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4.第三次ラーゼニア会戦

 朝日の差し込む広間に、静かな声が響く。
「ロード・シェルウォード」
 玉座にうずくまる小柄な影から返事はない。
 幼子は少し考え、再び口を開いた。
「ロード・トモエ、とお呼びした方が宜しいですか?」
 侍従の言葉に影が身じろぎし、双の手がゆっくりと玉座の肘へと伸びていく。
 肘を掴んだ右手の甲に、かつてあった円盤の痣はない。その代わり、赤い輝きを湛えた銀の円盤が刻み込まれていた。
「…………いや、シェルウォードでいい」
 上げた顔には疲労の色が濃い。しかし、その表情はいつものシェルウォードのものだ。
「なかなかにキツいものだね、力の継承というものは……。まだ頭がクラクラするよ」
「それだけで済めば僥倖と云うものです」
 力の継承とは記憶の継承に等しい。
 ほんの数時間で、赤のGディスクに封じられている膨大な知識や経験を一方的に流し込まれたのだ。常識では有り得ない衝撃に、人格の崩壊や上書きが起こってもおかしくない。
「でも、色々と分かったよ」
 それだけの負荷を受けてすぐ、こうして普通に話せるなど……常人の精神力を超えている。
「それは何より。計画に変更は?」
「ないよ。僕が寝ている間の進行状況はどうなっている?」
 ウォードの言葉と共に、周囲に色分けされたグラフが浮かび上がった。昨日までの彼なら、多少なりとも驚いただろうが……今の彼にとっては、珍しくもない技術だ。
「計画は予定通り進行中。タイムスケジュールに遅延はありません」
「アークウィパスの軍勢は?」
 立体映像の情報が即座に書き換わり、数キロ以内の敵戦力の情報が一瞬で表示される。
「グルーヴェ連合軍の総数は獣機が四十機強、騎兵・歩兵がごく少数。三十秒ほど戴ければ、一掃できますが?」
「それじゃ意味がないよ」
 淡々と語るシュライヴに、苦笑。
「戦闘モードは六番設定をデフォルトに。戦闘区域は半径五キロ以内に限定。光学兵器は二番以上、相転移兵器クラスの装備は全てロック」
 出した指示の意味はウォード自身、半分も理解していない。しかし、新たに書き込まれた知識と経験が、ウォードの望みにそれが最も近いと判断する。
「了解。近接防御火器は、反応信管を抜いて運動兵器として起動させます」
「それでいい。では、征こうか」
 言葉の正しい意味を理解していくのは、まだ先で良い。
「了解」
 この戦いが終われば、その時間はたっぷりあるはずだから。


「レッド・リア、行動を開始しました!」
 入ってきた報告に、喧噪に包まれていた陣内は一瞬静寂に包まれた。
「あんた達、作戦は分かってるね?」
「ああ。俺達が何とか足止めして……」
「俺達が何とかして中からぶっ壊せばいいんだろ?」
 相手はあまりにも大きすぎる。外部からの攻撃が通用しない以上、内側に侵入し、そこから破壊していくしかない。
 どうやって内側に入るのか、入ったところで今の我々の力で破壊できるのか、それさえも見えぬ。正直作戦とも呼べない作戦だったが……あまりに圧倒的な敵を前にしては、もうこの程度の作戦しか思いつけないのだ。
「構いませんね、龍王さま」
 雅華の言葉に、龍王も静かに首を縦に振る。
「それが最善であろう? 儂らも相手の牽制に回る」
「なら、出撃!」


