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2.王城塔遁走曲

 無数の塔の林立する街、グルヴェア。
 その中央、グルーヴェ軍部の本拠地となる塔の一角に、彼らはいた。
「アンタが連絡役か……クワトロ」
 呆れたように呟いたのは鹿族の青年だ。かつてはグルヴェア尖塔群の最奥部、王城塔に居を構えていた隻腕の雄も、平常の心を取り戻した今は本来の居場所である軍部塔に戻っている。
「不満か? フェーラジンカ」
 黒眼鏡を掛けた黒コートの青年は静かに呟く。
 フェーラジンカが正気を取り戻した事で、グルーヴェ軍部と革命派の対立は終わりを告げた。目的を達した革命派は、軍部に協力する遊撃部隊としての再編が始まっている。
 クワトロはその為の連絡役であるのだが。
「いや、心強いのは確かだが」
 そこはジンカも否定しない。
 獣機を操り、外交に長け、冒険者としての経験と交友関係を持ち、なおかつ主に対して一片の野心も抱かぬ男……となれば、非の付け所がない逸材だ。
 無責任な発言をするならば、王の器と言ってもいいかもしれない。
「……国際問題にならんか?」
 唯一の欠点は、その言葉が八割がた冗談ではない事だった。
「俺は一介の冒険者だぞ。それに外国人を登用して問題があるなら、クロウザだって問題だろう」
 今は泉の討伐に向かっている黒マントのバルバロイを指され、ジンカは苦笑する。
「彼は客人だからなぁ……」
 先日の戦いの後、クワトロと同じく革命派からやってきたのが彼だった。かつては剣を交え、強敵と認めた事もある相手だが、味方にすればこれほど心強い戦力もない。
 ちなみにクワトロと違い後ろ盾を持たぬ彼には士官の話をしてみたが、彼にも思う所があるらしく、色よい返事はもらえていない。
「いずれにせよ、俺は一介の冒険者だ。そのつもりで指示してくれて構わない」
「……まあ、貴公がいいと言うなら良いか」
 『一介の冒険者』という所を妙に強調するクワトロに苦笑しつつ、ジンカは席を立つ。
 傍仕えの少女に支えて貰って退席する青年将校を、一同は心配げに見送り……。
「クワトロさん。来客だぞ」
 そこに現れたのは、棍を提げた長身の青年だった。
「俺に?」
 クワトロは少し考え、ようやく心当たりに思い至ったのか、どこかイヤそうな表情を浮かべる。
「……なよなよした若い男か?」
「いや、美人の二人連れだぞ?」
 何気ないその言葉に、執務室にいた一同がざわめいた。
「何と……」
「隅に置けんな、クワトロ殿」
「いや、俺には国元にちゃんと……」
「何。奥方まで居られるのか」
「となると……」
 将校達はちらりとクワトロの横に視線を寄越し。
「ラピス嬢を入れて四叉か。羨ましい」
「男冥利に尽きるな。見習いたいものだ」
「……人の話聞けテメエら」
 腰のホルスターから双銃を取り出して辺りを静かにさせるクワトロだったが。
「あ、イクス様ー。お久しぶりです」
「アルド様。お元気でしたか?」
 現れた美女達のその言葉に。
「昔の名前で出ています!」
「偽名まで!」
 再び辺りは騒然とし、クワトロは力なく肩を落とすのだった。


