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2.遺産受け継ぐ その名

 ガディアの街に響き渡るのは、三つの車輪の駆動音と、甲高いモーターの回転音。大地を噛み、砂を巻き上げ、石畳を蹴って駆け抜ける。
 やがてそいつは、短い掛け声と共により一層、速度を増した。石壁から勢いよくその身を躍らせれば……眼下に見えるのは、施療院の広い庭と、その中央で片膝を折る巨大なヒトガタだ。
「危ねえぞっ!」
「わぁあっ!?」
 ドワーフが慌てて飛び退いたポイントを落下地点に、三輪がバウンドすること数度。最後には甲高いブレーキ音を撒き散らし、車体を半回転させて停止する。
「……危ないのはコウの方だよ。死ぬかと思った」
「轢かなかったんだからいいだろ。それに、こっちの方が近かったんだから」
 悲鳴じみたドワーフの言葉に、三輪の中から帰ってくるのは少女の声だ。ゆっくりと身を起こした三輪は、既にそのシルエットを車両から装甲板へと変えている。
「爺さんは?」
 その装甲板の内から姿を見せた身長十五センチの少女の言葉に、ぷぅっと頬を膨らませているドワーフの少女をなだめていた青年が思わず苦笑する。
「院長なら、奥の部屋にいると思いますが……どうかしたんです?」
「あの爺ぃ、長い距離走ったらすぐ見せに来いってうるさくてさ」
 一度整備に出して以来、ずっと口うるさく言われ続けているのだ。ガディアでのルードの定宿は一つしかないから、この街にいる以上は避けきる事も出来ない。
「こんな事してる暇、ないってのに」
 酒場で聞いた話では、どうやら探している輩が本当にガディアの街中にいるらしい。装備が壊れれば調査に差し支えるから仕方なく来ているが、本当はこの時間すら惜しいのだ。
「自走出来るレガシィは貴重品ですしね。少しでも長く使ってもらいたいと思ってるんですよ」
 ルードの装備はその大半が古代の遺産を流用しているが、現在も自走可能な車両型装備は多くない。もちろん人間用のそれよりも多くはあるが、こんな田舎町で目にする機会は滅多にない。
「おーい、ジョージ。こっちのチェックは終わったぞ。そっちはどうよ?」
 そんな事を話していると、頭上から軽い声が飛んできた。
「こちらも確認は終わっています。後は反応があれば良いんですが……カイルさん、お願いします!」
 カイルが顔を引っ込めた穴を見上げ、コウは小さくその名を口にする。
「これが噂の古代兵ってヤツか」
 頭頂高十メートル。十五センチのルードからすれば、まさしく天を衝く巨人と言うほかにない。
 ガディアからはるか北。廃坑となった鉱山から見つかったそいつは、音を越える速度と、古代の石巨人を一撃で打ち砕く力を備えていたのだという。
「すごいよねー。昔はこんなのがたくさん動いてたんだよねー?」
 青空の隅、陽光を弾いて浮かぶ白い月を見上げ、ルービィも嬉しそうに呟く。
 このスピラ・カナンが生まれるよりもさらに昔、月に生える大樹が宇宙船として星の海を渡っていた時代。この古代兵は『月の大樹』の近衛の一員として、共に宙を翔けていたのだという。
「だと……思いますよ?」
「何だ? 古代人なのにハッキリしないんだな、ジョージ」
「古代人って言っても、昔の事はほとんど覚えてないんですよ」
 それでもジョージがここに足を運ぶのは、沈黙を守る古代兵を見て何か感じる物があったからだ。
 もっともそれが何なのかは、失われた記憶の中にあるのか、それとも別の何かなのか……今もってなお分からないのだけれど。
「ふぅん。動けば凄いんだろうなぁ……」
 だが、今のスピラ・カナンで最強に近い力を持つであろうそいつは、田舎町の裏庭で片膝を着き、沈黙を守ったまま。
「そういえば、ヒューゴは?」
 ふと、白衣の姿が見えない事に気付く。恐らくは、この場に最もいる可能性の高い男なのだが……。
「なんかミスティのお店に注文してた本の山が届くから、今日はお休みだよ」
「ふぅん」
 見えないのが気になっただけで、細かい理由に興味はなかったらしい。ルービィの言葉に気のない返事をしておいて、コウは再び巨人を見上げる。
