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13.滅びの決着

 グルヴェア城門前。
 迫り来る衝撃波を六連射で撃ち散らしたクワトロは、呆然と呟いていた。
「これは……」
 風が、吹いている。
 血生臭い風ではあるが、クワトロにとっては激戦に火照った体を鎮める救いの風だった。精も根も尽き果てた今でも、柔らかく涼しい風を受ければ、少しだけ体に力が湧いてくる。
 だが。
 その風を受けて、目の前の赤い超獣甲がゆっくりと崩れ始めていた。
 クワトロの二連三連射を受けても微動だにしなかった鉄壁の装甲が、だ。
「イルシャナ。まさか、これが?」
 砂と化した超獣甲。最後に残る核となる魔石も、地面に落ちた衝撃で、ガラスのように砕け散る。
「ええ……」
 これが、イルシャナの言う『勝機』。
「私達の体は、オーバーイメージで形作っているに過ぎません。もし主の力が私達の心を圧倒し続け、魂を削り尽くせば……」
 普通の獣機と駆り手の逆の関係だ。普通の獣機は超獣甲の力を引き出すたびに駆り手に負担を掛け、記憶の欠片を削ぎ落とす。だが、桁違いな精神力を持つフォルミカ達は、逆にヴァーミリオン達の精神を削ぎ落とす。
 恐らくヴァーミリオン達は、疑似契約が施された状態で使われているのだろう。心はおろか、魂が消えるその時まで、抵抗する意志もないまま主に使われ続けるのだ。
「ラピス達も、こうなるというのか……」
「あの子達は、力負けするような主を選びませんが……もし疑似契約を施されるか、力負けする相手が絶対に逆らえない相手であれば……」
 イルシャナはそこで言葉を濁した。それ以上の事は、仮の話でも口にしたい物ではない。
「イクス様。マリネの準備が整ったようです。我々も、引き上げましょう……」
 無敵の力を失ったフォルミカ達は脆かった。二連の三連射どころか、通常の一射を二連で叩き込めばあっさりと吹き飛んでしまう。
 十人以上のフォルミカをクワトロ一人で倒しきるまで、数分と掛からない。


 連なる衝撃波の収まった城門の上。
 炎と水の激突は、果てるともなく続いていた。
「ナインボール!」
 イシェが九連の炎弾を放てば、
「それはもう通用しないと言った!」
 ウォードは水の幕を張った双手の貝殻で刹那に弾き返す。巡らせた水幕が蒸発するよりも速く炎を弾き飛ばせば、貝殻の盾にダメージが届く事もない。
「流石に、隙は見せてくれませんか」
 水の刃は炎の壁に阻まれ、足元より昇る炎柱はウォードの直感がことごとく回避する。棍の乱打は盾が止め、盾の打撃は戦棍が受け流す。
「そう、何度も驚いてはいられないな」
 炎が通用しない事も、突然であれば不意打ちとなるが、あらかじめ知っていれば隙は生まれない。
「さて……」
 ウォードは小さく呟き、相手の足元に視線を寄越した。
 太陽は中天、伸びる影は短い。
 戦っていられる時間は、もう僅かしかない。
「そろそろ時間なので、終わりにしましょう!」
「時間だと?」
 ぶつかり合うこと既に三十合。互いの手の内は見せ尽くし、隙を作る事さえ難しい。
 その時だった。
「な……っ!?」
 慎重な戦いを続けてきたシェルウォードに、決定的な隙が生まれたのは。


 グルヴェアには塔が多い。
「皆さん!」
 その中でも一際高い塔から響いたのは、少女の声だった。
「私、グルーヴェ王家第一王位継承者、オルタ・ルゥ・イング・グルーヴェは、グルーヴェ軍部フェーラジンカ卿との和解を宣言致します!」
 強力な拡声魔法の施された声に、戦っていた者全ての動きが止まる。
「我々コルベットと、グルーヴェ軍部の皆が戦う理由は、もはやどこにもないのです!」
「な……バカな!」
 ウォードは我が耳を疑った。
 だが、間違いない。
「和解に至る事が遅くなって申し訳ありませんでした! ですが、もはや武器を置き、不毛な戦いは終わりにしましょう!」
 耳に届いた少女の声は、確かにグルーヴェの姫君の声だ。
「レッド・リアの連中は何を……ッ!」
「そうか。やはり、オルタ様は地下に」
 思わず漏れた呟きに、イシェは静かに頷く。
「何……?」
 イシェの言葉の裏にある意味を辿れば、至る結論はただ一つ。
「影武者か! アレは!」
「さあな。俺は、本物だと思っているが?」
 静かに笑うイシェファゾには、ウォードの激昂は通用しない。
「投稿しろ、シェルウォード。オルタ様が宣言した以上、コルベットが俺達と戦う理由は、どこにも無い」
 もはやイシェに返す言葉もなく、少年は石畳を蹴り込んだ。目くらましの水弾を数発放つと、懐の『切り札』を取り出しつつ、一気に標的へと肉薄する。
 標的はフェーラジンカだ。いま彼が死ねば、偽物の和平は完全に成立しなくなる。
「無駄だっ!」
 襲い来る炎弾を続けざまに弾き、さらに加速。
 地面すれすれを駆け抜け、手の内に熱い大気から水を召喚する。熱された大気から集まる水は少ないが、人ひとりを倒すには十分な量だ。
 さらに届く炎弾。
 続けざまに来る九発を弾いた所で、
「十発にしたからと言って!」
 今までこなかった十発目が来た。
「甘い!」
 しかし、一発増えたからといってウォードの隙は奪えない。飛翔する熱気に冷静に応じ、水幕を張った貝の盾を走らせる。
「なっ!?」
 極端に重い十発目の打撃に、体勢が崩れた。
 半盲の瞳に映った十発目は、炎弾ではなかった。
 弾ですらない。
 投げ付けられた、戦棍だ。
 包むのは宝珠から生み出された炎。まとう熱気が、少年の感覚を狂わせたのだ。
「お前に炎は通じないと教えてもらったからな……」
 振り向いた視界を覆うのは、見上げんばかりの長身の姿。
 叩き込まれるのは、蹴打の一撃。
 それが、イシェファゾの切った最後のカード。
 崩れた体勢では盾での防御も間に合わぬ。
 打ち込まれ、振り抜かれた。
「かは……ッ」
 直撃した痛みに、息が漏れる。
 くの字に曲がった体。手放しそうになる意識を必至に繋ぎ止めて、ウォードが取り出したのは……


 もうもうと立ち込める煙の中、男は声を放った。
「イシェ!」
 屋外での煙幕の効果はごくごく短いものだ。すぐに風が吹き、目くらましの効果を打ち消してくれる。
「すんません、逃がしました」
 風が吹き抜けた城門の上にあるのは、棍を拾い上げた青年の姿だけだ。刺客の姿はもうどこにもない。
「いや、無事ならいい」
 煙に紛れて襲ってくるかと警戒したが、どうやら相手も逃げるだけで精一杯だったようだ。外からの攻撃が止んでいるのをもう一度確認し、ジンカは超獣甲を解除する。
「野郎、あんな切り札を残してやがった……」
 恐らく煙幕に紛れ、ジンカを狙うつもりだったのだろう。あの時イシェが棍を投げなかったら、状況は変わっていたに違いない。
「おい、イシェ。その足……」
「……あれ?」
 ジンカに言われてようやく気が付いた。
 最後にウォードに叩き込んだ右足の脛。そこを覆っていた革服が、焚き火にかざされたかのように焼き切れている事を。



続劇
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