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16.無尽尽きる刻

 偽物の空で、数発の光弾が炸裂したその頃。
「バカな……」
 女の視界は、朱く染まっていた。
 触れれば切り裂くアルジオーペの銀の糸。その結界に全身を封じられれば、抜け出られるものなど誰もいない。
 はず、だった。
「貴女は……痛みや恐怖を感じないの?」
 だが目の前にあるのは、マチタタの姿。結界の中に封じ込めたはずの、ネコ族の少女。
 抜け出たのだ。
 出られないはずの結界から。
 アルジオーペの体には、敗北の代価として、身の丈ほどの大斧が食い込んでいる。
 左腕三本は取られた。胴にも直撃。完全な致命傷だ。
「バカ?」
 その一撃を打ち込んだ少女は、朱く染まった顔で静かに呟く。
「痛いし、怖いに決まってるじゃん」
 朱の半分は、アルジオーペの血液だ。
 残り半分は、自らの流した血の赤だ。
 マチタタが結界を打ち破った方法は、ごくごく簡単なものだった。
 無理矢理出たのだ。
 痛みも怖れもねじ伏せて。
「でも、アリス姫様が、私達に死ねって言うわけないもの」
 だからこそ、マチタタは進撃を緩めない。
 アリスが傍にいる以上、ねじ伏せられない怖れなど、無いからだ。
「アリス姫様があたしに命じたって事は、あたしにも出来る任務で、あたしなら死なずに済む任務だって事だよ」
 意識が遠のきかけているのだろう。半ば形を失い掛けたフランシスカを、蜘蛛女の体にさらにねじ込み、止めを刺す。
「貴女……狂ってるわ」
 それが、蜘蛛女の最後の言葉。
「それは、どうも」
 マチタタの手の中で大斧が空気に溶け。
 小さな体が、とさりとその場に崩れ落ちる。


 巨大円筒の内側に、魔力の嵐が渦巻いた。
 整然と並ぶ町並みを駆け抜けながら。ボンバーミンミは広場の中央に立つ影に向け、完成した呪文を解き放つ。
「これでもダメか……」
 伝わってくるのは布団を殴りつけたような、鈍い手応えだ。熱は一瞬相手に広がるが、燃え広がらずに破裂するだけ。どうやら、水で生み出した幻影だったようだ。
 巻き起こる水蒸気の煙幕を突き抜けて、今度は水の刃が来た。それも直線軌道ではない。不規則な軌道を描きながら、無数の刃が飛翔する。
「イフリート!」
 魔力で喚び出した炎の獣に受け止めさせて、解き放つ灼熱の槍で薙ぎ払う。
「無駄だ!」
 気付けば、周囲にあるのは無数の少年の姿。水蒸気を水として集め直し、幻影に仕立て上げたらしい。
 相手の動きは見違えたように迅く、鋭くなっている。
 否。
 こちらの動きが、読まれているのだ。
「……もうっ!」
 息つく暇無く、範囲魔法を続けて解放。幻影を端から薙ぎ払うが、手応えはやはりない。
 ハズレだ。
「ちょっとヤバいか……」
 ぼやきつつも、息は僅かに上がっていた。
 戦闘の主導権は取られたままだ。だからこそ、得意なはずの集団戦で追いつめられている。
「だったら!」
 それを取り戻すべく、ミンミは炸裂する炎の中で次の呪文を詠唱した。
 周囲の障害を薙ぎ払い、こちらの戦いやすい戦場を創り上げる。最上位の古代魔法を連発する負担は大きいが、それだけの価値はあるはずだった。
「フレア!」
 完成した魔法を解き放つ、その瞬間。
「無駄だよ」
 目の前に現れたのは、貝族の少年。
 それも魔法が放たれた射線の上。正面から大地を蹴り、直線に突っ込んでくる。
「バカ? 死ぬ……」
 だが、その右腕に刻まれた紋章を見た時、ミンミの表情が変わった。
「何ですって!?」
 既にフレアは放たれた後。
 全ての物質を原子レベルで燃やし尽くす、核熱の焔撃だ。同じ古代魔法のバーストでさえ押し切られる事は、先程の激突でも明らか。
 その核の炎が、『燃え上がった』。
「まさか……ッ!?」
 一瞬の油断。それが命取り。
 焼き尽くされる焔を迷い無く駆け抜けたウォードとの間合は、限りなく零だ。
 真正面から拳を叩き込み……。
「……逃がしたか」
 打ち込んだ拳を軽く開き、光を宿した右拳を確かめる。
 手応えは、ほんの僅か。当たりはしたが、直撃にまでは至っていない。
「まだまだだな、僕も」
 炎の力を借りたのはフレアを焼き尽くした一瞬だけだ。後の全ては、二度の敗北で学んだ結果を示しただけ。
 既に転移で逃げた後か、ミンミの気配はない。
「急がないと……」
 魔術師でもない者が逃げた魔術師を追跡する事は不可能だ。
 辺りの被害をもう一度確認し、ウォードは移動を再開する。


