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ルードの集落編
 2.変わっていくこと、変わらずにいること


 山小屋の台所も、街のそれとさして変わるものではない。家の脇には井戸も掘られているし、地下の食料庫には当座の食料も蓄えてあった。
「人と一緒って言われたけど、だいぶ違ってたねぇ……」
 それらの材料をほんの少しだけ借りて夕食の支度をしながら。
 ターニャが思い出すのは、先程までの出来事だ。
「……だよなぁ」
 琥珀の引き渡しはあっさりとしたものだった。数人のルードがどこからともなく現われて短い礼を述べた後、琥珀の体を運んでいっただけ。
 琥珀の記憶の確認にはひと晩ほどかかるらしい。その間はこの山小屋を使って待つように言われ、ひとまず夕食の支度をしているわけなのだが……。
「おっちゃんの郷里じゃ、冠婚葬祭ってぇのはそりゃもう村を挙げての大騒ぎだったもんだけどよ。最近は違うのかねぇ」
 少なくとも今まで旅してきた人間の街やガディアの街では、それなりに賑やかだったように思う。ルードだけが特別なのか、地方によって差があるのか。
「人間も魔族も、似たようなものだと思うよ?」
「そっか。なんつーか、ちょっと安心した」
 ターニャの言葉に小さくため息を吐き、外の井戸から汲んできた水を桶の中へと注ぎ込む。
「変わって良いものと、変えちゃなんねえものってのがあるはずだしな……」
 長い眠りから目覚めた時、律も多くの古代人の例に漏れず、文化の違いに戸惑ったものだ。だがそのほとんどは技術的なもので、根本的な所はそう大きくは変わっていなかった。
 そうだったからこそ、こうして今も冒険者として旅を続けていられるのだろう。
「それって、その格好とか……例の弓も?」
 律の和装は海の国のそれに近いが、細かい所を見ればほぼ別物と言って良い。その格好も、弓の新調をミスティに嫌な顔をさせてまで拘り通すのも、冒険者だから……という理由だけではないはずだ。
「どうかねぇ」
 へらりと笑って、男はターニャの傍らに立つ。手に取ったのは、台所に備え付けの包丁だ。
「料理、出来るんだ?」
「古代の料理も色々作れるぜ。……カミさんにも評判良くてなぁ」
 そんな話に、律に奥さんがいたことを初めて知るが、それ以上は問う事もない。軽く流して、それ以上は触れない事にする。
「とりあえず、俺達だけでもあの姉ちゃんの弔いをさせてもらわねえとな」
 今大事なのは、そこだ。
 律の言葉に小さく頷き、ターニャも自身の作業を再開するのだった。


「ねえねえ、コウ! ルードって、この辺の木の上に住んでるの?」
 辺りに生える木を指すルービィに、コウは小さく頷いてみせる。
「木の枝を飛び移る方が地面を歩くより楽だからな。それに……」
「それに?」
「こうやって誰か来た時の防備にもなる」
 もともとルードの集落は、彼女達のパーツの保管や補給の基地として生まれたものだ。
 相応の値の付くレガシィでもあるルードの部品は、心ない者達の標的となる事も少なくない。そんな事情もあり、集落にあるルードの住処は人間の手の届きにくい高所や狭所に作られている事がほとんどだ。
「ああ。ほら、あそこ」
 そんな中、コウが指したのは五メートルほどの高さの枝の上。
 よく見れば、薄紫の髪をしたルードがこちらを眺めているではないか。
「あ! おーいおーい!」
 元気よく手を振るルービィに、小柄なそのルードは少し驚いた表情を浮かべていたが……やがて、控えめな様子で小さく手を振り返してくれた。
「あの頃と変わらないなぁ……。そんなんで、良く冒険者になれたもんだ」
 もっとも、そんな性格だからこそ、冒険者になれたのかもしれないが。
「あ!」
 苦笑するコウに、ルービィが上げたのはまたもや大きな声。
「今度は何だよ」
「そういえば、コウとゆっくり話すのって、久しぶりだね……」
 ルービィがガディアに来たのは、コウの話を聞いたからこそ。けれど、ガディアに着いてからはすれ違いばかりで、これまでまともに話す機会もなかったのだ。
「……だな。グンザン以来か」
 あの時は、冒険者と村の娘。
 今は、互いに冒険者。
 少女達は互いに微笑み、穏やかに散策を再開する。


