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 15.そのひとことに、キヲツケロ!

「この辺りって、北とは全然違うんだな」
 翌日、ゆっくりと街を見回したフィーヱが漏らしたのは、そんな感想だ。
 白亜の建物が多いのは北部と同じだ。
 しかし工場などを中心とした大きな建物が目立つ北部と違い、南部は低い一戸建てや、商店らしき家の割合が多くなってくる。
 先日、暗殺竜を引き付けて逃げ回っていた時はそんな余裕もなかったが、ゆっくり見れば北と南では街の構造が根本から異なっているのが分かる。
「住宅街ですからね。北は工業区域でしたから」
「向こうが工房でこっちが住宅って、結構距離が離れてますよね? 皆さん、馬車か何かで移動してたんですか?」
 薬のおかげで体調を取り戻したアギの言葉に、フィーヱ達も顔を見合わせるだけだ。
 ガディアの街くらいなら歩いても知れているが、メレーヴェは遺跡として残っている所だけでもガディアの数倍の規模がある。南の住宅街から北の工場まで移動するとなると、それだけで大仕事になるはずだ。
 工場勤めの者にも家族はあっただろうし、北部の工場にあった小さな宿舎だけで賄えていたとも思えない。
「古代では、コウさんが使っているような速い乗り物が人間用にも多くあったと聞いていますから……恐らくはそういった手段で移動していたのでしょう」
 街区の間に渡る広い道路を歩きながら、ヒューゴは彼方を眺めてみせる。
 はるかメレーヴェの北部まで繋がる直線の道路は、その街が明確な都市計画に基づいて作られた物であることを示している。歩けば相当な時間のかかるその道も、馬車より速い移動手段を使えば、あっという間だったのだろう。
「それよりアギさん、大丈夫?」
「こうやって普通に歩いているぶんには、大丈夫です。今日は探知が使えなくて、ご迷惑お掛けしますが……」
 昨日の薬のおかげで、気力はある程度回復している。ただ、力の消耗の多い探知の術が使えるまでには至っていなかったが。
「倒れられるよりいいだろ。……ん?」
 視界の隅に動く何かを見つけ、フィーヱは同行者の肩を飛び降りた。


 森の中にちらちらと舞うのは、穏やかな輝きを見せる小さな蟲たちだ。
「おっ? こんな所に光蟲がおるやないの」
「何だかぼんやり光ってるのだ。明かりにでもするのか?」
 昼間だというのに見える光は、蛍などの放つそれよりもはるかに明るい。
 束で集めれば明かりの代わりに使えそうだったが……冒険者であれば電灯で代用出来るし、リント達魔法使いなら光の魔法があるから、そこまで必要な場面はなさそうに思える。
「知らへんの? こいつをな……よっと」
 ゆっくりと舞うそれをネイヴァンは苦も無く捕まえて、一匹をリントに渡してやる。
「何をしておる、おぬしら」
「それをやな。こう持って……パキってやってみ?」
 どうやら、光っている腹の辺りを潰すことで利用価値が出て来るらしい。
 リントはネイヴァンが持っているように光蟲を持ち……。
「こう持って……パキッ」
「ちょっ! おぬし!」
 その様子を眺めていたディスが叫んだ時にはもう遅い。
「ギニャーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 辺りに響き渡るのは、手元から放たれた強烈な閃光に上げる、リントの絶叫だ。
「何事デス……? 閃光玉の暴発デモしましたカ?」
「なんでもない。リントがネイヴァンにそそのかされて、光蟲を潰しただけじゃ」
 閃光と同時に瞳を閉じていたディスは、上空から戻ってきたアシュヴィンにため息を一つ。
 光蟲の腹部にある発光器官は、リントのように強引に破壊すれば体内の液体が反応を起こし、数秒後に強烈な閃光を解き放つ。本来は光蟲の求愛器官と防衛機能を兼ねたものだが、それを狩りの道具として転用したのが冒険者の使う閃光玉なのである。
「ああ、なら良かったデス」
「よくなんかないのだ! 目が! 目がー!」
 よたよたとその場をふらついているリントの様子を見て、ネイヴァンはゲラゲラと笑っている。とりあえずリントをフォローすべきか、捜索を優先すべきか……アシュヴィンも、困ったような表情を浮かべるだけだ。


 ゆっくりと白亜の道路を歩くのは、一メートルほどの亀である。
「あれか?」
「いえ、あれはただのリクガメですよ。目的の亀じゃありません」
 ヒューゴの言葉によく見れば、確かにその亀はちゃんとした太い足で歩いていた。今回の目的である代用海亀のように、ヒレ状の足ではない。
「そういえば、代用海亀ってどんな奴なんだ? ヒレがどうこうって名前なんだろ?」
 フィーヱも依頼の話で何となく聞いていただけで、細かい姿はよく分かっていなかった。
 ヒレで歩くカメという絵面がどうにも想像しにくいが、そこまでインパクトのある生物なら、見れば分かるのだろうが……。
「ヒレアルキリクガメですね。あの亀のように足ではなく、ヒレ状の足を使って歩く亀ですよ」
「それって……やっぱり、魔法生物なんですか?」
 まともな進化を辿ったのなら、ヒレで歩く生物がわざわざ陸に上がる理由は考えづらい。どこかの魔法使いが道楽で作り出した魔法生物なら、分からないでもないが……。
「そのような痕跡はないらしいですが……これからの研究が待たれる生物の一つですね」
「要するに、何も分かってないって事か」
 そんな怪しげな生物をスープにして大丈夫なのかとも思ったが、研究者のそれと料理人のそれは目の付け所が違うのだろう。
 それに冒険者が果たすべきはそこではなく、まずは依頼を果たす事だ。
 面倒なことは後で考えることにして、フィーヱはリクガメを探すべく、屋根の上へと跳躍する。左の瞳が数度赤く瞬き、周囲の様子をゆっくりと見回すが……それらしき物は、見つからないままだ。


続劇

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