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エクストラミッション
 3.彼方から呼ばれたもの


 全ては終わった。
 そしてそれこそが、新たな始まりとなる。
「……元気だな。何時間耐久でやるつもりだろ」
 眼前に広がる光景をぼんやりと眺めつつ。一行と再度合流した律は、そう呟く事しか出来ずにいた。
「淑女の活力源ハ、お買い物ですカラ……」
 それは、彼の傍らに立つアシュヴィンも同じである。
 女性陣が入っているのは、王都の服屋。どうやらその店はルード用の服も取り扱っているらしく、標的になったのは……当然というか何というべきか、普段から洒落っ気のないコウだった……のだが。
「うお! この赤いの、いいじゃねえか!」
「でしょー! だから言ったんだって。で、赤だったらワンポイントでこっちを……」
「あら。こっちの方がよくありません?」
「うぅ……どっちも試して良いか!?」
 あの王都旅行を嫌がっていたコウまでがこの有様だ。もちろん悪い事ではないのだが、それで女性陣に歯止めが掛けられる者はいなく……。
「そうだ。アルジェントがいるじゃねえか」
 よく見れば、服屋にいる女性陣の中にアルジェントがいない。きっと彼女ならこの状況に程良い歯止めを掛けてくれるはずだ。
「あのさ……」
 彼等の期待通りに、アルジェントはふらりと現われて……。
「隣の子供服の店、行ってきて良い?」
 ナナトの手を引いて呟いたのは、男性陣の予想外のひと言だった。
「うぅ……それは後で一緒に行きません? 私もナナちゃんの服、見たいですわ」
 どうやら忍はコウだけでなく、ナナトの子供服も見る気十分らしい。技術院を出て以来、ずっとこうして買物を続けているのだが、疲れた様子など欠片もない。
「そういや向こうには、ペット服の店もあったぜ?」
「ボクはペットじゃないのだ!」
「……誰もお前の事なんて言ってないだろ、リント」
 思わず反論したリントに、コウはニヤニヤと笑っている。
「あぅ……時間もありませんし、まだお化粧品とかアクセサリも見たいですし……」
 西の空を見れば、既に夕日は半ばまで沈んでいた。今日は王都に一泊して、明日の昼頃にこちらを出発する予定ではあったが、それでも時間は足りなさすぎた。
「だったらまずアクセサリから行こうぜ!」
「……本当に元気だな」
「全くデス」
 男性陣でただ一人、女性陣と互角に渡り合っているカイルに、律とアシュヴィンは舌を巻くだけだ。アシュヴィンは話を合わせたり見立てくらいは出来るだろうが、律はもうどうすればいいのかすらも分からない。
「律! アシュヴィン! 後で二人の服も見に行くんだからね!」
 そんな、一行から少し離れた所で様子を見ていた二人に掛けられたのは、死刑宣告とでも言うべきひと言だった。
「いや、おっちゃんはこの格好で十分だから!」
「ワタシも大丈夫デス。先ニ皆さんの服を見てきてクダサイ」
 もちろんそんな言い訳など、許される状況ではない。


 街の一角に響き渡るのは、燃えさかる炎の轟音と、鋼を打ち据える鎚の音だ。
 作業台の脇に詰まれているのは、大蟹の鋏に亀の甲羅、そしてミスティの爆弾。それだけでも十分に価値のある魔物の素材群であったが……その中でもひときわ注目を浴びるのは、作業台の上に乗った一群だ。
「暗殺竜とはまた大物を仕留めてきたな、ヒャッホイ」
 広げられた漆黒の皮と竜鱗を確かめながら、髭面の男は嬉しそうにそう呟いた。手に取った竜鱗は窓から差し込む陽光を弾き、男の手の中でぬらりと不吉な輝きを放っている。
 そして、作業台に広げられたのは一枚の設計図だ。どうやらこれも、ネイヴァン自身が作成した物のようだった。
「爆弾を追加で欲しいって言ってたのは、これのため?」
「せや。出来そうか?」
 その設計図を髭面の男はしばらく眺めていたが……やがて台の隅に置かれたペンを取り上げ、設計図に追加の情報を書き込み始める。
「ここがこうなって、こうなるなら……これは多分大丈夫だ。こっちも、これとこれは出来るはずだが、ここは……このくらいになる。他は問題ないだろう。……どうだ?」
「上等や。出来るのはいつ頃になる?」
 男の施した修正はいずれも行程上の問題点を反映した調整であって、ネイヴァンの基本コンセプトに影響を及ぼすものではない。もちろんそれで完成するなら、彼に文句などあるはずもなかった。
「そうだな。半月もあれば送れると思う」
「大した物ね……」
 ガディアの鍛冶屋も優秀だとは思っていたが、さすがにネイヴァンの注文を半月では形に出来ないだろう。流石に王都のそれは、ひと味もふた味も違う。
「昔の戦争があった頃の技術の応用だしな。最近はああいう新しい仕掛けが出て来なくていけねぇ」
 スピラ・カナンで最後に大きな戦争が終わって、既に数十年が経つ。冒険者達の使う武器は確かに日々進歩しているが、それは従来の技術の発展や改良などであって、往事のような爆発的な進化は止まってしまったと言っても過言ではない。
「そのくらいの事が言えてる間が幸せなのよ」
「……違えねえ。戦争が始まったら、あれはあれでたまらんしな」
 ただ、一足飛びの進化の対価はけっして安くはない。
 それは彼としても十分に分かっているのだろう。ミスティの言葉に、男はどこか遠い目をしてみせる。
「あーっ! こんな所に鍛冶屋さんがある!」
 そんな店に響き渡るのは、入口からの元気な声だ。
「へぇぇ……すげえなぁ……。あれ? ミスティとネイヴァン?」
「ああ、二人も来てたんだ」
 恐らくは忍達の旅行に合わせて来たのだろう。大荷物を抱えた二人組に、ミスティは穏やかな微笑みを向けてみせる。


