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 9.ミミズフィーバー

 目の前でゆらゆらとうねっているのは、大人の腕ほどの太さの筒状の物体だ。
 一メートルはあろうかという蛇腹状の胴体は自在に動き、間合の内ならばどこにでも襲いかかってくる様子だったが……。
「ああ、確かにこりゃなんつーか……」
 その一メートルの外から律はゆっくりと矢をつがえ、ひょうと放つ。
 ゆらゆらとうねるロックワームはその攻撃を回避する事も無く、ぐさりと貫かれても相変わらずゆらゆらとうねっているだけだ。
「……的だな」
 ロックワームは動物ではあるが、足に相当する器官がないため、生えているその場から動くことがほとんど出来ない。故に、一メートルという向こうの間合の外からは、攻撃し放題なのであった。
「適当に弱らせるって、こんな感じでいいのか?」
 矢に貫かれたせいか、うねるワームのうねり具合は先程よりも元気がなくなってきている。移動する力はなくとも、その辺りはやはり動物だ。
「はい、大丈夫です!」
 そんなワームにイーディスが果敢に飛びかかり、構えた槍を一気に突き立てた。淡い輝きがその場を一瞬照らせば、うねっていたワームはその場に力なく崩れ落ちる。
 イーディスが引き抜いた槍の中央に挟み込まれているのは、淡い輝きを放つ魔晶石だ。
「なんか、あんまり良い気分じゃないですね」
 緩慢な動きでこちらに反撃を仕掛けてくるロックワームを避けながら、カウンターを叩き込む。ジョージに注意がいっている間に、イーディスは次の一撃を背後から叩き付けた。
「まあ、これも仕事だしなぁ……」
 動けない相手に一方的に攻撃するのは罪悪感がないでもなかったが、それも依頼である。しかも作ったばかりの弓の試し打ちまで出来るとなれば、美味しい仕事であることは間違いなかった。
「にしても、相変わらず面白い武器だな。それで魔晶石が作れるんだよな?」
「そうですよ。ボク達の体内と連動してるとか何とかで、他の種族のかたには使えないらしいですけど」
「まあ、電子部品だろうからそうだろうな。……よっ!」
 次の矢をつがえ、その先にいるワームに解き放つ。
 不規則にうねってはいるが、予測出来ないほどに激しい動きでもなかった。跳んだり跳ねたりする相手に速射で当てることを考えれば、止まっているにも等しい。
 しっかりと狙って放った一撃は、ワームの胴体を一直線に捕らえて貫く。
「まあまあだな。もうちっとマハエに調整してもらうか……」
 だが、狙っていた場所からは僅かに逸れでもしたのだろう。律は小さくそう呟いて……。
「…………いや、自分でやろ」
 どこか疲れたように、そう言い直す。
 調整代もタダではないのだ。良心価格ではあるだろうが、これ以上借金が増えるのは勘弁願いたい所だった。
「律さん!」
「うおっ!?」
 洞内に響くその声に意識を戻せば、足元をぼこりと砕き、細めのワームが生えてきた。慌てて半歩退いて、懐の刀を引き抜きざまに切りつける。
「あーっ! 真っ二つにしちゃダメですよー」
 ロックワームの体はあっさりと矢に貫かれる事からも分かるように、そう頑丈なわけではない。鋭い刃の一撃を受ければ、あっさりと切り裂かれてしまう。
「悪ぃ、つい足元から生えてきたからビックリしちまって……」
「大丈夫かなぁ。致命傷になってないかなぁ……」
 唐竹の如く袈裟懸けに切り裂かれたロックワームは、半分の長さになってもその場で力なくうねうねとしているだけだ。イーディスは恐る恐るその半身にビークを突き立ててみるが……。
「危なかった……」
 幸いなことに、引き抜いた槍の先に収まっているのは、ぼんやりと輝く魔晶石だった。


