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26.闇に潜む竜

 部品の選別と積み込みは、ジョージ達の役目ではない。本来なら細かい判別の出来るヒューゴやカイルの仕事だが、二人が見つからなかったため、昨日の積み込みで選別や確認の仕方を習った男達が役割を引き継いでいた。
「そういえばジョージは、行方不明になった二人の事、知ってるの?」
 次の調査地点へ向かいながらルービィがジョージに問うたのは、そんな問いだ。
「お爺さんの方だけは。カイルさんやマハエさんと一緒にお酒を飲んでるのを見た事がありますよ」
 腰を痛めたとかで先日のツナミマネキ討伐にこそ参加していなかったが、『月の大樹』にも時折顔を見せる老人だ。
 恐らく、カナンとも顔見知りだろう。
「……やあ。二人とも」
 そんな二人に掛けられた声は、塀の上から。
「あれ? フィーヱ……」
「っ!」
 そこに立つ十五センチの小さな少女は、いつものマント姿。だが、いつもの薄汚れた黒いマントに、今日は真っ赤な血がべったりとこびり付いている。
「どうしたの、その格好! 大丈夫!?」
「ああ。ちょっと、遺跡の南側まで行っててね……ちっ」
 どこか疲れた様子でそう呟くが……言葉の途中で、舌打ちを一つ。
「フィーヱ……?」
 そのまま無言で突き出したのは、刃を組み込んだ腕甲だ。
「動かないで」
 見据えるのは正面。鋭い剣気……いや、殺気に近い色を込めて、フィーヱは眼前を静かに見据えている。
「え……?」
「冗談……ですよね……? フィーヱ、さん……」
 フィーヱはその問いに答えない。
 沈黙をまとい、眼前のルードは一撃を叩き付けるべき瞬間を伺っている。恐らく今わずかでも動けば、ビークの一撃が容赦なく襲いかかって来る……相対する二人は、そう本能で理解する。
「まさか……」
 フィーヱはずっと巡回で野営地の回りを巡っていた。
 調査の間も、単独行動が目立っていた。
 今朝の話でも、まさかとは思っていた。
 けれど。
 黒いルードは、無言のまま。
 力一杯大地を蹴って、一直線に跳躍する。
 振りかぶるビークが貫いたのは……。

 本部に戻ってきたヒューゴ達に届いたのは、彼方から聞こえた爆発音だった。
「何だ? 爆弾か!?」
 今回のメンバーに魔法の使い手はいなかったはずだ。ミスティの爆弾のテストを引き受けたという輩は何人かいたから、恐らくはそれだろうが……。
 このタイミングで、一体何を爆破したというのか。
「ヒューゴ、カイル!」
 そんな事を考えていると、広い街路の向こうから数人が走ってくる。
「ルービィ、どした!」
「暗殺竜が出たって!」
 慌てるルービィを訝しむ間もない。彼女のいきなりの報告に、カイルは耳を疑った。
「はぁぁ!? もっと北方の生きもんだろ!」
 竜種にしては珍しく特定の縄張りを持たず、広い範囲を放浪して過ごすその竜は、音もなく獲物に忍び寄るその様子から暗殺竜の名を与えられている。
 だが、その生息範囲の大半は、スピラ・カナンの北部……草原の国や平野の国だと言われていたはずだ。
「そんなの知らないけど、とにかく出たの!」
「状況はどうなってます!」
 今の問題は、目撃例があったかどうかではない。
 今この瞬間を、どう対処するかだ。
「フィーヱとジョージと、ミスティの爆弾を持った人達が足止めしてる! こっちは早く逃げてって!」
 確か、小型爆弾を使った実地試験だったはず。先日の遺跡を吹き飛ばした大型爆弾ならともかく、そのサイズの火力では竜種相手に時間稼ぎにしかならないだろう。
「荷物は後で構いません! ひとまず皆さん、遺跡から離れましょう!」
 暗殺竜の恐ろしさは、巨体に似合わぬ敏捷性と、音もなく忍び寄る隠密性にある。何故こんな場所に現われたのかは分からないが、死角の多いこんな市街地で戦うには、間違いなく最悪の相手だ。
「僕はちょっと様子を見てきます! 後の指揮は任せます!」
「ああもうっ! 勝手な事ばっかり言いやがって! 死んだら置いてくからな!」
 爆発の起きた戦場に駆け出していくヒューゴの背中に、カイルはそんな言葉を叩き付ける。


