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遺跡調査編
 1.小閑の出発


 重なるのは、唇と唇。
 透き通った頬を細い指がついと触れ、細い首と鎖骨を過ぎて、整った胸元へ。
 小さな喘ぎと共に僅かにそこに力を込めれば、露わになった胸は音もなく表層ごとスライドし……。その内から姿を見せたのは、拳大の三つの穴が穿たれた、鋼の基盤である。
 十五センチの小さな少女達の、最奥とも言える大切な処。そこを無遠慮にさらけ出した指は、その感触を失うのを惜しむかのように、何度も何度も穴のエッジを指の先で擦り滑らせる。
 やがて唇の立てる水音が止むのに合わせ、指先も名残惜しげにその縁から離れていった。
「あと二つ……何があっても、手に入れてくるからね」
 胸部カバーとはだけた衣装を整えて、そっと布団を直してやる。
 その間も、ベッドに横たわる十五センチの愛しい相棒は、身じろぎひとつする事はない。
 当たり前だ。
 穿たれた胸の穴に納まるべきは、彼女達の魂たる三つの貴晶石。それ無くして活動出来るルードなど、いるはずもない。
「それじゃ、シヲ。行ってくるよ」
 いつもの薄汚れた黒いマントの下。最低限の荷物を手にし、彼女は自らの部屋を後にするのだった。

 南北の街道と、東西の街道。
 二つの道が交差するガディアの街での旅立ちは、概ねにおいてその交差点となる停車場から始まる。
「遅くなった」
 余程急いで来たのだろう。街道ではなく屋根の上から飛び降りてきた十五センチの姿に、ジョージは思わず苦笑してみせる。
「大丈夫ですよ。まだ半分くらいしか揃ってませんし」
「これでか。大人数だな……」
 夜明け前の屋根の上からも目にしたが、多くの荷物が積まれた馬車が数台と、冒険者も十人近く。これで半分というなら、最終的には先日のツナミマネキ討伐に近い規模になるはずだ。
「今回は人海戦術になりますしね。報酬も良かったから、結構集まってますよ」
 今度の依頼はただの調査ではなく、巨大な古代兵の部品探しが目的だ。それも当初から探すだけでなく、運ぶ事まで考えられている大規模なものだ。
 確かにこの程度の人手と機材がないと、依頼を果たす事などとても出来ないだろう。
(単独行動はしにくくなるか……。それとも、個々に目が届かなくなる分、動きやすいと思うべきか)
 いまだ数を増やしつつある一行を眺めながらフィーヱが思うのは、そんな事だ。
 ルードは彼女一人のようだから、そういう意味では動きやすい状況と言えるだろう。
 それに。
(これだけ多いなら、行方不明が出る可能性だって……)
 屋根の上からではなく、今度は馬車の荷物の上から、一行を見渡してみた。大半は顔見知りのようだったが、行きずりで参加したらしき様子の者も幾人かいる。
 もし彼等が姿を消しても、果たして誰か気付くだろうか。
「なあなあ。やっぱり、姫様が来てから行かねえか?」
 やがて道の向こうから、賑やかな一行がやってきた。
「まだ言ってるー」
 一行の先頭を歩いていたカイルは、ジョージを見つけるなり元気よく手を振り、こちらへ向かってくる。
「だってなぁ。草原の国のノア姫さまって言やあ、すげえ美人で有名だし……それがガディアに来るなんて、たぶん一生に一度あるかないかだぜ! ヒューゴ……は聞かなくてもいいけど、ジョージは見たいだろ!」
「自分は別にどっちでも……」
 苦笑しつつ答えるジョージに、カイルは何とも言えない表情をしてみせた。そこには驚きとも、悲しみとも、怒りともつかぬ複雑な感情が入り交じっている。
「ありえねえ……。お前、ホントに男か……?」
「あぅぅ……そう言われると、見てみたくなってきた……」
「だよなー! ルービィのほうが正常な反応だぜ!」
 ノア姫の到着は、今日の昼過ぎだと言われていた。何も一日ずらすわけではない。ほんの数時間、出発の時間を遅らせれば良いだけの話なのだ。
 だがそんなカイルの言葉を、ヒューゴは小さなため息と共に両断した。
「姫様が来たら、また街が混雑するでしょう。屋敷の準備が終わって落ち着いている今が、一番動きやすいタイミングなんですよ」
 昨日までは、屋敷に運ぶ機材や食料、見物に来た人の行き来で、街道は混雑の極みにあった。夜明け前の今を過ぎれば、今度は姫様を見に来る近隣の客達のせいで街道はごった返すだろう。
 数名での行動ならどうにでもなるが、この規模の移動でそんな混雑に巻き込まれれば、途端に動きが取れなくなってしまう。
 旅立つなら、今しかないのだ。
「というわけで、揃いました。出発しますよ」
 カイルのブーイングなど気にする事もなく、一行は北へと向かって移動を開始するのだった。

