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9.第一次グルヴェア防衛戦

 そこは、正しく戦場だった。
 剣の林が立ち並び、鉄矢の雨が降りそそぐ。兵士達は構えた槍に全てを賭けて、魔術師達は唱える言葉に必殺の意志を叩き込む。
 そこに、異質な音があった。
 鈍い連打音だ。
 剣でも、槍でも、弓矢でもない。
 拳でもなければ、斧や鎚でもない。
 腹に響くような打音が、魔術のような炸裂も伴わず、小刻みに連打される。
「キリがないぞ!」
 怪音の主。
 クワトロはそう叫び、構えた武器の銃爪を引き絞った。
 一撃三連射、双手の射撃で六連の打音が響き渡り、迫り来る赤い獣機を吹き飛ばす。
「マスター! 弾倉交換を!」
 だが、圧倒的に手数が足りない。銃の三連射は装填された弾倉をあっという間に食い尽くし、かといって通常射撃に切り替えれば、今度は敵の分厚い装甲を貫けない。
 しかもその必殺の六連射とて、赤い獣機を一撃で破壊するには至らないのだ。
「直上! 来ます!」
「ちぃっ!」
 弾倉交換が終わったばかりの銃をカウンター気味に構えれば、上から来た赤い獣機が横殴りに弾き飛ばされた。
「!?」
 現れたのは白い大型獣機。
 スクメギの曲線的な騎体と、アークウィパスの直線的な騎体。両者のシルエットを併せ持つ、白い翼の獣機王。
「イルシャナ! 出るなと言ったろう!」
 スクエア・メギストスは長剣を構え直すと、目の前でギリューを追いつめている赤い騎体を叩き斬った。
 力も速さも、敵に引けを取るものではない。
「マーキングは変えています。クロウザ殿もベネ殿の所に行きました! それに……」
 わずかに言い淀む言葉に、クワトロは先を見て取った。
「策があるのか?」
「……ええ」
 どこか寂しげに。
 けれど、確信を持って、純白の獣機王はそう呟くのだった。


「今はとにかく抑えられればいい! 互いのフォローをして、生き残る事だけを考えな!」
 両の剣で迫る敵を切り伏せて、ベネンチーナは高らかに叫んだ。
「それでいいんだね? クロウザ!」
 彼女が倒したコルベットの獣機は既に七体目。続けざまに二体の獣機を双剣の一本ずつで相手取りながら、たった一騎の増援に声を投げ付ける。
 ベネ達の相手となるコルベット左翼は、歩兵を中心とした部隊だ。獣機の数は比較的少なく、少数編成のベネの部隊でも何とか抑えきる事ができていた。
「ああ。獣機王が、そこに活路を見いだせると!」
 不吉な黒き翼も、味方となればこれ程心強い者もない。
 こちらも四体目の赤い獣機をねじ伏せて、さらなる不吉を撒き散らすべく、さらに空を翔ける。


 塔の多い街グルヴェア。
 そこに広がる戦場を見下ろす位置に、数騎の騎馬が姿を見せていた。
「ジンカ達は苦戦しているようですね」
 戦場を覆うのは巨人兵の赤い色。倒れている騎体も多いが、城前の守りを打ち崩す騎体はもっと多い。
「相手の獣機が多いよ。一体どっから持ってきたもんだか」
 右翼と中央はある程度持ちこたえているようだが、敵獣機部隊の主力を相手取る左翼部隊は崩れかけている。
「左翼のフォローには右翼の赤兎とシェティスが入る予定でしたね……。皆の配置は?」
「ロゥ達がまだ来てないけど、他の配置は終わってる。いつでも行けるよ」
 答えるのは同じく馬上の人となった雅華だ。彼女もこの後、左翼の直接指揮に回る事になっている。
 総力戦だ。戦力も指揮者も出し惜しみをしてはいられない。
「彼らはレッド・リア突入班か……ここで崩れさせるわけにもいきません。総員に突撃命令を」
 その言葉を受け、雅華は通信兵に出撃命令を解き放った。