「ルービィちゃん、どうだー?」
 やがて操縦席から顔を出したカイルの声に、ルービィは両手で大きくバツ印を描いてみせた。
「ダメー。動いてないよー!」
 カイルは指先を動く操作をしているはずだが、古代兵の指先はぴくりとも動かない。
「やっぱり、エネルギーが足りないんだと思います。……コウさん、こういう物のエネルギーを補充する方法とか、ご存じありませんか?」
「あたしがどうにか出来るわけ無いだろ」
 ルードの記憶には、古代の技術に関する記録も多く残されている。古代兵の動力制御も概要程度なら分かるものの……それが今の時代には再現不可能な技術である事も、また同時に理解していた。
「ねー。カイルは分からないのー?」
「知ってたらとっくにやってるって!」
 ルービィの呼びかけに、カイルは慣れた様子で古代兵の足元へと降りてくる。休憩でもするつもりなのだろう。
「そういえばさ。カイルってなんで古代兵の事が分かるの? ヒューゴやコウは古代の勉強をしてるから、分かるんだろうけど……」
 ヒューゴ不在の今日の作業も、慣れた様子で行っている。施療院に古代兵が運び込まれてから、ヒューゴと共にほぼ毎日作業しているとはいえ、この短期間でここまで慣れられるものだろうか。
「……別にあたしはコイツの整備をしに来たワケじゃないぞ?」
 憮然とした様子のコウを気にする様子もなく、カイルは小さく頭を掻いて……。
「だって俺、古代人だし」
 さらりと呟いたひと言に、辺りは思わず言葉を失い。
「えーっ!?」
 叫んだのは、たった一人、ルービィだけだ。
「まあ、よく覚えてない所も多いし、あんまりホイホイ言って回るようなもんでもないしなあ」
 棺から目覚める以前の記憶は、ごく曖昧なものでしかない。古代兵など技術的な知識は色々と残っているが、身の回りの事は未だにぼんやりとしか思い出せずにいる。
「カナンさんはご存じなんですか?」
「言ってねえよ。古代人だからって変に期待させても悪いだろ」
 カナンが『月の大樹』で働く理由は、自分と同じ時代の古代人を捜すためだ。古代人の眠る『棺』の大半は冒険者が発掘してくる物だし、旅を続ける彼等は各地の情報にも詳しい。
 故に、彼女を目覚めさせた研究者の勧めもあって、彼女は雇われマスターとして働いているのだ。
「多分しばらくは暇だから、何か用事があればそっちに行って良いぜ? 手伝い、ありがとな」
 自分の話を早々に切り上げ、カイルは動かない指先をちらりと見遣る。全体で見れば動かない箇所や壊れた機能も多い古代兵だが、少なくとも指先は今の状態でも問題なく動くはずなのだ。
 効率の良いエネルギー伝達経路の見直しは地味な作業になる。黙々とコンソールに挑むカイルが一人いれば十分だった。
「そういえば、マハエさんに手伝いを頼まれてたんでした」
「そうだ。あたしもコレ整備してもらうんだった」
 そんなカイルやジョージ達を見て、コウも施療院に来た目的を思い出す。
「あたしも手伝うー!」
「だから、今は仕事がないんだってば」
 そんな中で返ってきた元気いっぱいの答えは、状況を分かっているのか、いないのか。


「…………暇だな」
「暇ですね……」
 彼等は、暇を持て余していた。
「本当ならもっと忙しいの? 律さん」
 長い銀髪を揺らす少女の問いに、厨房にいた男は苦笑いをしてみせる。
「おっちゃんに聞かれてもなぁ……。ガディアは来てそんなに経ってねえんだからよ。……どうなんだ? アギ」
「僕も街で働くのは久しぶりなので……ちょっと」
 だが、ガディアに来たのがいつであろうと、この客の入りで必要な人数の見当くらいは付く。
 厨房に二人、カウンターにも二人。
 今まで全て一人でこなしていた事を勘案するまでもなく、明らかに多い。
「この時期は、街全体が海水浴客で賑わう時期じゃからの。普段ならもっと忙しいはずなのじゃが」
 少女の問いに答えたのは、店員ではなくカウンターに着いていた客の娘だ。
「そうなんだ……。モモさんの言う事なら、間違いないか」
 それを見越しての増員でもあったのだろう。
 先日、店の試験を受けたのは三人。
 その中で受かったのは、ここにいる三人……要するに、全員合格したのである。
