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16.過去縛る亡霊の言霊

 表に灯していた明かりを落とし、店の中へ。
 やはりいつもと同じように、店の前に下げられた暖簾も抱えようとした所で……片手を吊ったままでは、いつもの調子では支えきれない事に気が付いた。
 重心を変えて持とうとすると、伸びてきたのは細い手だ。
「……これ、支えれば良いんでしょ?」
 フードの下から覗く顔は、もちろんマハエの知った娘のもの。
「ちょっ! おま、こんな所に来てる場合じゃないだろ! 姫様の所に帰れよ!」
 マハエはあの騒動の後、店の番に戻っていたが……お忍びが気付かれる所となったノア達は、ゼーランディアの仮宮に連れ戻されたはずだった。
 二度目の襲撃を果たしたマッドハッターはどこかの冒険者に仕留められたと店に来た客から聞きはしたものの、なにせ相手は『あの』マッドハッターである。そう簡単に倒せるような相手ではないし、噂には尾ひれが付くものだ。簡単に信用は出来ない。
「大丈夫よ。ナナトもモモも付いてるし。……ちゃんと支えてよ」
「そういう問題じゃねえ……」
 呟きながら、暖簾を店の内へ。定位置に片付けて、鍵を掛ける。
 そして店の内側には、フードの娘も立っていた。
「だから……っ!」
「腕、大丈夫?」
 言いかけたマハエだが、包帯を巻かれた腕に寄り添うアルジェントに機先を制される。さらに、不安そうな上目遣いの視線を向けられれば……男は、動くほうの手で誤魔化すように頭を掻いてみせるしかない。
「……看てくれたのお前だろうが。そうそう変わるかよ」
 無理に動かしても、少々痛いだけだ。骨はちゃんと繋がっているから、数日も我慢すれば元通りに使えるようになるだろう。
「……この腕じゃ、稽古は付けられねえな」
「いつもその辺に転がって見てるだけじゃない。関係ないでしょ」
 不満そうなアルジェントにそう言われれば、反論のしようもなかった。確かに様々な相手と稽古を付けるように段取りを組んだのはマハエだが、転がって動きを見ているだけなら、片腕が使えなくても全く問題はない。
「剣の稽古は貴方に頼んでるんだから。ちゃんと、責任取ってよね」
「……へえへえ。剣の師匠として、出来る事はしますよ」
「師匠として……か」
 掛けられた鍵は再び開かれ、アルジェントの細い身体は店の外へと追い出される。
「何か言ったか」
「…………何でもないわよ」
 不服そうなその言葉を前に、店の扉はガタガタと閉じられて。
 まるで二人の距離を示すかのように……鍵の掛かる音が、夜の街に響き渡る。


 月光降りそそぐ森に姿を見せたのは、十五センチの小さな姿。
 赤い髪の少女は誰かを探すように辺りを数度見回して。やがて木陰に小柄なドワーフと黒衣のルードの姿を見つけ、訝しむような声を掛けた。
「何だよ、フィーヱ姉。こんな所まで呼び出して」
 三人とも月の大樹の宿泊客だ。話があるなら下の酒場で足りるし、ルード同士だけでいいなら直接部屋を訪ねても良い。
 それを、わざわざこんな街外れの森に呼び出すなど……。
「昼間、あの滝の所に行ってみた」
 フィーヱのひと言に、コウはぞわりと総毛立たせて。
「ルービィ!」
「違うよ! あたしは何も言ってない!」
 二人のそのやり取りにため息を吐いたのは、話を持ちかけたフィーヱ自身だった。
「やっぱり何かあったんだな」
 既に話の八割がたは見えている。フィーヱとしては残る二割を埋めるためにしてみた問いだったが……。
 コウはルービィの言葉が間違っていない事と、フィーヱの言葉がカマ掛けだった事を理解し、向ける視線を強くする。
 もちろんコウの視線も、フィーヱにとっては想定済みだ。
「お前ら、分かり易すぎ。もうちょっとポーカーフェイス、覚えた方が良いぜ」
 素直な所は二人にとって明らかに美点ではあるが……冒険者としては、美点とばかりも言っていられないのもまた事実。
「……で、何だよ」
 どうやらコウは、まだフィーヱが事態の全容を掴んではおらず、先ほどのそれもただのカマ掛けだと思っているらしい。
 あまりに純粋なその様子に羨望さえ覚えながら。
「下流で、アリスの亡骸を見つけた。あの辺は流れが特殊で、一度沈んだ物が後で浮かんでくるんだと」
 コウもルービィも、言葉を返すことはない。
 その沈黙は、全ての肯定を示すものだ。
「亡骸は街に来てた工連の連中に引き渡したよ。貴晶石を抜かれた上に、頭が丸ごと破壊されて記憶回路もダメになってたから……何の情報も期待できないだろうけどな」
「そんな……あたしはそんな事までは、してない……!」
 だがその話には、黙っていたコウも流石に反論の声を上げる。
 それもまた、フィーヱの仮定を確定に変えていく情報のひとつ。
「俺もお前がそこまでやるとは思っちゃいない。たぶんアリスには、共犯者がいる」
「……アリスが会いに来たって言ってた……ハートの女王か」
 どうやらコウもアリスからその名を聞かされたらしい。今まで塞ぎ込み、動かずにいた事から、その正体が何者かまでは彼女も分かっていないようだったが……。
 それはそれで構わない。
 大事なのは、その先だ。
「で、死にかけのアリスに何を吹き込まれた」
「……別に」
「だいたい予想は付くけどな。……そんな覚悟もなしに、冒険者やってたのか?」
 睨み返す視線には、先ほどのカマ掛けに気付いた時や、アリスを壊した事を否定した時ほどの強い感情は籠もっていない。
「聞いたぜ? 今日、ヘマしてダイチを殺しかけたんだってな?」
 幸いにもネイヴァンの乱入によって事なきを得たらしいが、彼がいなければダイチは一体どうなっていたか。
「いくらフィーヱ姉でも……いい加減にしないと、怒るぜ」
「怒れよ。そんな所でヘマやらかすような奴が怒った所で、怖くも何ともないから」
 鼻で笑ってみせる黒衣のルードに、赤いルードは自らの大剣を引き抜いて。


