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21.転章 フェアベルケンの守護者

 分かたれていく偽物の地を眺めながら、艦橋に辿り着いたウォードは呆然と呟いていた。
「これが……レッド・リアの力」
 フェアベルケンの要を撃ち落とし、そのまま両断してしまえる力。その桁外れの力さえ、力のごく一部にしか過ぎぬという。
「そうだよ。『赤の継承者』」
 背後に女王の姿を戴く、レッド・リアの第一艦橋。箱船の管理を司る少年は、空前の大破壊を満足そうに眺めながら、そう答えた。
「爆炎の焔もこの船も、すぐに君の力となる」
 船が蘇り、守護者たる王は玉座にあり、女王は寝所にはべる。箱船が、十万年ぶりに完全な姿を取り戻すのだ。
「僕の中にあるトモエの記憶が、君を主と認めたからにはね」
 その証こそが、ウォードの右手に刻まれた銀の円盤の紋章。今はシュライヴが預かる炎の銀盤は、やがて彼の紋章へと収まる事になる。
「赤の目的は?」
 約束の地の両断が終わり、船体に掛かる負荷がすいと抜けた。後方に大地を揺らす破砕音が響き渡るが、それはシュライヴが約束した事の範囲外。知った事ではない。
「船は蘇り、新たな王と女王は既に在る。後は、星の海に船出し、本当のスピラ・カナンを目指すだけ」
「達するためにはどうすればいい?」
「まずは、青の龍王が持つGディスクを手に入れて、この星を脱する力を手に入れる事」
 足りないのは船の出力だけだ。白の箱船が計画の役に立たない以上、やはり予定通り、青のGディスクを手に入れるしかない。
 もしくは、とシュライヴは前置きした。
「気長にこの星を壊して、何もなくなった空間を後にするか……」
 フェアベルケンそのものを爆発させても、赤の箱船は耐えきれる。
「……!」
 檻を開ける鍵がなければ、邪魔な檻を破壊するだけだ。


 暴れ狂う風の中、オルタ達は翻弄され続けていた。レッド・リアが動く度、衝撃波に近いほどの風が起こるのだ。
 千メートル超過の巨大物体がぶつかり合う中、激震に覆われた地上に降りる事さえおぼつかない。現状を維持するのが精一杯だった。
「く……っ!」
 そんな嵐の中。ハイリガードの指に掴まっていたソカロの長身が、ふいと宙に飛び出した。
「ソカロ!」
 オルタが必死で手を伸ばすが、青年の長い腕をもってしても届かない。続けざまに巻き起こる逆風に、ソカロの姿はあっという間に見えなくなってしまう。
「ハイリガード、回収を!」
「この風じゃ……無理だよぅ!」
 小回りの利かないハイリガードでは、流されたソカロを追うような飛行は不可能だ。かといって軽量なドゥルシラ達では、一瞬ごとに変わる風の流れに押し切られてしまう。
 ならば。
「オルタ様っ!」
 ミーニャが叫んだ時にはもう遅い。グルーヴェの王女は、吹きすさぶ風の中に単身飛び出している。
「あ……」
 次の瞬間巻き起こるのは、疾風を切り裂く碧の光の奔流だ。


 光の中、流れる体を受け止めたのは、巨大なてのひらだった。
 こちらを心配そうに見下ろすのは、ハイリガードやグレシアではない。柔らかいラインをまとう、見た事もない浅緑の獣機だ。
「オルタ……様?」
 ぼんやりと口にすれば、いつもの優しい声が返ってきた。
「ソカロ。大丈夫ですか?」
「……はい。何とか」
 ドゥルシラ達とのやり取りで慣れているはずだったが、オルタの声で同じ事をやられるとやはり違和感は拭えない。
「ふふ。驚かせてしまいましたか?」
 驚いたと答えると失礼に当たるかとも思ったが……
「は。少しだけ」
 結局、ソカロは正直に答えた。
 その答えが嬉しかったのか、鋼の少女はくすりと笑う。
「でも、この体だと、皆を助ける事も出来るのですね」
 風の中、オルタは少しだけ沈黙。
 やがて、意を決したように言葉を紡ぐ。
「ソカロ。私を……ソカロの獣機として、使ってもらえませんか?」
「オルタ様……しかし」
 オルタの願いを、ソカロは否定した。
 獣機として戦う分には問題ない。だが、祖霊使いの強力な意志を持つソカロと超獣甲すれば、溢れ出す無限の力は獣機であるオルタの側を傷付けてしまう。
 この先の戦いは、超獣甲が絶対に必要になる。主の願いを断るのは気が引けるが、主を傷付けるような真似だけは出来ない。
「マーキスから聞きました。獣機将の超獣甲なら、祖霊使いの力にも耐えられると」
「オルタ様……」
 あらかじめ聞いていたという事は、最初からソカロに頼むつもりだったのだろう。
「龍王様の超獣甲……獣機神に抗うには、超獣機神の力が必要だそうです」
「超獣機神?」
「超獣甲同士の力をさらに重ねる技だそうですが……よほど息のあった獣甲使いでなければ、出来ないとか」
 残念だが、そこまでの技量を持つ使い手に心当たりはない。
「ならばせめて、同格の獣機神である私が相手をせねばなりません」
 荒れ狂う風など意にも介さず。ゆっくりと向きを変えて、オルタは移動を開始する。
「……私、ソカロ以外のかたと、一つになりたくありませんから」
「オルタ様……」
 その物言いは卑怯です。
 オルタの腕の中、ソカロはそう思ったが、さすがに口には出さなかった。


