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エピローグ

 『月の大樹』の夜は遅い。
 宿だけではなく、仕事を終えた街の住人や冒険者の集う酒場も兼ねているから、当然といえば当然なのだが……。
「そっか。あの古代兵、廃坑で見つかったんだ」
 夜遅く戻ってきたヒューゴ達の報告に、さすがのカナンも驚きの表情を隠せない。
「はい。今は施療院で、破損箇所の修理をしていますが……近いうちに、また部品回収の依頼が入ると思います」
「まだ動く物があったとはねぇ……」
 大型のレガシィが見つかる事自体は、そこまで珍しい事ではない。
 だが動力の残ったものとなると話は別だ。しかも人型兵器サイズの物が見つかったのは、恐らくガディアでも初めてだろう。
「もう動力がなくなってしまいましたから、今は魔晶石でどうにか動かせないか……って話になってますけどね」
 苦笑いのヒューゴに、カナンはむしろほっとしたように微笑んでみせる。
 大型のレガシィ、それも古代兵ほど大型のものになると、魔晶石動力ではエネルギーが圧倒的に不足する。それは施療院の長も、ヒューゴたち冒険者も、よく分かっているはずだ。
 それでも動かしてみたい気持ちは分からないでもないが……恐らくは見つかった古代兵も他の大型レガシィと同様、このまま研究資料として施療院の一角で朽ちていく事になるだろう。
「これが戦利品デスカ?」
 テーブルの上に置かれているのは、よく分からない部品のようなものが幾つかだ。時を経てなお劣化する様子のないそれは、廃坑で見つかったレガシィなのだろうが……。
「施療院の長でも分からない物ばかりなんですけどね」
「カナン様は?」
「なんか見覚えはあるんだけど、何だったかなぁと」
 剣の柄に似た物体を取り上げ、カナンも首を傾げるだけ。確か、何かの付属品だった気がするのだが……本体が何かが、どうにも思い出せずにいる。
「それとアシュヴィンさん。これ何か、分かりませんか?」
 そう言ってヒューゴが懐から取り出したのは、一つの指輪だった。
 本当なら坑道からの帰り道で聞ければ良かったのだが、古代兵の騒ぎのおかげですっかり忘れていたのだ。
「坑内で見つけた指輪なんです。あそこの権利を昔持っていた貴族の物らしいんですが……僕は、あまり紋章学には詳しくなくて」
 ガディアに戻ってすぐ、『月の大樹』で預かっていた権利書とも照らし合わせてみたが……同じ事が分かっただけで、貴族の名は全く知らない名前だった。
 元執事なら、そちらの造詣にも詳しいだろう。確定は出来ないまでも、縁のある紋章くらいは分かるかもしれない。
「…………これヲ、坑内で?」
 だが、歌う鳥を描いた紋章を見たアシュヴィンの表情が、急に曇る。
 いつも穏やかな笑みを絶やさない彼にしては、珍しい事だ。
「知ってる紋章です?」
「……以前ノ、我が主の紋章デス」
 言われ、ヒューゴも息を呑む。
 道理で見覚えがあるわけだ。
 血だらけのあの服も、言われてみればかなり太めの作りだった。それは、街で何度か見かけた件の貴族の体型そのものではないか。
「けど、なんであんな所に服だけが……?」
 貴族が取り潰しに遭い、街から姿を消した事くらいはヒューゴも聞いていた。
「それハ分かりマセンガ……」
 貴族が件の屋敷を手に入れた時、ガディア周辺の物件もいくつか手に入れたと聞いていた。アシュヴィンが仕える前の話だから当時の事情までは分からないが、廃坑の権利も恐らくそのうちの一つなのだろう。
 その後、取り潰しと共に手放した歌う鳥の紋章が、巡り巡ってイーディスの元に辿り着いたのは、奇縁としか言いようがないが……。
「これ……預からせて戴いテモ、構いませんカ?」
 その鉱山のかつての主が、なぜあんな所に迷い込んでいたのか。そして、あの場所で血だらけの服を脱ぎ捨てる事態に陥っていたのか。
「ええ。お任せします」
 それを確かめる術を、今の彼等は持ち合わせてはいないのだった。


