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11.触れる、手のひら
 激戦の中、銀髪の少年が呟いたのは、困惑のひと言だ。
「こう数が多いと……どうしようか」
 近寄れさえすれば何とか出来る自信はあった。
 けれど、普段なら兄との連携でどうにでもなるそれも……今日は肝心の兄がいない。さらに言えば、今夜の戦いは大多数を相手の連戦が前提だ。一匹相手に全力を注ぎ込めば良いわけでもない。
「だぁあっっ!」
 そんな彼の耳に届いたのは、少年の放つ裂帛の気合。
 ダイチだ。
 落とし穴に自爆した所までは情けなかったが、もともと自分達で掘った穴。あっという間に抜け出して、戦線に復帰していたりする。
「大丈夫?」
 分厚い甲殻に弾かれ、体勢を崩した所でバックステップ。カニの攻撃をかいくぐって下がってきた槍使いの少年に、静かにそう問いかけてみる。
「ああ! けどこいつ、スゲエ硬くてさ……槍が通じないんだよな」
 セオリー通り、甲殻の継ぎ目を狙ってはいるものの、そうそう当たるわけではない。せめて大鋏の届かない側なら隙もあろうと回り込んでもみたのだが、摂食用に使う小さな鋏は大鋏とは逆に小回りが利き、槍のリーチをもってしても易々と攻撃をさせてはくれないのだった。
「……だったら、しばらくカニの攻撃を引き付けてもらえますか? その間に、僕が何とかします」
「分かった!」
 迷う事なくそう答え、ダイチは再びカニに向かって走り出す。大鋏の動きをかいくぐって槍を突き込もうとするが、やはり相手の動きに邪魔されて、穂先は狙う場所まで届かない。
「これなら……!」
 けれどダイチの対処に追われたカニは、逆から見れば隙だらけ。アギはその死角から音もなく忍び寄り……。
「……おっ?」
 ダイチの前でぐらりと傾ぐのは、五メートルの巨大な躯。
 轟音と共に崩れ落ちたツナミマネキの背中から顔を覗かせたのは、アギである。
「女の子なのにすげえな! どうやって仕留めたんだ?」
「仕留めたんじゃありません。気絶させただけで……」
 触れる事で体内の気を乱し、カニを一時的なショック状態に落とし込んだのだ。しばらくすれば再び動き出すが、それまでカニは爪先一つ動かす事は出来ない。
「あと僕、女の子じゃありませんよ」
「はっはっは、そんなバカな」
 小柄で細身、銀の髪を長く伸ばしたアギは、整った顔も込みでどう見ても女の子だった。
「……まあいいですけど。それより、トドメをお願いしたいんですが」
 こうも男らしい自分がどうして女の子扱いされるのかは分からなかったが、それは後でゆっくり聞けばいい事だ。
「動かないなら関節は狙えるんだけどさ。オイラの槍、あんまり相性が良くない気がするんだよな……」
 鎧の隙から槍を突き込めば、相手は刺された痛みに動きを鈍らせ、より大きな隙を作ってくれるのだが……獣ならともかく、カニはどうもその効果が薄いように見えた。
「動かない相手ぇ倒すんなら任せとき!」
 だが、そんな彼等に答えるかのように上空から降ってきたのは、高らかな叫び声。
「ヒャッホォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォイ!」
 ど、という音は超重量の物体が叩き付けられる音。
 が、というのは重装の甲殻が、力任せに砕かれる音。
 砕けて舞い散る甲殻の中、月夜にも眩しい白い歯を覗かせて、ニヤリと笑みを浮かべる奴は……この戦場で、たった一人しかいない。
「……」
 カニにトドメの一撃を叩き付けているネイヴァンに魂でも抜かれたかのように、二人の少年は一瞬ぼうっとしていたが……。
 そんな事は、周りが許してくれはしない。


