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魔物調査編
 5.新たなる探索


「じゃあ、ヘルハウンドだけじゃないのか?」
 回ってきたサンドイッチをナナトに渡してやりながら、マハエはアギの話を確かめるようにそう口にした。
「その可能性もあるみたいです。出所は同じようなんですが、ヘルハウンドとは別の『何か』がいるらしいと……」
 水浴びの後、近くにいた森の民から新たな情報を教えてもらえたのだ。
「それがガディアに向かってる可能性も?」
 ジョージの問いに、アギは首を縦に。
 『何か』はまともな獣や魔物とは違い、痕跡をほとんど残さない。正体が分からない以上、危険かどうかも定かではないが、いずれにしても不気味な存在である事だけは間違いない。
「なら、ガディアへの警告と、出所の両方を確認しなけりゃならないわけか」
 森の民にばかり調査をさせるわけにはいかない。しかも街が絡むとなれば、それは森の民ではなく彼等冒険者の領分だ。
「どちらかに先に向かいますか? それとも……」
「今は調査だけだし、出所の確認も全員で動く必要はないだろう。アルジェントとナナはガディアに戻れ」
「戻れって何よ」
 投げるようなマハエの言葉に、アルジェントは明らかに不服そうな声を上げてみせる。戦うつもりはないが、かといって邪魔者扱いされるのも良い気分ではない。
「もし『何か』との戦いになりゃ、治癒の使い手が要るだろうが。それに、ナナはちゃんと戻すって約束したんだろ」
 その二つを出されれば、彼女としては下がらざるを得なかった。サンドイッチを静かに食べていたナナトの肩を抱き、渋々といった様子で首を縦に振る。
「ジョージ、護衛を頼む」
「分かりました」
 戦いとなれば、ジョージの拳が必要になる場面もあるはずだ。それに昨日の様子では、あまり強行軍で無理をさせるのも酷だろう。
「なら、僕は出所の調査ですね」
 もともとこの森に一番詳しいのはアギだ。それに、途中で森の民から新たな情報を手に入れられるのも、彼だけである。
「案内を頼む。すまんが、アシュヴィンも……」
「もちろんお供いたしマス」
 黒服の元執事はさも当然とばかりに頷くと、空になったカップに紅茶を注ぎ始めるのだった。


 慌ただしい食事を終え、火の始末を済ませれば、すぐに出立だ。野営で荷物も装備も常に動き出せる状態に置いておくのは、冒険者として基本中の基本である。
 その例に漏れず準備を終えているアルジェントに掛けられたのは、黒服の元執事の声だった。
「ああ、アルジェント様。これヲ……」
 渡されたのは小さな紙片。開いてみれば、細く丁寧な線で、図面らしきものが事細かに記されている。
 無論、アルジェントにそれ以上の説明は不要だった。
「これ……頼んでおいて何だけど、本当にいいの?」
 紙片を大切に懐にしまいつつの女性の問いに、アシュヴィンは穏やかな笑みを浮かべてみせる。
「優れた執事の条件をゴ存じデスカ?」
「……仕事が出来る事?」
 僅かに間を置いて返ってきた答えは……無言で振られた、細い首。
「人を見る目があるコト、デスヨ」
 大事なのは、目の前の相手が信用出来るか、仕えるに足るか、仕える者に害を及ぼすものでないかを……一瞬で見抜ける事。
 仕事が出来るのは執事としては当たり前の事であって、優れた資質でも何でもない。
「じゃあ、あの考えさせて欲しいって言ったのは……」
 アシュヴィンの理論が正しいならば。
 そして彼を優秀な執事と言うならば、昨日の朝のあの段階で、既にアルジェントの見定めは終わっていたはず。
 けれどあえてその時間を取った、本当の理由は……。
「ワタシがお屋敷を辞めた後、中の構造が変わってイル可能性がありましたカラ。それを確かめたかったのデス」
 確かに彼は、優秀な執事であり続けているらしい。
「アシュヴィン、行くぞ!」
「ハイ!」
 既に移動を始めたマハエの声に、アシュヴィンは優雅に一礼し、黒い翼を大きく拡げる。それを強くひと打ちすれば、起こる風はアルジェントの長い銀の髪を柔らかく巻き上げる。
「アルジェントさん!」
「ええ。私たちも急ぎましょう!」
 そしてアルジェントも、獣化したナナトを肩に乗せたジョージの声に、急いでガディアへと向かうのだった。




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