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20.闇の中で願うこと

 夜の闇の中。
「言い残す事は」
 問いかけたのは、短い言葉。
「ない」
 赤毛の髭に覆われた口元が応じるのは、それ以上に短い言葉だ。
「そう……」
 問うた側が構えるのは、小さな右腕。腕甲に組み付けられた刃を赤髭の老爺に向けたまま、誰とは無しの言葉を小さく紡ぐだけ。
「そうだ。………………へ」
 もはや首を振る事もない。
 血に濡れた唇を噛み、赤髭の老爺はそう言い残して瞳を閉じる。
「……分かった」
 血の臭いの立ち籠める白亜の街並みに、結晶化の閃光が一瞬煌めき。
 辺りは再び、深い闇に包まれた。


「無事に……見つかるといいですね」
 ぱちぱちと爆ぜる炎を前に、ぽつりと呟いたジョージの言葉に、カイルも小さく頷いてみせる。
「ジョージはこういう経験は?」
「無いワケじゃないです。……カイルさんは?」
「この稼業、長いとなぁ……」
 ぼかした答えに、この仕事が危険と常に隣り合わせである事を改めて思い直す。
 結局、行方不明になった少年は帰ってこなかった。道に迷っただけという可能性は、大きく減った事になる。
「そういえばジョージ。あの古代兵が動いた時な」
 朝日に照らされる白亜の街並みを眺めながら、カイルは話を切り替える。
「パイロットの危機に応じて動き出す……って仕掛けが働いてたんだよな」
「パイロットの危機……?」
 暴走したリントとの戦いの時、古代兵は残されたエネルギーの全てを使い、廃坑からガディアのあの場所まで飛んできた。
 それは文字通り、誰かを助けるために飛んできた……という事なのか。
「あの場所に居たのは、モモちゃんとネイヴァン、ダイチ、アルジェントさんとナナト、忍ちゃんとリント、それから……」
 ここにいる、ジョージ自身。
「聞けばあの時、ジョージはサーキャットにやられそうだったって言うじゃねえか」
「お恥ずかしながら」
 パワータイプのジョージと、スピード特化のサーキャットでは、回避力に分があった。次に後れを取る気はないが、気恥ずかしい事には違いない。
「生き残ってるなら別にいいんだよ。問題は、お前が古代人で、記憶が無くて……そのタイミングで、古代兵が誰かのピンチに駆けつけたって事だ」
 そこまで情報が揃えば、答えを導き出す事はさして難しい事ではなかった。
「自分が……そのパイロットだと?」
 口の中で転がした言葉に、しっくりと来る感覚はない。それはカイルも同じらしく、難しい表情で頭を掻いてみせるだけ。
「もしお前にその気がないんなら、パイロット登録を俺に変えとくって手もあるんだが……」
「登録の変更ですか?」
 どうやらカイルの考えは、パイロット探しの先にあるらしい。そして恐らく、それは彼の名誉や力を得るための手段……という物ではない。
「ああ。もし古代兵の修理が成功して、エネルギー源が確保出来れば……最初に狙われるのは、パイロットだからな」
 敵ならば問答無用だ。だが仮に味方であっても、圧倒的なこの力をたかが冒険者に預けておく気にはならないだろう。
 だが、カイルは古代兵の整備技術がある。ある意味パイロットよりも貴重な整備要員の命を狙う可能性は、専任パイロットよりも幾らか低くなるはずだ。
「ま、今ん所は全部仮定の話だ。エネルギー源の確保も当分先だろうし、パイロットのJ.AYAKIって奴は女らしいから、何かの間違いかもしれん」
 何せ一万年前の機械だ。正常に動いているように見えて、誤作動があった可能性もある。一応チェックは掛けてあるが、それも確実なものではない。
「お前を裸にひん剥いて確かめるってのもなぁ……」
「え……」
 ジョージの細身の体をじろりと一瞥し、カイルは小さくため息を吐く。これが女の子なら意欲も湧こうというものだが、男にそんな事など、する気にもならない。
「…………カイル」
 そんな彼の背後から掛けられたのは、小さな声だ。
 少年を捜すために二人と離れて捜索を行っていたのだが、彼女もいまだ芳しい結果を出せないままだった。
「別に他人の趣味をどうこう言うつもりはないけどさ。お前、いくら女にもてないからって……」
 彼女の言わんとする事を一瞬で理解し、カイルは慌ててそれを否定する。
「違うっ! 俺はノーマルだっ! ってか女の子にモテないってどういう意味だ!」
「まあ、後はお好きに」
「だーかーらー!」
 全力で二人の視線を否定するカイルの絶叫が、無人の街に響き渡る。


