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10.人と神 神と人

 右。
 左。
 フェイントを入れて、さらに左。
「……この野郎!」
 ありえない動きを見せて全てを受け流した大剣に、ロゥは唇を噛む。
 この戦いでフェイントを入れるのは初めてだ。いかに戦闘本能に優れたビーワナであろうと、一瞬の躊躇もなく受け流せるはずがない。
「ロゥ!」
「ちぃっ!」
 間に合わない。
 攻めに転じた大剣を引き戻しかけの重矛で受け止めれば、両手に走るのは叫びを伴う鈍い痺れ。もっとも、超獣甲の防御がなければ、その程度では済まなかったろうが。
「やっぱり忘れてなんかいねえ。野郎……」
 既に打ち合いは二十合を越えている。
 その一合一合が。否、一合を重ねる度に、その斬撃はロゥの知る戦士の動きに近付いていく。
「ハイリガード。まだ行けるか?」
 あと十合。いや、あと五合もあれば……。
「……あたしを誰だと思ってるの?」
 上等だ、と口の中で転がして、重矛を構え直す。
 赤甲の剣士も、身ほどもある大剣を振りかざす。
 重矛が貫き。
 大剣が唸りをあげる。
 その瞬間だ。
「きゃああっ!」
 悲鳴をまとって二人の間に割り込むのは、二つの影。
「くっ!」
 一瞬の判断に、重矛の直線が思わぬ角度を生んだ。
 直線のはずの一撃は斜めに昇る軌道に変わり。少女達をすり抜けて、下された大剣を直撃する。
「むっ!?」
「ロゥ!」
 相手の躊躇と装甲と化した少女の言葉に体が反応するのは即座。
「だあああああ」
 打ち据え。
「あああああッ」
 貫く。
 予測を越えた少年の動きに仮面の剣士は対応しきれず。押し返す間もなく、吹き飛ばされる。
「……野郎」
 赤兎の戦技が本能だけの反応ならば。さっきのフェイントの時と同じように、重矛の軌道が変わったところで普通に受け止めていただろう。
 けれど、赤兎はそれが出来なかった。
 ロゥの重矛が速さを増していたわけではない。むしろ、初撃から比べれば速度は確実に鈍くなっている。
 それを受け止められなかったのは……。
「やっぱり、見切ってやがっただけか」
 即ち、そういうことだ。
「ドラウン様。すみません」
「構わん。まとめて倒せば良いことだ、シェティス」
 相手も見抜かれたことを否定しない。
 銀翼の獣甲使いを脇に置き、大剣を構え直すだけだ。
「……やっぱり黙ってやがっただけか」
「それが今必要なことか? ロゥ・スピアード」
 それ以上の言葉はない。
 刃を揺らす鋼の響きで、大剣使いは言葉を閉じる。
「テメェ……っ!」
 ロゥの怒気にも筋肉ひとつ動かさぬ。彫像の如きそれは、攻撃開始を寸前に控えた戦士の構え。
「イファ! メルディア! 動けるな?」
 無言の挑発にロゥが出来るのは、重矛を構える事だけだ。相手が正面から来る以上、こちらも正面から撃ち返すしかない。
 全力で。
「ええ!」
「莫迦にしないでヨ!」
 左右に並ぶのは、少女二人。
 こちらもやはり、全力だ。
 ロゥ一人の全力では到底足りぬ。
 ならば、三人分の全力を束ねればいい。
 絶対に負けられない戦いなら、負けないための戦い方をするだけだ。
「正々堂々、一対一のほうがいいか?」
 ぽつり呟く、巨漢は一人。
「……好きにしろ」
 側に寄り添う銀翼も、ただただ寄り添うだけでしかない。
「征くぞ!」
「応!」
 そして、四つの鋼が大地を蹴り上げる。
 全力でぶつかるために。


 拳と拳の応酬を見遣りながら、ベネは獣甲を解除した。
 彼女を包む装甲が消えると同時、現われるのは少女の姿。
「……ベネ、大丈夫?」
「ああ。けど……」
 武器は砕かれ、精神的なダメージは大きいが、体そのものには傷ひとつ無い。少し休んで落ち着けば、十分戦えるはずだ。
 ベネも。おそらくはシグも。
「たああああっ!」
 けれど。
「あれじゃ無理だ……」
 ホシノもシューパーガールも拳が武器だ。
 しかし、ホシノが超獣甲に身を包むのに比べ、少女はティア・ハートの輝きをまとうだけ。
 力はホシノが、スピードはシューパーガールがそれぞれ勝る。それだけならば、互角の勝負に持ち込むことも出来るだろうが……いかんせん、防御力に差がありすぎた。
「せめて、あの鎧……お前の姉さんが何とかなればな」
 このままの殴り合いが続けば、ダメージを通せないシューパーガールに勝機はない。
「それなんだけど、ベネ……」
 ぎり、と唇を噛むベネに、シグはぽそりと口を開く。
「もうひとつだけ、切り札があるんだよね」