 グルーヴェ軍部左翼の指揮官獣機には、次々と絶望的な報告が入っていた。
 操縦席中央にあるのは、敵味方の状況を示す水晶盤だ。そこから味方を示す青いマーカーが消えると同時、
「第四小隊、隊長機撃墜! これより二番機が指揮を執ります!」
 さらなる悪報が通信機に木霊する。
「第四小隊は第二小隊に合流しろ! そっちが足りてない!」
「第四小隊了解!」
 自らも敵の赤い獣機と相対しつつ、前線がこれ以上崩れないように指示を飛ばす。
 そこに生まれる、一瞬の隙。
「ちぃっ!」
 振りかざされた刃を吹き飛ばしたのは、同僚機の投げ付けた大鉈だった。その一撃でがら空きになった赤い胴鎧に両手斧を打ち込んで、真っ二つに叩き斬る。
「畜生、援護はまだですか!」
 通信の狭間に、後方部隊が全滅したという話も聞いた。しかし、苦戦する味方にそんな知らせを伝えられようはずもない。
「もうすぐ来る! それまで持ちこたえろ!」
 苦し紛れにそう叫んだ所で、相手の増援が現れた。
 赤い獣機の強さは桁外れ。それが、後から後から現れるのだ。
 兵士達の戦意を保つのも限界。
 そう思った時、閃光の一撃が降ってきた。
 陽光を鋭く弾く銀色の翼は……
「遊撃部隊、シェティス・シシル少佐だ! これより貴部隊の支援に入る!」
 グルーヴェにも数えるほどしか存在しない一式ギリュー。その中でも一際目立つ、銀の騎体を駆る少女。
「銀翼のか! 助かる!」
 同時、十騎近くのギリューが姿を見せ、増援の赤い獣機達と戦闘を開始した。
 軍部所属の騎体ではない。シェティスの連れてきた、遊撃部隊の獣機である。
「それと……」
 何となく言いにくそうに、グルーヴェ軍最年少の少佐は言葉を続けた。
「あの辺りには近寄らないでくれ」
 その言葉と同時、赤い獣機の一角が爆裂する。
「……は?」
 気のせいかもしれないが、味方のギリューも少し混じっていた気がした。
「ああ、そういえば……」
 男は思い出す。
 銀翼の異名を持つ少女の傍ら。獣機と大剣一本で戦う男の姿が、常にあった事を。
「あまり、敵味方を区別しない人だから……。少々放って置いても、死にはしないから」
 風の噂に死んだと聞いていたが、どうやら生きていたらしい。
「……りょ、了解した」
 男は慌てて、味方に指示を飛ばす。


 そして、今だ戦場にたどり着いていない者がいた。
「アナタの寝坊のせいで遅れたじゃないのヨ! ばか!」
 三騎の獣機の先頭を滑るように翔けるのは、優雅に翼を広げる槍使いの獣機だ。
「イーファ様も装備がどうこうって!」
 連なって飛ぶのは、鋭角の翼を持つ細身の獣機。競うように、舞うように、二体の獣機は美しい軌跡を描いて飛翔する。
「イファもメルもどっちも一緒だ! 装備は前の晩に整えて、さっさと寝とけ莫迦野郎!」
 その最後を支えるのは、白い大型獣機だ。
 細身の二騎とは対照的な分厚い装甲は、音もなく舞う細身の二騎をサポートするよう、力強い咆吼をまとって飛行する。
「野郎じゃないわよ! レディに向かって!」
 勇ましき行軍。
「ンな事どうでもいいだろ! 莫迦野郎!」
 彼らの会話が聞こえる者達からすれば、十人中十人が耳を塞ぎ、その進撃風景のみを楽しむ事だろう。
「また野郎って言った!」
 誰もが呆れる漫才を繰り広げていると、重装獣機の操縦席に気の強そうな幼子の声が響き渡る。
「ロゥ。雅華から通信!」
「遅れた! すまん!」
 開かれた回線に投げるロゥの声は、短い。
「指示は聞いてるね」
 叱責も挨拶も後回し。どちらも今は、その暇さえ惜しい。
「ああ。これから王城に突入する」
「左翼にマチタタがいるから、拾って行きな。ついでに突破口も開いてくれると助かる!」
「任せろ!」
 たった数度のやり取りで、通信は終了する。
「聞こえたな、二人とも!」
 イーファとメルディア。
 どちらも若いが、れっきとした軍人。
「ええ!」
「分かった!」
 諍いの事は既に頭になく。思考するのは、目の前に広がる敵陣での戦術の事のみ。
「ロゥ隊、これより突破口を開く!」


