくてな、そのままステージに行ってしまったぞ」
 ステージではセリカ達の手品も終わり、街の住人の寸劇が始まっている。モモの出番はその後なのだろう。
「それよりもディス。我らの使命が果たされたぞ」
「……どういう事じゃ」
「我らを生み出した『彼女達』の捜しものの事だ」
 ミラの傍らで真剣な表情をしているのは、ディスもよく知る三人だった。
「カイルとジョージと……律が?」
 彼女達が探していたのは、一組の父娘と、一人の夫。
 確かに三人とも古代人で、かつカイルとジョージは父娘ではあるが……。
「そうか。おぬしらが、そうであったか」
 つい最近まで命令そのものを忘れていたディスとしては、そうとしか言えずにいる。
「てか、なんで気付かないんだよ……」
「律としか呼んでおらなんだからの。それよりカイル、おぬしこそ本名を早よう名乗っておれば……何年ガディアにおったのじゃ」
「俺だってそんな細かいことまでポンポン思い出してたわけじゃねえっつの」
 本名を思い出したのも、つい最近のことだ。
 ジョージという娘の存在も思い出しはしたが、当時の記憶にある彼女と今の彼女では隔たりがありすぎて、今ひとつ実感が沸かずにいる。
「で、いつ出かける」
 ミラとディスの使命は、創造主たる彼女達の家族を探しだし、彼女達の元へと連れて行くこと。それを果たしてこそ、二人は自らの使命から解放されるのだ。
「今から…………ってワケにはいかねえか?」
 律の顔は、今までに見たことのないほど真剣なもの。一人だけで行ける所であれば、間違いなく飛び出していったことだろう。
「そうだな。彼女達の城は平野の国の中部、ニカグニのさらに彼方にある。それなりの準備はしておかねば拙かろう」
 平野の国とは言え、南部は山岳の国から伸びる山地の掛かる場所。難所も多く、その果てまで目指すとなれば、ここから王都に向かうようにはいかないのだ。
「それに、私にも少々やる事がある。もう少し、待ってはくれんか」
「ディスは知らないのか? 道を教えてくれれば、一人でも構わねえ」
 そう言ってディスの方を見れば、彼女は首を小さく振るだけ。その様子から、彼の地への導き手はミラしかいない事を知る。
「純情一直線じゃの。カイル、ジョージ、おぬしらはどうじゃ」
「そりゃ、一日でも早く行きたいのは山々だけどよ」
「自分たちも、挨拶くらいはして回りたいですし」
 ガディアにも世話になった者達は多い。この件についての報告も、出来るならばしておきたかった。
「りっつぁん。お前も今すぐってわけにはいかないんじゃないか?」
 言われ、律も黙ってしまう。
 確かに彼にも、いくらか借りのある相手が残っているのだ。
 そして。
「モモじゃ。火吹き芸をするぞ」
 モモの吐く一切の仕込みなしの炎が、彼の眼前を赤く染めていく。


続劇

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