 男が提げるのは、古ぼけた片手剣と円形の盾だ。
「これ、ホンマに聖別されとんのやろな!」
 刃そのものはそれなりに研がれているようだが、刀身自体にはところどころ錆が浮かんでおり、いかにも心許ないものだ。
 盾の方も似たようなもので、強い一撃を受ければ脆い辺りから砕け散っても不思議ではない……そんな微妙な雰囲気を漂わせている。
「されてるされてる。……多分」
「何か言うたか」
「別にー」
 細かい所だけはちゃんと聞いているらしいネイヴァンのツッコミに、ミスティは心の中で小さく舌を出す。
 聖別した武器があれば幽霊と戦えると言うから、それらしき記憶のある武器を倉庫から引っ張り出してきたのだが。
「あ、いた!」
 そんな事を話しながら街を歩いていると、目の前の林から何かががさりと姿を見せる。
「あれが幽霊!? ただの汚いオッサンやないか!」
 どうやら向こうもこちらに気付いたらしい。慌てて身を翻し、木々の奧へと戻ろうとする。
「って逃がすかぁ!」
 ネイヴァンは構えていた刃を一瞬で左に持ち替えると、大きく振りかぶって何かを幽霊に投げ付けた。だがそれは幽霊に当たることなく、林の奥へと大きく放物線を描いて飛んで行き……。
「ッ!」
 その場を照らし出すのは、真昼の如き閃光だ。
 瞳を灼かれて動きを止めた幽霊に、ネイヴァンは一瞬で距離を詰め。
「ヒャッホオオオオオオオオイ!」
 左の盾を大きく振り抜き、力任せの一撃を叩き込んだ。
「ア…………シュ………………ッ」
 閃光弾で無防備になった所に、全力疾走のスピードとネイヴァン自身の体重を全て注ぎ込んだ一撃である。吹き飛ばされた幽霊は脇の木に打ち付けられて、苦悶の声を上げて崩れ落ちた。
「あんた、なに本気でぶっ叩いてるのよ」
「ナニて、あそこでああ逃げられたら追撃仕掛けてしまうやろ! 冒険者的に!」
 どこからともなくサングラスを取り出して閃光を防いでいたミスティに、やはり瞳を閉じて閃光を避けたネイヴァンは反射的にそう言い返す。
「それに…………峰打ちやで、ちゃんと」
 途中で自分のした事に気が付いたのだろう。申し訳程度に、そんなひと言を付け加えた。
「なんでそこで視線を逸らすのよ」
 そもそもルービィばりのシールドアタックを仕掛けておいて、峰打ちも何もないのだが。
「こっちです!」
「ネイヴァン、ミスティ! ……うお。やったのか」
 やがて森の奥からアギやマハエ達がやってきた。アギの能力で幽霊を追っていた所で、閃光弾の輝きを見つけたという辺りだろうか。
「青髪が聖別された武器ぃ持っとる言うたからな」
「そうなのか……」
 聖別された武器など、余程のツテがなければそうそう手に入るものではないが……何せ相手はミスティだ。そんなルートのひとつやふたつ、持っていても何ら不思議ではない。
「大丈夫なのデスカ?」
 上空から降りてきたアシュヴィンは、既に倒れた幽霊の様子を看始めている。
 幽霊と呼称されてはいるが、実際は実体を持つ相手だ。単に気絶しているだけらしく、呼吸も脈拍も目立った異常は見られない。
「で、こ奴は何か言うておったか?」
「倒れる時に、アシュなんとかって言うとった気がするけど、よう分からんかったな」
 それが意味を持つ言葉なのか、そうでないのか。
 ネイヴァンにとっては、さして興味のない事だった。
「なら、とりあえず起きるまで様子見だな。『月の大樹』の納屋、使って良いか?」
 退治するのは簡単だが、終わらせてしまえばそれまでだ。マハエは不安げな表情を浮かべているアシュヴィンを一瞥し、そうに問いかける。
「……アリガトウゴザイマス」


続劇

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