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20.山、動く

 そこにあるのは、単純な理屈。
 同じ技のぶつかり合いなら、より威力の強い方が勝つ。
「コウっ!」
 戦いを制したのは、先出しのコウを力任せに吹き飛ばしたハートの女王だった。
「せっかく同族殺しまでしたのに、殺し損みたいですいませんね。……ああ、同族殺しが大好きなら、殺し得っていうんですかね?」
 技を解いたハートの女王のビークには、既に新たな魔晶石が装填されている。倒れ、動けぬコウに、トドメとばかりに放たれるのは蒼い炎の二撃目だ。
「同族殺しなんかじゃない!」
 だがその一撃は、コウに届くことはなかった。
「ルービィ……」
 直線軌道の一撃は、その前に立ちふさがった巨大な盾の中央でしっかりと受け止められている。
「あたしに優しくしてくれて……みんなのために怒って……。そんなコウが、アリスやあんたと一緒なわけがないっ!」
 蒼い炎と、信念に支えられた力。
 ぎり、と奥歯を噛み締めて、ルービィは力任せに蒼い炎を弾き飛ばす。
「あらら……。やっぱり、ドワーフが相手だとパワーが違いますねぇ」
 もっとも彼女にとっては、技の一つを受け止められ、返されただけだ。間合が仕切り直しになっただけで、何のダメージを受けたわけでもない。
「で、フィーヱさんはどうするんです? この場の勢いに乗ってボクを倒しますか?」
 彼女の言葉の中に、挑発の色はない。
 先にそんな牽制を掛けて、フィーヱの攻撃を封じようという意図もない。彼女の性格なら、必要と思えば容赦なく攻撃を掛けてくるだろう。……例えコウが一対一の決着を望んでいようが、考慮などしないはずだ。
「……そうだな」
 故に、フィーヱはハートの女王の言葉など関係なく、ビークを構える。


 『夢見る明日』での祭の支度は、終盤を迎えつつあった。
「…………っ?」
 そんな中、アギは仕事の手を止め……包丁を置いて打ち合わせたのは、両の掌だ。
 気を乗せた音を放ち、辺りの気配を探る術である。
「どうしたの? アギ」
 無論、周囲に気配を探らねばならない相手などいるはずもない。今はそんな事よりも、串焼きの準備をする方が大事なはずなのだが……。
「いえ。何だかすごく禍々しい気が北の方に……どの辺りだろう」
「お前のその技って、そんな広い範囲で調べられるのか?」
 隣でお好み焼き用のキャベツを切っていた律の問いに、アギは静かに首を振ってみせる。
 彼の力が届くのは、打った手の音が届く程度の範囲でしかない。それは質問をした律も知っているはずなのだが……。
「……そのくらい強力な力を持ってる相手って事?」
 はるか北の地で、一体何が起こっているのか。
 ターニャは小さく息を呑み、北の山並みに視線を向けるのだった。


「その辺は割り切る性格でね。アリスも、農場で働いてるルードもいなくなって人手も足りないだろ?」
 彼女が歩み、立つのは……。
「ああ、農場にも寄ったんでしたっけ?」
「一人もいないってのはどうよ。使える駒の一人や二人、残しておけばいいのに」
「実を言うと、そんなに人が集まらなかったんですよねー。信用できそうなのもいなかったから、まあいいやって」
 彼女の言葉に穏やかに答えを寄越す、ハートの女王の傍らだった。
「フィーヱ姉……?」
「言ったろ、コウ。……お前は壊れルードなんかじゃないって」
「壊れてるのは、あんただったって事か……!」
 大剣を構え、赤い娘は立ち上がる。
 その瞳の奥に宿るのは……怒りと、憤りの緋い色。
「俺にもやらなきゃならない事があるんだよ」
 小さくそう呟いて、女王の側を向く。
 まだ彼女の答えは聞いていなかった。横に並んだ途端に、胸元にビークを突き立てられてはかなわない。
「まあ、手伝ってくれるのはありがたいんですが……」
 女王の答えは、拒絶でも、歓迎でもない。
 どこか微妙な……苦笑いだ。
「あんまり、関係ないかもしれませんね」
 何故? と問い返す暇も無く。
 滝の向こう側、魔晶石農場のある洞窟に、巨大な炎の柱が立ちのぼる。


