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14.アサルト・デイ

 街道をゆっくりと南下した赤い三輪が辿り着いたのは、見慣れたガディアの入口だ。
「…………やれやれ。何とか降る前に着いたか」
 知った顔の門番に軽く手を振り、街の中に入ろうとすれば。
「わああっ!?」
 代わりに門を飛び出していったのは、全速力の馬である。慌ててハンドルを切って進路上から外れたから平気だったものの……一歩間違えれば十五センチの小さなコウは武装ごと踏み潰されていたに違いない。
「何だあの馬……。こんな時間から街を出て、どこかに間に合うのかね」
 今からどれだけ全力で馬を走らせたとしても、隣の町に着くのは深夜になるだろう。乗っていたのも早馬を専門とする者達ではなく、冒険者のようだった。そうでなくてもこんな今にも雨が降りそうな天気で、強行軍を掛ける理由は少ないはずだ。
 長い銀髪を翻す馬上の後ろ姿は、どこか見覚えがある気もしたが……。
「まあ……いいか」
 疲れたように小さく呟き、コウは街中へと入っていく。


「ノア!」
 最初に叫んだのは、キンギョー掬いをしていたナナトだった。
「っ!」
 上空から落ちてくるのは中背の影。
 木枠を投げ捨て、両の手をかざすナナトが放つのは、防御の力。そしてそこに伝わるのは、想像を遙かに超えた衝撃だ。
 眼前の相手が持つのは、そこらで拾ったらしき太い木の棒だった。最も単純で、最も原始的な武器であるそれにも……いや、それだからこそ、シンプルに研ぎ澄まされた意思が、十分以上に込められるのかもしれない。
 殺す意思……殺気が。
 力そのものではない。ナナトの身を震わせるのは、その一撃に宿る桁外れの負の意思だ。
「マッドハッター! 目覚めたのか!」
 ふらつくナナトを支えるノアの前に立つのは、桃色の髪の小柄な娘。既に観光気分など消え失せ、王女の守護者としての瞳で目の前の男を見据えている。
「があああああああああああああああああああああああっ!」
 モモが強敵である事を、先日の戦いの記憶が告げたか、それとも本能で悟ったか。
 大地を蹴りつけるマッドハッターが次に狙ったのは、ノアではなく……それと近しい気を持つ女性。
 アルジェントだ。
「こちらが強い事を理解したか。それなりに知恵は回るようじゃな」
「そんな呑気な話してる場合………きゃああっ!」
 力押しの棍棒の一撃に構えた刃の向きを合わせ、受け流そうとして……。
「バカ! そんなモンが受け流せるわけねえだろ!」
 あっさりと短剣を弾き飛ばされたアルジェントに迫る第二撃を受け止めたのは、太い腕。
「マハエ!? 何してるのよ!」
「師匠なら、弟子くらい庇うに決まってるだろ!」
 遠心力と力が十分に乗った棍棒の一撃だ。カイルの援護射撃でマッドハッターが距離を取ったおかげで、折れるまでのダメージには至らなかったようだが、それでも相当のダメージである事には変わりない。
 苦悶の表情を浮かべながらそれでも引き下がらぬ男に、アルジェントは腰に手挟んでいた杖を抜いてみせる。
「そういうのやめなさいよ……別に格好良くないわよ」
 呟き、続けて口の中で転がすのは治癒魔法だ。瞬間的に治せるわけではないが、痛みを誤魔化す程度の役には立つだろう。
 無論、そんな隙を見逃すマッドハッターではない。
 カイルのボウガンをかいくぐり、再び大地を蹴って跳躍したそいつは、振りかぶった一撃をマハエに向かって叩き付ける。
 治癒の魔法はまだ間に合わず、ナナトの盾も距離が遠すぎる。
(もう一撃くらいなら、耐えられるか……!?)
 左腕を出すか、それとも肩当てで受けた方がダメージが少ないか。圧倒的な技量差に、回避ではなく最小限のダメージで済む判断を迫られたその時だ。
「はいはい。お祭の準備会場で、そんなに暴れないの」
 マッドハッターの次撃を受け止めたのは、大量の水を固めた盾だった。
 ミスティだ。
 中で派手な色の魚が数匹踊っている所を見ると、どうやらキンギョー掬いの水を操ってそのまま盾にしたらしい。
「ああああああああっ!」
 しかし気力を込めた棍棒の一撃は、ミスティの水の盾さえも真っ二つに切り裂き。
 その瞬間。
 水の盾が、爆発した。
「何じゃ? 火薬でも仕込んでおったのか?」
「そんな物仕込んでも、湿気って使い物にならないわよ」
 さすがに水の盾が爆発するのは予想していなかったのだろう。大きく吹き飛ばされたマッドハッターは大地に打ち付けられて二転、三転し……。
「はあああああああっ!」
 起き上がった所に来るのは、横殴りの拳の一撃だ。
 頬にクリーンヒットした一撃を、そのまま勢いに任せて振り抜いていく。
「大丈夫ですか! 皆さん!」
 さらに遠くまで吹き飛ばしたマッドハッターから視線を逸らすことなく立つ、その細身は。
「ジョージ!」