「大丈夫ですか、カイルさん!」
 視界を染めるのは、赤い色。
「ああ……あの猫は?」
 襲いかかってきたカニからリントを庇った所までは良かったが、どうやらその一撃を避けきれなかったらしい。急所を外れている事は分かるが、一緒に額か目蓋あたりを切ったのか、拭っても止まらない血が視界を塞いで鬱陶しい事この上ない。
「無事です。仇を取るんだって張りきってましたよ」
「……死んでねえっつの。勝手に殺すな」
 故に、こうして肩を貸してもらっている相手の顔も見えない始末。
「にしても、可愛い姉ちゃん庇うならともかく、猫とはなぁ」
 忍あたりを助けたのなら、後で美味しい展開への期待も出来たのだろうが……さすがに猫では、期待のしようがない。
 せめて治癒魔法を掛けてくれるのが美人である事を期待しつつ、カイルは誰かの肩を借りてゆっくりと歩を進め……。
「……ん?」
 そんな彼の指先に触れるのは、柔らかな感触。
(……あれ?)
 もう一度手を動かせば、やはり握った手を程良く押し返す弾力が伝わってくる。
(これ、どうみても……)
 借りている肩に意識を集中させれば、相手の肩はがっしりとした男の物ではない。
 もしやと思ったその瞬間だ。
「げふっ!」
 カイルの腹に重い衝撃が走り。
 男はそれきり、意識を失った。


「後ろだ!」
 背後から唐突に振り下ろされた鋏を二人が避けられたのは、どこかから飛んできた声があったから。
「……え……っ?」
 刹那、ダイチの視界から長い銀の髪が消え……。
 気付いた時には、ダイチを攻撃してきたカニはその場に崩れ落ちている。
「……すげえな。一人でカニ、余裕じゃんか!」
 一瞬の技だ。今のはカニを挟んでの動きだったが、仮に目の前で見ても、ダイチはアギの動きを捕らえられたかどうか。
「……余裕じゃ……ないです。これ、消耗が激しいんですよ……」
 だが、カニを一撃で昏倒させたアギは乱れた息を整えるのに精一杯だ。確かに一度でこの調子では、数匹倒すだけですぐに限界を迎えてしまうだろう。
 もちろんそうなった後にアギがどうなるか、想像に難くない。
「手伝って貰えますか? えっと……僕は、アギと言います」
「オイラはダイチだ。さっきみたいに、カニの気を引き付けりゃいいんだな?」
「お願いします。次はあれを!」
 トドメは黙っていてもネイヴァンが刺してくれるだろう。
 二人は自分達に出来る事をするため、次の相手の元へと走り出していく。


 肩を担がれて運び込まれたのは、血だらけの男。
「お願いします!」
「さっきはルービィで、次はカイル? あなたも大変ね」
 アルジェントの周りに横たわっているのは、いずれもカニに手傷を負わされた冒険者達だ。治癒魔法で処置しきれない深手を負った者は仮設食堂まで退がる事になるが、傷の浅い者はここで処置を受け、再び戦場へ戻っていく。
「放ってもおけませんし。……けど、いつもこんなに多いんですか?」
「今年は相手が多いからの」
 やはり怪我人を連れてきたらしいモモの言葉に、ジョージは沖合から間断なく現われる巨大ガニの姿を思い出す。
 陸に上がってきたばかりのカニ達は、『月の大樹』の光を浴びながら、片方だけ巨大な鋏をゆっくりと振っていた。そんな巨大ガニの姿は、より多くの味方を招いているようにも見えて……。
「そういえば、最初にすごく吹っ飛んでたのがいた気がするけど……大丈夫だったのかしら」
「あれは平気じゃ。放っておけばよい」
 明らかに大丈夫ではない高度までぶち上げられていた気がしたが……。まあ怪我をしていないなら、気にする問題ではない。
「ネイヴァンさん、どの攻撃も鎧の一番頑丈な所で受け止めてるんですよね……ああ見えて」
「だから平気なの?」
「いや、あれは単に痛みに気付いてないだけであろ」
 呆れたようなモモの言葉を、ジョージも否定も出来ずに苦笑するしかなかった。確かにあの不死身ぶりは、体術だけでは説明するには無理がある……気がしないでもない。
「準備出来たよ! おまたせ!」
 そんなジョージ達に声を掛けたのは、鎧を着直していたルービィだ。鎧の隙間から見える包帯が痛々しいが、本人は気にした様子もない。
「ルービィ。おぬしはその盾で、相手の攻撃を確実に受け止めるのじゃ。くれぐれも、悪い見本の真似をしてはならんぞ?」
「わかった! まかせといて!」
 鎧の着付けを手伝っていたモモの言葉に大きく頷いて、大盾を構え直す。常人なら持ち運ぶだけで精一杯のその盾も、ドワーフ族の彼女にとっては自在に動かせる鉄の壁となる。
 もっとも彼女が、モモの言う『悪い見本』が誰かを理解しているとは思い難かったが。
「ではアルジェント、ワシ達も戻る! ここは任せるぞ!」
 次の患者に取りかかったアルジェントにそう言い残し、モモ達は再び前線へと戻っていく。


続劇

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