 『月の大樹』で小さな体をビクリと震わせたのは、遅い朝食を食べていた幼子だった。
「どうしたの? ナナト」
「………来る」
 震える体を寄せてくる幼子を抱きしめてやれば、呟くのはそんなひと言だ。
 顔色は青白く、つい先程まで元気一杯だった様子とは全くの別人である。
「何が来るのじゃ?」
 そんな明らかにおかしなナナトの様子に、カウンターで相変わらず酒を呑んでいたモモがふらりと寄ってきた。
 額に手を当ててみれば、いつもは子供特有の高めの体温が、驚くほどに冷たい。
「……何か来るっぽい。空が、変な感じがする」
「おいおい、ダイチまで何言い出すんだよ」
 午後からの祭の準備の手伝いのため、早めの昼食を食べていたマハエの隣で、ダイチもどこか気味悪そうに窓の外を見上げている。
 窓の外は、青い空。
 澱んだ曇り空だというなら雰囲気もあるが、今の様子では異変が起きているようにはとても思えない。
「空が変な感じって、雨でも降りますの?」
 ただ一人、ダイチの言葉に不安げな表情を浮かべるのは忍である。
 なにせ先ほどシーツを干したばかりなのだ。雨が降るなら、今のうちに取り込んでおかなければならない。
「そうじゃなくって……ああもう、何て言えばいいのかな」
 だが、忍の言葉にダイチはバリバリと頭を掻いてみせる。
 伝えたいイメージはハッキリとしているのに、それを形容するための言葉が出て来ない。本国との連絡で街を離れている天候魔術師の弟なら、こんな時でもちょうど良い言葉を知っているのだろうが……いかんせん、素質を目覚めさせたばかりのダイチにはその経験が少なすぎた。
「空が……ピリピリする」
「そうそれ!」
 感覚的には、ナナトの言う通りだ。
 大気全てが緊張を孕み、何かの襲来に怖れ、打ち震えている。雲一つない青空だからこそ、その極度の緊張はダイチの感覚を余計に強く揺さ振ってくる。
「……よく分からないわね。モモ達は分かる?」
 アルジェントも魔法使いだが、天候魔術師とは力の使い所が違う。傷を癒す力や攻撃に使う事は出来るが、それで天の気を感じる事は出来ない。
「分からぬ」
 どうやら龍族のそれも、大して変わりはないらしい。
「そういうのはサッパリ分かんねえが……」
 そしてマハエに至っては、アルジェントやモモのような特別な力すら持っていなかった。もちろん、魔法使い達に特有の感覚など、想像できる範疇にもない。
 ただ。
「……ろくでもねえ事の前触れだって事は、何となく分かるぜ」
 経験に裏打ちされた彼の予感は、ナナトやダイチの告げる異変に強い警鐘を鳴らしていた。
 そして、そんなマハエの予感は……大抵当たってしまうのだ。
 それも、想像できる以上に悪い形で。


 崩れ落ちた岩盤と瓦礫の中。
「げほ……ッ!」
 ゆっくりと身を起こすのは、カイルである。
「大丈夫?」
「ああ。セリカちゃんは?」
「……平気」
 本来ならば、間違いなく助からないような状況での爆破作業だった。それで助かったのは、セリカが大地を操る魔法を身に付けていたからだ。
「ネイヴァンは………まあ、聞くまでもないか」
 彼女が魔法のシェルターと地中からの脱出通路を作れると知っていたからこそ、依頼主も彼女にこの依頼を託したのだろう。その事から、依頼主は誰か概ね想像が付いた気もしたが……それは、カイルの胸の内に留めておくことにする。
「つか、イーディスちゃんに何て言うよ。魔晶石農場、なくなっちまったぞ」
 セリカの魔法通路を抜けた先、青い空の見える山肌を見渡しながら、カイルはそう呟くしかない。
 最深部での大爆破で、その上層部にあった魔晶石農場も遺跡後も、跡形もなく崩壊してしまった。カイルの予想が当たっているなら、イーディスには草原の国から何らかの補償があるのだろうが……そうでなければ、カイル達は立派な爆破犯だ。
「大丈夫……」
 まあ、依頼主と繋がりのあるセリカが言うなら大丈夫なのだろう。
 一介の冒険者であるカイルがこの後に出来る事などたかが知れているし……それは、彼等の領分を越えるものだ。
「そうだ。ありゃ何だったんだ?」
 鉱山の最深部にあった、巨大な声の源。はるか地の底に見えた竜らしきそれは、結局一度も近寄ることなく、爆発による落盤で仕留めてしまった。
「泰山竜」
「泰山竜?」
 聞いたことの無い名前だ。ヒューゴ辺りに聞けば知っているのだろうが……。
「魔力のある人や物を端から喰らって、どこまでも大きくなる面倒な竜や。マナ喰らい竜とも言うな」
「相変わらず変なことばっかり知ってるな、お前」
 さらりと答えたネイヴァンに小さくため息を吐き、ひとまず街に戻ろうと、ここまで乗ってきた馬車を探すことにする。馬車はセリカが坑道からかなり離れた所に繋いでいたのだが……恐らくは、こうなる事が分かっていたからなのだろう。
「それより……」
 そんな三人を襲うのは、強い揺れ。
「逃げた方が良い」
 嫌な予感がした時にはもう遅い。
「あれで無傷かよ!」
 大地を砕き、地の底から首をもたげるのは……先ほど地の底に埋めたはずの、巨大な竜の首だった。


