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17.いざ進め、前へ!

 夜明けと共に目を覚ませば、目に入ったのは懐かしささえ残る男の寝顔だった。
「…………ダンプティ?」
 共に旅をしていた頃からは、いくらか齢を重ねている。だが、その顔つきには、かつての面影が間違いなく残っていた。
「……いや、今はジャバウォックか」
 確か、今はそう呼ばれていたはず。
 当時も自身の事を語る男ではなかったし、偽名を名乗る事も冒険者の間では珍しくもないが……ダンプティ、マーチヘア、マッドハッター、ジャバウォック。そのいずれが、彼にとっての本当の名前なのだろうか。
 あるいは、本当の名は別にあるのか。
「おはよう、ディスさん」
 そんな事をぼんやりと考えていた十五センチの娘に掛けられたのは、穏やかな声だ。
「アシュヴィンと……なぜここにターニャとアギが?」
「今はグリフォンと呼んでもらいたいな」
「そうであったな……」
 ディスが視線を向けるのは、傍らでバスケットを開けているターニャとアギである。
「食料の準備も出来ずに出てきたのでな」
「ホントは出前とか、やってないんだけどねー」
 眠りに就く前、グリフォンから、ジャバウォックは長い眠りから目覚めたばかりで食事もろくに取っていないとは聞いていた。昨晩は覚醒の時に受けたアギの力のおかげで空腹など感じていない様子だったが……その効果も無限に続くわけではない。
 ディス達と合流した後、グリフォンがどこかに行った様子はなかったから、追跡の間にでもターニャと打ち合わせていたのだろう。
「で、ジャバウォックの様子はどうだ?」
「大丈夫です。僕の力の効果は切れているはずですから、起きたら空腹感がひどいと思いますが……」
 だがそれは、肉体の正常な反応だ。ターニャと持ってきた食事を済ませれば、問題なく収まるはずだった。
 むしろ、今までの気力が肉体を凌駕していた状況の方が異常なのである。
「そういえば、グリフォン。角はどうした? 切り落としたのか?」
 今の彼からは、月の大樹のウェイターをしていた頃にはあった角も翼も尻尾もなくなっている。確かに今の格好なら、ただの冒険者にしか見えないはずだ。
「モモと同じだ。変化の術を使えば、隠す事など造作ない」
 軽く頭を撫でてみせれば、そこに姿を見せるのはいつもの龍の角である。
 どうやらウェイターだった頃は、わざと残していたらしい。
「その口調は」
 龍の角を手品のように消して見せたグリフォンは、その問いには流石に苦笑いをしてみせる。
「………これトあれシカ、喋れませんノデ……」
「まあ、それよりはマシか」
 格好は誤魔化せても、あの喋り方をすれば一瞬で気付かれてしまうだろう。交渉向きの喋り方ではないが、それはディスも大して変わりない。
「それより、何やら人の名を呼んでいたが……夢でも見ていたのか?」
 ルードが夢を見るのか、グリフォンは知らない。しかしディスが休眠していた間に誰かの名前を口にしていた様子は、夢にうなされているようにしか見えなかった。
「生まれた頃の夢を見た。……久しく忘れていたのじゃがな」
 彼女をしても、遥か昔の出来事だ。
 既に記憶の中からも失われ、自身でもどうでも良いと思っていたものだったが……先日のアリスとの戦いの時に貴晶石を入れ替えられた事で、何か影響でもあったのだろう。
「集落の話ですか?」
「……わらわは人捜しのために、人間に起動させられたでな」
 集落にしばらく住んだ事もあるが、彼女が起動した本来の目的はそこだった。
 最初の内は当時のパートナーと共に真面目に探していたが、どこに行っても手掛かりらしきものは見つからず、段々と旅という手段が目的に入れ替わり……やがて、今の彼女の生活へと至っている。
「ショウ、アヤキ、リツ……」
 遥か昔に探していた者達の名を、久方ぶりに口にしてみた。
 彼等は既にこの世界にはいないのか、いまだどこかの地の底で眠ったままなのか。
 ……あるいは、意外と身近な所にいたりするのか。


 森の中を走るのは、大盾を背負った小柄なドワーフである。
「……なあ、ルービィ。いい加減に諦めねえか?」
 そしてその手に握られているのは、赤い髪のルードの娘。
 最初の頃は解放されようと暴れていたのだが……残念ながらルードとドワーフでは、もともとのパワーに差がありすぎた。今では時折、諦めたように声を掛けるだけになっている。
「諦めないよ。あたしも、やりたい事あるんだから!」
 木の根を跳び越え、獣道にも迷いなく飛び込んでいく。
 夜通し走っているはずなのにそのスピードが緩む様子がないのは、彼女の意思がさせるものか、ドワーフ族の圧倒的な体力が支えているのか。
「それがあたしを引っ掴んで走る事かよ」
「そうだよ!」
「……ってかお前、自分がどこ走ってるのか分かってるのか?」
 最初は、目的があって走っているのだと思っていた。故に、ここまで迷いなく走れるのだと。
 そのうち、実はどこに向かって走れば良いのか分かっていないのではないかと疑いの気持ちがもたげてきた。ならばそのうち諦めるだろうと思って、やはり声は掛けなかった。
 やがて、迷ったけど何とかなると思ってとりあえず走っているだけなのではないかと思い始めてきた。けれど聞くのが怖かったので、やはりコウは黙ったままだった。
 だが。
「………えっ?」
 言われ、初めてルービィのスピードが緩む。
「……目指してるのは」
 嫌な予感が的中した事を感じながら、コウは静かにそう問うてみせる。
「ハートの女王のところ」
 昨晩の話の中で出てきた、アリスの仲間と目される相手だ。彼女に会って何かが分かるのかどうかすらも分からないが……今この状況でもっとも手掛かりとなるのは、確かに彼女だった。
 故にルービィは、彼女を目指す。
「今、ここは」
「…………?」
 けれどその問いに、ルービィは小さく首を傾げてみせた。
「だああああっ! お前、山岳の国にいた頃とぜんっぜん変わってないな! 何も考えてないだろ!」
「い、いろいろ考えてるんだよ! これでも!」
 慌てるルービィの手から抜け出し、コウは自身の武装を変形させる。
「行くぞ」
「え?」
「会いに行くんだろ。ハートの女王に」
 コウもハートの女王がどこに居るかは分からない。
 けれど、手掛かりはゼロではなかった。
「うん!」
 二人の少女は今度は別々に。しかし一つの方向を目指して、走り出す。


続劇

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