 獣機達が、次々と配置に向かっていく。
 あるものは空中へ。またあるものは地上から。相手の攻撃を弾き、また邪魔できる位置へと移動していくのだ。
「オルタ様、構いませんね」
 その中の一つ、浅緑の騎体に、静かな声が掛けられた。
「分かっています。これが、皆の決定であれば」
 レッド・リアの撃破。
 それが、この場で決まった決着の付け方だった。オルタとソカロも高い攻撃力を持つ獣甲使い達と共に、レッド・リア内部に侵入する役割を与えられている。
「……オルタ様」
 そこにふと、声。
「イシェファゾ殿。どうかしましたか?」
 長身の青年は、地上からレッド・リアの動きを妨害する班に割り振られていたはず。
「フェーラジンカから言づてがあったのを、忘れていました」
 ジンカはケガのこともあり、グルヴェアに残って王都での作業の指揮を執っていた。
「何と?」
「『貴女はグルーヴェの王なのだから、その決断に我々は常に従います』、だそうです」
「……そうですか」
 だが、作戦の方針は雅華と龍王が決めている。成功しなければ後がないこの戦いで、これ以上何を決断しろと言うのか。
「イシェぇ。早く来ないと、置いていくよー」
 次々と出撃していく獣機達の中、大きなネコに乗った少女達が呼び掛ける。
「ああ、すぐ行く」
 コーシェとマチタタとイシェ。この三人が、レッド・リア足止め作戦の一端を担うことになるのだ。
「……では、こちらも行きますよ。ソカロ」
 巨大な構造物めがけて走っていくネコの背中を見遣り。
「御意」
 浅緑の獣機も、その翼をゆっくりと広げるのだった。


 血の色に染まった獣機に、白き重装獣機は静かに声を掛けた。
「やはり、龍王達と行くのか」
 上空には純白の獣機王と、銀色の翼を持つギリューが待機状態にある。
「うむ」
 龍王の駆るスクエア・メギストスと、シェティスの駆るシスカ。どちらも赤兎と共に、上空からレッド・リアの動きを牽制する役割を与えられていた。
「死ぬなよ、ロゥ・スピアード」
「……お前もな」
 珍しい一言に内心驚きつつ、ロゥも務めて平静を装い、答えてみせる。
「貴様の輝く槍の一撃、一度相見えてみたいからな」
 だが、その言葉に絶句。
「……お前」
 赤兎とロゥは、今まで幾度となくぶつかり合っている。無論、赤兎がロゥの必殺技であるソルナールを受けたことも、一度や二度ではない。
 その記憶さえ力の代償としてしまったのか、この男は。
「カースロット姉さま……」
 白い重装獣機も俯いたまま、魂を分けた存在の名を呼ぶ。
「あなたも死なないでね、63387」
 しかし、こちらも同じ。
 侮蔑か皮肉か、わずかな笑みを残したまま、妹の与えられた名を呼ぶこともない。
「……姉さま」
 それ以上の言葉には、答えはない。
「行くで。新人」
「応」
 やがて、獣王の乗る虎を模した獣機が、赤兎の名を呼び……。
「ドラウン……」
 ロゥを残し、血の色をした獣機は静かに天へと駆け上がる。
「ロゥ」
「ああ。俺達も配置に着くぞ、ハイリガード」
 元気のない声に促され、ロゥもゆっくりと飛翔を開始した。




 見上げても見上げ足りぬほどに巨大な歩兵を前に、イシェはぼんやりと呟いた。
「で、どうするんだ? アイツの体勢を崩すって……」
 足止めとは、要するにそういうことだ。
 同じくらいのサイズの相手なら、力押しで足止めも出来るが……今の状況では、むしろこちらが力押される側。
「イシェが何か考えてるんじゃないの?」
「……思いつくわけ無いだろ」
 そもそもイシェも、小細工を弄するタイプではないのだ。この手の戦い方が、最も苦手と言っていい。
「じゃ、コーシェは?」
 マチタタの問いに、コーシェもふるふると首を振る。
「……どうしよっか」
 下手に殴ったところで、桁外れに頑丈な装甲にダメージなど与えられるはずがない。
「おいおい……」
 これでは戦う前から手詰まりだ。
「うわっ!」
 呆れた声を出したその瞬間、走っていたネコが横飛びに翔ける。急に掛かった荷重に振り落とされないよう、前に座る少女二人を抱きかかえれば。
 先程までのネコの進路上に倒れ込んできたのは、直線的な装甲をまとう獣機の姿。
「危ないな……」
 どうやら段差で足を踏み外したらしい。とっさに身をかわさなければ、下敷きになっていたところだ。
「あ」
 そこに、ふとマチタタの声。
「こういうのはどうかな?」
 ぽそぽそと前に座るコーシェに耳打ちすれば、今度はコーシェが走るネコに耳打ちする。
 にゃあんと一声鳴けば、コーシェの顔がぱっと輝いた。
「ネコさん、やれそうだって」
「じゃ、やってみようか。フランシスカ!」
 小柄な娘の片手に少女の身ほどもある巨大な斧が姿を現し、走る獣の足がぐっと沈み込む。その荷重を振り払うよう、獣はさらなる加速を開始した。


