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ルードの集落編
 3.激突 動と動


「りっつぁんのピラフ、おいしかったねー!」
 あり合わせの食材を使った夕食を終え、片付けを済ませれば……。後に流れるのは、穏やかな夜の時間だ。
「琥珀を偲ぶ涙雨なのかね……」
 窓の外は、降りしきる雨。
 木々に遮られてそれほど激しくは感じられないが、片付けの時に見た空の様子からすれば、長く続く雨になりそうだった。
「かもね。……一曲、歌って良い?」
 壁を見れば、この小屋の住人の物らしいリュートが掛けてある。
「弔いだからって、辛気くさいのは勘弁してくれよ」
「分かってるって。任せてよ」
 リュートを取り上げ、弦をひと撫で。十分に手入れされている事を確かめて、幾つかの弦を微調整。
 やがて流れ出すのは、柔らかくもどこか物悲しい、郷愁を誘うメロディだ。
「いい曲だね」
 調子を見るように一曲目はインストのみ。二曲目からは、ターニャの伸びやかな声が重なってくる。
「……ん?」
 ふと窓の外を見れば、窓枠に乗ってこちらを覗き込む、小さな姿が見えた。
 出掛けているコウやディスではない。
 ということは……。
「っ!」
 律を視線が合った事に気付いたか、十五センチの小さな姿は慌ててその身を隠そうとするが……。
「大丈夫。取って食やしねえから、入って来いよ」
 窓をそっと引き上げた律の言葉に、おずおずとその姿を現わすのだった。


 降りしきる雨の中。
「ディス姉」
 木の陰からディスを呼び止めたのは、赤い髪のルードだった。
「何じゃ、コウか。どうした」
 昼間の軽装ではない。全身のコネクタに武装を接続した、フル装備状態だ。
 無論、その手には身ほどもある大剣を提げている。
「昼の話だけど……」
 コウの言葉に、ディスは言葉を返さない。
 ただ無言で、その先を促すだけだ。
「ディス姉、ちゃんとカニ狩りに行ったの?」
「ルービィやジョージ達から聞いておらなんだか? わらわもひと暴れしたと」
 それは確かに聞いていた。ディスはいつものように前線に立ち、幾体ものツナミマネキを葬ったのだと。
「……あの晩、ディス姉の装備を付けた、金髪のルードを見たんだ」
 呟くコウに、水色の髪のルードは僅かに表情を変える。
 困惑でも、驚きでも、ましてや怒りでもない。
 見られたか、という誰かに悪戯を知られた時のような表情だ。
「あれ……ディス姉か?」
「別に金髪のルードなど、珍しいものではなかろ」
「それは……そうだけど……」
 赤、黒、蒼。機械であるルードの髪の毛には多くの色があるが、金色もまたありふれた色の一つ。
「昼間も言ったろう。言いたい事があるなら、ちゃんと話せ」
 コウの言いたい事はそんな事ではないはずだ。
 何か明確に突き付けたい質問があるが……それを突き付ける事が出来ずに、回りくどい言葉で外堀を埋めようとしている。
 降りしきるのは、雨。
 やがて、赤いルードはひと息を吐き。
「……あんた、誰かに追われるような事でもしてたんじゃないか?」
 髪を染め、出自を誤魔化す理由は多くあるが、その根本は『知られたくないから』だろう。さらに言えばその大半は、後ろ暗い事が原因である事が多い。
 降りしきるのは、雨。
 目の前の黒いルードは、答えない。
 長い長い沈黙の後……。
「……やれやれ。わらわが大人しく説明するとでも思うたか?」
 響くのは、言い訳でも述懐でもなく。
 黒いルードの背中から響く、サブアームの展開音だ。
「思わないさ。だから……コイツで聞かせてもらう」
 ディスの動きに応じ、コウも大剣をがしゃりと鳴らす。駆動輪に意思を籠め、いつでも全開が出せるようにアイドリング状態へ。
「それでこそよ!」
 対する黒いルードも背負っていた荷物を放り棄て、解けた包みの中から巨大な盾を掴み取る。