「助かったぞ。……じゃが、何でおぬしらがここにおる」
 確かジョージ達は、北の農地の警備に出掛けていたはず。日没にも、急いで調査を終えて帰って来たにしても、いささか早すぎる時間帯だが……。
「マハエさんかヒューゴさんを探しに来たんですが……ちょうど良い所に居合わせたみたいですね」
「オレ? 何かあったのか?」
「狼や熊がたくさん出て来たのだ! すごく怪しい感じだったのだ」
 そう言いながら、リントはアルジェントと共にマハエの傷の手当てを始めている。治癒魔法が打撃には効果が薄いのは周知だが、それでも何もしないよりはマシだろう。
「あとご飯も食べたかったし!」
「なに? お昼食べてないなら、たぶんターニャが串焼きご馳走してくれるわよ」
「やったぁ!」
 ミスティの言葉にそんな無邪気な声を上げながら、ルービィは大盾を構えている。無論それで護るのは、マッドハッターの標的とされたノアとアルジェントの二人である。
「ホントにいた!」
「アシュヴィンから聞いた通りだな!」
「あ、串焼き!」
「串焼き……?」
 騒ぎを聞きつけて駆けつけたターニャと律は、ルービィの言葉に首を傾げるばかりだ。傍らにミスティがいる辺り、何となく理由は分かった気がするが……。
「ミスティから、おごってくれるって聞いて……」
 やっぱりだ。
「コレが終わったら、お好み焼きもおごってやるぜ!」
 律達も眼前にいる男の姿を確かめるなり、抱えてきた武器を構えてみせる。
「やったぁ! ……で、お好み焼きって何?」
「美味いもんだよ。ホントはイカ焼きにしようかと思ったんだけどなぁ……」
「なんなのだ! なんでそこでこっちを見るのだ!」
 ちらりとリントに視線を送ってきた律に、ぬこたまの悲鳴じみた声が重なった。
「行けるか? ジョージ」
 そんな愉快な光景を尻目に、前衛側へ一歩前に踏み出すのはモモだ。先刻まではナナトと共にノアの護りに徹していたが、今は護りを任せられる相手が揃っている。
 ならば、彼女が立つ位置はそこではなかった。
「任せて下さい。こちらも無策ではありませんから」
 そう言いながらも、モモの傍らに並ぶジョージの構えはいつもと変わらない。ようやく立ち上がったマッドハッターに向かう体捌きも何もかも、いつも通りだ。
 先ほどの不意打ちが成功したからといって、それだけで状況を有利に持って行ける相手ではない事は、ジョージ自身が一番よく分かっているはずだが。
「はあああああっ!」
 マッドハッターの一撃をすり抜け、彼もカウンター気味の拳を叩き付ける。
 ジョージの必殺の一撃はマッドハッターのそれと違い、一瞬のタメを必要とするハズだ。それを半瞬のタメだけで、勢いよく叩き付ける。
(アレでは威力も減ってしまうであろう……通じるのか?)
 スピード重視の一撃なのは分かるし、それで肝心のパワーを落としてしまっては何の意味も無い。カウンターの威力も計算に入れているのだろうが、その程度の小細工で倒せる相手ではないのもやはり彼が一番よく分かっているはず。
「っ!」
 だが、響き渡るのは、砲撃の如き打撃音。
 ジョージの半瞬のタメでの一撃は、マッドハッターの体を普段以上の威力で目一杯に吹き飛ばす。
 その拳に握られているのは……。
「あれ買ったのお前か! ジョージ!」
 淡い輝きを放つ、四連の指輪。拳に嵌めて拳打の威力を跳ね上げる効果を持つそれは、かつてマハエの店で『時価』と呼ばれていたものだ。
「ちっ。逃げやがった!」
 ジョージの一撃で吹き飛ばされたマッドハッターは一瞬その場に転がっていたが、やがてひと挙動で起き上がり。この人数に組みするのは厳しいと悟ったか、その場を勢いよく離脱する。
 律は弓をつがえ、数射を放つが……空を切る矢は彼の逃げる足元に突き刺さるだけ。
「速いわねぇ……」
 ターニャもボウガンで狙おうとしたものの、さすがに全力で動いている相手に直撃させることは難しい。散弾でもあれば当てられたのだろうが、こんな街中でそんな物を使うわけにもいかなかった。
「どうする? 俺達だけでも追おうか?」
 ターニャの隣でやはりボウガンを下ろすカイルの言葉に、モモは小さく首を振ってみせる。
「まずはノアとアルジェントの安全確保が先であろ。それに……」
 澱んだ空を見上げれば、そこにあるのは大きく羽ばたく黒い翼。
「……他に追い掛けておる連中は、たくさんおるしの」


続劇

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