 右。
 左。
 フェイントを入れて、さらに
「むっ!」
 続いてくるのは重矛ではなく。
 重矛をすり抜ける無数の光の矢。
 予想の出来ない攻撃だ。
 避けられはしない。
 避ける気はない。
 血色の重甲が端から光矢を受け止め、砕き。
 鋼の刃は迷うことなく振り下ろされて。
「なら、これはっ!」
 その剛剣に絡み付き、貫き通すのは雷光の細槍。
 避けられはしない。
 避ける隙もない。
「とった!」
 限界以上に踏み込んだ刺突の一撃は、重装の境目を正確に打ち通す。
「ドラウン様っ!」
 紫電の突撃を撃ち落とすのは。
 撃ち落とせるのは、さらに迅い閃光の槍でしかない。
「でええいっ!」
 そしてか細い光を砕くのは。
 力任せの重矛の一撃だ。
 イーファの細槍を速さで制したシェティスの槍を、ロゥが力でねじ伏せる。
「があああああっ!」
 力には力。
 その力の重矛を弾けるのは、仮面の巨漢の轟撃だけだった。
「させませんよ!」
 ロゥの打撃を力で抑えたドラウンの剣を、牽制で引き離すのはメルディアの弓。
 速さと速さ。
 力と力。
 遠距離と近距離
 三つの力がぶつかり、砕け。
「行くぜぇっ!」
 応酬は加速。加速。さらに加速。
「……カースロット。レベル3」
 血色の獣甲はその血の色をさらに深め。
「シスカ! レベル3!」
 銀の翼は鋭さを増し。
「ハイリガード! 全力、出し切れっ!」
 閃光の矛が。
「ドゥルシラ!」
 雷光の槍が。
「グレシア!」
 陽光の弓が。
「ああああああああああああああっ!」
 重なり合うのは三つの光。
 高まり、極まり、その尽きた先。無限光のかなたに孕むのは、光の対極。
 闇の円環。
 与えられた名は。
「黒の……ッ!」
 光の果ての闇の中、動く『それ』の気配だけは輪郭を持つほどにはっきりと。大太刀を提げた右腕を振り上げ、それをゆっくりと振り下ろす。
 緩慢でありながら神速。
 無力でありながら無敵。
 突き込みながら切り裂いて。
 零距離から来る、無限遠からの一撃。
「ドラウン様ぁっ!」
「がああああああああっ!」
 鮮血の赤と光弾く白銀は、輝く闇の中にかき消されて……。