 規則正しい衝撃が、地面から伝わってくる。
 周囲を獣機の群れが飛んでいるが、ぱらぱらと放たれる弓や魔法など、ダメージどころか足止めにもならない。
 ゆっくりとした進撃を阻む物は、何もない。
 その無敵の進撃が、乱れた。
「……どうしたんだい?」
 明らかにタイミングのずれた接地の衝撃に、ウォードは眉をひそめる。
「はい。段差……いや、クレーターに足を取られたようで……」
 人も獣機もレッド・リアも、基本は同じ。段差があったなら、それに応じた動きを取るはずだ。
「クレーター? そんなものがあったの?」
 しかし今のは足元のクレーターに気付いていなかった動き。
 要するに、踏み外したのだ。
「我々が足を着く寸前に、発生したと思われます」
「祖霊遣いか? それとも魔法……?」
 意味不明なシュライヴの言葉に、ウォードは一分の疑問も抱かなかった。
 ウォード自身、水を操る力を持つ。魔法なりティアハートなり、大地を操る力を敵の誰かが持っていてもおかしくない。
「いえ」
 その瞬間、またタイミングのずれた衝撃が来た。
「単なる、力押しのようです」


 穿たれた大地に足を取られた千メートルの巨人。
 それを見逃すほど、男は甘くはなかった。
「カヤタ! 終の型、魂打羅!」
「はい!」
 漆黒の獣機が翼を広げ、螺旋に翔ける。黒い災禍は加速を増して、大地を喰らい巻き込んで、巨大なローラーとなって疾走。
 自らの身を膨れあがらせ、大地を削りながら進むそれが目指すのは、重心が半ば移った巨神の片足だ。
 一撃。
 大地を削って反転し、速度を緩めることなくさらなる加速。
 まだだ。
 まだ、軽い。
「征ッ!」
 渦巻く螺旋はなおも大地を喰らい、その径をさらに増していく。
 マチタタの大斧が大地を穿ち、即席の段差を創り上げる。重心を崩した足先に、十分な重さと加速の乗った打撃を叩き付けた。
 ヒールの先に一撃くらい、巨神の動きが大きく乱れる。
「ちっ!」
 無論、レッド・リアも黙っては居ない。
 邪魔者を払おうと、巨神の各所に備えられた護衛火器が端から弾丸を乱射する。
「クロウザ様っ!」
「構うな!」
 着弾と共にローラーを覆う土が削り取られ、衝撃に加速が鈍っていく。重量と速さを共に失えば、もはや巨神の足を止めることは敵わない。
 その時だ。
「インフェルノ・パーンチっ!」
 巨大な拳が、迫り来る弾丸を端から撃ち落としたのは。
「聞こえる聞こえる……って、名乗りくらいさせてよっ!」
 間断なく襲い来る弾幕を前に、少女が名乗る暇もない。
「シューパーガール見参以下略っ!」
 思わず自己嫌悪してしまうほどに半端な名乗りをとりあえず済ませておいて、自称セイギノミカタは戦闘を再開。
「クロウザ! あなたはあのデカイのを!」
 斧を振るうマチタタも、コーシェの結界やイシェの炎の壁で弾丸を弾き、ちゃくちゃくと大地の形を変えている。
「応!」
 こちらも負けてはいられない。
 大地をさらに巻き込んで、巨大な整地ローラーは疾走を再開する。