 崩れ落ちた山肌から現われたのは、巨大な首。
 喉元まで裂けた顎が噛み砕いているのは、小枝などではなく、大の大人でも抱えきれない太さを持つ巨木である。それだけで、その圧倒的な大きさが分かると言うものだ。
「山が……動いてる……?」
 そうとしか、形容のしようがない。
「何だあれ……」
 悪夢の如き巨大な首は、ゆっくりと地下の穴からその身を現わし……やがて大地を踏みしめるのは、その身を支えるに相応しい大きさを持った前脚だった。
 上半身だけで、既に山の如し。
 これで下半身と尻尾を加えれば、一体どれほどの大きさとなるのか。
「泰山竜ってご存じありませんか?」
「マナ喰らい竜か……道理で」
 先日王都から発注されたと偽装された二百個の魔晶石は、そいつのエサになったのだろう。そして、魔晶石農場で大量に発生していたロックワームからルード達によって作られた、それ以外の魔晶石も……。
「本当は姫様を殺した報復で、街を滅ぼすために用意してたんですよ。色々予定が狂っちゃったんですけど……まあ、ここまで育っちゃった物は仕方ありませんよねー」
「姫様を殺した報復って、何でマッドハッターがやった事でガディアの街が滅ぼされなきゃいけないんだよ!」
 声を荒げるコウに、栗色の髪のルードはつまらなそうに小さなあくびを一つ。
「そういう細かい事はいいんですよ。要は、姫様がガディアで殺されて、その報復で何やら大騒ぎがあったって事が大事なんですから」
 だがその作戦も、姫様がガディアで殺されなかったことで台無しになってしまった。
 故に、反撃のために用意していた最終兵器も、発動のタイミングを逃してこのざまだ。
「そんな、無茶苦茶だよ……」
「それに魔物が暴れただけじゃ、ただの事故にしかならん……」
 言いかけ、フィーヱは言葉を止める。
 ハートの女王のやり方は無茶苦茶だが、それを押し通す方法など……。
「……そういう事か」
「どういう事なの!」
「そういう事とか分かんねえよ!」
 真顔で問いかけるルービィとコウに、フィーヱは小さくため息を一つ。
 傍らのハートの女王など、吹き出しそうになっている。
「ああもう! 泰山竜はどっちかの国の実験か何かだったって適当な噂流しゃ、そんなもんどうにでもなるだろうが!」
 これだけの巨竜が暴れれば、起きる混乱は相当なものだ。
 無論、そんな中でまともな判断の出来る者は数えるほどしかいないだろう。しかもそれが、ある程度の信憑性を持つようなものであれば……それを見抜き、人々の流れを止められるような者など、果たしてどれだけいることか。
「だって、そんな事したら、木立の国と草原の国の関係は……」
「……それが狙いか!」
「だからそうだって言ってるだろ……」
 報復が報復を呼び、さらなる混乱が起きれば、やがてその炎は他国にも及ぶだろう。その混乱の中で、目の前の相手が何を求めているのかは分からなかったが……少なくとも、ろくでもない事という事だけは理解できた。
「それに、この竜を倒せば確実に重晶石が手に入りますし、倒さなくても大暴れしてくれれば役に立ちますし……どう転んでも、ボクの損にはならないんですよね」
「重晶石……そういう事か」
 かつてアリスの求めていた、力ある石の一種だ。
 貴晶石を束ね、内のエネルギーを高めることによって、貴晶石を超えるエネルギーを持つ力の石を創り出す。それがあるからこそ、彼女達は自らの命を縮める絶技を、呼吸をするように繰り出す事が出来たのだ。
 恐らくは女王の胸にも重晶石が収まっているのだろう。そして、アリスの胸に納まっていたそれは、女王に吸収されてしまったのか……それとも。
「王族に、ぬこたまに、カーバンクルに、魔法使い。あの街には強い魔力の持ち主がたくさんいますからね。泰山竜も、きっと大暴れしてくれますよ」
 ハートの女王が浮かべるのは、無邪気で元気一杯の微笑みだ。
 それは、かつて魔晶石農場を作ると語りながら、イーディスの浮かべていたそれと……寸分変わらぬものだった。




続劇

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