「でえええええいっ!」
 洞内に響き渡るのは、裂帛の気合。
「とりゃあああああっ!」
 十五センチの小さな体が縦横に駆け、その身ほどもある巨大な刃で大人の腕ほどの太さのある巨大ミミズを容赦なく切り裂いていく。
「ちょっと、コウー。こっちのロックワーム、魔晶石にしてよー!」
「おう………っと!」
 背後からの声に一時停止。ターンを掛けようとすれば、足元がぼこりと崩れ、その内から巨大な口が顔を覗かせる。
(やば……っ!)
 崩れた足元では、跳躍も急加速も出来ない。
 万事休すと思われた一瞬、足元から迫る巨大な口を横殴りに吹き飛ばしたのは、コウ自身よりもはるかに巨大な盾の一撃だった。
「大丈夫? コウ」
「お前、なんでそんなに慣れてるんだ?」
「だよな。俺も気になってた」
 ロックワームを気味悪がる様子がないのもそうだが、うねる動きにもやたらと順応しているように見える。カイル達にとっては強敵でもなんでもない相手だが、まだ駆け出しのルービィならもう少し苦戦してもいいはずだが。
「あたし、こういう所が遊び場だったもん。ロックワームはさすがに見慣れてるよ」
「そういえばルービィちゃん、鉱山の街の生まれだったっけな」
 戦ったことがあるかはともかく、動きは良く知る相手だったらしい。
「なるほ……どわっ!」
 納得したカイルの足元が崩れ、新たなロックワームが巨大な口を覗かせる。
「でりゃーっ!」
 その牙を正面から受け止め、力任せに押し切るのは、やはりルービィの大盾だ。
「カイル、油断してると危ないよ? こいつら、岩だってバリバリ食べちゃうんだから」
 確かにロックワームは強敵ではないが、その牙自体は岩をも食らう鋭いものだ。まともに噛み付かれれば、人間の肉はもちろんルードの体でも無事で済むはずがない。
「むぅ。気ぃ付け………」
 そう言いかけて、カイルは弓をつがえたボウガンを無造作に解き放つ。
「ひゃっ!」
「……言ったそばからお前もな、ルービィちゃん」
 ルービィの足元、鋭い矢で縫い付けられたロックワームを確かめて、カイルは悪戯っぽく微笑んでみせるのだった。

 夜の闇を照らすのは、穏やかな人工の光。
 かつて調査に入った時は、屋根の残った遺構の一角で風雨をしのぐのが精一杯だったが……今回一行を迎えたのは、小さいがきちんと整えられた山小屋だった。
 魔晶石農場が人を雇って機能するようになれば、彼等の宿舎になるのだという。
「りっつぁん。何やってるの?」
 そんな宿舎の一角で座り込んでいた律に声を掛けたのは、ルービィだ。
「何っておまえ、見りゃ分かるだろ。矢の修理だよ」
 鏃を磨き、矢羽を整える。折れてしまった物は、鏃と矢羽だけ取り外しておく。
「へぇ。使い捨てなのかと思ってた」
「狩りだの何だの言ってる時は、そうも言ってられねえけどな」
 何となく見に来たコウの言葉に、律は苦笑いをひとつ。
 矢は消耗品だが、けっして安いものではない。今回のように余裕のある時は、なるべく回収して再利用するのである。
「この位の長さと重さが、一番良い具合に飛ぶのかね……」
 特に今回は、弓の新調に合わせて矢も幾つかの物を用意していた。
 射程距離によって矢の種類を変えられるのが理想だが、荷物の限られる冒険者ではなかなかそうも言っていられない。汎用性の高い矢が見つかるなら、それに越した事はないのであった。
「ねえねえ。この短刀って、ドワーフ製?」
 考え事をしている律の様子に飽きたらしい。次にルービィが興味を寄せたのは、ドワーフならではと言うべきか、律が脇に置いていた懐刀だった。
「違えよ」
「じゃあ海の国?」
 海の国では、ドワーフ鍛冶にも匹敵する鋼の加工技術がある。彼女の故郷でも、そこから技術協力にやってきた鋼職人が幾人もいた。
「そりゃ、俺のカミさんが作った奴だ」
 ひょいと取って、矢の軸に僅かに触れさせる。
 鋭く研がれた鋼の刃は、軽く撫でるだけで音も無く竹の繊維を削ぎ取っていく。しっかりと手入れされている刃ではあるが、それを差し引いてもその辺りの刃とは別次元の切れ味である。
「律さんの奥さんですか」
「そいや、居るとか言ってたな……」
 律が目覚めた時には、既に近くにはいなかったのだという。
「凄く綺麗………」
「あんまり見んなよ。取り込まれるぞ」
「取り込まれるって、妖刀か何かかよ」
 再び刃を置いて矢の調整を始めた律の言葉に、コウは思わず苦笑してみせるのだった。


続劇

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