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魔晶石農場編
 4.それは、あなたのことば


 ぱちぱちと目の前で爆ぜるのは、焚き火の炎。
 少女は膝を抱え、黙ったままその炎を見つめている。
「薪の炎は珍しいか、アヤキ」
 穏やかに微笑み、焚き火に新たな小枝を放り込むのは、向かいに座る青年だ。
「……別に」
 アヤキと呼ばれた少女は、青年の問いにもそれ以上は答えない。
 貴重な植物を暖を取るためだけの燃料などに使うのはどうかと思ったが……青年は既に幾度もこうしたビバークの経験がある。きっと、天然植物を使った炎さえ見るのが初めての少女には分からない理由で、こんな事をしているのだろう。
「初めての野外実習はどうだった」
「大丈夫です。問題ありません、教官」
 肌にぴったりと密着するアンダーシャツは、炎などなくとも体温を調整してくれる。その外に着た上着は、外敵から身を守る防具と、サバイバルキットも兼ねたものだ。
 それに、彼女達の背後にあるものを加えれば、問題など起きるはずがない。
「焦るなよ。誰かを護るために、あの操縦桿を握ってんだろ?」
 そんな少女の様子に笑みを絶やす事無く。教官と呼ばれた青年は、目の前に控える十メートルはあろうかという巨大なヒトガタを頼もしそうに見上げている。
「誰の言葉です?」
「俺にガーディアの乗り方を教えてくれた人……君の親父さんさ」
 教官の言葉に、少女は膝を抱えたまま、細い眉根を寄せてみせる。
「父はコンピュータ技師だったって……」
 少女が幼い頃、事故で亡くなった両親は……その中でも父親は、優秀なコンピュータ技師だったと聞いていた。残された写真と幼い頃から聞いてきた彼の姿と、いきなり出てきた人型兵器の教官という側面は、少女の中ではいまひとつ結びつかないままだ。
「開拓の初期は、グリー・ニィルはどこも人手不足でね。君の親父さんもガーディアの調整だとか、新人育成だとか、色々駆り出されてたんだよ」
 今も決して人手が足りているとは言えないが、それでも新人に野外実習を行う程度の余裕はある。それに、天然の植物で焚き火を行う程度の贅沢も。
 人工冬眠で眠りに就く前に比べれば、雲泥の差と言って良い。
「それに、親父さん達みたいな人を出さないために、アレに乗るんだろ? だったら、なおのこと味方を信じろよ」
「それも父の言葉ですか……?」
 アヤキの問いに、教官はそれ以上答えない。
 ただ穏やかに、微笑んでいるだけだ。