 山肌に刻まれたのは、幅十五センチにも満たない細い溝。
 人の手の絶対に入り得ない狭所の奥深くに、その空間はある。
【これと、これ……】
 明かりはない。手元のコネクタに繋がれた、闇をも見通す暗視鏡が、彼女達の目の代わりをしてくれるからだ。
【あと、これにこいつを付けられるか?】
 暗闇の中。ディスが次々と指していくのは、鈍い輝きを湛える鋼の塊達だ。いずれも古代の遺跡から発掘され、この集落に運び込まれたルード専用の装備品である。
【出来ないとは言わないけど……使い切れるの?】
【使い切る】
 断定形のディスの言葉に、同伴のルードはヘルメットから覗く口元を僅かに歪め、笑ってみせる。
【……そういう人だったね、ディスさんは】
 恐らくはこの武器庫の管理を司る立場の者なのだろう。彼女の暗視鏡は、手首のコネクタに接続しているディスとは違い、被ったヘルメットにそのまま組み付けられている。
【で、いつまでに終わる?】
 背中のコネクタに繋げた大型のアームで指示された武装を抱え上げながら、武器庫のルードは僅かに思考。
【これとこれは組み立てるだけだから、夜までには。時間は大丈夫?】
【同胞の記憶の改めが終わるまでは居させて貰うからの。もっとゆっくりでも構わんぞ】
 工具の準備を始めながら、ディスの言葉に小さく首を振ってみせる。
【雨が降りそうだし、湿気が増えると良くないから……それまでには終わらせちゃうわ】
 周囲に明かりはなく、もちろん窓などあるはずもない。
 閉鎖された空間の中、ディスに外の天気を知る術はないが……彼女にはそれを感じ取る機構が備え付けられているのだろう。
【ならば、頼む】
 そしてディスは、地下の倉庫を後にして。
 見上げた空が、本当に暗く澱んでいる事を知るのだった。


 集落をのんびりと歩きながら、ルービィが口にしたのは何気ないひと言だ。
「ねえ。コウが生まれた集落も、こんな感じなの?」
 時折ちらりと姿を見せるルード達に元気よく手を振りながらのルービィに、コウは首を縦に振ってみせる。
「二十人くらいの小さな村だったけどな。近くに遺跡があって、そこの発掘が主な仕事でな……。暇になると歌ったり踊ったり、いい村だったよ」
 この集落からさらに山奥へと向かえば、荒涼とした山地の中に大きな古代遺跡がある。恐らくこの集落も、その遺跡から見つかった部品の集積所が原型となっているはずだ。
「そっかぁ。いつか、コウの村にも行ってみたいな」
 ルービィは気付いていない。
 コウの言葉が、全て過去形である事に。
「……いつか、な」
 それをコウがあえて問わないのは、彼女に悪気がない事を知っているからだ。
「ん? あっちの岩肌も普通とちょっと違うね」
 常に岩と接して育ってきたドワーフならではの勘なのだろう。森の隅、岩肌の覗く山際を見るなり、そちらを確かめに歩き出す。
「あ……こら! そっちは……」
 だが、コウが止めようとした時にはもう遅い。
 ルービィの肩に掛かるのは小さな何かが舞い降りる、た、という感覚。首筋に触れるのは、ひやりとした刃の感触だ。
「ひゃっ!」
「この先は、許可された者以外、立ち入り禁止なの」
 ルービィの肩に舞い降りたのは、薄い茶色の長い髪を持つルードだった。淡い緑のボディスーツに、片刃の槍を構えている。
 ルービィの首に触れるのは、刃ではなくその峰の側。
「悪い。あたしの注意が遅れた」
 長い髪のルードもそれは分かっていたのだろう。コウの言葉に小さく頷くと槍を引き、すぐにどこかへ消えてしまう。
「ああ、びっくりした……」
 ルービィの近くに彼女と目の高さを合わせられる足場はないし、足元に降りられても勢い余って踏みつぶしてしまったかもしれない。彼女の肩に降りた理由は分かるが……まさか、いきなり槍を突き付けられるとは思ってもみなかった。
「ま、今回はあたしらが悪いよ。雨も降り始めたし、小屋に戻ろうぜ」
 見上げれば、暗く澱んだ空からはぽつりぽつりと雨粒が落ち始めている。
 コウの言葉に促され、ルービィはターニャ達の待つ山小屋へと駆け戻っていく。


続劇

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