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山岳遺跡編
 8.竜の遺したもの


「大丈夫? アシュヴィン」
「ワタシは大丈夫デス。それより、他の皆様ヲ」
 アシュヴィンもマッドハッターの拳は痛打ではあったが、致命傷というわけではなかった。そもそも既に傷の大半は癒えており、アルジェントやリントの治癒魔法を受けるまでもない。
「セリカはネイヴァンが護ってくれたから、大した怪我じゃないわ」
 軽い打撲が少々ある程度だ。打撲に治癒魔法は効きが悪いから、しばらくは痛いこともあるだろうが……それでも一行の中では軽傷と言って良いだろう。
「そんなんしてへん。あのエルフが勝手に盾の影に隠れてきただけや」
 それも、ネイヴァンと盾の間である。おかげでセリカはネイヴァンと盾の両方から守られる形になり、光鞭の奔流の真っ只中にいてもそれほどの怪我を負わなかったのだ。
「そんな、照れ隠しなんかする必要……」
「……してませんね、あれは」
 ヒューゴの言う通り、憮然とするネイヴァンの表情の中に誤魔化しの色はどこにもない。
「本当に、私が勝手に入っただけだから」
 どうやら本当にあの状況でセリカを庇おうという気は無く、セリカが強引に割り込んできたのを不満に思っているらしかった。
「ネイヴァン、最低なのだ」
「うっさい猫。盾もボコボコやったのに、そんな余裕なんかあらへんわ!」
 アギに治癒魔法を掛けていたリントの言葉にそう言い返して、ネイヴァンは荒々しく立ち上がる。
「それより竜の解体するで! そっちのでっかいの! アンタ、肝が欲しいんやろ。はよ取り出さんと痛むで! メガネも手伝い!」
 その言葉にアギの兄とヒューゴは静かに頷き、無数の刃に貫かれた竜の骸の解体に取りかかるのだった。


 一行から少し離れた所にいたのは、フィーヱとディスである。
「ディス。大丈夫なのか?」
「うむ。那由多を放って力尽きた後、よくは覚えておらんが……貴晶石が変わっても、今のところは大丈夫なようじゃ」
 口調もフィーヱに対する態度も、いつもと何ら変わりない。
 アリスに引き裂かれた胸元も応急処置で別の布が巻かれており、そちらを気にしている様子も見られなかった。
「そっか……」
 胸元の貴晶石の事は黙っておこうかとも思ったが、自身で胸元を見れば気付かれる事だと思い、ひとまずは話してある。貴晶石が入れ替わったことに関しては流石に驚いていたようだが……さすがアスディウスと言うべきか、フィーヱの前で取り乱すような事はしなかった。
「どうした?」
「いや、なんでもない。無事なら、それで良かったよ」
 首を傾げるディスに、フィーヱは穏やかにそう答えてみせる。
(あの時、貴晶石を抜かれたディスは間違いなく動作停止してた……。それがこうして普通に再起動してるって事は、正常に再起動させる方法がちゃんとあるって事か……?)
 確かあの時、アリスはディスの耳元に何か囁きかけていた。小さな声だったため、彼女の聴力を最大限にしても聞き取ることは出来なかったが……。
 その行動に意味があるとするなら、恐らくはそれが……。


