そこに在るのは、廃墟の街だった。 溶け折れた鋼の柱。 押し潰れた混凝土の塊。 かつて街だったその場所を暴れ狂うのは、のたうつ火焔と轟く波濤だ。 大綿津見が自らの超圧力を以て炎を押し潰そうとすれば、迦具土はその究極の焔で迫る重圧を端から焼き尽くす。 二つの破壊の邂逅点では大気と化した水蒸気がさらに加熱され、電離を起こして雷光へと昇華する。 表層を紫電が疾走し、許容力を越えた力は絶叫と共に破裂。 「牙ァァァァッ!」 山の高さを軽く超える超高層のビル群は、巻き起こる炎と衝撃波で飴のように溶け崩れ。 「破ァァァァッ!」 地下に巡らされた遠大な地底街都は、瞬間的に叩き込まれた深海ほどの高圧にあっさりと崩壊。 極熱と超圧力の激突する世界では、いかな高強度を持つ物体でも、原形を留め置く事は不可能だ。 だが。 どちらの破壊も、破壊のための攻撃を受けた末の破壊ではなかった。 ただの、余波だ。 相手を完膚無きまで叩きのめすための。 「執ゥゥ……ッ」 「渦ァァ……ッ」 そしてなお戦慄たるのは。 それだけの大破壊の震源にあってなお、ぶつかり合う二人は無傷だった事である。 「やはり、この世界を発つというか。トモエ」 両の手に渦巻く水球を置いた白龍が、ようやく問うた。白き巨大な翼を広げて滞空したまま、静かに言葉を待つ。 周囲に響く音は、まとう機械式装甲の微かな廃熱音だけだ。 「ああ」 短く応えるのは、炎の鎧甲をまとった武人だった。吐き出した言葉は誤解の余地無き直線的なもの。 甲冑の放つ灼熱の波動に、周囲の構造材が炭化し、黒煙を立ててくすぶり始める。 「ダイバ。貴様らは、この偽物の約束の地で好きに暮らすがいい」 そう言い、武人は腰の炎を引き抜いた。 刃渡り百メートルに及ぶ炎の長剣は、ただ振り構えるだけで射線上の高層建築を砂細工の如く切り崩す。 「だが!」 周囲に響く崩壊の大音声も、武人の声をかき消す事は出来ない。 「我々は本来の使命……母なる神の住まう、真の約束の地を目指す!」 その為に。 「そして我らが再び翔び立つために。貴公らの青のディスク、我らが譲り承ける!」 言葉と共に武人の手甲に、紅く輝く白銀の円盤が浮かび上がった。 紅銀の螺旋より生まれ出でた赤焔が炎の長剣を駆け抜けて、刃の長さをさらに引き延ばす。 「トモエ。貴公らがこの地を去るのを止めはせん。地に降りた箱船を駆り、見果てぬ約束の地を探すがいい」 対する白龍も両肩のユニットを解放し、双手の水球を身の丈の数十倍にまで解き放つ。 「だが」 そこで両手を握り込めば、百メートルを越えるほどに膨脹していた水球は、一瞬で掌ほどの大きさに押し込められた。 表面に渦巻くさざ波さえ鋼鉄を切り裂く刃と化す、超高圧の破壊球である。 「このディスクは渡せん。Gの無限の英知無くして、フェアベルケンの平穏は維持出来ぬ」 龍の手甲に蒼く輝くのは、武人と同じ白銀の円盤。 それこそはGの銘を持つ英知の結晶。既知宇宙に七枚しかない、銀河の至宝。 箱船。特機。魔法。 そしてティア・ハート。 フェアベルケンや故郷たる彼の地で生み出された無数の超技術さえ、そこから取り出された英知の複製にしか過ぎぬ。 「ならば」 幾度となく繰り返された問答に、赤の守護者は終止符を打った。 「交渉は決裂、だな」 答えは既に分かり切っていた事。問答は、ただの確認にしか過ぎぬ。 赤が発つか。 青が残るか。 並びは立たぬ。 共に彼らの手甲に輝く円盤が無ければ、成り立たぬが故に。 だからこそ彼らは戦っている。 星王都スピラ・カナンを灰燼と化し、母たる箱船を戦艦と成し、至上の英知を刃と変えて。 たった二枚の円盤を、奪い合っているのだ。 「赤のレッド・リアが守護者『トモエ』。焔神爆炎、爆炎剣にて参る」 三百メートルの長剣を腰貯めに構え、火焔の武人が焦熱の大地を駆け抜ける。 「青のブルー・フルが守護者『ダイバ』。獣機神スクエア・メギストスにて往くぞ。絶対波濤!」 双手の水球を怒濤の刃と換え、白龍の魔人も狂う風巻く蒼穹を翔け抜けた。 燃えさかる紅き焔が青き波濤に圧されたのと、重力の鎖に縛された赤き箱船が星王都の地に堕ちたのは。 ほぼ、同時刻であった。 その因縁の戦いより十万年。 彼の地から再び赤き箱船が翔び立つまで。 あと、ほんのわずか。 Excite NaTS "Second Stage" 獣甲ビーファイター #5 レッド・リア浮上(前編) 0.赤の継承者 たゆたう水の中に、少年の姿はあった。 わずかな機械音が響くだけの闇の中だ。瞳を閉じたままの少年は、眠っているようにも見える。 「何か、考え事でも?」 その闇の中に、静かな声が跳ね返った。 壁材が金属なのだろう。金属的な反響を起こす声に、水の中の少年は薄く瞳を開く。 「……ミンミの事を」 少年は、起きていた。 フェアベルケン最狂の火炎術士に焼かれた体は八割がた治っている。もう数日もすれば、問題なく戦えるだろう。 「負けた時の事か? それとも、どうやって復讐しようと?」 闇からの問い掛けに、水の中の少年は薄く嗤った。 莫迦にしないで欲しい、と。 「……いかにして倒すか、ですよ」 忌まわしき炎に二度も焼かれたのだ。三度目を食らってやる義理はない。 「処分しに来たのですか? ロード・シュライヴ。役立たずの僕を」 だが、言い換えれば同じ敵に既に二度敗れている事にもなる。それは処分されるにしては十分以上の理由だ。 「ああ」 少年の問い掛けに対する答えは、是。 しかしその是は、意志の決定を欠いている是だった。 「負けた時の事や復讐なんて詰まらない事を考えてるなら殺そうと思った……んだが」 語尾にあるのは笑いを秘めた感情。 喜、の意志だ。 「お前は、間違いなく赤の意志を継ぐものだよ。冠する名無きシェルウォードよ」 「痛ッ!」 その言葉と同時、ウォードの右手に激痛が走った。 苦痛に漏らした吐息のあふれる水の中。顔をしかめて右手を見れば、手の甲に薄い円盤のような痣が刻まれている。 「死線を抜けた貴様は勝者よりも強い。ましてや、滅びたヴルガリウスよりもな。そこから前に進めるならば、さらに強くなるよ」 語る影の甲には、少年と同じ痣が浮かんでいた。淡く赤い輝きを放つ、白銀の円盤の姿が。 「貴様が成長したならば、約束の地を目指す舵取りにも成れるだろう」 「貴方は……シュライヴでは、ない?」 「ああ。俺は……」 その名を聞き、貝族の少年の意識は再び眠りの底に落ちていった。 |