 ガディアの北に進む事しばらく。
 山岳の国へと向かう街道を離れて一行が入ったのは、山へと向かう細道だ。
「ここからもっと山のほうなんだ……」
 ルービィにとっては、まだ記憶に新しい道だ。
 ここから少し逸れれば、先日訪れたばかりのルードの集落に辿り着く。
 思い出すのは、あのとき仲良くなった集落の住人達の顔と、集落へと戻された動作停止したルードの事。
(ヒューゴさんも、来たかっただろうな……)
 ちらりと傍らを歩く白衣の青年の表情を伺うが、集落の事を知っているのかいないのか、いつもと変った様子はない。
 いつもの白衣にいつもの大荷物を背負い、黙々と歩を進めているだけだ。
「結構整備されてるんですね。もっと酷い道かと思ってました」
 山道と言うから獣道のようなものだとジョージは覚悟していたが、馬車も通れるちゃんとした道である。岩などの障害物も大半が排除されており、馬車も立ち往生することなく順調に進んでいた。
「枯れたと言われるほど冒険者が通い詰めた遺跡ですからね。道も自然と綺麗になるんですよ」
 それに、枯れたというのも冒険者にとって価値のあるものが無くなっただけで、歴史的・資料的な価値が無くなったわけではない。今でもほぼ定期的に、王都からの調査隊は訪れている。
「もう少し行けばキャンプ出来る場所があります。今日はそこで休憩にしましょう」
 日はまだ高いが、ここを逃すと遺跡前の難所で夜を越す羽目になってしまう。出発こそ急いだものの、以降は余裕を持った行程でも構わないはずだった。

 ぱちぱちと音を立てるのは、燃えさかる炎。
 遺跡に至る道沿いに作られた広場の四隅を護るように、細い煙を夜空に昇らせている。
 そんな炎を、膝を抱いてうずくまったルービィは、静かに見つめるだけ。視線をちらりと動かせば、向かいのヒューゴは分厚い本を無言で読み進めている。
「どうしました? ルービィさん」
 やがてルービィの視線に気付いたか、ヒューゴは視線を上げて、向かいの少女に穏やかに微笑みかけた。
「え、あ……なんでもないよ?」
 慌てて視線を否定するが、眼鏡の奥の柔らかな視線は、彼女の嘘を優しく否定する。
 続くのは、どこか居心地の悪い沈黙。
 先程までの静かな空気とは明らかに違うそれに……ルービィは小さく息を吐き。
「………あのね。この辺って、ルードの集落が近いんだよ」
「ええ。僕も行った事がありますが……静かで良い所ですよね」
 『月の大樹』に逗留するルードの荷物持ちを兼ねて、何度か足を運んだ事がある。集落の性質と同伴者がいる身、あまり多くを見聞きする事は出来なかったが、それでも貴重な体験だった。
「なぁんだ……行った事、あるんだ」
 どうやら、ヒューゴはルードの集落に行った事がないと思っていたらしい。明らかに落胆した様子のルービィに、ヒューゴは小さく微笑んでみせる。
「……とはいえ、琥珀さんが運ばれた時の事はほとんど聞いてないんですよ。良かったら、教えてもらえませんか?」
 その言葉に沈んでいたルービィの表情はぱっと輝き、すぐに元気よくその時の話が始まった。
「辺りの偵察、終わったぞ。……どうしたんだ?」
 そんな焚き火のもとに姿を見せたのは、一行ただ一人のルードである。
「これからルービィさんに、この間の琥珀さんの顛末を教えてもらうんですよ。フィーヱさんもいかがですか?」
「……やめとくよ。もう一度、その辺回ってくる」
 ヒューゴの言葉に、腰を下ろそうとしていた切り株からひょいと飛び降り、フィーヱは再び森の奥へと跳び去っていく。
「人によっては、聞くのが辛い話の時もありますからね。僕は大丈夫ですから、教えてもらえますか?」
 表情を曇らせたルービィにそんなフォローをしておいて、ヒューゴは彼女の話の続きを促してみせる。


続劇

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