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14.さらば英雄

 バルコニーに続く間の二つの出入り口を挟むのは、黒い仮面のルード達。
「こいつらって……」
「ハートの女王の手勢だそうだ」
 武器を構えたセリカ達につまらなそうに答えてみせるのは、かつて戦友であった冒険者。
「やはり、混乱に乗じて……」
 十五センチの小さな身体は、味方にすれば頼もしいが、敵に回せば厄介なことこの上ない。取り出した鞭でその動きを牽制しながら、セリカはその事を嫌と言うほど思い知らされていた。
「ま、そういうことらしいけど……実際はどうなんだろうな。強い貴晶石は狙ってるみたいだけど」
 エルフ、王女、伝説の幻獣、神を宿したとされる娘。
 この間にいる者達だけでも、その心当たりのある者には事欠かない。
「まあ、これも依頼でな。……申し訳ないが」
 第一波の攻撃を凌ぎきった娘達に放たれるのは、容赦ないトランプの兵隊達の第二波だ。
 だが、第二波が来るまで、娘達も手をこまねいていたわけではない。
「タイキ、姫とナナトを!」
「はい!」
 窓のない壁を背に、ノアとナナトを守るように杖を構えたタイキ。そしてその前に構えるのは……。
「シャーロット」
 エルフの娘と。
「久しぶりね。腕は鈍っていない?」
 その相棒だった侍女の長。
「……こっちの台詞」
 エルフの娘がどこからともなく無数のナイフを取り出すと同時。
 その戦端は、開かれるのだった。


 漏れる叫びは、大地に打ち落とされる巨大な脚の衝撃音にかき消され、先まで届くことはない。
 ただ一人を除いては。
「大丈夫か!」
 傷だらけの冒険者をギリギリの所で救い出したのは、重装の戦士だった。
「いや、こっちはもうダメだ」
 足を攻撃していた男達の表情には、疲労の色が濃い。どれだけ攻撃しても反応のない巨大竜に、肉体的にも精神的にも消耗しきっているようだった。
「そうか……頭の方に回復魔法使える奴らがおる。はよ合流し」
「助かる! ここは……任せて良いか?」
 既に他の冒険者達も後退している。何とか踏ん張ってきたが、彼らももう限界だった。
 ガディアを守り切れないのは悔しいが……。
「おう」
 その想いを受け継ぐように、重装の男は分厚い甲冑の胸を叩いてみせる。
 だが。
「……ただ、俺もう武器が壊れてもうてん」
 呟くのは、少しだけ弱気なひと言だ。
「だったら俺たちの武器を使ってくれ。安物だが、ないよりはマシだろ」
 男のその言葉に、冒険者達は自分たちの腰に下げていた剣や槍、斧などをその場に次々と突き立てていく。
「すまんな。お前らもはよ戻り」
「ああ。絶対に倒してくれよ!」
 そして傷付いた冒険者達は自分たちの武器を残し、肩を組んでその場から退いていく。
「さてと」
 そして、男は残された武器をそっと取り上げる。
 大斧の具合を確かめるかのように何度か振って、口元に浮かぶのは……満面の笑み。
「邪魔モンもおらんなったし、武器も手に入ったし!」
 安物ではあるが、ないよりははるかにマシだ。
「行くで! ヒャッホォォォォォォォォイ!」
 既に顔も覚えていない冒険者達の武器を手に、ネイヴァン・アスラーム・ジュニアは高らかな叫び声と共に竜に向かって突撃していくのであった。