 グルヴェアには塔が多い。
「お前らさぁ」
 軍部塔の隣。将校用の宿舎としてあてがわれた塔のテラスに、黒コートの青年の姿はあった。
「一応俺、隠密行動なんだけど……。言わなかったっけか?」
 アルドといえばココ女王シーラの夫。はるか西方エノク王家の第二王子にして、ココ王家の一員でもある。
 その王族が隣国グルーヴェ王家の再興に関わるなど、内政干渉もいい所だ。だからこそ、クワトロはその名を隠して極秘裏に行動していたのだが……。
「聞いてましたわ」
「聞いてましたわ」
「即答かよ!」
 一秒の間もおかずに返された答えに即座に反応するクワトロだったが、続く少女達の反論に言葉を失った。
「マイ・ミストレスをほったらかすような方の顔を立てる気など、ありませんわ」
「結婚式まですっぽかすなんて、アリスに出入り禁止と言われても当たり前ですわ」
「それは……まあ……なんだ? 国の一大事に、だな……」
「その為のロイヤルガードですのに!」
「ぐ……」
 そこを突かれては返す言葉がない。
 仕方ないので、話題を変えてみた。
「で、何でイルシャナとマリネがこんな所まで? 俺はジェンダを呼んだはずだが……」
 王都に使いをやって呼んだのは、確かジェンダだったはずだ。しかし、来たのは彼ではなく、人形遣いの少女と、よりにもよって第三王位継承者の二人組。
「ジェンダはアルド様の影武者で忙しいですから。アルド様の書簡にあった作戦なら、私でも可能でしょう?」
 ジェンダは変身能力を持つオーバーイメージ『喝采』を持つ。その能力を買われ、今は王都でアルドの代わりを務めているのだ。
「女一人では物騒ですから、私が護衛に」
 そう言って微笑むのはイルシャナだ。
「護衛って……。アリスは人を貸してくれなかったのか?」
 確かに、イルシャナに勝てる人類などそうはいないだろうが……。ロイヤルガード一人の随伴にスクメギの領主を駆り出すなど、正気の沙汰とは思えない。
「殿下。シーラ様の警備に正規のロイヤルガードが何人残っているか、ご存じですか?」
 目をすいと細めたマリネが、静かに呟く。
 シーラ直属の護衛はフェアベルケン各地で起こっている騒動の対処に追われ、まともに機能していない。王族三姫の警護は、アリスのプリンセスガードが何とか行っている有様だった。
 そのアリスのガードでさえ、グルーヴェの内乱に多くの主力を取られているのだ。スクメギの領主であろうが誰であろうが、手の空いた実力者を遊ばせておく余裕は今のココ王家には無いのであった。
「……それにしても、俺の影武者くらいマリネがやればいいだろ」
 はぁ、とため息を吐き、クワトロはやれやれと呟く。
「私に紳士の振るまいなんか不可能ですわ。陛下の影武者はいつも座っているだけだから、何とかやっていましたけれど」
「紳士……?」
 言われても、クワトロはそれらしく振る舞った覚えが無い。
 ジェンダは舞台役者だから、あまり酷いアルドを演じてはいないだろうが……。
「シーラ様を優しく寝所までエスコートしたり、会議の時でもそっと庇ったり。結婚式の時なんかも、素敵でしたわね」
「ええ。あの誓いのキスなんか……」
「ちょっと待て!!」
 マリネのその言葉に、クワトロは流石に割り込んだ。
「寝所とかキスとか、聞いてないぞ!」
「あら」
「失言でしたわね」
 顔を見合わせて意味ありげに微笑む、少女二人。
「殺す! ジェンダ殺す! あのやろー!」
 そんな、激昂するクワトロを無視したままの二人に、小柄な娘が寄ってきた。
「アークマスター。質問、宜しいですか?」
「あら。何かしら?」
 クワトロの傍にいた獣機の娘だ。確か名を、ラピスと言ったか。
「どうしてマスターは、非戦闘時なのにあんな攻撃的反応を?」
 どうやら、クワトロの奇行が理解出来ないらしい。
「ただの過剰反応でしょ。気にする事はないわ」
 イルシャナは、イエスと答えた小柄な娘を、大絶賛暴走中の主に近寄らないようそっと抱き寄せる。
「ちょっと焚き付け過ぎましたかね? イルシャナ様」
 もう二十分ほど奇行を続けているクワトロをさすがに不憫に思ったのか、マリネはそっと問いかけた。
 誓いのキスはアルドの芝居だったし、会議で庇ったりシーラを寝所まで連れ込んだりしたのは妹姫のアリスが影武者だった時の話だ。
 クワトロが思っているような事態には、おそらく陥っていない。
「いいんじゃない? たまにはいい薬よ」
 不思議そうな顔をしているラピスの柔らかな髪に頬を埋めたまま、イルシャナは退屈そうにそう返すのだった。


 退屈そうに分厚いファイルを閉じたのは、豹の耳を持つ女だった。
「……ふむ」
 小さくため息を一つ残し、次のファイルへと取りかかる。
 手繰る手自体はそれなりに早い。分厚いファイルも、主要な項目を一瞥するだけでぱらぱらとめくられていく。
 その手が、ぴたりと止まった。
 どうやら行き過ぎたらしい。送ったばかりのページを、ゆっくりと引き戻す。
 内容の詳細を確かめようとした所に掛けられたのは、外からの声だった。
「どうだい、ベネンチーナ。捜し物は見つかったのかい?」
 隻眼の美女だ。革命派の本拠地からクワトロを連れてきた、頭首の代理人である。
「まあ、ね」
 答えるベネの声はふるわない。
 何のファイルを見て気落ちしているのかと覗き込んでみれば。
「シシル・ロッシ?」
 書き込まれているのは出身地などの簡素な略歴と、その名前のみ。
「黒ファイルか……残念だな」
 黒地に赤の線が描かれたファイルの分類は、戦闘中行方不明を示す物だ。正式除隊を示す白いファイルではない。
 日付を見ればもう何年も前のもの。
 既に生きてはいないだろう。
「ああ。赤の泉討伐で消息不明、だそうだ」
 軍の公式なファイルに名が残っているという事は、正規軍のちゃんとした兵士だったらしい。急な徴兵で集められた義勇兵や、素性の知れない者ばかりの傭兵部隊ではこうはいかない。
「ま、いいさ。これはこれで、一つの区切りだ」
 ばたん、と分厚いファイルを閉じる。
「雅華。正直、アンタが姉さんかと思った事もあったんだけどね」
 未練を残すような言葉に、雅華は苦笑。
「私は東部の出だよ。母親が東方人だから、こんな妙な名前さね」
 フェアベルケンでは種族と血縁は全く別のものだ。犬族と水棲種の間に有翼種の子供が生まれる事さえ、ごく普通にある。
「アンタは南方の生まれって聞いたが?」
 同じ豹族だからといって血縁がある可能性は、限りなくゼロに近い。
「ちょっと愚痴りたくなっただけさ。私もヤキが回ったんだろうね……忘れてくれ」
 ベネはそう言うと、全てを吹っ切るように、隣で熟睡していた少女に拳を振り下ろした。
「いたーい! ベネがぶったー!」
「人が捜し物してる隣で寝てる方が悪い!」
 目覚めるなり騒ぐ少女に、今度はファイルで一撃。
「ひ、ひど! かど、かどでぶったー!」
 山のようなファイルを元通り本棚に戻しながら、ベネは力なくへらりと笑う。
「戻るんだろ。手間掛けさせて悪かったね、雅華」
 もちろん、一介の傭兵が軍の機密情報などを閲覧出来るはずがない。雅華が知り合いに頼んで、こっそりと入れさせてもらったのだ。
「ああ。こちらも一通りの用は済んだからね。いい加減、戻ろう」
「だね。護衛の娘ども、大人しくしてりゃいいんだが……」



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