 天を衝く一撃が、閃光となって世界を貫いた。
「ソルナールッ!」
 渦巻く力、駆け抜ける反動に、ロゥの意識が一瞬白く染められる。
 視界を取り戻せば、そこに映るのは無傷の巨大獣の姿。
「通じぬと言ったはずだろう? ロゥ・スピアード」
 足元に転がるのは、半身の焼き切れた黒鎧の騎士達だ。彼らがロゥ必殺の一撃をその身で受け止め、女帝に至る破壊を減衰させているのだ。
 半分以下にまで落ちた光の砲撃は、女帝の防護魔法に容易く阻まれ、ダメージにさえ至らない。
「次は我らの手番かの」
 その言葉と同時、黒鎧の騎士達は陣形を組み、長剣を引き抜いてロゥの元へと殺到する。
「ちぃぃっ!」
 構えた楯で受け止めれば、その防御を突き崩すべく、打撃の乱打が身を揺らす。流れた体勢で重矛を薙げば、彼の武器を叩き折らんとやはり連斬が襲い来る。
 初めは獣機形態のサイズにモノを言わせ、黒鎧の騎士達を一気に払おうと思ったのだ。しかし、完全な統率の取られたフォルミカ達を獣機の大きさで追うのは至難に近く、こうして超獣甲をまとって戦っている。
 完璧な連携をこなす盾にして矛。
 それが、フォルミカ達の本当の戦い方だった。
「卑怯って言うつもりはねえが……どう見ても、卑怯だよなぁ」
 盾を投げ捨てつつ、ロゥは苦笑。原形を留めぬほど切り裂かれた盾は、動きの邪魔になりこそすれ、防御の役には立ちはしない。
「我々、と言っておろ? 名乗る以上、卑怯ではないと思うが」
「全くだ」
 舌打ちを口の中で転がし、傷だらけの重矛を両手持ちで構え直す。
「ハイリガード。あと何発打てる?」
「さっき三発って言ったばっかじゃん」
 呆れたような相棒の言葉に、短く謝罪。
「悪い。その記憶、飛んじまったみてえだ」
 無駄と知りながら必殺技を放つのも、記憶が端から飛ぶせいかもしれないな、と思う。
 だが、ソルナールはロゥの切り札だ。獣機で放つそれよりも、威力は確実に上がっている。
 これ以上の火力は、今の彼にはない。
「……そっか。あと、二発だよ」
「こりゃ、もっと強い力がいるな……」
 盾となるフォルミカ達を吹き飛ばし、その上で女帝に至るほどの攻撃力が。
 先程、超獣甲をまとうフォルミカ達を端から吹き飛ばし、道を切り開いた時のような、圧倒的な破壊力が。
「レベル3で、行けると思うか?」
「……難しい所だね」
 今のソルナールはレベル2。フェーラジンカの葬角ほどの破壊力があれば、あるいは女帝にまで届く一撃となるかもしれない。
 しかし、ぶっつけ本番で試すにはリスクが大き過ぎる。
「来ぬなら、こちらから行くぞ」
 女帝の言葉と共に、黒鎧の騎士達が再び疾走。分身ではない、実体を持つ数十の刃が、ロゥめがけて振り下ろされる。
「ロゥ!」
 短い叫びと共に、迫り来る数十のフォルミカが一斉に燃え上がった。
「コーシェ!? なんでこんな所に!」
 ロゥの問いに答えるよりも迅く、隣を駆け抜けるのは巨大な影だ。灼熱に包まれた騎士達を端から引き裂き、傷ついた少年を庇うように立つ。
 それが少女の抱く子猫の真の姿だと、戦友たる少年はもちろん知っている。
「迷ってたら、戦ってるのが見えたから」
 そう言いながら、コーシェは傷ついたロゥの腕にそっと触れた。
 伝わる暖かさに、尽き掛けていた力が蘇ってくる。
「ネコさんも、手伝ってくれるって」
「助かる!」
 わずかな治癒だったが、先程よりも随分と楽に体が動く。既にコーシェの猫は走り出し、迫り来る騎士達を機動力と爪で翻弄し始めている。
「行くぜハイリガード! 一撃だ!」
「ええ!」
 意志の籠もった咆吼に、背中のスラスターが呼応し叫ぶ。
 加速。
 上昇。
 敵は直下に。
 遮るものは、何もない。
 残った記憶の中にある、最強最大の一撃を思い出す。
「守りの盾……破壊の鎚……」
 辿り着くイメージは、かつて自らの放った破壊の閃光。
「その先を越え、全てを貫き……」
 仲間達と力を重ね、白き箱船の装甲さえ貫いた、必滅の一撃。
 今は合わせるべき仲間の力はない。
 だが、彼らの想いを受け継ぎ、護るものとして、残る力に全てを賭ける。
「天と地繋げ! ソルナール・オーバードライブ!」
 生まれた光は天と地を繋ぎ。
 その内にある万物を、光へと還していく。