 栗色の髪のルードが一同に向けるのは、戦士としての表情ではない。
「これだけの巨大怪獣や大魔法のぶつかり合いなんて滅多に見られませんよ。出来ればゆっくり見物したいんですけど……ダメですか?」
「ならあたしはその間に、アンタの背中をばっさりやらせてもらうぜ」
 あくまでも戦うつもりなのだろう。
 片手剣の切っ先を鋭く突き付けるコウに向けるのは、かつての彼女が見せていたそのままの、どこか困ったような笑み。
「お前の見立てでは、どうじゃ? あの三人で泰山竜に勝てそうか?」
 だが、戦う意思を見せたのは彼女だけ。傍らの黒いルードは肩に負っていた大剣を下ろし、気さくな様子で声を掛けてみせる。
「ちょっとディス!?」
「さあ。難しい所じゃないですかねー? さっきの毒もボチボチ効いてるみたいですけど……」
 巨竜の動きはハートの女王の言うとおり、心なしか鈍っているようにも見えた。
 しかし……。
「何せ、肝心のぬこたまが……」
 その言葉と同時、ぬこたまが放った怪光線が向けられたのは……敵対する巨竜ではなく、味方であるはずのグリフォンとモモだった。
「……制御出来てませんしねぇ」
 深い暗闇の如きぬこたまの瞳からは、一切の感情を感じとることは出来ない。けれどそれが故意ではないことは、自らマタタビ酒を呑んだ彼の性格からして間違いは無いだろう。
「こら、リント! 何やってるんだ! そっちはアシュヴィン達……じゃない、グリフォンだから、味方だろうがっ!」
 赤く輝く巨大猫は律の言葉に反応したか、ちらりと律を見遣り。
「み゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「どわぁっ!」
 放たれた怪光線を、すんでの所でかわしてみせる。
 龍の姿となったグリフォンならダメージだけで済むそれも、人間サイズの律が受ければ致命傷は免れない。
「ふむ……そろそろかの」
 その様子を眺め、ディスは下ろしていた大剣をゆっくりと肩に担ぎ直す。


 眼前を覆う炎の壁を抜けきれば、目の前に迫ってきたのは身ほどもある巨大なナイフ。
 無論、空中にある十五センチの小さな身では、受けきることも、避けることも出来はしない。
「……残念」
 迫る黒仮面が、空中での姿勢制御用の装備を身につけていないのが幸いした。炎の壁を正面から抜けてきた相手は、セリカの投げナイフで十分に対応することが出来た。
「炎の壁は視界が塞がれるからやめてって言ってるでしょ!」
 それにここは室内だ。どこかに引火すれば、一転して状況はこちらの不利になってしまう。
「……忘れてた」
 相棒の叱責に腕の一振りで炎の壁をかき消して。
 次に迫る相手に突き付けるのは、ナイフを持っていた逆の手だ。
 楽隊の指揮を行うかの如く指先を振れば、今度は壁から盛り上がってきた土の障壁が予想外の方向から黒仮面を呑み込んでいく。
「そう言って、さっきもやってたわよね……ちっ!」
 その後ろに控えていた黒仮面は、味方が呑み込まれた土壁を踏み台に大跳躍。セリカとシャーロットの頭上を飛び越え、屋根を蹴ってその奥に向けて加速する。
 射撃も、魔法の壁の展開も間に合わない。
 歴戦の二人の挙動よりも早いそれに…………二人が出来ることは何もない。
 いや、何をする必要も、なかった。
「えいっ!」
 短剣を構え、最奥の姫君に迫る黒仮面を阻むのは、光の壁。
 セリカやシャーロットのそれではない。
 ノアを守るように立つ、幼子の手から放たれたものだ。
 衝撃に弾き飛ばされた所を、共に立っていたタイキの杖から放たれた氷の刃が打ち貫く。
「とはいえ、ちょっと数が多い」
 一体二体なら、後ろに逃してもこうしてナナトやタイキがフォローしてくれる。だが、この狭い空間ではセリカや天候魔術師の得意とする魔法の大半は十分な威力を発揮しきれない。
 場所を変えようにも、外に出るためのバルコニーも、廊下への出口も、黒仮面達に塞がれたままだ。
「セリカ、危ないっ!」
 一瞬ぼうっとしていたセリカに向けられた黒仮面の刃を、シャーロットが身を挺して庇おうとして……。
 吹き飛ぶのは、迫っていた黒仮面。
 そこに突き立つのは、その場に居る誰も使わないはずの武器。ボウガンで使われる太めのボルトだ。
 廊下の入口からその矢を放ったのは。
「大丈夫か、おまえら!」
 白髪交じりの髪の、中年男。
「マハエ!」
「つか、仮宮から火が出てたから何かと思ったら……なんで姫様が逃げてないんだよ」
 セリカの炎の壁が見えたかどうかしたのだろう。魔法の炎は煙は出さないが、さすがに燃えさかる炎は遠くからでも目立つ。
「色々あったのよ。忍達は?」
「竜防柵の辺りで作業してるよ。あっちはカイルとミスティがいるから平気だ」
 男も敵と認識したのだろう。襲い来る小さな黒仮面をショートソードで叩き落としながら、マハエは敵の陣容を確かめていく。
「……フィーヱもいるのか。とりあえず、こいつらを追い払えば良いんだな」