 振り被りを小さく、描くモーションはコンパクトに。
「はっ!」
 短い発気と共に放たれた拳は、正面に向けてではない。
 横にゆらゆらと動くロックワームを相手に、ストレートでは威力が逃げると踏んだのだろう。表皮に食い込み、そのまま上へ突き上げる軌道を描くその一撃は、アッパーだ。
 だが、体表を力任せに引き延ばす一撃に、いつもの砲撃の如き衝撃音はない。
 軽いのだ。
「どうした。寝不足か、ジョージ!」
 さしてダメージを受けた様子のないロックワームからの反撃をボウガンのカウンターで制し、カイルはバックステップで相手と間合を取ったジョージに声を投げかける。
「いえ、そういうワケじゃないんですけど……」
 モーションを小さくすれば、気の集まりも小さくなる。単純な理屈だ。
 だがそんな小さな動きでも、あの小太りの男は全力のジョージと同等……いや、それ以上の一撃を放ってみせた。
 ならば、理論上では可能なはずなのだ。彼と同等の一撃は。
「まあいいや。色々試したいことがあるんなら、こっちでフォローしてやるからやってみろよ。実戦で試せるなんて、こんな所くらいしかないからな」
「味方を信じろ……ですか?」
「分かってるじゃねえか」
 小さく頷こうとして、カイルの足元が僅かに崩れたのに気付く。
「あ、カイルさん!」
「んっ?」
 ジョージの視線で、足元に異変が起きたことをカイルも察知したのだろう。半歩退きかけて……。
「危ないっ!」
 飛来する轟音に、慌ててその場からダイビング。
「どわあああああああっ!」
 ぎゅりぎゅりと宙を切り裂く音と共に巨大な鉄の塊が飛来し、顔を出しかけたロックワームを吹き飛ばしてそのまま大地に突き刺さる。
「危なかったね!」
「危ないのはどっちだ! 殺す気か!」
 爽やかに声を掛けてくるルービィに、カイルが返す声は悲鳴に近い。
 ロックワームどころではない。あの大盾の重量に加速と回転の威力を加えれば、間違いなくカイルの細い上半身は真っ二つになっていたはずだ。
「だいじょうぶだよ。みねうちだよ!」
 岩盤に突き刺さった大盾を力任せに引き抜いて、ルービィは盾の縁に異常が無いかを確かめている。ドワーフ製の大盾は岩場に突き刺さっても歪むことすら無いようで、彼女は満足そうにそれを構え直すだけだ。
「どんな峰打ちだ……」
 そもそも打撃武器に峰打ちも何もないだろうと思いながら、男は頭を抱えてみせる。
「ルービィさん。何でシールドを投げようなんて思ったんですか?」
「シールドにも新しい可能性があるはずだって、りっつぁんが言ってたから……」
「……あのヤローッ!」
 流石にルービィには怒りをぶつけられないが、律ならば遠慮する必要は無い。その言葉を聞いたカイルは、ルービィがやってきた方に向かって全速力で駆け出していった。
「シールドを投げるのは失敗かなぁ」
 投げた間のルービィの防御が疎かになるのは欠点だが、飛び道具を持っていない彼女としては、遠隔攻撃が出来るのはなかなか魅力的だと思ったのだが……。
「失敗ではないとは思いますけど……投げる方向は、要検討ですね」
 通路の彼方に消えていったカイルの背中を見送り、ジョージは困ったようにそう付け足してみせるのだった。


 大きく振りかぶった刃を振り下ろす軌道は、真っ正面。
 下す一撃には、一片たりとも迷いはない。
「でぇぇぇぇいっ!」
 自身の胴体よりも太いロックワームを真っ二つにし、コウは駆動輪の勢いを落とさないままで駆け抜ける。
「だからコウさん、魔晶石化してくださいってば!」
 その後ろで悲鳴を上げるのは、この依頼のクライアントにしてこの魔晶石農場の主……イーディスだ。
 そもそも魔晶石化してもらうための応援が、どうして率先してロックワームを真っ二つにして回っているのか、意味が分からない。
「そういうチマチマしたのは苦手なんだって! 頼むんならフィーヱ姉あたりに頼めば良かったのに!」
「誰ですかこんな人を応援に寄越したの!」
 えぐえぐと泣きながら、真っ二つになったロックワームにビークをぶすりと突き刺してみる。
「うう、上手く出来るかなぁ……」
 生命力を完全に失った相手は、当然ながら魔晶石にはならない。生命力が桁外れに強いと言われているロックワームなら、何とかなりそうな気はするが……。
 意識を槍に集中させれば、何とか手応えらしき物が伝わってきた。
「ふぅ」
 恐る恐る引き抜けば、先端には淡く輝く魔晶石が一つ。
 だがこれがロックワームでなければ、魔晶石化など出来なかったろう。
「なあ。ここって、熊が出てきたり飛竜が這い出てきたりしないのか? 今なら何でも倒せそうな気がするんだけど」
「そんな恐ろしい生物なんか出てきませんよう! っていうか魔晶石化するんですからもうちょっと加減してくださいっ!」
 次のロックワームに大剣を振りかぶってみせるコウに、イーディスは悲鳴じみた声を上げるしかない。


