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2.激闘! 屋台村

 打撃の快音が響く『月の大樹』のカウンター。
「ねえ、マハエ」
 そんな惨劇を尻目に声を掛けられたのは、朝のコーヒーを楽しんでいた男だった。
「ん?」
「……どう?」
 遠慮がちにそう言って、くるりとその場で回ってみせるアルジェントに……マハエは首を傾げるしかない。
「どうって……姫様も祭りに行くんだろ。警備は大丈夫なのか?」
 少し離れた席でナナト達と話しているノアも、アルジェント達と同様、二階で浴衣を着付けてもらっていた。
 タイキやシャーロットの姿が見えないが、ハートの女王がいなくなり、泰山竜の脅威も無くなったとは言え、ノアの安全が完全に保証されたわけではもちろんないのだ。
「…………バカ」
 思案顔のマハエにアルジェントは小さく呟き、そのままどこかに行ってしまった。
「……女の考えることは良く分からん」
「…………ありゃ、おめぇが悪いよ」
 律だけではない。カウンターのアシュヴィンでさえ、マハエに非難の視線を向けているではないか。
「……そういう歯が浮くセリフは、カイルにでも任せとけば良いんだよ」
 分かっては、いるのだ。
 あの時、アルジェントがどんな言葉を要求していたのかくらい。
 だが、それが分かっていることと、口に出来ることについては……マハエの中では、山よりも高く海よりも深い差があったのだ。
 それをひょいと飛び越えるカイルは凄いとも思うし、真似できないとも思う。
「お、そろそろ始まりか」
 そんな事を考えていると、遠くに小さな破裂音が響いてくる。ミスティが祭開始の合図として依頼を受けたという、花火の音だ。
「さて。それじゃおっちゃんはボチボチ出かけるかね。良かったらみんなも、俺の店に来てくれよなー!」
 そんなマハエの肩を叩き、律は『月の大樹』を後にするのだった。


 ガディアの象徴たる大樹を擁する、中央広場。
 街道から続く通りからここまでにずらりと並ぶのは、無数の屋台の群れである。
 その中の一件の前を占領していたのは、小柄なドワーフの娘と、二人の少年だった。
「アギー! 今度はこれがいいなー。ダイチは?」
 食べ終わった串焼きの串を店の脇に置かれたゴミ箱に放り込みながら、次の品定めをするのはドワーフの娘だ。
 さすがに今日はいつもの鎧や大盾ではなく、『月の大樹』で着付けてもらった浴衣姿である。
「じゃあオイラはこっちと、こっち!」
 そんなルービィに張り合うように追加の注文をしてみせるのは、やはり今日は槍を携えていない、ダイチだった。
「はい」
 二人の指した串をアギは手早く取り上げると、慣れた手つきでグリルの上に並べていく。小さく切られた肉片は、赤く輝く炭火の上、すぐに良い匂いを立て始める。
「タイキはどうする?」
「え、ええと……僕は、これだけで」
 そして最後の一人。
 ダイチの弟は、一番小ぶりな串を一本指しただけだった。
「えーっ。それじゃ、全然足りないでしょ?」
「そうだぞ。大きくなれないぞ」
「大丈夫ですよ……」
 体格はタイキとほとんど変わらないはずなのに、既に二人はタイキの三倍以上を食べ歩き、いまだ表情一つ変える様子もない。
 一体どこに今まで食べた料理が収まっているのか、それがタイキには不思議でしょうがない。
「そういえばダイチさん。これの事、ルービィさんは知ってるの?」
 焼けた串をダイチに渡しながら、小声で問うのはターニャである。
 ルービィが指した串の中には、アギの用意した食材もいくつか混じっていた。タイキはおろかダイチでさえ表情を変えるそれを、女の子であるルービィが食べて果たして平気な物なのか。
「いや、オイラは言ってないし、知らないと思う……」
「あの、ルービィさん」
「むぐむぐ……にゃ?」
 ターニャの視線を受け、遠慮がちに声を掛けるアギに。串焼きを頬張りながらのルービィは、小さく首を傾げてみせる。
「それって……実は……」
 ぼそぼそと呟かれたそれに、タイキは露骨に顔色を変え。知っているダイチでさえ、苦笑いを浮かべてみせるが……。
「へー。そうなんだー。じゃ、もう一本ちょうだい!」
 口の中のそれをごくりと飲み下し、ためらうことなく残りをさらに口の中へ。
「…………平気なのか? ルービィ」
「別に……。美味しいよ?」
 さらに追加で頼んだ同じ串焼きを迷うことなく平らげて。
「ねえねえ。今度は、あっちに行ってみようよ! お菓子コンテストの優勝したお菓子があるんだよ、確か!」
「おーっ! じゃあ行くぞ、タイキ!」
「あう…………」
 収穫を祝う祭は始まったばかり。
 そしてルービィ達の祭も、まだ始まったばかりなのだ。


 辺りに漂うのは、ソースの焦げる香ばしい香り。
 その中心で程よく焼かれたお好み焼きを頬張っているのは、鎧姿の青年だ。
「なー、ふんどしー。殴られ屋ってどこでやっとんの?」
 ネイヴァンである。
「お前それ、カイルの前でしねえ方がいいぞ」
 片面が焼かれたお好み焼きを手際よくひっくり返しながら、お好み焼き屋の店主は苦笑い。
 ジョージが祭の屋台で、殴られ屋をやろうとしていた事は記憶に新しい。以前は早々に彼女を女性と見抜いていたアルジェントに止められていたが、次にやろうと言い出した時は、カイルにも全力で止められたのだ。
 結局、ジョージの殴られ屋は実現しないまま当日を迎えている。
「殴られ屋って何なのだ」
「ヒャッホイ出来る所や!」
「…………ロクな所じゃないのは良く分かったのだ」
 鉄板の脇でぱたぱたとうちわを扇ぎ、下の炭火に空気を送っていたリントは、そう言ってため息を一つ。
 ネイヴァンがヒャッホイと言った時にはロクなことがないというのは、この街でリントが学んだ多くのことの一つだった。
「まあええわ。また何か分かったら教えてな」


続劇

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