「ショウ・カイル・ニューエント……っと」
 打ち込まれた名前に、やがてシステムから返ってくるのは長いリストの列。
「やっぱり、触った事のある機体だったか……」
 古代兵は数千年単位での稼働を前提としたものだ。同時に、整備記録も同じだけの情報が残されている。
 記憶の奥底から見つけ出した自身の本当の名前を検索条件に入れれば、確かにその名は一万年以上前の整備記録の中に見つける事が出来た。
「アヤキの名前もあるか……。城路の家に引き取られたのか、あいつは」
 そして最新の操縦者は、やはり彼の記憶にある名前だった。
 記された記録だけでは、由来が分かるだけで今の彼女がどうしているかは分からないが……。
「ああ、こんな所にいた。ちょっとあんたたち!」
 そんな操縦席の中に飛んできたのは、聞き慣れた女性の声だ。
 外に出てみれば、古代兵の足元には作業をしていたヒューゴや律、ジョージだけでなく、なぜかミスティとネイヴァンが立っている。
「何だよミスティ。もう割増分込みで働いたぜ!」
 今日の手伝いは、しっかりどころか明らかにお釣りが来るくらいの作業量だったはず。彼女も帰り際に、これでいいわと言ってくれたではないか。
 未払いぶんがあるなどと言われても、今更認める気にはならない。
「そっちじゃないわよ」
「じゃあ例のアレか? 作業場、借りて悪いな」
 律はここしばらく、ミスティの作業場を借りて作業を行っていた。その代価も、一応は払ったはずなのだが……。
「それでもないわよ。これ、調子が悪いらしくて……ちょっと見て欲しいんだけど」
 そう言って指したのは、彼女に同行していた長身の男だ。
 言われたネイヴァンは背負っていた巨大な機械槍をぶんと振り回してみせて。
「あぶねっ!」
 振り上げ気味に構えるなり、放たれるのは轟音を伴う砲撃だ。
 轟き渡るその音に、施療院を囲む家々の明かりが端から灯っていく。
「ほほぅ。古代の技術を応用した武器ですか」
 どうやら大砲とランスの機能を併せ持った画期的な武器らしいが、砲身が歪んでしまえばオシマイのはずだ。こんな武器を実用化させた所は、よほど先進的か、よほど趣味に特化しているか……。いずれにせよこんな物を使いこなせるのは、ガディアではネイヴァンくらいのものだろう。
「今のでおかしいんですか?」
「明らかに普通に動いてただろ……つか近所迷惑だからそんなもんホントに撃つなよ」
 だがその後、ネイヴァンが砲撃と別のレバーを引いても、ガシャガシャと抜けたような音が響くだけで、何も起こらない。
「これやこれ。なんか壊れたっぽいんやけど、爆弾屋じゃ分からんらしいねん」
「そんなの作った所に文句言えよ……」
 そもそもレバーが動かないだけなら、その前の砲撃はする必要があったのか。
「それ作ったの、木立の国の王都にある工房なんだって。あとその呼び名やめてよ……」
 木立の国は古代の技術を積極的に取り入れ、研究していると聞いたが……どうやらこんな武器まで作るらしい。
 本来は研究者であるはずの、月の大樹の真の店主が入り浸るはずだ。
「ふむ……ここのレバーで動力源を装填するようですね」
「これか?」
 機械槍の手元を眺めていたヒューゴの言葉にネイヴァンが別のレバーを捻れば、先ほどの抜けたような音とは違う、機構の動作を伴う重い音が響き。
「お?」
 引き絞るのは、先ほどの砲撃とは別に付けられたレバーだ。
「え、それってそんな簡単に引いて大丈……」
 可能性を理解した時にはもう遅い。
「ヒャッホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオイ!」
「ちょーーーーーーーーーーっ!」
 真昼の如き閃光が、天地を貫いて立ち上り。
 施療院を囲む家々からは、うるさいだのまぶしいだの時間を考えろだのといった罵声が端から飛んでくる。
「バカおまっ! 何やってんだよ! ああもう、古代兵に当たらなかっただろうな!」
 幸いにもエネルギー砲が放たれたのは上空に向けてだった。どうやら、古代兵には当たっていないようだが……。
「ほれほれ、これやこれ! このでかいの、連発出来へんねん!」
 発射レバーも装填用のレバーも、今はどれだけ引いても空虚な音がするばかり。先ほどの動作音も、今度はする気配がない。
「当たり前だろ! そんなんポコポコ連発されてたまるかよ……」
「じゃあ、どうするの」
 どうするのと言われても、分からない物は分からない。
 王都の工房とやらに行って確認するのが一番だろう。
「さっきまで開いていなかったそこの板が開いていますよ。中の装置の放熱をしているようですから、たぶんそれが終わったら使えるんじゃないでしょうか?」
「……後はカートリッジの装填だな。何発装填なんだ?」
 古代の武器の部品が使われているようだから、先ほどの機構の動作音は動力源となるカートリッジを装填した時の音だろう。後はヒューゴの推論が当たっているかを確かめるくらいしか出来ることはないのだが……正直、もう一発先ほどの一撃を放たれるのは迷惑以外の何物でもなかった。
「……カートリッジって、何や」
「説明するのそこからかよ!」


