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お菓子コンテスト編
 6.勝者と敗者


 槍の一撃を回避した所に迫るのは、ボウガンの矢。
 それを避ければ、体勢を整え直したダイチの一撃が来る。
(これ以上は、手がないか……)
 槍とボウガン、そして事前に仕込んだ幾つかのトラップ。魔法使いのように無数のカードを持てない身である以上、相手がこちらの動きに慣れる前に、限られたカードの応用で新たな策を考えるしかないのだが……。
「マハエ!」
「おう!」
 形振り構わないというのであれば、策もないわけではなかった。
 けれど、後方の一般客に気付かれない事が最優先である今、言うほど思い切った手を取るわけにもいかないのだ。故にこうして、場つなぎ的な連係攻撃で時間を稼いでいくしかない。
「やっておるな」
 そんなギリギリの戦いの中。
 掛けられたのは、限界とはほど遠い、呑気な声だ。
「遅えぞ二人とも! 呑気に菓子とか食ってんじゃねえよ!」
 モモと、ミスティだ。
 ターニャも来るかと思ったが、恐らくは表彰台に上がっているのだろう。もちろん観客に異変を悟られないためには、勝者である彼女はそこにいるべきだった。
「せっかく来てあげたのに何よその言いぐさ。今日はお菓子のために来てるんだから、お菓子は食べるに決まってるでしょ!」
「俺の命は菓子以下か……」
 モモに道を空けながら、マハエは小声で嘆息する。
 だがそれも、余裕が出来たが故に吐けるぼやきである。
「あぅぅ……オイラもお菓子食べてから来れば良かった」
「おぬしのぶんは取っておいてあるぞ。安心せい」
「ホント!? やった!」
 ダイチと入れ替わるように叩き込まれるのは、モモの蹴りの一撃だ。龍族のウェイトを叩き込んだ重い一撃に、マッドハッターもガード姿勢を取ったまま大きく吹き飛ばされる。
 一度背中から落ち、二度目のバウンドで体勢を整え、三度目には無事に着地して。
「けど、後ろの連中に気付かれるわけにはいかねえぞ。気を付け……」
 その、瞬間。
 マッドハッターの足元に仕込まれていた爆弾が、容赦なく天上に向けて火柱を放つ。
「なーっ!」


 空に続けて炸裂するのは、ドラムロールの後に上がった花火だった。
「優勝は、ターニャさんの葛餅&わらびもちですわ!」
 表彰台の中央に立つターニャに向かって放たれるのは、一斉の拍手。
「次回は勝たせていただきますわよ」
 惜しくも二位となった忍も、穏やかに微笑んでいる。もちろん司会の彼女が表彰台に登りっぱなしというわけにもいかないから、代理でナナトを立たせていた。
「もちろん。来年も良い勝負、しましょうね!」
 ちなみに三位は変わった飴玉が意外な人気を博したミスティである。表彰式の時点で彼女は会場のどこにもいなかったが、彼女がふらりと姿を消すのはいつものことだったので、誰も不思議には思わなかった。
「それでは一位のターニャさんには、優勝のトロフィーをノア殿下から進呈していただきますわ!」
 表彰台から、一位のトロフィーを受け取ってみせる。
 勝者を称えるように、ノアはターニャの身をそっと抱き寄せて……。
「殿下。曲者が近くまで来ています。お早くお戻りくださいませ」
 その瞬間に耳元にターニャが囁くのは、警告の言葉だ。
「……分かりました。皆には感謝を」
 警備の兵や、一般審査員席にいるはずのモモが人知れず姿を消していた段階で、異変には気付いていた。そして、それに気付かぬ素振りをしてみせることが、自分に与えられた役割なのだとも。
 何事もなかったかのようにターニャの身を離し、ノアは小さく一礼をしてみせる。


 吹き上がる火柱の中。
「ガ………ア………ッ!」
 気付けば、懐にあるのは小さな姿。
「破ッ!」
 打撃の向きは上からだ。桃色の髪の娘の体重を掛けた一撃と、下から来る炎の衝撃に挟まれ、小太りの体全てが軋みを上げる。
「でえええええいっ!」
 続く横からの一撃に、爆炎と衝撃で揺らいでいた意識はあっさりと吹き飛ばされて。
「いやお前、今のは明らかにやりすぎだろ!」
「死なない程度に加減したわよ。……峰打ちってやつ?」
 落とし穴の直上に小さな雨雲を呼び出して立ち上る煙を掻き消しながら、ミスティは悪びれる様子もなく答えてみせる。
「爆発物に峰打ちもクソもあるか……ってそうじゃなくってだな」
 落とし穴の底に手動で起爆可能な爆弾が仕掛けてあったのは、マハエも知っていた。直上に火柱が上がる方式のそれなら、落とし穴に落ちた相手はおろか、避けた相手にも有効打が与えられるであろうことも。
 だがその爆発で観客席に異変を気取られれば、彼等がマッドハッターを足止めしていた意味はなくなる。それ故に、爆弾を起爆させることはなかったのだ。
「向こうの花火とタイミングは合わせてあるわよ。トドメなら、モモかダイチの方でしょ」
 転がった小太りの体は、ぴくりとも動く気配はない。
 普通なら爆弾を受けた段階で保たないし、そこにモモの打撃が来れば無事では済まないだろう。さらにダイチのダメ押しを受けて……立ち上がれるとは思えない。
「ちゃんと加減しておるわ。それよりマハエ、今のうちに捕らえた方が良かろうぞ」
「だな……。ダイチ、手伝え」
 前回の件を踏まえ、ロープは金属の糸を編み込んだ竜狩りに使う物を用意してある。マッドハッターがどれだけの力を持っていようと、これを断ち切ることは出来ないはずだ。
 しかし、近寄った所で小太りの男がマハエ達に向けたのは、血走った視線。
「あの野郎、まだ動けるのか!」
 声ならぬ声を上げ、満身創痍の身とは思えない身のこなしで立ち上がると、小太りの男はその場から走り出す。


