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2.それぞれ求める、SOMETHING

「賞金五万ゼタ! やっぱ、これしかないな!」
 手配書を取った男の言葉に『月の大樹』に響いたざわめきは、二種類のもの。
 競争相手が増えるのかという緊張のそれと……。
「お前らは探しに行かへんの?」
「………まあ、なぁ」
「……ですよねぇ」
 その問いに、彼の周囲にいた者達は小さく首を振ってみせる。
 二種類のざわめきを起こした者の後者……競争相手が増える事とは別種の緊張をした者達だ。
「じゃあ、ネイヴァンさんもマッドハッター探しに参加ですのね」
「そりゃ、五万ゼタも出るなら捜しに行くしか無いやろ。賞金準備しとってな!」
 通常の依頼の報酬は、良くても数百ゼタといったところ。五万ゼタ稼ごうと思えば、どれだけの危険と時間を掛けなければならないかなど、推して知るべしと言った所だ。
「うふふ。賞金は、依頼主のかたにもらってくださいな」
 そんな中。
「えーっと。マッドハッターならもごもご」
「ん? どないしたん? ちびっこ」
「何でもないわよ。何でもないわよね、ナナト」
 何か言いかけた幼子の口を押さえているフードの女性に、ネイヴァンは軽く首を傾げるだけだ。
「マッドハッターなら、高い所での目撃例が多いと聞くぞ。アルジェントもそのくらいの情報は言わせてやっても良かろう」
「高い所やな! なら、捜しに行ってくるで!」
 その言葉を受けて元気よく店を出て行くネイヴァンに続くのは、彼と同じく五万ゼタの賞金首を追い掛ける者達である。独特の勘を持つネイヴァンから、あわよくば情報だけを手に入れようというのだろう。
 そんな彼等を見送って、アルジェントはため息を一つ。
「助かったわ、モモ」
「構わんよ。面倒事になろうし、あれには黙っておいた方が良かろうな」
「ナナのいいたかったこととちがうー!」
 ふくれっ面の幼子に微笑んでおいて、モモはカウンターのメイドに追加の酒をもう一杯。
 ちらりとナナトの傍らの女性に目をやれば、苦笑しつつも頷いてみせる。
「……ふぅ」
 そして、ネイヴァンの近くに座っていた少年も、長く息を吐いた。
「……どうしたんですか? ダイチさん」
 実のところ、マッドハッターの居場所を彼等は知っているのだ。
 恐らくはネイヴァンも知っているだろうと思ったが故の緊張だったのだが……。どうやら彼は、賞金首の居場所など覚えてもいないらしかった。
「いや。……でも、姫様を狙ったヤツなら、ちゃんと捕まえて罪を償わせた方がいいんだよな」
 それは、ダイチが草原の国出身だから言っているわけではない。
 五万ゼタという賞金に目がくらんだわけでもない。
「……何だよアギ。他のみんなも黙って」
 だがそんなダイチの言葉に、周りにいた友人達は呆然とした表情をしているだけだ。
「す、すみません」
「いや、ダイチが珍しく真面目なことを言うておると思うてな」
「オイラだって真面目に考えることくらいあるぞ! 失礼だな。こないだのおみやげ返せよ!」
「あんなものとっくに腹の中じゃよ。美味であったぞ」
 王都の有名店のものだという土産の菓子の味を思い出しながら、茶化すように微笑んでおいて。
 次にモモが見せるのは、真剣な顔。
「お主の言う事は間違ってはおらんが、相手はあのマッドハッターじゃぞ? 捕まえるだけなら何とでもなろうが……」
 仮宮に運び込んだ所で、そこを守護する近衛の騎士団やガディア駐留の塩田騎士が抑えきれるとは思えなかった。彼等がマッドハッターに抗しきれなかったからこそ、今こうして五万ゼタという賞金が掛けられて、その捕縛が冒険者達に委ねているのだから。
 そして何より、仮宮にはマッドハッターの標的となっているノアが滞在しているのだ。
「……そうなんだよなぁ。アシュヴィンはどうするんだ?」
 黙々とカウンターで仕事をしていた龍族の青年は、その言葉に小さく返事を寄越し。
「そうデスネ……」
 穏やかにそう呟くだけでしかない。