 グルヴェアの城門前には、百メートルを超えるドーム状の物体が造られていた。巻き起こる瓦礫を雷の盾で弾き返すそれは、まさしくシェルターだ。
「みんな! 無事か!」
 ようやく大地に降り立ったロゥは、いまだ雷の力を保ったままのシェルターに叫ぶ。
 ロゥの声に応じ、角質のシェルターに大きな亀裂が走った。砂となって消えていくその中から現れたのは、グルーヴェやコルベットの甲冑をまとう兵士達だ。
「……何とか、な」
 その中央、杖を片手に腰を下ろしているのは、フェーラジンカとジークベルトだった。
「どうなった?」
「どうもこうもねえよ」
 千メートルの巨人を見上げながら、ロゥ。
 シュライヴの言う通り、スピラ・カナンのグルヴェア落下は食い止められた。しかし、動くだけで衝撃波と激震を巻き起こすレッド・リアが大剣を振るえば、足元のグルヴェアが無事で済むはずがない。
「……スピラ・カナンは、あれか」
 レッド・リアの背後には両断されたスピラ・カナンが分かたれた姿のままで墜落しており、砂漠に大きな破壊の跡を刻んでいた。
 フェアベルケンの伝説の地も、ああなっては無惨なものだ。
「龍王様は?」
「恐らく……」
 あの惨状で生きているとは、とても思えない。静かに首を振る一同に、間の抜けた声が掛けられた。
「生きておるよ」
 気配もなく現れたのは、貫頭衣をまとった長身痩躯の老人だ。まとう衣も長く伸びた髭も、透き通るほどに白い。
「まさか……」
 王族であるクワトロの問い掛けさえも、それ以上は続かなかった。
 問いかけを拒む気配があるわけではない。こちらから口を訊く事をためらわれるような、触れてはならぬ聖域に入り込むような、そんな気にさせられるのだ。
 地上の王や、ホシノ達とは明らかに違う。存在そのものが、はるか高みに感じられる。
「来たな……龍王!」
 しかし、その緊迫を叩き破り、シュライヴは言葉を放った。不倶戴天の敵の威圧感など、意にも介さない。
「龍王様。シュライヴの言う事は……」
「……本当よ。全て、ね」
 シュライヴの勢いに乗って放たれた問いを、どこからともなく響く声が肯定した。
「ね? 龍王様」
 白衣の王の傍ら。ゆらりと陽炎が揺らぎ、肯定の言葉と共に現れたのは赤い服の少女だ。
「ボンバーミンミか……随分とやられたようだな」
「さすがは究極の炎ね。まさか、こちらの炎が通じないとは思わなかったわ」
 そう言いながらも、求める力の大きさに満足しているのだろう。少女の言葉には、喜びの色さえ感じられる。
「やはり、本当なのか……」
 問いかけの主をちらりと見、白く長い髭を悠然と撫で扱く。
「レヴィー・マーキス。貴公ほどの技術者なら、いずれこの地に厄災をもたらすと思うておったが……獣機将の覚醒にまで至るとはな」
 その瞳には、何の色も宿っては居ない。災厄を招いた者に対する怒りも、これから行う行為に対する悲しみも。
「今から私を殺しますか?」
「それには及ばぬ。ここに居る者は、もはや誰一人として後には引けぬからの」
 龍王のまとう空気に変わりはない。殺意はおろか、戦意すら感じさせぬ。
 それこそが、フェアベルケンの守護者達がこれまで行っていた事に対する証明でもあった。
「そんな……」
 呆然と呟くコーシェに、白の老人はわずかに眉をひそめる。
「裏切り者の魔法王の裔までおるか。いずれにせよ、ここには降臨するべきであったな」  
 龍王の言葉と共に、周囲に四つの影が現れた。
「獣王様……。ディエス様の事は、やはり」
 一人は獣王ホシノ。
「ああ。アイツの力は強すぎたからな。世界をごたごたさせるわけにもいかんやろ?」
 ミーニャの弱々しい問い掛けに、大したことでもないように応じる。
 残る影は、肩に幼子を載せた仮面の巨漢と、銀色の少女を従えた銀髪の娘。
「赤兎! 貴様は……そっちに付く意味が分かってるのか!」
 問い掛けるロゥも、ミーニャからディエスの話を聞いたばかりだ。用が済めば放り出されるのは傭兵の常だが、殺されるとなれば話が違う。
 それを知ってなお、目の前の巨漢は正義の下に付くというのか。
「戦う者の居なくなった無塵の荒野で、獣王と相見える。悪い話では無かろう」
「この、修羅め……」
 戦う事のみを求める男の言葉に、ぎり、と唇を噛む。
「カースロット姉さま!」
「あたしの存在意義は赤を滅ぼす事。目的を達しさえすれば、その後は主に付き合うだけよ」
 巨漢の肩にある少女との会話も、完全な平行線。
 それは、銀色の少女達も同じだった。
「先輩! どうして、龍王様の所に……」
 イーファの呼び掛けに、シェティスは不機嫌さを露わにする。
「貴女達も同じでしょう? レヴィー家の為と言い、各地の勢力を転々と……それが、誇り高きグルーヴェ軍人のする事か!」
「く……っ」
 そう言われてしまえば、イーファに返す言葉はない。
「なら……なら、オラがドラウン様と一緒にいたい気持ちだって一緒だべ! 違うか!?」
 悲痛な叫びに寄り添えるのは、銀色の翼を持つ少女だけだ。