 吹き飛ばされた小さな体に、男は口元をヘラリと歪ませる。
「どうした? こんなもんで終いか?」
 男も拳士だ。拳に込められた想いは分かる。
 強く、熱く、痛いほどにまっすぐな想い。
 けれど、それがダメージに届かなければ、何の意味もない。伝わるだけで想いは達せない。
「そんな……わけっ!」
 相手の正義は諦めない正義。
 何百回でも、何千回でも、挑んでくるはずだ。
 けれど、こちらが受け入れ、屈する事は、ありえない。
 無敵の鎧がある限り。
 ダメージは、一撃たりとも届かない。
「ないっ!」
 空回る想いに、体が泳ぐ。
「甘いなぁ」
 想いをぶつけ合う戦いに、欠片の容赦も必要ない。
 隙だらけの体に叩き込まれるのは、全力の拳。意志の籠もった拳が大地を穿ち、そのまま炸裂・粉砕する。
「……仲間か」
 砕いたのは、大地だけ。
 かわされた拳を引き戻し、獣王は相手に視線を投げ付ける。
 追撃はしない。
 ここでするべきでは、ないからだ。
「さっきは助かったよ、シューパーガール」
「……ベネ?」
 シューパーガールを小脇に抱えて降り立ったのは、ベネだった。武器こそ無いが、再び超獣甲をまとっている。
「でさ。ちょっと代わってもらっていいか? 獣王!」
「何?」
 少女を下ろして立ち上がる姿に武器はない。
「こいつも……」
 しかし、それでもベネは腰に左手を添え、右手を延ばして大気を掴む。そこに剣があったなら、抜刀の動きに見えたことだろう。
「諦めたくないんだとよ」
 腰を沈め、ゆっくりと『それ』を引き抜く。
 そこにあるのは、動作だけではなかった。
 りぃんと連なる鞘鳴りの音。
 光さえ弾かぬ黒塗りの鉄刃。
 握る右手は、両手持ちの長い柄の中程を掴み。
 抜き放たれたのは、霧まとう黒の刃。
 何もないはずの場所から現われた、両手持ちの長剣だ。
「おうおう。出来ることは、何でもやったらええ」
 無から生まれた大剣に特に驚くこともなく、獣王は構えを取ったまま。全てを理解していたとしても、なおも拳を交える事だけを考えている。
「ベネ。今のあたしじゃ、一発しか使えないよ。いい?」
 耳元に響く声に、長剣に左手を添え、両手持ちに構え直す。
 刃が重い。そして、霧が揺れる度に襲いかかってくる、極度の疲労感。
「らしいね……」
 どちらにしても一撃が精一杯だろう。シグだけでなく、ベネ自身も。
「だが、それで上等!」
 目まいの治まった一瞬に、大地を思い切り蹴りつけた。
「グラム……獣甲破りの魔剣か。お前の気配りも無駄になったなぁ、ヒルデ」
 構え、走り出す少女を前に、獣王は笑みを絶やさない。
「いえ。あの封印を、自分で解かせるほどの想いを得られたのであれば……」
「優しいな、自分」
 呟き、拳を打ち合わせ。
「征くぞっ!」
 全霊を込めた斬撃を、避けたりはしない。真正面から受け止めるだけだ。
 瞬発の勢いで大地を穿ち、ほんの一歩で最大速度に加速する。
 斬撃と。
 打撃と。
 交差するのは一瞬だ。
 振り抜いたのは、ベネの刃。
 打ち抜いたのは、ホシノの拳。
「ベネの……」
「ンんなわけあるか」
 獣王の呟きに、ベネの膝ががくりと折れる。
「……くぅっ」
 両手持ちの長剣が大地に落ち、音もなくかき消えた。
 その時点で全ての力を使い果たしたのだろう。獣甲も揺らぎ、形を失って、少女の姿で倒れ込む。
「シグっ!」
 倒れ、大地に両手を突いた少女を背中に、獣王は口元を歪ませる。
「せや。あんなモン正面から食ろうて、無事で済むわけないやろ」
 同時に揺らぐ、ホシノの鎧。
 獣機神に並ぶ強度を持つ装甲が、少女の姿で膝を着き、その場にへたり込む。
「……まったくだ」
 打ち合いに勝ったのはホシノ。
 打ち合いに負けたのは、ベネ。
 しかし、ベネとシグの想いは達せられた。
「これで条件は互角だろ……。やっちまいな! シューパーガール!」
 力任せの絶叫に、ミーニャも叫び、走り出す。
「はあああああああああっ!」
 立っているのはホシノ。
 立っているのはシューパーガール。
 拳と拳がぶつかって。
 最後に立っているのは、どちらの拳なのか。


「無駄だ!」
 振り下ろされた大斧は、握られた拳によって打ち砕かれた。
「手応えはあったはず……なんだけどなぁ」
 インパクトの瞬間、拳には地形を変えるほどの衝撃が伝わっているはずだ。しかしその直撃を受けてなお、押し返し、相手を砕くだけの力を、龍王は持っている。
 刃のごっそり欠け落ちた斧を光に戻し、マチタタは軽く手をひと振り。
 光の中に現われるのは、刃の戻った完全な戦斧。
 けれど、その生成が終わるまでの時間は、先程よりも随分と長い。
「また上か!」
 大斧を捌いた龍王を上方から覆うのは、舞い散る漆黒の羽根。ひらひらと舞う黒羽根は、そのひとつひとつが鋼さえ切り裂く切れ味を持つ。
「無駄だ!」
 辺りを包む斬鉄の羽根を、両手から放つ水流で薙ぎ払う。コーシェを襲ったときほどの破壊力は無いが、軽い黒羽根を押し流すだけならこれで十分だった。
「この程度……」
「隙ありっ!」
 鋭い声が響いたときにはもう遅い。声の源、上方を見上げれば、降り注ぐのは翡翠の剣雨。
 迅さはソカロの真骨頂だ。獣機将オルタの力で加速された斬撃は、いかな獣機神といえど、捕らえきることは不可能に近い。
 装甲の表層をかすめ、切り裂き、翡翠の烈風は駆け抜けていく。
 だが、浅い。
「無駄だというにっ!」
 龍王はおろか、イルシャナにすらダメージは入っていないだろう。
 上方から来るマチタタの衝撃波を弾き飛ばしながら、龍王は咆吼する。
 無駄。
 無駄。
 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!
「まだ、分からんかっ!」
 さらに来る、上方からの攻撃。
 龍王にかかるのは黒い影。
 クロウザの黒羽根か、ソカロの疾風か。
 黒羽根は弾けるし、必中の疾風はいかにも軽い。一打にマチタタ並みの打撃力があればまだしも、どちらの攻撃も目くらましにしかなりはしない。
「無だ……ッ!」
 否。
 龍王の上方から下されるのは、黒い影。
 小さな羽根でも、駆け抜ける風でもない。
 巨大な、掌。
「全て……目くらま……!」
 レッド・リア。
 振り下ろされた千メートル超の巨神の掌撃が、龍王に圧倒的な質量を叩き付ける!



続劇
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