 窓に立つのは、手の平に乗るほどの小柄な姿。
 身をすくめるようにして部屋の中を覗き込むその姿は、十五センチよりももう少し小さく見える。
「あ、昼間の!」
 そう。
 それは昼間、ルービィに手を振り返してくれた薄紫の髪のルードだった。
「……お邪魔、でしたか?」
「そんなことないよ。遊びに来てくれたの?」
「綺麗な唄が……聞こえてきたから」
 ルービィの問いに途切れ途切れの言葉を返しながら、小さく頷いてみせる。
「ディスさん達と、私たちの同胞を連れてきてくださったん……ですよね?」
 ディスはガディアに来てかなりの年月が経つ。最寄りの集落であるここにも、住人に名を知られる程度には顔を出しているのだろう。
「ああ。ただ、ここの皆はあんまり歓迎してないみたいだけど」
 ちくりと刺すようなターニャの言葉を、小柄なルードは慌てて否定する。
「そんなこと……。ただ……ここは、山賊なんかも来るから、あんまり外に出ちゃダメって……」
 言い淀むその言葉に、律もようやくこの街の事情を理解する。
 考えてみれば、レガシィが山ほど保管されているルードの集落は、見る者によっては宝の山にも等しいはずだ。
「……なるほどなぁ。嬢ちゃん達も大変なんだな」
 野盗や山賊の襲撃も一度や二度ではないのだろう。彼女は集落の中ではまだ幼い子供のようだし、初対面の人間を警戒するのはなおのことだ。
「なあ。お嬢ちゃん達の郷じゃ、こういう時はどうやって仲間を悼むんだい?」
「唄を歌ったり……踊ったり、します。人がいる間は……あんまり、歌いませんけど」
 方法は違えど、悼む気持ちに違いはないらしい。
 律は穏やかに微笑むと、リュートを構える少女の名を呼んだ。
「じゃ、ターニャ」
「ん。任せといて!」
 再び流れ出すのは、柔らかな唄と、楽しげなメロディだ。


 振り下ろされた大剣を受け流すのは、ルードの半身を覆うほどの巨大な方盾。
「く……っ!」
 受け止めるだけではない。サブアームに操られたそれは、時には斬撃を的確に流し、またある時には盾そのものを叩き付ける武器としてコウへと牙を剥いてくる。
「その武器、もらったばっかりじゃないのかよ!」
 彼女の知る限り、ディスの今回の荷物にこれだけ大きな方盾はなかったはずだ。この集落で手に入れた物なのは間違いない。
 だが、いくらルードでも、手に入れたばかりの装備を即座に使いこなせるわけがない……はずだ。
「もらったばかりじゃよ!」
 斬撃を流され泳ぎそうになった体で、脚部の駆動輪を全力起動。横殴りの盾の一撃を潜り抜け、踏み込んだディスとその立ち位置を入れ替える。
「ちっ。どんな戦闘経験してんだよ……っ!」
 負ける気はないが、このままいつまでも戦っていても埒が開かない。あれだけの重量物を振り回すサブアームのエネルギー消費も相当なはずだが、コウの駆動輪もそれに輪を掛けてエネルギーを食らうのだ。
 無論、この戦いの中、悠長に魔晶石からエネルギーを補給するような隙はない。
「……咆えろっ、紅龍っ!」
 痺れを切らしたコウは装甲内部のラックから魔晶石を取り出し、顎を開いた大剣に放り込む。
「なんじゃ。もう決着を付ける気か」
 咆哮と共に身ほどもある大剣を包むのは、赤く燃え上がる炎の形。降りしきる雨など気にする様子もなく、そのイメージを固定する。
「ならば、こちらも征くか……」
 加速と共に振り下ろされた大剣を受け止めたのは、側面から突き出されたサブアームの方盾だ。燃えさかるコウのビークの熱量に、盾の隅が僅かに溶けて。
(押し切れる!)
 大地に食らい付いた駆動輪を全力回転。
 確信した勝利に、口元を歪めたルードに……。
「……甘いのぅ」
 ディスのサブアームの先。雨音の中に響き渡るのは、魔晶石をローディングする機械音。
 そして。
 盾から放たれた桁外れの衝撃が、コウの体を遥か彼方まで吹き飛ばす。