 そして。
「イルシャナス・スクエア・メギストス」
「……はい」
 言葉と共に、クワトロの影に隠れていた少女がゆっくりと一歩を踏み出した。
「イルシャナっ!」
 クワトロの言葉は届かない。白き翼の獣機の王は、自らの証を大きく広げ、白き龍王の傍らへと静かに羽ばたいていく。
「ホシノ。先刻、グリムゲルデから報告があった。カウンター・バベルが起動しているらしいぞ」
 獣機の王を傍らに置き、七王を統べる幻獣王は思い出したように呟いた。
「ほぅ。八咫の門が起きとるなら、あれも呼べるか……」
 言葉と共に掲げるのは、金環を巻いた右の拳。天衝く拳を、そのまま大きく開いてみせる。
「来や!」
 大きく開いた手のひらの中。生まれる輝きを握り込めば、周囲に現れるのは転移の魔法陣だ。
 歪み、揺らぎ、転移の門を抜けて現れるのは、ゆったりとしたローブをまとう、若い娘。
「まさか……」
 静かに開いた瞳に映るのは。
「ブリュンヒルデ……姉さま」
 悲痛な言葉を漏らす、妹の姿だ。
「ジークルーネ……」
「陰陽の剣は妹に預けたか。まあ、ええわ」
 ヒルデも悲しげな表情を見せるが、一歩退がって控えるのは、獣王の傍らだ。
「仕事やで、ブリュンヒルデ」
「……はい」
 ヒルデの姿は光と散って、獣王の腰にベルトとして固定する。
「イルシャナス。我に力を」
「……はい」
 龍王の手の甲に輝くのは、青い光を放つ銀色の円盤だ。伸ばされた細い腕は、老人のものとは思えないほどの筋肉に覆われている。
「レッド・リアを倒すのは手伝うたる。が、その後は……お前らや。『均衡を崩すもの』よ」
 陸生系ビーワナの王はいつもの苦笑で、ゆっくりと構えを取った。
「泣いても謝っても許さへんからな」
 力強い構えは、戦うための姿勢ではない。その構えに込められた真の意味を、ミーニャだけが理解する。
 獣王は、本気で来ると。
「変身!」
「超獣甲!」
 勇壮な声と青銀の輝きが、辺りを強く照らし出す。



続劇
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