 街へと向かう馬車の中。
「皆には迷惑を掛けてしまいました……」
 揺られているのは、ドレスに身を包んだノアである。
 所在なさげに胸元のブローチを握りしめ、力なく呟いてみせる。
「皆様はそうは思ってらっしゃいませんよ。モモさんも言っていたそうではありませんか。……まずは、笑えと」
「そう……ですね」
 向かいに座るタイキの言葉に、弱々しくも微笑むが……。
 がたんと大きく揺れて、馬車の速度が跳ね上がった。
 後ろから響く護衛の騎馬の嘶きと騎士達の雄叫びに、ターニャの伝えた曲者が間近に迫っていることを理解する。
「ちっ!」
 タイキは後ろの飾り窓を杖の柄尻で叩き割り、後方の状況を確かめれば……後方から迫り来る影が、護衛の騎馬を振り切り、回り込んだ騎士を鞍上から叩き落としている所が見えた。
 震える唇で呪文を唱え、杖を構える。
 護衛の騎士全てを打ち倒した影は、こちらに向かって一気に加速。跳躍と同時に魔法を使ったか、途中でふわりと浮き上がり、地上スレスレを音も無く飛翔する。
「破ぁっ!」
 解き放つのは雷光。
 弾丸系の射撃魔法ではない。一定の範囲を無差別に追尾し打撃する、範囲攻撃型の上級魔法だ。さしもの高速飛翔する相手も、無数に放たれた雷から逃げ切ることなど出来はしないはず。
「っ!?」
 しかし、逃げ切ることは出来なくとも、力任せに弾くことは出来る。
 鋭い拳打で雷光を弾き、急加速で回避し、弾幕を抜けて間を詰めるのは一瞬のこと。
 危険を察知し、慌ててタイキが下がるのと、眼前の馬車の壁が打ち砕かれるのはほぼ同時だった。
「殿下!」
 ノアを庇うように間に立ったタイキは、次弾の魔法を構えるが否や問答無用で解き放つ。零距離で炸裂する爆発魔法は、その衝撃だけで曲者を馬車からたたき落とせる威力を持っている。
 だが。
「タイキっ!」
 杖の先で爆発が起きた時、小太りの男が立っていたのはタイキの横だった。
 距離を詰められた魔法使いは、脆い。
 そんな魔法使いを狭い馬車の上から叩き落とそうと、男は拳を振り上げて。
「っ!」
 拳を弾くのは、光の盾。
 彼を庇おうと前に踏み出した、ドレスの娘から放たれたものだ。
「ノアに………近寄るなっ!」
 そして、光の盾は澄んだその声と共により輝きを増していき、半壊した馬車の上から恐るべき侵入者を弾き飛ばした。
「ノア、だいじょうぶ!?」
 ノアの傍らに響くのは、幼子の声。気付けばノアが握りしめていたブローチは手の中になく、代わりにナナトが彼女の顔を覗き込んでいる。
 逃げる時、幼子のナナトを連れていては素早い移動が出来ない。それを察したナナトは、自らの力を使ってブローチに姿を変えていたのである。
「それより!」
 ノアが向くのは、馬車の上から弾き飛ばされた曲者の行方だ。
 カウンターの一撃に、小太りの男は地面に叩き付けられ、加速していた馬車の勢いを殺すことが出来ずにもんどり打つこと二度、三度。
「姫様に……手を、出すなぁああぁぁぁぁあっっ!」
 大きくバウンドした所に叩き付けられたのは、近道を駆使してようやく追いついてきた槍使いの一撃だ。
 槍を覆うように生まれた力の塊が、直撃と共に炸裂し。
「あ。トドメ」
「……ああ、あれは加減無しで入ったの」
 残りのメンバーが追いついてきた時には、短くも激しい戦いは終わっている。
「……そんな呑気なこと言ってる場合か。姫様! ご無事ですか!」
 マハエの言葉に小さく頷き、ノアはようやくその場に腰を落とすのだった。


続劇

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