-Back-

 14.ランスと叡智

 その日の晩。
「竜はいませんデシタ」
「竜はおらへんかった」
「竜は見つからなんだ」
「みんな目的がおかしいのだ……」
 焚き火を囲んでの報告に、リントだけが頭を抱えていた。
 こそこそと竜探しをするのもどうかとは思うが、かといってここまで堂々と言ってしまうのもそれはそれで何か違う気がする。
「僕も特に珍しいものは発見出来ませんでした」
「ヒューゴまで……!」
 かと思えば、まとめ役のヒューゴ自身も、遺跡で何も見つけられなかったことにため息を吐く始末であった。
「いつものこと」
 そもそも海亀自体は、大して凶暴な魔物というわけでもない。住処が山岳遺跡で遠く、周囲に暗殺竜の居る可能性がある事でこうして大人数での探索になっているが……それが無ければ、本来は運び手数人がいればカタの付く程度の依頼なのだ。
 暗殺竜の退治と警戒に人手を割くのも、あながち間違った判断ではない。
「まあ、亀も暗殺竜対策で住処を変えているんでしょう。期日まで余裕もありますし、気長に探せば何とかなりますよ」
 街の探索も始まったばかり。水場の位置は候補が絞られているし、見つかるかどうかも定かではなかった前回の部品調査に比べれば、そう時間がかかるとも思えなかった。
「そういえば、暗殺竜ってどんな戦い方をしてくるの?」
「何や。戦うたことないんかいな」
「草原の国では、戦えなかったから」
 草原の国でのかの竜は、建国王との神話もあって、王家に縁の深い竜とされている。目撃例はそれなりにあるが、その討伐を行えるのは王家から直々に依頼された貴族や騎士団などごく一部の者達だけだったのだ。
 もちろん噂は聞いたこともあるが、実際に剣を交えた事はない。
「大丈夫や。こんだけ数が居んのやから、暗殺竜なんか落とし穴にでもハメて数でボコボコにしたったらええねん」
「それで?」
 焚き火の傍ら、ネイヴァンが磨いているのは、身の丈以上もある長大なランスである。
「おう。暗殺竜狩りなら、ランスて相場は決まっとるやろ!」
 相場と言われても、何の相場かはよく分からない。草原の国で暗殺竜の討伐を行っていた騎士達は、槍や弓を使っていたはずだが。
「ネイヴァンの言う事じゃ。あまり真に受けぬ方が良いぞ」
 その対応が一番正しいのだろう。ネイヴァンもランスの手入れに夢中で気にしている様子はないし、それ以上は話を引っ張らないことにする。
「面倒なのは、暗殺竜よりもアリス達とマッドハッターだろ」
 呟くフィーヱに、お茶の用意をしていたアシュヴィンは静かにその手を止めた。
「来るかの。……出来る事なら、相手にはしたくないが」
 貴晶石の回収を目的に動くアリス達が暗殺竜を狙って現われる可能性は、確かに否定出来ない。もちろん、今回の任務には関係の無い相手である以上、戦わないに越した事はない相手ではあるが……。
「そこは何とも言えない所ですね。来たら来たで、何とか対応するしかありません」
 竜が現われる可能性すら『かもしれない』なのに、それを追ってくる『かもしれない』アリス達の予想までは立てられない。警戒するに越した事はないが、そこまで考えていては、身動きが取れなくなってしまう。
「とりあえず竜って事か。……この前いたのは、俺とヒューゴだけか」
 この遺跡で暗殺竜と戦ったのは、先日の調査の時だ。一対で動くと言われる暗殺竜の残りがまだ遺跡に残っているのではないか……と言われているのだが。
 今のところそれらしき痕跡は見当たらないし、草原の国では放浪竜と呼ばれる竜だ。他の場所に移ってしまった事も考えられる。
「僕も一度、戦ったことあります。二匹で動いている時は片方が囮になって、そちらに気を取られている隙にもう片方が物陰から襲いかかってくるのが基本ですね」
「フェイントか……」
 そういった計略を用いてくる戦い方も、暗殺竜という名で呼ばれ、恐れられる理由の一つ。また、他の竜よりもはるかに高度な戦術を用いる知性を持つが故に、竜の中でも何か別の役割を持って各地を放浪しているのではないか……と言われる所以となっている。
「じゃあ、一匹だとどうなるのだ?」
「囮を使わずに背後から一撃じゃよ。相手は音を立てずに忍び寄ってくるが故、防ぐ暇も無い」
 先日の戦いでは、その戦法で数名の冒険者が犠牲になった。
 中には冒険者として数十年を経た古参もいたのだ。圧倒的な攻撃力を持つ竜種は、長年の戦闘経験だけで対処が出来るほど甘い相手ではない。
「後は、どうやって相手の動きを察知するかだな」
 そのためには、高所から相手の動きを偵察出来るアシュヴィンや、探知魔法の心得のあるアギの力が重要になってくるが……。
「……アギ?」
 そんな鍵を握る少年は、その場にうずくまっているではないか。