 疾走と共に放たれる太刀筋は直線。激昂した精神状態での一撃とはいえ、あまりに分かり易すぎた。
「鈍いぞ。その程度でアリスは殺せたのか?」
 あっさりとその斬撃を躱し、軽く肩をいなしてみせる。念のために幾つかの仕込みもしていたが、それらを使うまでもない。
「殺してなんか……ッ!」
 崩れたバランスを力任せに立て直し、振り返り様に放つのは二撃目だ。
 無論それも、フィーヱの予想の範疇である。
「殺したんだよ、お前は。……だからアリスは、あんな姿で川下に流れ着いてたんだろ?」
 三撃目、四撃目。
 迷いがあるのが、手に取るように分かる。素直なのは彼女の美徳だが、素直すぎるのは明らかに彼女の弱点だった。
「違わない。理解しろよ……仇討ちってのは、そういう事なんだって」
「違う……違う違う違う違う違う違うっ!」
 振り下ろされた大振りの隙を突き、フィーヱはコウの眼前へ。持ち上げようとする大剣を踏みつけて動きを止め、囁くのは彼女の耳元へ。
「だから、違わないんだって。仇討ちだの何だのって綺麗事で飾り立てたって……やってる事は、立派な同族殺しだよ」
 そのひと言に、コウの表情が目に見えて変わった。
 どうやらアリスから刺されたのは、そのひと言だったらしい。
「なんだ、そんな事で腑抜けてたのか。これでもお前の事は買ってたんだが、俺の目も節穴だったって事か」
 コウからひと挙動で身を離し、ゆっくりとビークをまとう右腕を構えてみせる。
「俺が貴晶石を集めてるのは知ってるだろ? そんな役立たずの胸に三つも詰まってるんなら……まとめて、もらってやってもいいんだぜ?」
 フィーヱの瞳に宿る色には、何の感情も籠もってはいない。
 それは落胆と失望、そして自嘲の先にある……それが故の、本気を感じさせるもの。
「う……うああああああああっ!」
「だから、太刀筋が鈍いって言ってるだろ!」
 フィーヱの動きは最小限。
 半歩でコウの大剣を避け、さらに半歩でコウの胸に一撃を突き付ける。
 限りなくゼロに近い距離で囁きかけるのは、再び耳元だ。
「本当に壊れてる奴は、そんな事で悩みやしねえ。……お前は壊れルードなんかじゃないよ、コウ」
 胸に押しつけられているのは、対象の命を吸い尽くすビークの刃ではない。
 赤い貴晶石。
 かつて赤髭と呼ばれた冒険者の、命の欠片を宿したものだ。
「持っとけ。壊すためだけに使ったりはしないだろ、お前なら」
 ぐい、とその身を軽く押してやると、赤い髪のルードは力なくその場に崩れ落ちる。
 その様子を無言で見下ろし、黒衣のルードはその身を静かに翻す。
「フィーヱ! どこに行くの?」
「今のコウの話で色々分かったからな。……俺にも、やりたい事はあるんだよ」
 そう言って大きく跳躍し、フィーヱは森の中へと姿を消した。
「コウ…………」
「…………悪い。しばらく、一人にしといてくれ」
 そして、短くも激しいその戦いを見届けていたルービィは……。


続劇

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