 開かれた窓から姿を見せるのは、十五センチの小さな娘達。
 雨の中を抜け、少しずつ入ってくるルード達の中には、昼間ルービィに槍を突き付けた番人のルードの姿もあった。
「人が居る時は、歌わないんじゃなかったのか?」
 悪戯っぽい律の問いにもようやく慣れてきたのか、幼子のルードは控えめな微笑みを返してくれる。
「工連の皆さんとは……よく、歌います」
 工連というのは、ルードの暮らしを助ける人間達の呼び名だと聞いていた。いま律達のいる山小屋の、本当の主達である。
(……信用されたって事か。ありがたいねぇ)
 ディスが連れてきた人間という事もあるだろうし、ターニャのリュートも大きいだろう。とはいえ、こうして微笑んでくれるなら、けっして悪い気分ではない。
「なら、思いっきり歌おうじゃない。月の彼方まで、届くくらいに!」
 演奏に徹する事にしたらしいターニャのリュートを、小さな娘達の柔らかな合唱がゆっくりと追い掛けていく。


 力任せに吹き飛ばされ、大樹の幹にその身をしたたかに打ち付けたのは、赤い駆動輪をまとう長髪の娘。致命傷にはほど遠いが、それでも相当なダメージには違いない。
「楽しい戦いであった。腕を上げたの、コウ」
 そんな彼女の元に歩み寄るのは、副腕を背負う黒衣のルード。方盾を構えていない方のサブアームを伸ばし、紅い髪の娘の身をそっと引き起こしてやる。
「……相変わらず無茶苦茶だな、ディス姉」
 僅かにその身をふらつかせるが、支えるように動かしたのは足の一本だけ。それ以上は矜持と意地の二つで支え、コウも不敵に微笑み返す。
「しばらくぶりに使うてみたが、やはり不意打ちの武器にしかならんの」
 戦いそのものは満足なようだが、得物に関してはどうも不満が残るらしい。たった一つでコウを圧倒した方盾を、ディスは面白くなさそうに眺めている。
「……使った事、あったのか」
「当たり前じゃ。初見の武器でここまで使いこなせるわけがなかろ」
 そうは言うが、新品同様の接続部から見ても特注の武器なのは想像に難くない。製作をどれだけ突貫で行ったとしても、ブランクを取り戻す時間はほとんど無かったはずだ。
「さて。先ほどの問いじゃが……。まあ、ひと房分じゃの」
 腰の物入れから小さな瓶を取り出し、中の液体を少しだけ手に取ると、ディスはサイドでまとめた髪のひと房をそっと撫で付ける。
 染料を落とす溶剤だったのだろう。ゆっくりと撫でられた水色のひと房は、その色を見事な金髪へと変えていく。
「昔、人間の貴族と少々争うての」
 争いの発端が何だったか、今となっては覚えてもいない。ただ、暫く追われる羽目になり……いちいち戦うのも飽きてきた頃、変装のために髪の色を変えたのだ。
「……同胞に追われるような真似は、誓ってしておらん」
「それを早く言えよ……」
 がくりと肩を落とし、コウは小さくため息を一つ。
「言うたら、本気で相手してくれたか?」
 どうやら、一杯食わされたらしい。
 だが、ディスに戦いに飽きたと言わせ、変装までして回避する事にした事件が本当に大したことがなかったのか。
(けど、聞けばロクな事にならないんだろうなぁ)
 コウはそう思い、からからと笑う水色の髪のルードを眺めるだけ。


続劇

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