 宿の一室で茶をすすりながら、律は力なく呟いた。
「……竜か何かと戦ってる方がまだ楽だった」
 紛う事なき、正直な感想である。
「よく分かりマス」
 傍らでやはり茶を口にしながら、アシュヴィンもしみじみと頷いてみせる。
 結局あの後、一行はアクセサリを見に行き、子供服とペット服を見て、さらに化粧品を覗いた後にもう一度服を見て回ったのだ。当然、その合間にはアシュヴィンと律の服の見立ても行っている。
「ふ、二人とも、見てないで助けて欲しいのだ……」
 そんな二人の元に、よろよろと歩み寄るのは小さなぬこたまだ。
 だが。
「おーい、忍ー。リントが脱走してきてるぞー」
 律は優雅に煙管に火を点けると、品定めを行っている忍の名を呼んでみせた。
「あらあら、ねこさん。まだ他の服も試してませんわよ!」
「ひどいのだ! 律! 七代祟ってやるのだ!」
「……猫じゃねえんだし、祟るとか言うなよ」
 連行されていくリントを眺めつつ。律は煙管を吸うと、ゆっくりと紫煙を吐き出していく。
「これとか、ルービィにも似合うんじゃない?」
「そうかなぁ……?」
「いいんじゃないか?」
「コウまで!」
「わ、悪いかよ! 別にあたしだって……だな………」
「いいんじゃない? 少しくらい素直になっても、誰も困らないわよ」
 女性陣は部屋の反対側で、買ってきた物の見定めの真っ最中だ。誰もが疲れるどころか、買物の時よりも元気になっているようにさえ見えた。
「何であんなに派手に買物して、みんな元気なんだ……若えなあ」
「だよねぇ……」
「いやダイチ、お前は若いだろ」
 ダイチはルービィと共に、化粧品を見て回っていた頃に合流しただけだが、それでもその表情には疲労の色が濃い。その前からずっと付き合っていたアシュヴィンと律の顔色など、推して知るべしである。
「みんな女の子なんだから、当たり前だろ」
 力なく呟く男衆の中で唯一元気を持て余しているのは、カイルだけ。彼だけは女性陣に混じって、買ってきたアクセサリや服の確認に余念が無い。
「それより、明日はどうしますの?」
 今日はこのまま一泊して、明日帰る予定になっていた。行きと同じ宿場に泊まるなら、こちらは昼過ぎにゆっくり出れば十分なはずだった。
「じゃあ、今度はルービィちゃんも込みで」
 ルービィと一緒に回ったのは、化粧品と服の店だけ。アクセサリも見ていないし、もちろん今日買った服に合う物も見直しておきたかった。
「そういえば、今日美味しいお店、たくさん見つけたんだよ!」
「じゃあ、お昼はそこで食べて、それから帰りましょう!」
 女性陣は息を合わせて、元気よく声を上げてみせる。
「…………………本当に、元気だな」
 午前中は、恐らくは今日以上の時間との勝負になるはずだった。
 激闘と言うにも生温い戦いになる事は、想像に難くない。
「全くデス」
 唯一の救いは、昼食にルービィやダイチお勧めの美味しい物が食べられるであろう事……くらいか。