「りっつぁん!」
 勢いよく投げ付けられた声に、律は宿舎から借りてきたらしいツルハシを置いてひと息吐いてみせる。
「おう、カイルか。ちょうど良い所に来たじゃねえか」
 呑気な律とは対照的に、カイルの表情は険しいものだった。……もっとも、ツルハシ片手に煙管をふかし始めた律の様子に、若干毒気を抜かれていた様子ではあったが。
「りっつぁん、ルービィにあんまり変なこと吹き込むなよ。死ぬ所だっただろ」
「そんなこたぁいいから、これ見てみなよ」
「そんなこたぁってな! …………」
 律が指しているのは、地面に半ば埋まっている金属の筒だ。
 そして怒り心頭だったカイルも、その物体を見た瞬間、思わず怒っていた事などどこかに放り棄てていた。
「……CSCか?」
 ツルハシの先端で軽くこじってやれば、地面からぽろりとこぼれ落ちてくる。
 それは確かに、彼等の知るレガシィの一つであった。
「ロックワームがほじくり返してたんで、ちょいと掘ってみたんだけどよ。まあ、仮に使えても送信設備が無きゃ意味ないだろうけどな」
 二人でしげしげとその物体を眺めていると、カイルのただ事でない様子に彼を追ってきた一行も追いついてくる。
「何か見つかったんですか?」
「魔晶石のカートリッジ?」
 魔晶石をレガシィの動力源とするために使う、一種のアダプターである。それ自体はレガシィではないが、この時代にしては高度な工作技術が必要とされるため、施療院など一部の場所でしか扱われていない。
「カートリッジの原形だな。レガシィのカートリッジを入れる所には、昔はこいつが入ってたんだよ」
「こいつがって、これカートリッジじゃないの?」
 太さも長さも、どう見ても施療院で見る魔晶石用のカートリッジだった。
 だが、ルービィの言葉にカイルは首を横に振るだけだ。
「CSCつってな。別の所で作られたエネルギーを受け取って、レガシィに送り込む装置なんだよ」
 カイルとしては可能な限り簡単に説明したつもりだったが、それでもルービィの表情は冴えないままだ。
「ようするにこれを入れてりゃ、レガシィは魔晶石切れを気にせず使い放題になるってこった」
「それって、あの古代兵も?」
 カイルよりはるかにざっくりと説明した律の言葉は、漠然とだがイメージ出来たらしい。ルービィの問いに力強く頷いてみせる律に、ルービィはようやく驚いてみせた。
「すごーい! だったら、魔晶石集めなんてしなくてもいいんじゃない?」


 依頼主から悲鳴に似た声が上がったのは、昼食の時だった。
「困ります!」
 先ほど律が見つけた、CSCについての話である。
「もうすぐ数が揃うのに依頼キャンセルになるとか、営業妨害じゃないですか! っていうか、魔晶石のお代がもらえなきゃ皆さんの依頼料も出せませんよ!」
 イーディスが荒れる気持ちはもっともだ。
 いきなりの大口依頼がキャンセルになるだけでも痛手なのに、CSCなどという物が普通に出回ってしまえばどうなるか……。
「まあ、魔晶石なんてあたし達ルードの食料ってだけに……」
 そのルードも基本的に自力で魔晶石の調達は出来るから、わざわざお金を出して買いに来るかといえばそれも微妙な所ではないか。
「いやあああああああ!」
「落ち着けよ。その魔晶石は必要だし、古代兵もこれじゃ動かねえから」
「でもさっき、動けるって言ったじゃないですか!」
 CSCがあれば、魔晶石切れを気にせずレガシィが使い放題になると言っていた。そしてそれは、古代兵も例外ではないと。
「別の所でエネルギーを作ってればの話だって」
 CSCはあくまでもエネルギーの受信機だ。どこかでエネルギーを作っているならレガシィも使い放題になるだろうが、この時代にエネルギーを作り続けている設備があるとはとても思えない。
「じゃあ……それは、今は使えないんです?」
「そういう事。こっちでいくら受ける準備を整えてても、エネルギーがどこからも飛んでこなきゃ意味がない」
 そもそも汎用動力源のCSCは、それなりの頻度で発掘されるレガシィだ。それなのにカートリッジ式の魔晶石動力がいまだ使われ続けているという事は……即ち、そういう事なのである。
「昔はあったんだ?」
「ああ。地上にも幾つかあったし、『月の大樹』もそんな設備の一つだったな」
「へぇぇ……」
 青い空を見上げれば、地平線には白い月が見えた。
 そこに生える巨大な人工の大樹は、星の海を渡る古代人の箱船にして、古代兵を無限に動かせる動力源でもあったという。
 一体古代人とは、どれだけ桁外れの力を持っていたのか。
 目の前の彼等を見ても、ルービィには想像も付かないのであった。


続劇

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