 最終的にはシフトを組んで一人か二人ずつで仕事を回す事になるが、まだ仕事に慣れていない事もあり、ひとまず全員で店に立つ事になったのだが……。
「みんな幽霊が悪いのよ。気味悪がって誰も遊びに来やしない」
 正確には、来てすぐに帰ってしまうのだ。その閑散とした様子を見た次の客も、何かあったのではないかと怪しんで帰ってしまう。
 どうしようもない悪循環に、店の主のため息も止まらない。
 残された挽回のチャンスは、草原の国からやってくるという姫君を見に来るお客で賑わうだろう、これからの僅かな時期なのだが……。
「でも、探しても見つからないんだろ? やっぱり本物の幽霊じゃねえのか?」
 もちろん街の側も、黙ってその状況を眺めていたわけではない。自警団を設立し、幽霊を探すのに血眼になっている。
 酒場には依頼の掲示も出され、既に幾人もの冒険者が情報収集に動いているはずだった。
「その幽霊っての、ボタン落としてったぜ?」
 そう言ってモモと相席していた少年がテーブルの上に置いたのは、奇妙な紋章の描かれた金ボタン。
 歌う鳥を模したそれは、そう使われる事のないモチーフだ。
「この紋章……遺跡で見つけた服と同じ……?」
 確か、先日の廃坑調査で見つけた血だらけの服にも、同じ紋章のボタンが使われていた。街に戻った後で聞いた話では、この街に住んでいた変わり者の貴族の紋章なのだというが……。
「あー。アシュヴィンもなんか、そんなこと言ってたような」
 ただ、その貴族が今どこにいるのかは、アシュヴィンさえも分からないと言っていた。もちろん幽霊の正体が本当にその貴族なのかも、捕まえてみないと分からない。
 確かに正体を知るには重要な手掛かりではあるが……捕まえるためのヒントとは、少々方向が違っていた。
「そうだ。幽霊って言えば、セリカさん。あの侍女の人は大丈夫だったんですか?」
「シャーロットのこと?」
 セリカのその言葉に、アギは小さく頷いてみせる。
 それは、先日の試験の日に姿を見せた客人の事だ。近くガディアに来訪するという貴人に仕える侍女が、どうやらセリカの死別した友人だったらしいのだが……。
「話を聞こうと思ったんだけど……いま、木立の国に着いたノア姫と王都に向かってるって」
 大国同士、間には色々とあるのだろう。
 いずれにしてもシャーロットとその姫君がガディアに来るのは、王都での用事が終わってからになる。
「そういえば律も、シャーロットを見てびっくりしておったが」
「ああ。他人のそら似っているんだな。ありゃびっくりしたわ」
「他人なの? 一瞬、奥さんだったのかなーって思っちゃったんだけど」
 以前に受けた依頼で一緒に仕事をした時、律には妻がいるような話を聞いていた。あの驚きぶりは、その生き別れた妻と再会出来た驚きだと思ったのだが……。
 どうやら、完全に別人だったらしい。
「ウチのカミさんはあんなしっかりした人じゃねえよ、ターニャ。生ウニって言って、タワシ出すような奴だぜ?」
 少なくとも、大陸第二の大国の姫君に仕えさせて良い女性ではない事だけは間違いない。
「それは大丈夫なのか……?」
 タワシなら突っ込みようもあるが……話の様子から想像するに、食用キノコと間違えて毒キノコや、河豚を毒抜きしないまま出すような笑えない事くらい余裕でしでかしそうな気がする。
「大丈夫じゃねえから、料理は任せられなかったんだけどよ。まあ、そういう所もまた可愛くってなぁ……って、そういう話はいいんだって!」
 律は勢いよく否定するが、もう遅い。
「良くないわよ! むしろもっと話しなさい」
「やだよ、恥ずかしい」
「みんな気になるわよねー?」
 目を輝かせているのはターニャだけではない。カウンターに立つセリカや客席のモモも、明らかに話の続きを聞きたい素振りで首を縦に。
「アギも気になるでしょ!」
「……いや、その、僕は男ですし」
 だが、今日もご丁寧にメイド服を着ている彼の言葉には、説得力はあまりないのであった。


続劇

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