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15.最初の、犠牲者

 白亜の街並みを染めるのは、夕焼けの紅。
「成果ナシ……ですか」
 いまだ形を留めていた屋敷の一つ。その広間に地図を広げ、ヒューゴは受けた報告を口にしていた。
 今日の成果は、工場地区の確認と、それらしき機械の残骸がいくつか見つかった程度。残念ながら、古代兵に使える部品を見つける事は出来なかった。
「明日はもうちょっと北側を探してみましょう」
「そうだな。ジョージの指してる辺りも工場地帯なんだろ?」
 初日にいきなり手応えがあるなどとは誰も思っていない。ここからは、根気が物を言う世界だ。
 何しろ調査済みの領域は、まだ地図のごく一部でしかないのだ。
「ねえねえ。戻ってこない人がいるんだって!」
 翌日の方針が決まった所で部屋に入ってきたのは、ルービィだった。
「……戻ってこない? チーム全体がですか?」
「ううん、一人。チームの他の人も探してみたけど、見つからないって」
 こんな事が起きないようにとのチーム編成だったのだが……。
「事故にでも巻き込まれたんでしょうか」
 なにぶん古い遺跡だから、壁が崩れて下敷きになっているのかもしれない。もちろん、床が脆くなっていて地下に落ちた可能性もある。
「恐らくは。ガディアは長いかたですか?」
 ヒューゴの問いに、ルービィは首を縦に振ってみせる。半年ほど前に冒険者になったばかりの新米らしい。
 これだけの規模の遺跡調査は初めてだとも言っていたそうだし、油断してどこかから足を踏み外した姿は容易に想像出来る。
「ですが、この時間からの捜索は危険です。今夜は火を強めに焚いて、こちらの居場所が分かるようにしておきましょう」
 迷っただけなら、それを目印に戻ってくるだろう。
 動けないような怪我をしているなら……明日、無事であるように祈るしかない。
「だな。そのくらいしかないか……」
 まずは二重遭難を避ける事。その上で、明日の調査には行方不明者の捜索も加えること……。
 これが、彼等の出来る最善の選択だった。


 その日の晩。
「まあ、素敵な写真ですわ! 律さん、現像ありがとうございます!」
 渡された写真を、忍は満面の笑顔で受け取っていた。
「いや……まあ、機材を準備したのはミスティだし……写真撮ったのも、セリカとか他の連中だしよ」
 結局選びきれないと、撮った写真はひと通り渡す事にしたのだが……結局その全てを、忍は嬉しそうに眺めている。
「コンテストも大成功であったようじゃし、良かったの。忍」
 ひとまず昼間のイベントも大成功の内に終わったらしい。
 コンテストの効果がいつ戻ってくるかは分からないが、少なくとも、宣伝の効果はあるはずだ。
「ありがとうございます、モモさん。アルジェントさんも、参加して下さってありがとうございます」
「いえ……私は、何も……」
 膝の上でナナトを遊ばせていたアルジェントも、今日の事を思い出したのだろう。小さく頬を赤らめ、恥ずかしそうに視線を外すだけだ。
「というわけで、今日はとっておきのお酒ですよ!」
 酒庫の奧から出してきた瓶を掲げてみせる忍に、『月の大樹』にいた一同は歓声を上げる。
 主宰の忍が客達に、一杯ずつを注いで回り。
「おぬしもたまには呑め、アルジェント」
「あ、はい……」
 やがてモモの次に回ってきたアルジェントやナナトにも、一杯のワインが振る舞われる。
「ってちょっと待てー!」
 それを止めたのは、夕食を食べに来ていたマハエだった。
「どうした、このような席に無粋は禁物じゃぞ」
 マハエのテーブルにも振る舞いのワインが置かれているのを見て、モモは不服そうな表情をしてみせる。
「いや、そうじゃなくって! あああー!」
 そう言う間に、アルジェントに振る舞われた一杯は、彼女の喉を過ぎているではないか。
「どうかしましたか?」
 グラスワインをひと息に飲み干したアルジェントは、表情を変えたマハエの様子に不思議そうに首を傾げてみせるだけだ。
「……お前、何ともないか?」
「甘くて美味しかったですけど……?」
 概ねの者は、同じ感想を抱くだろう。マハエも半分ほど既に呑んだが、確かに甘くて美味しかった。
 だが、問題はそこではない。
「お前、アルジェントじゃないだろ!」
 疑問すら挟まない。
 断定だった。
「あいつ、酒にすげー弱くてな。ちょっと呑んだだけでも大騒ぎになるんだよ」
 そもそも酒は当分呑まないと言っていたのは、つい先日の話だ。けれど彼女は、たった数日前の誓いをあっさりと破るような性格でも、忘れるような頭の持ち主でもない。
 姿は確かにそっくりだ。口調や振る舞いも、少々の違和感はあるが、気のせいだと思っていた。
 けれど、体質や細かな記憶までは真似出来ない。
「…………じゃあ、誰なんだ?」
「どう見てもアルジェントさんにそっくりだけど……」
 フードの下から覗く顔も、明らかにアルジェントそのものだ。変身の魔法や幻覚というわけでもないようだし、だとすれば一体彼女は誰なのか。
 周囲からの視線に、アルジェントは小さくため息を吐き。
「……申し訳ありません。皆さんを騙すつもりは無かったのですが……」
「げぼくは悪くないの!」
「そうデス。これには、事情ガ……」
 どうやら彼女の正体を、ナナトとアシュヴィンは知っているらしい。
 だがそれを目線で制し、アルジェントに似た娘は静かに口を開いた。
「わたくし……ノア・エイン・ゼーランディアと申します」


続劇

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