 苦しそうにうずくまったまま、少年はこちらからの答えも返さない。
「あぅぅ……治癒魔法じゃ、どうしようもないのだ」
 ロッドを手に悲鳴じみた声を上げるのは、リントだ。
 彼の使う治癒魔法は、いわば怪我を癒す魔法である。骨折や裂傷などの物理的外傷には大きな効果を発揮するが、病気や体質的な不調への効果は無いと言って良い。
「だ、大丈夫……です」
 ようやく返ってきた言葉でも、大丈夫ではない事が分かるだけだ。
「アシュヴィン、何とかならないのか?」
 フィーヱの誰かの言葉に、いつもなら何でも何とかしてみせる黒服の執事も、残念そうに首を振ってみせるだけ。
「アルジェント様ならトモカク、ワタシでは応急手当くらいシカ……。ヒューゴ様、何かご存じアリませんカ?」
「僕も医療関係は専門外ですよ。ある程度の薬の持ち合わせはありますが」
 症状の正確な判断が出来なければ、薬があっても処方のしようがない。足りなければ効果は無いし、最悪、症状を悪化させる事にもなりかねない。
「少し休めば……何とか……」
 今にも倒れそうな表情でその場に横になり、アギは浅い呼吸を繰り返すばかり。明らかに、休めば治ると言った質のものではない。
 だが、答えは意外な所から来た。
「……重度の気力欠乏症やろ。寝とくか、薬飲むしかないで」
「ご存じなのデスカ? ネイヴァン様」
「魔法使いが魔法使いすぎたら、倒れるやろ。あれのキッツい版や。知らんの?」
 魔法使いが魔力切れで倒れる事は良く知られているが、こういった症状にはならない。そこがただの気力切れと、病気に分類される症状の差なのだろうが……。
「相変わらず変なことばっかり知ってるね」
 ともあれ、今日はその偏った知識に助けられたことは違いない。
 症状も基本的な対処法も分かったのなら、どんな薬が有効かも分かる。後はそれをヒューゴが持っていれば、事態は解決出来るだろう。
「それで、薬とは何じゃ?」
「薬? そんなんあるんか?」
「自分でそう言ったのだ!」
 ただ一つの問題は、ネイヴァンがどこまで自身の知識を引き出せるかであった。
 もっともそれが、一番の問題なのだが。
「……竜の肝の秘薬だ」


 現われたのは、ネイヴァンよりも背の高い男だった。
「誰?」
 大剣を背負い、倒れてうずくまったままのアギの前にしゃがみ込むその男は、セリカには面識のない男だ。『月の大樹』に出入りする冒険者は、おおかた顔見知りになったはずだが……。
「兄……さん……」
 絞り出すようなアギの言葉に、着ている服の意匠がアギのそれに近いことに気付く。
 どうやら彼も、森の民の一員らしい。
「ミスティに、この辺りにいると聞いた。薬だ」
 だが、男が薬を差しだしたことで安心したのか、アギは薬を飲むより先に気を失ってしまう。
「眠ってしまいマシタが、大丈夫なのデスカ?」
 呼吸はやや乱れ気味だが、少なくとも落ち着いた様子ではある。兄は弟の症状を知っているだろうし、彼も慌てて薬を飲ませる様子はないから、命の危機というわけではないのだろう。
「少ししたら、起きると思う。起きたら、飲ませてやってくれ」
 頷くアシュヴィンに薬の入った袋を預け、巨漢は静かに立ち上がる。森の民で分厚い鎧などは身に付ける習慣がないのか、動く時にも鎧の鳴る音ひとつしない。
「一緒にいないの?」
「群れるのは、好きじゃない」
 そう言い残し、男は森の方へと去って行く。
「……えらい人見知りな兄ちゃんやな」
「あれ、人見知りって言うんだ……」
 彼がアギ達と一緒に居ないのは、もっと別の理由がある気もしたが……冒険者として動く者の理由など様々だ。誰も根掘り葉掘り問いかけるような、不作法な真似はしない。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai