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20.ボクらが救った世界

「終わった……のか……?」
 青い炎を振り払い、立ち上がったのは赤い髪のルード。
「……あの野郎、勝ち逃げかよ」
 手応えはあった。しかし、そこに女王を名乗った壊れルードの姿はない。
「竜を倒した時点でわらわ達の勝利じゃよ。試合で勝って勝負に負けておれば世話無いわ」
 十五センチの小さな身体からすれば、百五十メートルの巨大竜はもはや山にしか感じられない。だが断末魔と共に崩れ落ちたそれは、もはやガディアを脅かす脅威とはなり得ないものだ。
「フィーヱ……」
 そしてコウが視線を向けるのは、もう一人の黒いルード。
「詳しいことは、後で話す……よ……」
 ビークに仕込んだ魔晶石を外すと、黒衣の娘はそう言い残し、その場にゆっくりと崩れ落ちる。
「ふむ、それで良い」
 緊張の糸が切れたのだろう。
 抱き留めた腕の中。安らかな寝息を立てるフィーヱに、ディスは穏やかに微笑んでみせるのだった。


 全機関停止。
 竜鱗を砕き、竜の全身に破壊の衝撃を貫き徹した右腕に至っては、その負荷に耐えきれず、根元まで砕け散っている。
 二人の乗員が地面に降り立つと同時。負荷の限界を超えた足首と膝が、耐えかねたように破砕音を立てて折れ曲がり……。
「……ありがとう、ございました」
 ずん、という巨体の崩れ落ちる音は、ジョージが想像した以上に軽いもの。
「グリフォン! お前、ハッチ吹っ飛んでるのにブレスなんて吹き付けるなよ!」
 だがそんな感傷を吹き飛ばすように、背後に降り立った男の声が響き渡る。
「お前達が吹けと言ったのではないか」
 上空から降りてくる黒龍も、既に龍の形は成していない。ジョージ達のよく見知った男の姿となっている。
「死ぬか思ったわ! ウチの娘が傷物になったらどうするつもりなんだよ!」
「別に……気にしませんし」
 グリフォンもさすがに加減はしたのだろう。操縦席に伝わった雷光の衝撃は、少々痺れが残る程度で、さほどの物ではない。
 そもそもこの程度の怪我など、今までの仕事からすれば怪我のうちにも入らなかった。
「お前は気にしろ!」
「ははは。そうなれば、グリフォンが嫁にもろうてくれるわい」
 傍らに降りてきた桃色の龍も、既にいつもの少女の姿へと戻っている。
 龍族からすればどちらが本体なのかなど、ジョージには分からないが……少なくとも彼女の基準では、いつもの少女の姿こそがモモの普段の姿なのだった。
「ンだと!? ウチの娘をそう簡単にやれるか!」
「いや、結婚は結構……」
「ンだと!! ウチの可愛い娘がいらないだと!」
「……結局どうしたいんですか、カイルさん」
 困り顔のグリフォンに小さく微笑みかけてから、ジョージは困ったようにため息を吐いてみせる。


 倒れ込んだ竜の口から姿を見せたのは、真っ赤に染まった少年達だ。
「どわぁぁぁっ!」
「ふぅ。死ぬかと思いました」
 いつもの白衣も、さすがに真っ赤に染まっている。
 もちろん自身の怪我ではなく、全ては竜の返り血だ。
「兄さん! 皆さん、大丈夫でしたか!」
 弟の言葉に、巨漢も無言で頷いてみせる。
「もう、ぐらぐら揺れて大変だったよー。竜のお腹はもうたくさん!」
 ガレキには呑み込まれ掛けるし、熊とは戦うし、大変のひと言では済まない所だった。アギの兄が来てくれたから何とか脱出できたものの、そうでなければいまだにルービィは竜の腹で迷ったままだったろう。
「ですが、何とかなったようですね」
 竜の肺を砕いた時に伝わってきた、外からの圧倒的な衝撃。それがとどめとなったことは、体内にいたヒューゴ達にも理解できた。
 もちろんその一撃を放ったのが何者かまでは、神ならぬ身故に分からなかったけれど。
「ああ。あの古代兵が動いてな」
「…………え?」
 だが、律の言葉に、赤い白衣の学者は動きを止めた。
「ほらあれ。もうボロボロになってるけどな」
 右腕は砕け、膝から折れて崩れ落ちている。もはや動くことはおろか、修復することも難しいだろう。
「あ、ヒューゴ。おーい」
「ダメだ、へんじがない」
 動力は。
 戦い方は。
 ここまでの移動方法は。
 恐らくは竜の腹の中で受けた桁外れの一撃も、古代兵の攻撃だったのだろう。
「…………」
 自分は一体、何を見損ねたのか。
 それをようやく理解して、ヒューゴはもはや言葉もない。
「でもあれ、今までずっと動かなかったよね? どうしたの?」
「ああ、それは……」
 言葉を濁す律達のもとに聞こえてきたのは。
「おーい! 大丈夫かー!」
 街からやってきた、馬車の音だ。


