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魔晶石農場編
 5.戦い、終わって


 身長十五センチの少女が足を止めたのは、この数日で通い慣れた滝の前。
 普段は誰もいないその場所に、今日は珍しく先客が居た。
(なんで………)
 この場所を知る、ルービィではない。
 もっと小さな……コウと同じ大きさの影。
 滝の飛沫に長い金の髪を遊ばせながら、そいつは静かに立っている。
(なんで、こんな所にいるんだ……!?)
 その背中を、見忘れるはずがない。
 その金の髪を、見忘れるはずがない。
「ハートの女王に会いに来たつもりだったんですが……気配を殺すのがヘタですねぇ。殺気がダダ漏れですよ?」
 その声、その口調。
 ゆっくりと振り向いたそいつは、何故か片腕であったが……間違いなく、コウの絶対に忘れ得ぬ相手であった。
「…………」
 相手は確実にこちらの位置を捕らえているのだ。隠れていても意味は無いと悟り、コウは武器を手に、茂みの中から姿を見せる。
「で、どなたか知りませんが、何か用ですか? 私も暇じゃないんですけど」
 相手の問いに、コウは答えを返さない。
 ただ自身の得物を構える事で、返答とする。
「ああ、仇討ち関連の方ですか。この状態でも負けてあげる気はないんですが……」
 もともと彼女の使うビークは、小回りの効くショートソードだ。片腕でごく自然に構えを取り、軽く意識を集中させる。
 柄の中央に開いた穴に生まれるのは、ルードの拳大の魔力の結晶だ。
 無論、その一瞬を逃すコウではない。
「でえええええええええいっ!」
 相手が魔晶石を生み出す瞬間には、既に炎をまとい、その場を飛び出している。
 魔晶石を生み出し、そこから最初の技を放つまでにはほんの僅かなタイムラグがある。その一瞬に迷い無き一撃をねじ込むためのスピードは、コウの最も得意とする所だ。
「気持ちは分かりますけど、そこまで遅くはありませ……」
 迷い無きコウの着弾より、魔晶石の精製が完了し、起動する方が僅かに早い。
 だが。
 金髪のルードの手元に響くのは、ぴしりという不吉な音。
 精製を終えた魔晶石を発動させようと意識を切り替えるが、穴の中央に輝く貴石は沈黙を守ったまま。
「……使い過ぎましたか」
 メレーヴェでの戦いで光の鞭を連続起動させ、剣の嵐を受け止めた時。そしてその後の、黒い刺突を受け流した時。ルードの感覚でさえ気付かぬダメージが積もり積もって、ここに来た。
「よりにもよって、まあ」
 迫り来るのは、魔晶石を解放したエネルギー全てを収束させた、赤き炎の塊だ。
 その一撃を防ぐ力の盾も、打ち返すべき光の鞭も、相対する彼女の手元からは放たれぬまま……。


 突き込まれた一撃が淡い輝きを放ち、ロックワームの膨大な生命力を一点に収束させる。
「これで……三百!」
 倒れ込むロックワームから引き抜かれた槍の中央部には、淡く輝く小さな貴石が挟み込まれていた。
 長い槍をくるりと回し、ロックを解除。先端からこぼれ落ちた貴石は、少女の手元にぽとりと落ちてくる。
「ありがとうございます! これで依頼の三百個、揃いました!」
「おつかれさまー! これで古代兵も動くね!」
 喜ぶイーディスに、ルービィも喜びを隠せない。もちろんそれは依頼を達成した喜びだけではなく、いよいよ古代兵が動く所が見られるという喜びも混じったものだ。
「そういえば、魔晶石を百個装填するのってどうするんですか? 古代兵にそういう機能なんか、ありませんよね?」
 古代兵の動力は、CSCを使って外部から受信する事が基本となる。もちろん外付けの動力源でも動くようには作られているが、さすがに百個のカートリッジを付けるようなケースは想定されていない。
 それくらいは、おぼろげな記憶しか持たないジョージでも分かる。
「マハエの実家で作ってるらしいぞ」
 作ると言っても、現在の技術で作れるのはフレームや外装の部分だけだ。内部構造は以前メレーヴェの遺跡で集めてきた部品を流用するのだという。
「へぇぇ……」
「ともあれ、帰り支度だな。今から出りゃあ、晩にはガディアに着くだろ」
 宿舎のおかげで野宿よりははるかにマシな環境だったが、やはり宿屋のベッドには敵わない。魔晶石の納品も早い方が良いだろうし、帰って良いなら早く帰るに越した事はなかった。
「ルービィ、コウの奴を呼んできてくれるか?」
 魔晶石が揃うのも近いということもあり、だいたいのメンバーは揃っていたが、コウの姿だけが見当たらなかった。どこかでサボっているか、ロックワーム相手に刃を振るっているのだろう。
「わかった!」
 言われ、ルービィは洞窟の外へと走り出す。
 コウのお気に入りの場所は、彼女が知っている限りこの辺りでは一つだけ。いるなら、恐らくはそこだろう。