 マチタタが意識を取り戻したのは、優しい声によってだった。
「マチタタ! マチタタ!」
 抱き留めてくれる腕は柔らかく、暖かい。今は遠く離れた地にある、主の胸を思い出す。
「アリスひめさまぁ……」
「へっ!?」
 まだ完全には目覚めない意識の中。わずかに身をよじり、細身の体に身を寄せる。
「ちょ、ちょっとマチタタ!」
 いつもなら優しい手がそっと撫でてくれる所で、代わりに来たのは間の抜けた悲鳴。
「やだ! そこ、ダメっ! きゃー!」
 それで、ようやく目が覚めた。
「……ん? あれ、イーファ」
 抱いてくれていたのはイーファだった。大きな瞳に涙が浮かんでいるのを見て、悪い事をしたかな、と少し思う。
「ごめんねぇ。ちょっと、寝ぼけてた」
「何をどう寝ぼけたのヨ……」
 それでも膝枕からマチタタを落とさなかったのは、イーファの優しさだろう。その気持ちを嬉しく思い、もう少しその優しさに甘えておく事にする。
「それにしてもどうしたの? 傷だらけじゃない」
「まあねー。そっちは?」
 見れば、イーファもドゥルシラもボロボロだ。少し離れた所に自称正義の味方の姿があったが、そちらも煤と埃にまみれている。
「何とか終わったヨ」
 シューパーガールの手形に押し潰されて、コルベットは影も形も残っていない。その後に追っ手もなかったから、とりあえず片付いたと言っていいだろう。
「さて、行こっか」
 少女の膝枕を少し名残惜しく思いながらも、マチタタはゆっくりと立ち上がる。
 立ち上がった所でふらりと体が傾ぎ、再びイーファに抱き留められた。
「行こうか、って……」
 マチタタはしばらく休ませた方がいいだろう。イーファもドゥルシラも重なる連戦で、これ以上動けそうにない。
「とりあえず一度出るか、メルディア達を待った方が良さそうね」
「ええ」
 幸い、休憩に使えそうな家はいくらでもある。脱出するのは、少し休んでからだ。



続劇
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