「で、あんたは大丈夫だったの? カイル」
 良くも悪くも戦利品の件がひと段落し、カナンが声を掛けたのは、ヒューゴの隣で呑んでいた青年だ。
「おお、俺の心配してくれるなんて嬉しいねえ、カナン」
 古代兵の中から現われたカイルは、いくらか打ち身をした程度で、大した怪我もしていなかった。打撲に治癒魔法は効きが悪いから、しばらくは湿布と包帯の世話にはなるが……それも数日もすれば用済みになるはずだ。
「まあ、古代兵のコクピットで死なれても……って、よく考えたらあんたなんであんな物の中に入ってたの」
 古代人のカナンなら、古代兵のコックピットに入る方法も想像が付く。けれど彼は一介の冒険者であって、古代の技術に精通しているわけではない。
「そこはまあ、勢いでな。つかそんなの分かってたら、坑道にいた段階であんなモンの中から逃げてるって!」
「……まあ、そりゃそうか」
 落盤に巻き込まれたそうだし、運良く乗り込む所までは出来たのだろう。もっとも、そのあと古代兵のコックピットから逃げ出していたら、出撃に巻き込まれて死んでいただろうから……二重の意味で運の良い男である。
「あーっ!」
 そんな運の良い男に飛んできたのは、入口からの叫び声だ。
 大股でずかずかと歩み寄り、カイルの襟元を引っ掴む。
「こらテメェ、フカシやがったなチャラチャラ!」
「ンだよ。こっちは怪我人だっつの」
 珍しく激昂しているネイヴァンに、耳の穴をほじくりながら面倒くさそうに答えてみせる。
「そんなん知らんわ! ネコ探しはヒャッホイ出来るて、とんだフカシやないか!」
 ヒャッホイ出来たのは、最後にマタタビ袋を切った時だけ。もちろんそんなものは、ヒャッホイした内に入らない。
 そもそもネコとは関係なかった。
「……ネコ探しでヒャッホイなんか出来るワケないだろ。誰だよそんな事言ったの」
 少し考えれば分かるはずだ。
 今回はイレギュラー的に戦闘もあったようだが、本来は街の中をうろうろするだけの面倒くさいお仕事である。ネイヴァンの言うヒャッホイなど出来るはずもない。
「お前やチャラチャラー!」
 だが、真顔でそう答えるカイルに、ネイヴァンはキレた。
「つか、チャラチャラチャラチャラって、お前人の名前なんだと思ってんだ!」
「チャラチャラはチャラチャラやろが! 人の名前なんざなんとなーく分かっとりゃ十分や!」
「なら俺の名前言ってみろよ。ネイヴァン・アスラーム・ジュニア」
 あえて相手のフルネームを付ける事で、こちらは知っているぞアピールをする事は忘れない。
 そんなカイルの問い掛けに、ネイヴァンはしばらく黙っていたが……。
「………………………………チャラチャラ?」
「カイルだ! カイル・レイド!」
「そんな難しい名前よう覚えへんわ。チャラチャラで十分やろ。チャラチャラしとるし」
 確かにアクセサリーの類は多いが、だからといって名前で呼ばれない理由にはならないはずだ。
「酷いよなぁ、カナン。……あれ? カナン?」
 カウンターの少女に同意を求めようとして。その彼女がとっくに姿を消している事に、カイルはようやく気付くのだった。


 客足の戻った『月の大樹』に忍が顔を出したのは、それから少ししての事。
「こんばんわー」
 今日の彼女は非番だから、いつものメイド服ではない。ガディアでも珍しい洒落た服装に……今日は同伴者が一人。
「ミスティもいらっしゃい。……って、何それ」
 忍が抱えているのは、大きな袋。
 嬉しそうにカウンターに置き、中から取りだしたのは箱状の物体が幾つかだ。
「カメラですよ!」
 穴の開いた小箱が、恐らくカメラなのだろう。側に置かれた厳重に封のされた黒い箱が、フィルムに相当する物らしい。
「へぇぇ……。フィルムカメラなんて懐かしいわね」
「作るの大変だったのよ?」
 カメラの基本原理はそう難しいものではないから、薬剤さえ揃えば再現は出来るはずだ。だが、その薬剤まで揃えてしまうとは……さすがミスティというべきか。
「これで皆さんに、王女様の写真を撮ってもらおうと思って……あら?」
 そこで忍が気付いたのは、テーブルに広げられていた物体だ。
 ヒューゴ達の手に入れた、戦利品である。
「これ、クローン定着装置ですわね」
「ご存じなんですか?」
 剣の柄に似た物体をひょいと取り上げ、忍は懐かしそうな様子で頷いてみせる。
「本体の培養器でクローン培養した組織を、これで人体に定着させるんですの」
「ああ。どこかで見た事があると思ってたけど、あれか」
 それでカナンもようやく合点が行ったらしい。
「……具体的には、どういう機械なんですか?」
 専門用語らしき言葉の並ぶ忍の話は、さすがのヒューゴも即座に理解出来る物ではなかった。本体があるという事から、カナンの言っていた通り、何かの付属品ではあるらしいが……。
「古くなったお肌を、若くて新しいお肌に取り替えるための機械ですの」
「……女性にとって、夢の機械ですね」
 ガディアでも、その手の商品は行商がたまに売っている。もちろんほとんどはインチキなのだが……今も昔も、それは女性にとって深刻な問題なのだろう。
「昔は、そういう技術が一般的でしたから」
 穏やかに微笑む忍にわずかに逡巡し、やがて言葉を掛けたのは……。
「……なあ。忍ちゃんは、その機械を使った事は……」
「ふふっ。それは、内緒ですわ」
 カイルの問いに、忍は穏やかに微笑んでみせるだけ。


続劇

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