 森に響き渡るのは、鋭い……とは微妙に言いがたい咆哮だった。
「み゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 間が抜けていても、威力は本物である。泰山竜を直撃した光線はそのまま大きく振り抜かれ……。
 続いて焼き尽くすのは、森と近くに居た冒険者達だ。
「リント! 正気に戻って! 敵はそっちじゃないよっ!」
 もはやターニャ達の声も届く様子はない。ただただ、強い攻撃をしてくる相手を敵と認識し、そちらに向けて膨大な威力を持つ光線を放つだけだ。
「み゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 巨大竜の竜頭の一撃を食らい、吹き飛ばされる巨大猫。
 その隙を突いて、周囲を舞う二頭の巨龍が炎と雷光のブレスを、アルジェントが氷の渦を叩き付ける。
「あれが効いてるのがせめてもの救いか……」
 魔力を喰らう泰山竜とはいえ、さすがに体表から魔力を取り込むような真似までは出来ないらしい。高熱と極低温の挟み撃ちによって崩れ去た竜鱗の下を狙い、律は残された矢を放ってみせる。
「けど、これじゃ三人ともリントさんにやられちゃいますよ……」
 アギの言葉に、誰も言い返すことは出来ない。
 俊敏な飛翔を繰り返すモモとグリフォンに、ブレス攻撃を持たない泰山竜の攻撃はそう当たるものではないが、リントの怪光線は別だ。
 薄桃の巨体も黒い巨体も、既に幾度かの光線の直撃を受け、明らかなダメージが見てとれた。アルジェントはリントの視界に入っていないようだったが、それも時間の問題だろう。
 確かに暴走したリントであっても、泰山竜の注意を引きつける役割は果たせているのだが……。ブレス攻撃の余波をリントが自身への攻撃と認識することも少なくない。この優勢な状況がいつまで続くかは、微妙な所だった。
「ならば、行くしかないの」
 そう言って一歩を踏み出したのは、十五センチの小さな姿。誰かがその名を呼ぶよりも早く、赤く輝く巨大猫の頭上に向けて跳躍する。
 増加装甲に換装した両の脚が赤い光に焼かれるのも構うことはなく。
「静まれ! リント!」
 その眉間に突き立てられたのは。
「み゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 ディス自身の身ほどもある大剣だ。
「っ!?」
「ディス姉……っ!?」
 ただの気付けの一撃ではない。
 内部機構を展開させたビークの一撃が意味する所は……ルードであるコウやハートの女王だけではない、他の誰にも理解できた。
「何やってるんだ、おめぇ!」
 理解していたが故に、その行為を理解できずにいる。
「見て分かろう! ……約束は果たすぞ、偉大なるチェシャーの英雄よ!」
 大剣から放たれるのは、赤い光。
 相手の生命と魔力を吸収・圧縮し、結晶化させる、ルードの奥義。
「み゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 巨大猫を包む赤い輝きが少しずつ鈍り、ディスの脚を焼くぶすぶすという音も小さくなっていく。
 その代わりとなるように、大剣の中央に形作られるのは……魔晶石と呼ばれる力の結晶体だ。
「リント!」
 叫ぶ律に、ちらりと視線を向けたのは、赤く輝く巨大猫。
 感情を見せることのない黒い洞穴の如きその瞳に、わずかな彼の意思を感じ取り……。
「お前、分かって…………っ!」
 律とリントの間を阻むのは、ディスの大剣から放たれる強い強い輝きだ。
 その輝きのカーテンの向こう。
 律には、リントが僅かに微笑んだような気がした。


続劇

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