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14.甲角と雷光

 ふわりとその場に姿を現したウシャスの抱き、スクメギの主は静かに言葉を紡いだ。
「ティア・ハートの力は鏡と同じ。強い意志を映し出せば、鏡はそれだけ輝きを増すわ」
 それは全てのティア・ハート使いが知っている事だ。
 精神を集中する事で、異能の力を取り出せる奇跡の宝珠。この力があるからこそ、ティアハート使いは冒険者の畏敬を一身に集める存在となれるのだから。
「しかし、その力の制御を誤れば、暴走を呼んでしまう……」
「マックス・ハート現象というやつですか?」
 ティアハート自身に力の加減という概念はない。送り込まれた想いに応じた力を送り返すだけだ。時には、使い手の制御出来ない力を送り返してしまう事もある。
「……という事は、まさか超獣甲とは?」
 獣機は、『鼓動するティアハート』を核としたオーバーイメージで作られる。主と心を重ね合わせる超獣甲となれば、送り込まれる想いの量は倍増するだろう。
「駆り手と獣機、二人分の意志を流し込めば四倍の力が返ってくる。力を込めれば込めただけ、戻る力は大きくなる。二人で受け止めるにしても、弱い側の負担はどんどん大きくなるでしょうね」
 そして、限界を超えた力は決壊するのだ。
 洪水を抑えきれない堤防のように、ねじ伏せる心を押し潰して。
 それが力の代償。
「では、俺達が獣機を使えないのは……」
「あまり強い意志を持つ使い手を主に選ぶと、私達の方が保たないもの。もっとも、祖霊使いを凌ぐ意志を持つ子もいるようだけれど……」
 赤い鎧に化身する東方獣機の姿を思い出し、イルシャナは呟く。
「なるほど。ただ……」
 それが獣機本来の特性である以上、記憶の欠落は仕方ない事なのだろう。しかし、そんな欠陥のある兵器しか持たない青が、どうやって赤を退けたのか。
「あふれた大河の水は、支流に流せばいい。それだけの事よ」
「何か戦い方がある、という事ですか?」
「マチタタやムディアも来ているし、機会があったらお見せするわ。機会があれば……ね」
 その言葉を残し、イルシャナは侍女を連れて執務室を後にするのだった。


「ソカロ! ソカロってば!」
 呼ばれた声に、ソカロは我に返った。
「ん、ああ……。悪い、ぼうっとしてた」
「しっかりしなさいよ。全く」
 ムディアのぼやきに、前へと向き直る。
 アークウィパス外殻の奥。マチタタ達に案内された先は、グルーヴェ革命派の本陣だった。
「なら、あんた達に戦う意志はないんだね?」
 中央でオルタと話している眼帯の女が革命派の中心人物なのだろう。
「ええ。あなた方がその意志を持ち合わせていないのであれば」
 それは、アークウィパスに来るまでに決めた事だった。マチタタやムディアとの話から、まず軍部より革命派と和解した方が早い、という結論に達していたのだ。
「姫様がコルベットみたいな奴だったら、王権を打倒する気もあったけど……今の姫様に向ける剣は持ってないよ」
「なら……!」
 真剣だったオルタの表情が、ぱっと明るくなる。
「ああ。交渉成立、といったところかね。本当ならうちの大将を出したい所なんだけど……ちょっと出掛けててね」
「いえ。和解の意志があるのなら、またいずれ」
 差し出された手を、オルタは柔らかく握りしたす。
「ねぇ。こっちの話が終わったのなら、次はシカの人のところに行けばいいの?」
 マチタタの単純な発想に、一同は苦笑する。
 確かにフェーラジンカの本陣まではわずか数キロの距離だが、その間には幾つもの戦場が横たわっているのだ。さすがにそれを突破出来るだけの戦力は、持ち合わせていない。
「いや、そっちは今、うちの大将が行ってるから……。しばらく様子を見た方がいいかもね」
 色々と思う所があるのか、雅華は一人だけ笑っていない。だが、慌てて飛び込んできた兵士の言葉に一同も表情を凍らせた。
「雅華さん! アークウィパスの背後から、魔物の大群が! クワトロさんと予備の獣機隊が迎え撃ってますが、何しろ数が多くて!」
 確か、後方の警備に向かわせた兵士の一人だ。
 彼らがここまで退いているという事は、後方の守備は予備兵力だけという事になる。
「クワトロ一人!? ロゥも一緒だろう!」
「それが、ちょっと別件で……」
 まさか、女の子を送っていったとは言えない。
「まったくもう、役に立たないね! マチタタはそっちに行ってくれるかい?」
「んー。本気でやっていいの?」
 そこまでは勢いよく言った雅華だが、思いっきり二つ返事なマチタタの言葉に、思わず息を飲んだ。
 十秒ばかり思考して、結論を出す。
「やっていいけど……アークウィパスは壊さない程度に頼むよ」
「難しい注文だなぁ。気はつけるけど、壊しちゃったらゴメンね」
 とんでもない事を言ってぱたぱたと外に走り出すメイド服の娘を、一同は呆然と見送った。ここにいる兵士の大半が彼女の戦い方を知らないのだから、当然といえば当然なのだが。
「ムディアとソカロも……」
 我に返ったオルタも、残った二人にそう命じようとするが……
「二人は姫さんの護衛を頼むよ。こっちはあんた等の護衛までしてる余裕はないんだ」
 雅華の言葉に遮られる。
「挟み撃ちに合っちゃ、潮時だね。前線に撤退命令出しな! さっさと撤収するよ!」
「了解!」