「そうだ、アシュヴィン。最後にあの竜、何か言ってなかった?」
 ディスの無数の刃に貫かれたあの竜の、最後の叫び。
 そこには死ぬ事や戦いについての怒りだけではなく、何か悲痛な想いが感じられた。
 何か目的を達成出来ない事への悔恨のような……。
「……ワタシも良くは聞き取れマセンでしたガ、何か壊すベキ物があると。卵がドウとか、そんな感じデシタ」
 竜の叫びを発音の似た龍族の言葉に当てはめた上での解釈だ。本当にそんな意味だったのか、竜の言葉では別の意味になるのかは、さすがのアシュヴィンにも分からない。
「卵……?」
 草原の国の建国王と共に暗殺竜が探していたのは、竜の卵だった。だが今度は、何かの卵を破壊すべきだという。
 それが、三匹の暗殺竜が行っていた探索なのだろうか。
「探索中だったノカ、ただ移動中だったノカハ、分かりマセンが……」
「この場に長く留まっていたという事は、探索の可能性も高いわけですね」
 アシュヴィンの傍らに腰を下ろしたのは、白衣の男である。彼も細かい怪我は全身にしていたらしく、白衣の袖から覗く腕には丁寧に包帯が巻き付けられていた。
「ヒューゴは何か知らない?」
「暗殺竜が三匹がかりで壊そうとする卵ですか? ……大地竜とか泰山竜とか、伝説級の魔物なら幾つか覚えもありますが……」
 竜種がそこまでの脅威を感じるものであれば、恐らくはヒューゴたち人間にとっても危険なものとなるはずだが、そんな伝説の怪物がこんな田舎町に出るはずもない。
 しかし一般的なレベルで、竜種がそこまで脅威を感じる生物など……そうそう思い至るものではない。
「……蜂竜、じゃないですよね?」
 恐る恐るのアギの言葉に、アルジェントは首を傾げてみせる。
 医療を司るものとして、毒などを持った危険な生物ならひと通り把握していると思っていたが……そんな竜の名前は聞いたことがなかった。
「他の生物に寄生して乗っ取る性質を持った、竜種です」
「……竜の名を騙ってイルだけの亜流の生物デスヨ。あんなモノを、竜種と同列ニ数えて欲しくアリマセン」
 珍しく不愉快そうなアシュヴィンの様子からすれば、相当に忌々しい生物らしき事は想像が付く。
「確かにあれなら、竜種が卵を壊そうとしても不思議ではありませんが……あれは百年以上前に絶滅したと聞いていますよ?」
「……最後の出現報告は、十年ちょっと前です。これは、確実な情報です」
 ぽつりと付け足したアギの言葉に、ヒューゴもアルジェントも息を呑む。
「ならば……万が一という可能性も……?」
 それが本当かどうかは分からない。ただ、数十年単位で報告例がない後での目撃報告があるなら、それが二度、三度と起こらない保証はない。
 どう警戒すればいいのかは分からなかったが、気に留めておく必要だけはありそうだった。
 その時、のそりと姿を見せる影がひとつ。
「……あら?」
 巨大なカメだ。ひなたぼっこを楽しむかのような緩慢な動きのそいつは、大地を歩むべき四本の脚が分厚いヒレ状の器官となっている。
「ええっと……捕まえた方が、いいんでしょうか」
 正直、体力を使い果たした今、カメ狩りなど面倒くさいことこの上なかった。
「とりあえずひっくり返して、その後で考えましょう」

 カメを生け捕りにすれば、ひとまず今回の依頼は達成となる。
「帰ったらどのくらいになるかな。お菓子コンテストは……」
「確か、明日のはずデス。参加予定だったのデスカ?」
 到着してすぐに依頼が片付けば、問題なく参加出来たのだろう。しかし、暗殺竜のおかげで既に想定以上の日が過ぎていた。
 そのうえ暗殺竜やアリス達との戦いで、こちらはボロボロだ。
 今から徹夜覚悟で強行軍を掛ければ明日の早朝にはガディアに着くだろうが、さすがにそれだけの気力の残っている者はいなかった。
「大丈夫。こんな事もあろうかと、預けてある」
 呟いたセリカを、ヒューゴか何か言いたそうな目で見ていたが……特に大した意味は無さそうだったので、セリカは見ていない事にする。
「なあ。これ、どうすればいい?」
 そんなヒューゴの肩でフィーヱが問うたのは、アリスから取り返した貴晶石のことだ。
 ネイヴァン達が戦っていた暗殺竜を結晶化したものだから、今回の戦利品の中に入れるべきだろう。
「フィーヱさんは今回の竜の取り分、特にもらってませんでしたよね?」
「別に鱗とか皮とかいらないしな……」
 一応受け取っておいて換金するという手もあるが、換金しても特に使い道があるわけでもない。今回破損したビークを新調するくらいの金は必要だろうが、そのくらいの蓄えは『月の大樹』に預けてある。
「では、それが取り分というコトデ良いのデハ?」
「俺はもらえるもんもらえたから、どうでもええで」
 既にネイヴァンは、分け前として大量の竜鱗や竜皮を手に入れていた。フィーヱとは対照に貴晶石には特に魅力を感じていないのか、反応は淡泊なものだ。
「アギさんは……」
「もう兄さんが肝を持って帰ってますから、それで十分です」
 戦いが終わった後、アギの兄は簡単な治療を受けただけですぐ森に帰ってしまった。アギもそこで兄と行動を共にする予定だったのだが、アルジェント達にしばらくは治癒に専念した方が良いと勧められ、こうして街に戻る一行に混じっている。
 いずれにしても、彼の目的の中にも貴晶石は含まれていない。
「なら、その件はそれでいいですね。この間の調査で、赤髭さんの貴晶石も預けたはずですし……それと一緒に、何か良い使い道を考えてください」
 ヒューゴの言葉に小さく頭を下げ、フィーヱは貴晶石を荷物の中にそっとしまい込むのだった。


続劇

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→魔晶石農場となった廃坑跡へ
→お菓子コンテストに参加する
→月の大樹に戻る


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