「お前ら! 早く逃げろ!」
「ジョージさん、フィーヱさん! 状況は!」
 撤退する冒険者達と入れ替わりにやってきたヒューゴは、撤退指示を出している十五センチの少女に声を投げかけた。
「二人やられた。赤髭の爺さんの遺言で、奴を遺跡の南に誘導しようとしたんだが……上手く行かなかった。悪い」
 そう言ってフィーヱが取り出したのは、一つの貴晶石だった。わずかにくすんだ赤い色は、ヒューゴの記憶にある老爺の髭と同じ色だ。
「……ご老体は身寄りがいませんでしたから。フィーヱさんが看取ってくれて、良かったのかもしれません」
 単身で警戒に出ていた時からの追跡だったため、報告にも戻れなかったのだろう。誘導して今まで時間を稼いだ事が正しかったのか、見失うのを前提で報告に戻った方が良かったのかは、依頼の報告を終えた時になってみなければ分からない。
 少なくともフィーヱは、その時は前者が最良の判断だと思ったはずだ。
「今は……」
 暗殺竜と戦っているのは、フィーヱ達と共に来た冒険者ではない。
 鋭角のウイングを展開し、長い金髪を揺らして宙を翔ける十五センチの少女と、焼け焦げてボロボロの服をまとった小太りの男の二人組である。
「……二人?」
 それは、ヒューゴが幼い頃に見た光景に重なるものだ。
 小さな彼の眼前。たった二人で襲いかかってきた巨竜を迎え撃った、古き時代の記憶を伝える男と、金の髪を持つ小さな娘の……。
「ああ。どっちも相当な使い手だよ」
 ギリギリの機動で無数の逆棘に覆われた暗殺竜の体表を翔け抜け、短剣から放たれる無数の光鞭で竜の全身を容赦なく打ち据える。
「ですね。あの男の人も……」
 続けざまの打撃に怯んだ巨竜の懐に、体格に似合わぬ俊敏さで飛び込み。
 放たれたのは、ごく普通のストレートの一撃だ。
「……えっ?」
 だが、竜の巨体を揺らすのは、砲撃のような打撃音。十メートルにも及ぶ竜の巨体が一瞬浮き上がり、暗殺竜の顎からは苦悶の叫びがあふれ出る。
(たったあれだけの動作で……まさか………っ!?)
 その一撃は、ジョージも良く知る物だった。
 けれど、あれだけの威力の拳を何の溜めも必要とせずに放つなど……そんな芸当が出来る使い手を、ジョージは一人しか知らない。
「ルードって……あんな戦い方が出来るんですか……?」
 金髪のルードが振り上げた短剣から現われたのは、黒く輝く光の刃だ。悶絶する竜の懐から男が飛び離れるのを確かめる様子もなく、力任せに振り下ろした。
 ルードの身の丈の十倍はある巨大な刃が黒い鱗を容赦なく引き裂き、断ち切られた尻尾が白亜の石畳を跳ね回る。
 光の刃も先ほどの鞭も、恐らくビークの解放技だろう。
 だがそのルードは、エネルギー源となる魔晶石を装填している様子がない。ビークは短剣型だから、魔晶石を外付けするスペースもないはずだ。
「……絶技だろう」
 心当たりがあるのだろう。傍らのフィーヱは、苦々しげにその技を口にしてみせる。
「命を削る、禁じ手だよ」
 自身の貴晶石から取り出したエネルギーをビークに伝え、魔晶石として結晶化させる技。文字通り命そのものを力とするそれは、ルードの中でも特に禁じられた技の一つだ。
「そんな技を乱発して……あのルードは大丈夫なんです?」
 次に現われたのは、光の槍だ。暗殺竜の両腕部を覆う刃の如き大爪を、力任せに貫いている。
「……平気なんだろうさ。あれだけ乱発出来るって事はね」
 瞳をちかちかと点滅させながら答えるフィーヱの声は、どこまでも苦い。
 並のルードなら絶対の禁じ手とされるその技をノーリスクで使える存在を、たった一人だけ知っていたからだ。
 金の髪に、蒼い瞳。
 そして、無数の光鞭を放つ……かつて琥珀が使ったものと同じ、解放技。
 恐らくは、目の前のそいつが……。
 ぎり、と奥歯を噛んだ瞬間、響き渡るのは絶叫だ。
 片目を潰された暗殺竜の眉間に突き立つ、短剣型のビーク。強い光を放つそれは、暗殺竜の生命を吸い尽くす光だ。
「味方……なんですか? あのルードと人間は」
 状況的にこちらの支援になっている事は間違いない。だが、敵の敵が味方とは、限らない。
「……ちょっと偵察してくる。みんなは先に戻って」
 崩れ落ちる暗殺竜に向けて駆け出す小さな姿に、ヒューゴは慌てて手を伸ばす。
「大丈夫。俺だけなら、一人でも逃げ切れる!」
「ちゃんと報告してくださいよ!」
 飛翔翼まで持つルードやあの男相手に、常人が逃げ切る事は不可能だろう。戦いを見届けたヒューゴとジョージに出来るのは、フィーヱの帰還を信じてこの場を立ち去る事だけだ。


続劇

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