 ディスとグリフォンから聞かされたのは、古代兵が動けた原因……そして、ぬこたまについての顛末だった。
「そうか……リントの奴が……」
 この戦いが始まる前、二人はリントから聞かされていたのだ。
 ぬこたまの真の力について。
「うむ。暴走すれば戻る術が無い事は、気付いておったよ」
 そして、暴走した時の処置について。
「だからディスとグリフォンに……」
 魔晶石化の出来るルードか、あるいは力ずくで倒せる龍の力か。
「ああ。我らしか、止める方法はなかったろうからな」
 だから作戦会議が終わったあの時、その場に残っていた龍族と、もしもの時に判断を下せるルードにその想いが託されたのだろう。
 他の者達に話せば、止めるだろう事は分かっていたから。
「ネコさん……」
「だからって、そんな事しても……誰も喜ばない」
 馬車に乗って支援に来た忍やセリカが目を伏せた、その時だ。
「にゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 辺りに響き渡るのは、聞き慣れたネコの絶叫だ。
「…………は?」
 声のした方を見れば、そこにあるのは……。
「ナナ……?」
「にゃ?」
 見慣れた二足歩行のネコを抱きかかえている、ナナトの姿がある。
「なんで……え……?」
 両手の塞がったナナトが視線で示すのは、近くの茂みだ。
「そこにいたよー?」
 周囲からの視線に、ぬこたまはばつが悪そうに明後日の方向を向いている。
「え、幽霊……じゃないよね?」
 足もあるし、ナナトが掴んでいるということは、実体もあるのだろう。聖職者でもあるアルジェントの方を見ても、小さく首を振ってアンデッドである事を否定するだけだ。
「なんで死んでおらんのじゃ、おぬし」
 ルードの結晶化の秘儀は、対象の生命エネルギー全てを吸い尽くす事で成立する。故に、生命力を加減して吸い上げるといった事は出来ない。
 その、はずなのに。
「ディスの魔晶石化がへたくそだったのだ」
 恐らくは規格外過ぎる暴走ぬこたまのエネルギーを、ビークが結晶化しきれなかったのだろう。
 それだけ、ぬこたまの真の力は大きな物だったのだ。
「そこは上手くやったと言えい!」
 だが。
「ねこさーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」
「リントーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 そんな検証など全て吹き飛ばす勢いでやってきた忍とセリカの抱擁に。
「ギニャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 ガディアの森に響き渡るのは、いつもと変わりないぬこたまの悲痛な叫び声。

「せやチャラチャラ! 何やあの最後の! お前だけヒャッホイしまくりやないの!」
「うるせえ、ありゃこっちの切り札なんだよ! お前みたいにバカスカ撃ちまくったりしねえの!」
 それを見て、思い出したようにネイヴァンとカイルはいつもの言い争いを始め。

「そうだ。あたし、お腹空いちゃった。忍、帰ったら何か作ってー!」
「はいはい。何が食べたいですの?」
 ルービィも忍に、街に戻ってから食べたいものの話を。

「ミスティさん。泰山竜の肝で、薬って作れませんか?」
「大丈夫だと思うけど、律ー」
「どしたー」
「あんた、竜に毒矢って使ったんでしょ? ウチで買った奴」
「え、律さん…………」
 アギ達も、ミスティと竜の処置に対する打ち合わせを始めている。

「おーい。おまえら、いい加減に撤収するぞー! 手伝えーっ!」
 そしてマハエの声が響き渡り。


 戦い終わって、ガディアは今日も、平和であった。


続劇

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