ココ王城の最上階の、さらに上。 本来なら屋根があるべき場所の上には、急造の屋上が設えられていた。登るための階段すらない、本当に急ごしらえの平台である。 そこにいるのは、一人の少女と、一人の老爺。 「うわぁ……」 ゆっくりと倒れ込んでくる光の柱を見上げ、少女はぼんやりと呟いた。 「来ましたな……」 傍らの老爺も、今は上を見上げたまま。 「ねぇ……」 上を見上げればみんな口を開けるよね、とは誰が言った言葉だったろうか。そんな事を考えながら、少女は迫り来る超絶の破壊を見上げている。 魔法や精霊などの非日常に触れることの多い彼女でさえそんな反応を取ってしまう。 それは、それ程に非現実で、超常的な光景だったのだ。 もう数分も経てば、少女と老爺はその圧倒的な非現実を受け止めなければならない。 比喩でなく、文字通りの意味で。 「せめて、ナコココがいればよかったのにねぇ」 王国最強を誇るアリス姫の護衛兼側近の魔術師は、今は城にいない。 主たるアリスが部下を率いて怪異の討伐に出掛けていれば、それに付いていくのが彼女の役目だったからだ。 「彼女は防御魔法は不得手じゃからな。今居る我々で何とかするしかない」 老爺の片手には精緻な紋章の放り込まれた長い杖。見る者が見れば、無造作に埋め込まれた宝珠の一つ一つが値千金の価値を持つ魔法具だと分かるだろう。 倒れ込む光柱はすぐ目の前。 「ではチュウ殿、宜しいな?」 足元には城の屋上全てを使った巨大な魔法陣。 既に詠唱も完了し、陣も周囲の魔法具も完全な起動状態にある。 「はーい」 少女と老爺は両手をかざし。光柱に向けて、呪文の最後の一言を解き放った。 「ファランクス!」 「ストンスキン!」 城と光柱の間に生まれたのは、攻撃力を減じる光の盾と、攻撃を受け止める巌の結界。互い違いに構えられたその数、ちょうど百。 「くっ!」 最初の接触で、十五枚目までの盾と結界が瞬時に消し飛んだ。 「……むむ」 止まるどころか威力を減じる気配さえなく、圧倒的な存在を持つ光柱は盾と結界を次々と砕き、かち割っていく。百人単位の魔術師団が丹念に重ね掛けした防御魔法や対魔術結界も、薄紙ほどの意味しか持っていなかった。 「チュウ殿、結界を……!」 急ごしらえの屋上は軋み、魔法陣の周囲に置かれた魔法具は圧倒的な負荷に粉砕音を連鎖させている。 「もう全開なんだけどなぁ」 そう言いながらもチュウは結界と盾の幅を調整し、その間に新たな防護壁を生み出した。 だが、止まらない。 城を叩き潰すべき威力を十分に残したまま、光の刃はココ王城へと迫り来る。 「くぅっ!」 残る結界はわずか十枚。耐えられる時間は、一分にも満たないだろう。 「アリス……姫さまぁっ!」 その結界が。 千枚に、増えた。 「え……っ?」 膨れあがる魔力は、結界の密度と盾の厚みを増し、光柱の破壊を正面から受け止めている。 「トーカさま……?」 末姫の力ではない。彼女の魔力は大きいけれど、大地の如き優しさと深さを持っている。 今感じられる力は、海流の如き激しさと、暴力そのものとしか言いようのない荒削りな力の二種類だ。 そしてチュウは見た。 彼女の傍らに立つ蛇族の青年と、水を足場に宙に立つ少女の姿を。 「間に合ったようだなっ!」 そして、屋上の隅に降りたった少年の姿を。 「キッドくん……?」 少年の腕に抱かれているのは、身長ほどもある巨大な柱時計。 「チュウ、ついでにテメエもだっ!」 「へっ!?」 体を包む紫電の輝きと共に、チュウの体に魔力が戻ってくるのが分かった。 いや、戻ってくるのではない。今まで感じたこともないほどの力が、体の中に自然と沸き上がってくるのだ。 「これ……?」 ふと自分の姿を見れば、ゆったり目だった服の袖が七分袖に、膝丈だったスカートも太腿ほどまでの長さになっている。 「うわぁ。これ、すごいねぇ」 チュウが成長したということは……傍らの蛇の青年はリヴェーダで、空中にいる少女は恐らくキッドの相棒のアクアだろう。 「楽しんでる場合かっ!」 「あー、はいはい」 キッドの言葉に、片手を一振り。 そのひと挙動で、防護壁はさらに強さを増し、光柱の動きをさらに鈍らせる。 「この俺様が死ぬほど苦労して取り返した力なんだ! 護って見せろよ、おまえらぁッ!」 Excite NaTS "Second Stage" 獣甲ビーファイター #6 フェアベルケンの守護者(後編) 6.王都迎撃 ココ王城の仮設屋上は、惨憺たる様相を呈していた。 魔力増幅を司る魔法具は砕け、魔法陣はショートした魔力が時折小さな火花を上げている。仮設された屋上の構造自体も、加わる衝撃に耐えかねて、崩れ落ちる寸前だった。 しかし、ココ王城には破損一つ無い。 「ふぅ。なんか、すごかったねぇ。またやろうね、キッドくん」 その屋上の中央。足場のしっかりした場所にぺたりと座り込み、チュウは穏やかに笑っている。 既に光柱の脅威はない。初撃の迎撃から数十分が経っているが、第二波が来る様子も見受けられなかった。 「そう何度もこんな事態が起きてたまるか」 キッドもその場に寝転んで、不機嫌そうにチュウをにらみ付けるだけ。三人分の時間を操ったせいか、指一本すら動かす力も残っていないのだ。 「って、膝枕までしなくていいって! 恥ずかしいじゃねえか、アクア!」 「えー」 そうは言うが、キッドの頭を捕まえて半ば強制的に膝枕をしているアクアをはねのける力さえ残っていないのもまた事実。 「若いんじゃから、それくらいしとったほうがええぞ?」 ニヤニヤと嗤うリヴェーダにも殺気の籠もった視線を送っておくが、蛇族の老爺は気にした様子もない。 「そういえばさー」 そんな光景をのんびりと眺めつつ、チュウはふと思っていたことを口にしてみた。 「さっきの光の柱、お城を狙ってるって言ってたけど……少しだけズレてなかった?」 キッドの力を受けてから気付いたことだ。 迫り来る柱は確かに城を狙っていたが、直撃コースではなかった。狙いを外したというより、軌道を反らされた……と言った方が正しいか。 「あの一撃をずらすとなると、力の根本に相当の力を加えねばならんが」 魔法にも、似たような光線を放つ術はある。 常に直進する光を曲げることは出来ないから、その軌道を動かすとなると、発射口である手首に強力な力を加えるしかない。 「そんなの、爺さんでも無理だろ?」 混ぜっ返すキッドにひと睨み与えておいて、リヴェーダはその場にごろりと横になる。 キッドの力の効果は大きいが、反動も大きい。しばらくは起き上がれそうにはなかった。 「誰かは知らんが、余程の信念の籠もった一撃だったのじゃろうな……」 (龍王さまか……? いや、違うであろうな) 仮初めの平穏を取り戻したココ王都の空は、どこまでも青く、高かった。 |