 バランスを崩した巨神を遠くに見遣り、ベネは僚機に言葉を投げた。
「ロゥ!」
 並ぶのは五騎の獣機。いずれも翼を広げ、すぐに加速できるよう態勢を整えている。
「ああ。こっちも行くぞ! グレシアさん、レヴィーさんから聞いた入口の特定は?」
「もう終わっとるよ。場所は今送っとるから、ちょっと待ってな」
 グレシアは狙撃を得意とする獣機だ。ロゥ達の騎体では遠目にしか見えない巨神も、まるで近くにいるかのように見ることが出来るのだという。
「ロゥ、座標来たよ!」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、自らの獣機から応答が来た。
「イファ、こちらも大丈夫です」
 突入時に詳細な位置合わせが必要なのは、四騎の獣機。残る一騎は……。
「……シグ。うちは?」
 突撃指示を出した、ベネ本人なのだが……。
「あれ? 多分、これだと思うんだけどなぁ……。グレシアちゃん、解析コードは?」
「ん? そんなん付けてへんよ?」
「うわわ……ああ、じゃあこれだ。左腕だね!」
「いや、背中側なんやけど……」
 周囲よりも、シグの内部の空気の方がすぅっと下がる。
「おいおい、しっかりしておくれよ……」
「わ、わかった! わかったから、お腹蹴らないでー! 全然痛くないけど、気分的に痛いー!」
 がんがんと異音を立てるシグの腹部を苦笑いで眺めつつ。
「なら、俺達で先陣を切ろう。構いませんね、オルタ様」
「はい。座標は届いていますから、行けます」
 シグの前に、オルタが静かに進み出る。
 獣機の連携攻撃に参加したことはないが、基本的に大きさが違うだけだ。ソカロがタイミングを計れば、何とかしてくれるだろう。
「悪いね。うちの莫迦シグが役立たずで」
「ぶー」
「その分、中で暴れて貰うさ」
 笑いと共に、四機の獣機がそれぞれの武器を構える。
「なら行くぞ! ソカロとオルタ様は、俺が合わせるから初段を頼む。イーファとメルディアも、ソカロのタイミングに合わせられるな?」
「了解した」
「莫迦にしないでヨ!」
 そして、大きく揺らいだ巨神に向けて、五つの流星が飛翔を開始する。


 巨神の背中に叩き込まれた光と闇の破壊を見下ろして。白き超獣甲をまとった老爺は、静かに呟く。
「ようやく、第一段階クリアか……」
 片手を無造作にかざせば、その先に現われるのは巨大な水の球体だ。
 ひょいと振り下ろせば、数十万トンの水の鎚が足元の巨神に猛然と襲いかかる。
 直撃。
「……ふむ」
 その衝撃を以てしても、赤の箱船はわずかに揺らぐのみ。飛翔を防ぐことは出来るが、大きなダメージ……ましてや致命傷には至らない。
「やはり、中次第か」
 戦いの行方は突入した五騎の獣機に賭かっている。
 無論、龍王自身が赴けば良かったのだろうが……そうなると今度は、頭上から相手の動きを封じきれない。
「赤兎。お前も、中に行きたかったんと違うか?」
 飛んでくる鋼弾を弾きながら、ホシノは同じく大剣で光弾を弾いている赤兎に声を掛ける。
「興味はないな」
 赤の後継者の残党も残り少ない。不死身を誇った怪人や、無限に現われる鎧の騎士も、既に彼らに倒された後。
 赤兎と互角に戦えるほどの戦士は、あの船の中には残っていないはずだ。
「さよか」
 つまらなそうに呟き、ホシノは手の中に生み出した光弾を連続で解き放つ。
「なら、我々は敵の頭を押さえるだけだ。散れ!」



続劇
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