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 11.さがしものはなんですか?

 ぱちぱちと目の前で爆ぜるのは、焚き火の炎。
 少女は膝を抱え、黙ったままその炎を見つめている。
「薪の炎は珍しいか、アヤキ」
 穏やかに微笑み、焚き火に新たな小枝を放り込むのは、向かいに座る青年だ。
「……別に」
 アヤキと呼ばれた少女は、青年の問いにもそれ以上は答えない。
 貴重な植物を暖を取るためだけの燃料などに使うのはどうかと思ったが……青年は既に幾度もこうしたビバークの経験がある。きっと、天然植物を使った炎さえ見るのが初めての少女には分からない理由で、こんな事をしているのだろう。
「初めての野外実習はどうだった」
「大丈夫です。問題ありません、教官」
 肌にぴったりと密着するアンダーシャツは、炎などなくとも体温を調整してくれる。その外に着た上着は、外敵から身を守る防具と、サバイバルキットも兼ねたものだ。
 それに、彼女達の背後にあるものを加えれば、問題など起きるはずがない。
「焦るなよ。誰かを護るために、あの操縦桿を握ってんだろ?」
 そんな少女の様子に笑みを絶やす事無く。教官と呼ばれた青年は、目の前に控える十メートルはあろうかという巨大なヒトガタを頼もしそうに見上げている。
「誰の言葉です?」
「俺にガーディアの乗り方を教えてくれた人……君の親父さんさ」
 教官の言葉に、少女は膝を抱えたまま、細い眉根を寄せてみせる。
「父はコンピュータ技師だったって……」
 少女が幼い頃、事故で亡くなった両親は……その中でも父親は、優秀なコンピュータ技師だったと聞いていた。残された写真と幼い頃から聞いてきた彼の姿と、いきなり出てきた人型兵器の教官という側面は、少女の中ではいまひとつ結びつかないままだ。
「開拓の初期は、グリー・ニィルはどこも人手不足でね。君の親父さんもガーディアの調整だとか、新人育成だとか、色々駆り出されてたんだよ」
 今も決して人手が足りているとは言えないが、それでも新人に野外実習を行う程度の余裕はある。それに、天然の植物で焚き火を行う程度の贅沢も。
 人工冬眠で眠りに就く前に比べれば、雲泥の差と言って良い。
「それに、親父さん達みたいな人を出さないために、アレに乗るんだろ? だったら、なおのこと味方を信じろよ」
「それも父の言葉ですか……?」
 アヤキの問いに、教官はそれ以上答えない。
 ただ穏やかに、微笑んでいるだけだ。

 ガディアから北に向かい、山を越えれば辿り着くのはメレーヴェの都。
 はるか古代にはこの南域の中心地として栄華を誇ったというそこは、街道を外れ、誰も住むことのなくなった今も、白亜の偉容を保ち続けている。
「見つからないね」
「本当にこの辺りにいるのか? ヒューゴ」
 白亜の都市遺跡を見遣り呟くのは、白衣の青年の肩に腰を下ろしたルードである。探索中に暗殺竜の襲撃を受けた場合を考えてか、先刻までは一行の一番後ろを歩いていたのだが……周囲に大きな気配も感じられず、今はこうして青年の肩から辺りを眺めていた。
「ええ。ヒレアルキリクガメの性質を考えても、この辺りにいるはずなんですが」
 商業地や住宅街の多い都市の南部は高い建物も少ないため、日当たりは良く、石畳の街は全体的に乾燥している。近くには程良い水場もあるし、陽光と乾燥を好むヒレアルキリクガメが住むとすれば、まさにうってつけの場所なのだが……。
「暗殺竜が近くにいるから、警戒して住処を変えたんじゃないのか?」
 さして動きも速くないリクガメであるが、それ故に十分な危険察知能力がなければ今まで生きて来られるはずがない。暗殺竜の気配を感じ、住処を移した可能性は少なくはない。
「その可能性も否定出来ませんが。アギさん、辺りにそれらしい気配はありませんか?」
「リクガメくらいの大きさだと、ちょっと反応に掛かりづらくて……暗殺竜くらい大きいと、すぐ分かるんですが」
 大きく柏手を打ち、周囲に気力の波を送ってみるが……。
 それに返ってくる反応は、大きなように感じても小さな虫が集まっているものだったり、全く別のウサギやシカだったりと、目標とはほど遠いものだった。
「なら、探すしかないね」
 結局、地道に探すしかないのだ。
 セリカの言葉に頷き、ヒューゴ達は捜索を再開する。


 空からゆっくりと舞い降りてくるのは、黒い翼だ。
「周囲にそれらしき姿ハ無いヨウデス」
 黒服の執事の報告に、ネイヴァンはがっくりと肩を落としてみせる。
「何や、つまらんなぁ……。おらんと話にならんやないの」
「そうじゃな。もう少し北を探してみるか」
 ディスの北という言葉に首を傾げたのは、傍らにいたリントだ。
「北だと森に入っちゃうから、南を探した方がいいと思うのだ!」
 探索のためにメンバー分けする前の話である。ヒューゴの話では、リクガメは日当たりが良くて水場に近い乾いた場所……南に広がる市街地周辺に住んでいるだろうという話だったのだが。
 ただでさえこの辺りは街外れに近いのだ。これ以上北に向かえば、森の中に入ってしまう。
「……?」
 だが、リントの言葉に他の面々は困ったような……あるいは、何を言っているのか分からないといった表情をしてみせるばかり。
「ど、どうしたのだ? 依頼は、亀探しなのだ!」
 そう。亀探しである。
 体調を崩した草原の国の王女のため、滋養のある料理に必要なヒレアルキリクガメを捕まえてくるのが今回の依頼だったはず。
「はぁ? 亀なんぞどうでもええねん。竜や、竜」
 即答だった。
 ランスを背負ったネイヴァンの隣では、ディスも同じように頷いているではないか。
「え、ええっと……」
 最後の助けと、黒服の執事に視線を泳がせてみるが……。
「申し訳アリマセン。ワタシも、今回は竜が目的デ……」
 そういえば、移動の最中にもそんな事を言っていたような気がする。
 ということは、四人のメンバーの中で、亀探しをする気があるのは……。
 そして、亀よりも竜を優先したいのは……!
「ほれほれ。今日はフードの姉ちゃん居れへんから、治癒魔法は任せるのだーとか言うとったろ、猫。頼むで」
 ずるずると引き摺られて森に近い所に向かいながら、リントはメンバー分けを間違えてるんじゃないかと思わざるをえないのだった。


続劇

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