 打ち合わせた刃に、男は静かに呟いた。
「……まあまあ、だな」
 力、スピード、殺意。どれも申し分ない。
 三合目でかわし、振り抜かれた刃の上に降り立ってそのまま疾走、跳躍。敵の胴部に向けて紅の装甲に覆われた大剣を叩き付ける。
 めき、という鈍い音が響き、男の十倍はあろうかという巨大甲冑がひび割れ、砕け散った。
 崩れ落ちる巨大歩兵から飛び降りた所に来るのは、さらなる敵の放つ重ね合わせの斬撃だ。着地と同時に来る一撃は、こちらに防御する隙を与えない。
「赤兎殿っ!」
「構わん!」
 フォローに走ろうとする少女の悲鳴を一喝し、男は着地するより半瞬迅く大剣を頭上へ。
 鋼と鋼がぶつかる鈍い打撃音が響く。
 男の構えた大剣が、赤い獣機の振り下ろした超大剣を受け止めた音……ではない。
 拳一つで分厚い頭部装甲を吹き飛ばされた衝撃音だ。そんな非常識な真似を行えるのは、この男を置いて他になく……。
「……獣王ホシノ!」
 た、と降り立つのは、どこにでも居そうな中年オヤジだった。景気づけに既に一杯ひっかけて来たのか、赤くなった鼻の頭をぽりぽりと掻く姿は、フェアベルケンの守護を司る王の一人とは思えない。
「一気に突っ切りや!」
 だが、強さは本物だ。
「応!」
 拳と剣。
 互いの信じる武器を構え、二人の男は戦場を駆け抜ける。


「邪魔よっ!」
 目の前の赤い獣機を薙ぎ払ったのは、重装獣機の重矛だった。
 そのまま加速し速度は緩めず。装甲強度に物を言わせて赤い獣機をかき分ける。
「通しなさい!」
 道を空けた獣機に浴びせられるのは、細槍と強弓の洗礼だ。貫かれ、矢ぶすまと化した獣機は沈黙し、二度と動く事はない。
「どけぇぇぇっ!」
 軌道は直線。加速は止まらない。
 ハイリガードが払う。
 グレシアが撃つ。
 ドゥルシラが貫く。
 三つの動作が連鎖し、輪舞し、連続し。
 重装獣機のスラスターが、より強い推進力を叩き出すべく、強く強く咆吼する。
 その力を脅威と感じたか。
「敵反応多数! 一点集中で来る!」
 周囲には味方の一人もない。
 あるのはただ、敵獣機の赤い色のみ。
「怖いの? メルディア」
 だが。
 ハイリガードが払う。
 グレシアが撃つ。
 ドゥルシラが貫く。
「まさか」
 イーファの隣で、メルディアは不敵に笑って見せた。
「ワタクシ達より莫迦だな、と思っただけよ」
 ハイリガードが払う。
 グレシアが撃つ。
 ドゥルシラが貫く。
 増える敵に、テンポが加速する。
 ハイリガードが払う。グレシアが撃つ。ドゥルシラが貫く。
 ハイリガードが撃つ。グレシアが貫く。ドゥルシラが払う。ハイリガードが貫く。グレシアが払う。ドゥルシラが撃つ。
 ハイリガードが撃つ貫く払う。グレシアが撃つ貫く払う。ドゥルシラが撃つ貫く払う。ハイリガードが撃つ貫く払う。グレシアが撃つ貫く払う。ドゥルシラが撃つ貫く払う。ハイリガードが撃つ貫く払う。グレシアが撃つ貫く払う。ドゥルシラが撃つ貫く払う。ハイリガードが撃つ貫く払う。グレシアが撃つ貫く払う。ドゥルシラが撃つ貫く払う。
 三つの動作が連続し。弾け、奏で。
 流れる力は、一つを成した。
 振り上げられるのは一つの刃。
 下されるのは、一撃の砲撃。
「ここで仕掛ける!」
 少女達の手を取った少年の叫びと同時。
 白い炎が大きく燃え上がり、辺り全てを輝きの中に焼き尽くす。



続劇
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