 立っているのは、一体のルード。
 倒れているのは、一体のルード。
「……………」
 立っているのは、コウ。
 倒れているのは、片腕のアリス。
「やった……のか……?」
 いかに全身全霊の一撃を撃ち込んだとは言え……そして、相手も防御する間も無かったとは言え……あまりにあっけなさ過ぎないか。それとも、無尽とも思える魔晶石の力を借りなければ、本体はただのルードと変わりないという事なのか。
「おめでとうございます」
 倒れたままの金髪のルードは、胸に大きな一撃を受け、その場から動く事も出来そうにない。
 そんな彼女が口にするのは……目の前の勝利者に対する、賞賛の言葉。
 しかし。
「これで貴女も、同族殺し……はぐれルードの仲間入りですね」
 愉快そうに続けられた言葉に、コウはその耳を疑った。
「な……あたしは、仲間の仇を……!」
 それに目の前のアリスは、多くの同胞の生命を奪ってきたはぐれルードだ。ルードを倒したのは確かにそうだろうが、彼女達はぐれルードのように、罪もないごく普通のルードを手に掛けたのとはわけが違う。
 違う、はずだ。
「どんな大義名分を立てた所で、してる事は変わりませんよ」
 倒れたままのアリスは、そう言ってくすくすと笑ってみせるだけ。胸の亀裂からは時折紫電が飛び、限界が近い事を言外に示している。
「……ですよね? そこで見ているお嬢さん」
 そんなアリスの言葉に、身を強ばらせるのはコウだ。
 恐る恐る振り向けば……。
「ルー……ビィ……?」
 先ほどはコウが隠れていた木の陰から姿を見せたのは、コウも良く知るドワーフの少女だった。
「あ、あの……魔晶石が揃ったから、コウを呼んでこいって……」
「貴女も追われる身になりますか? 開き直って千年生き残ってみせますか? 良かったら、やり方も教えてあげますけど」
 続くのは、勝ち誇ったようなアリスの笑い声。
「う……ああ………っ!」
 その笑い声にとうとう耐えられなくなったのか、コウは自身の装甲を変形させ、森の奥へと走り去ってしまう。
「あ、コウっ!」
 ルービィは一瞬アリスをどうしようか迷っていたが……やがてコウを追い掛けて、やはり森の奥へと走り出した。


 滝の音に乗って響くのは、ゼンマイが壊れたかのような高らかな笑い声だけだ。
 それもやがて、誰かが砂を踏む音と共に止み。
「ああ、みっともない所をお見せしました」
 既に動く事も出来ぬ、千年を生きたというルードは、現われた影におどけたような言葉を投げかけてみせる。
 アリスの言葉に、現われた影は答えない。
 ただ無言のままで、ビークをかざすだけ。
 倒れたままのアリスも、その末路は分かっていたのだろう。怯える事も、命乞いをすることも、表情一つ変える事さえもない。
「……ハートの女王」
 呼んだその名が、アリスの最後の言葉。
 ビークが結晶化を行う時の輝きが、滝の流れを僅かに照らし。
 後に響くのは、さして大きくもない水音と。
 穏やかな滝の音だけだ。


続劇

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