 女性陣が明日の戦いに声を上げ、男性陣が心を沈ませている頃。
 ミラの研究室に姿を見せたのは、フードを被った女性だった。
「どうした、アルジェント」
 技術院はその性質上、夜も閉まる事がない。ミラは半ばそこで暮らしているような生活を送っていたし、副業の宿屋では二十四時間の対応を必要とされていたが……それでもこの時間の訪問は、あまり歓迎出来るとは言えなかった。
「もう一つ、聞きたい事があって……」
 昼の来訪で問わなかったという事は、他の皆には聞かれたくない問いだったのだろう。
 小さく頷き、ミラは続きを促してみせる。
「古代主義者の老人達について、何か知らない?」
 それは、先日アリスから教わった事だ。
 幼い彼女に大いなる儀式を施したという、『老人達』。アリスの話では、彼等は古代の技術に傾倒した者達であると言う。
 その名がアルジェントの口から出てきた事が意外だったのだろう。ミラは僅かに驚いた表情をして……。
「……あの連中は本物のスピラ・カナンに至る事しか考えておらん。縁が切れているなら、関わらん方が良いぞ」
 やがて、小さくそう呟くのみだ。
「本物……? もう彼の地に至る技術なんて、この世界のどこにも残っていないでしょう」
 星の海を渡り、巨大な機械の兵士を従え、死の砂漠を緑豊かな惑星に作り替える技術を持っていたのは、一万年も昔の話。度重なる文明の崩壊と再構築の中でその術は少しずつ失われ、今ではその欠片さえありがたがられる程だ。
 そんな時代に再び星の海を渡ろうなど、夢のまた夢である。
「そもそも、そんなもの本当にあるの?」
 星の海の彼方にあるという、約束の地。
 この星の名、大陸の名と同じ名を持つその地は、月の大樹が本来目指すべきだった場所。
 けれどそれは見つからず、それが故に月の大樹はこの星に根を下ろしたと、この星の創世物語には記されている。古代人の証言からも、それは間違いないものだとされているが……。
「ある。証拠はお前の中に」
 大きめの椅子に身をもたせかけたミラの言葉に、アルジェントは思わず身を固くする。
「……どこまで知っているの、貴女は」
 当たり前だが、ミラにアルジェントの中に宿る者の話などしていない。それを知っていると言う事は……もしかしてミラは味方ではなく……。
「連中のしている事の全体像を把握しているわけではないから、どの程度かは分からん。が……少なくともお主ら宿泊客の敵ではないし、ここで騒ぎを起こす気もないよ」
 信じるべきか、信ぜざるべきか。
 それを問うことは、ミラはしない。
 ただただ淡々と、言葉を紡いでいくだけだ。
「本物の約束の地までの方向と距離は、遺された記録の中で概ね分かっていた。ならば、魔法や秘術を使ってそこに住む民を呼び出す事は、困難ではあるが決して不可能では無い」
 魔法の中には、召喚魔法という類の魔法がある。別の場所に住まう魔物や小動物、特定の位置に置いた道具などを呼び出せる魔法だ。
 そんな技術を応用すれば、別世界と呼んでも差し支えのない、遥か星の彼方から相手を呼び出す事も不可能では無いはずだった。もっとも、どれほどの儀式と手間を重ねれば成されるのかはミラにもアルジェントにも見当も付かなかったが。
「じゃあ、神って……」
 アルジェントの中に宿るのは、神の魂か心とでも呼ぶべき存在だ。
 その正体は……。
「さあな。それを調べるのが、冒険者……と言いたいが」
「……深くは突っ込むな、ね」
 小さく頷くミラに、これ以上は聞いても無駄だと悟ったのだろう。
 軽く一礼すると、アルジェントはミラの研究室を後にするのだった。


 アルジェントが部屋を出て行った後。
「だいぶ怒ってたみたいだけど、良いのかね」
 隣の部屋から入ってきたのは、身なりの良い小太りの男だった。
「良いさ。ここで全てを話しても、彼女のためにはなるまい」
 男の淹れてきたコーヒーをすすり、女研究者は小さく息を吐く。
 窓の外を見れば、ちょうどアルジェントが技術院を後にする所だった。
「本物のスピラ・カナンに辿り着いたという、赤い箱船の長か。知識、技術、確かに今の我々にとっては、神にも等しい存在だろうが……」
 元を辿れば、彼等も月の大樹に乗っていた者達と根源を一つにする存在だ。
 どこからどこまでが神と呼ばれる存在で、どこからどこまでが人なのか。彼や古代人を見ていると、そういった定義がしばしば曖昧になってしまう。
 もちろんそんな定義を引き直すのも、彼女たち科学者の仕事の一つであるのだが。
「そうだ。ミスティに頼んでいたもの、やっと届いたよ」
 思い出したように呟き、引き出しに片付けていたそれを机の上へと置いてみせる。本来の形を取り戻したそれに、小太りの男は表情を綻ばせた。
「これでこちらは何とかなりそうだね。……ガディアは大丈夫そうかい」
「貴方の所のアシュヴィンを筆頭に、皆が良くやってくれているよ。例のコートの件も、色々調査をしたようだ」
 昼間、忍が持ってきたカナンの報告書を渡すと、男は無言でそれに目を通し始める。たっぷりと時間を掛けて読み終えた後、男の顔に浮かぶのはどこか困ったような表情だ。
「流石だね。後は……僕のクローンが迷惑を掛けているのか。ハートの女王とアリスが処分したと思ってたんだけど」
「大変らしいが、そちらも何とかするだろう。そのぶん、こちらも出来る事をしなければな」
 そのために、彼も彼女もここにいる。月の大樹のカナンやシノ、ここまでやってきた忍達と同じように、自らのすべき事を為すために。
「秋祭りまでには戻りたかったけど……無理そうだね」
「まあ、春までには戻れるだろうさ」
 穏やかに呟き、ミラはコーヒーをもう一度口にするのだった。


続劇

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