 ガディアの街は、二つの街道の交差点にある。
 その交差点から東の果て、夜空の国へと至る道を三人の連れと歩きながら、細身の娘は小さく言葉を口にした。
「獣って、そんなに出るの? ジョージ」
 彼女が受けたのは、畑にやってくる害獣退治の依頼である。
 だが、何となく稼ぎになればと引き受けた依頼だから、細かい所は酒場の主にもそれほど聞いているわけではない。
「僕も初めてなのでよく分かりませんが……収穫の時期ですからね。山に食べる物がなければ、降りてくる動物もいるかと……」
 そう言いかけて、ジョージは言葉を止めた。
 よく考えれば、目の前の娘は森の民のエルフである。そんな事は、わざわざジョージが言わなくてもとっくに理解しているはずだった。
 彼女が疑問に思うのは、おそらくその先だろう。
「この時期なら、山の方が食べ物は多いと思う。ディス?」
 もうすぐ秋で、畑は刈り入れの時期を迎える。山に食べ物がなければ、そこに棲まう獣達は畑の野菜や穀物を狙って降りてくるだろうが……今の時期は山も実りの季節。里以上に食べる物は豊富なはずだった。
 わざわざ人間達に追われるリスクを負ってまで、畑を荒らしに来る必要はない。
「出なければ出ないで良いではないか。そう報告すれば良いだけじゃ」
 それで畑に被害が出なければ、全ては丸く収まるのだ。冒険者達にとっては良い小遣い稼ぎだし、もちろん依頼主にとっても損害がないのだから悪い話ではない。
 その程度の任務なのかとぼんやり辺りを見回せば、道端で楽器を鳴らしている大道芸人が目に入った。チームらしき数名のルードがメロディに合わせてくるくると踊り、周囲から喝采を浴びている。
「そういえば最近、リデルを見ないね」
 草原の国から来た王女付きの、ルードの道化である。道化らしく、時折彼等のように道端で芸を見せていたのだが……ここしばらく、その姿を見ない。
 王女が本国に戻ったという話はまだ聞かないし、それに従う彼女も仮宮にいるだろう。相方が出来たのはこの街に来てからだし、彼女の性格なら相方が『月の大樹』で眠りに就き、賞金首として追われる身となった事も関係はないはずだ。
 そもそもあの無口な剣使いが五万ゼタの賞金首と同一人物だと知る者がこの街にどれほどいることか。
「コウは良いのか? アリスを探さなくて」
 王女付きの道化は、凶状持ちのお尋ね者というもう一つの顔を持つ。それは、ディス達と共に歩く最後の一人……赤い髪のルードが長年追っている相手だった。
 だが、今までろくに依頼も受けずに宿敵捜しに走り回っていた彼女が、ここしばらくはそれをする事も無く今日のように大人しく依頼を受けている。
 何があったのかは今まであえて聞かなかったが……。
「…………ああ」
 そんなディスの問いにも、コウは今までのように過剰な反応をする事もなく、ぼんやりとした答えを返すだけ。
「そういえば、フィーヱさんから彼女には仲間がいるらしいって聞きましたけど」
「『ハートの女王』か。まあ、あれだけ派手に動いておるなら、仲間や支援者がおっても不思議ではないがの」
 冒険者もそうだが、裏稼業の者もけっして一人では生きていけない。情報収集や手に入れた品の換金、逃亡手段の確保と、ある意味表の冒険者よりも周囲との関係は広く、多岐に渡っている事もある。
 アリスがリデルと名を変え、王女付きの道化として王宮に入り込めたのも、協力者のサポートがあったからこそだろう。
「……もみ消す役?」
「それもあろうな。コウ、おぬしはアリスに詳しいようじゃが、知らんか?」
「…………知るかよ。行くんだろ、すぐ昼になっちまうぞ」
 コウはその言葉に、苛ついたようにジョージの肩から飛び出し、走り出した。装甲を変形させた三輪の車両は、あっという間に街道の向こうに消えていく。


 広い庭の片隅に膝を着くのは、見上げるばかりの鋼の巨人。
 その背中に取り付いているのは、細身の男である。
「どうだー。律」
「反応ねえな。どこからもエネルギーは送られて来ねえ」
 男の問いに、操縦席から顔を出した律は首を振ってみせる。
「やっぱそうか……」
 呟きつつ、男が背中の動力炉から取り外すのは、円筒状の物体だ。
 CSCと呼ばれるそれが想定された効果を発揮すれば、鋼の巨人は活動に必要なエネルギーの供給を受け、再び立ち上がる事が出来るはずだった。
 しかし……CSCを介して巨人にエネルギーは供給されないまま。
「当時のエネルギープラントって、どの辺にあったんだ? カイル」
「幾つかは知ってるけど、俺がいた頃とだいぶ地形が変わってるからな。律の頃はどうだったんだ?」
 カイルの途切れ途切れの記憶にある古代のスピラ・カナンは、星の開拓を行っていた最初期のものだ。今のように緑どころか、海すらもなかった時代である。
 今の地図を見ても、さすがに当時の地形と照らし合わせる事は出来なかった。
「結構あちこちにあったってのは知ってるけど……」
 律の記憶にある古代の大陸は、もう少し後の時代になる。
 とはいえ、数千年の間の地殻変動や埋め立て工事などで、彼の記憶にある大陸の形も今とは大幅に変わっていた。さすがにすぐに今の地図と照らし合わせるような事は出来ない。
「こんな事もあろうかと、当時の地図を書庫から探してきましたよ」
「あるのかよ!」
 大判の地図を持ってきた白衣の青年に、二人は作業を中断し古代兵の足元まで降りてくる。
「ああ、ここだな。この辺の……」
「今の地図だとどの辺になるんだ? ヒューゴ」
「ここだったら……そうですね。ノクス・ノクティスの山奥あたりでしょうか」
 大陸最大の研究国家の名だ。この街をまっすぐ西に進めば辿り着く、イザニア街道の終着点でもある。
 けっして遠くではないが、思いつきで行けるほど近い場所というわけでもない。
「CSC、ジョージなら違うのかねえ」
「エネルギーの受信そのものは、関係ないハズなんだけどな」
 調整は整備用のモードで行っていたから、ジョージが不在でも最低限のエネルギーの受け取りは出来るはずだった。それすら反応がないという事は、やはり今はCSCにエネルギーを供給出来るプラントは残っていないのだろう。
「って、アイツはどした? 暇だって言ってたけど」
「朝、害獣退治で畑の方に行くと聞きましたよ。……暇だったんですか?」
「アイツ、今度の祭で殴られ屋をやろうかとか言ってたからな」
 一定の時間内に一発でも拳打を当てられれば賞金が出るというものだ。普通は体力や筋肉自慢の屈強な大道芸人がやるような芸だが……。
「ミスティが機材を貸そうかとか言ってたけど、アルジェントさんと一緒に止めさせた」
 ジョージの技量なら、間違っても街の住人などから殴られはしないだろうが……それでも、ビジュアル的に細身の彼が行うような芸ではない。
 面白がっているミスティはいつもの事として、何やらアルジェントの必死さは律のそれとは少々方向性が異なっているように見えたが、彼女も意外と面食いな所があるという事なのだろう。
「……そりゃ、おっちゃんでも止めるわ」


続劇

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