 八騎目のギリューから槍を引き抜こうとした所で、その信号は来た。
「マスター。本部から撤退信号が」
 抜けない槍を諦めて、落ちていた槍を無造作に拾い上げる。やや太いが、シスカに槍の予備はないから、この際仕方ない。
「思ったより早かったな……。戦況は?」
「優位なのはこの戦域だけです」
 だろうな、とシェティス。
 操縦席の隅にある水晶盤には、戦場の様子が映し出されている。そこに示された味方獣機の印も、今ではだいぶ数を減じていた。
 開戦時は相手一騎に複数の味方騎が速攻を掛けるという戦術で、互角の戦いを呈していたが……いかんせん獣機の絶対数が違いすぎる。
「シスカ、イーファ達は無事逃げたと思うか?」
 周囲に敵獣機の影はない。他の戦域の撤退支援をするため水晶盤を覗き込みながら、シェティスはふと問うてみた。
「ベネンチーナ様がいらっしゃいますから。あの方がいれば、逃げ時を誤る事はないかと」
「そうだな」
 行き先を決め、肩口に立つ赤い鎧の騎士に声を掛ける。
「赤兎殿! 撤退です」
「ジークベルトは事を成したのか?」
 当初の予定では、ジークベルトが目的を達成した段階で撤退する事になっていたはず。その割には、軍部派本陣のあたりに動きは見られない。
「分かりませんが……これより本隊は、周囲の撤退支援に回ります」
「承知した。少々飽いたが、仕方あるまい」
 そう言う割に、紅の超獣甲をまとう男には疲労の色は見られなかった。むしろ、戦いに身を置く事で生き生きと見えるほどだ。
「……はい」
 異名の源ともなった銀色の翼を広げ、シスカはより激しい戦いの地へと移動を開始する。


 通信所からの報告に、本陣のフェーラジンカはやれやれと呟いた。
「撤退? 随分と早かったな……」
 装甲を身にまとい、悠然と立ち上がった姿勢のまま、通信兵に指示を出す。
「まあいい。総員に追撃を指示。一気にアークウィパスを取り戻せ」
 だが、その指示を受けても、通信兵が動く気配はない。
「どうした?」
 不思議そうに問う、シカ族の将軍。
「い、いえ……」
 だが、その状況を見れば、動けないのは当然だった。
 本陣で立っているグルヴェア軍人は、フェーラジンカと護衛の兵士が一人だけ。
 他にいるのは、鎚状の長杖を持った青年と、鴉に似た黒マントをまとう男の二人だけ。
 まだ入隊して日が浅い兵士でさえ理解出来た。
 壊滅しているのだ。
 グルーヴェ軍部の、本陣そのものが。
 たった二人の、侵入者によって。
「連中の相手は俺がするよ。お前達はさっさとアークウィパスを奪還しておけ」
「は、はいっ!」
 再びそう言い放ち、通信兵を追い返す。
「というわけだ。悪かったな、クロウザとやら」
 黒マントの侵入者から答えはない。
 ただ、無言で構えを取った。
 まとう外套は意志を持つのか、風もないのにざわざわと羽音を立てて、男の動きに付き従っている。
「では、続きと行こう!」
 対するジンカも地を蹴り加速。男の動きに沿うように角質の双角が変形し、表面に無数の槍を生み出した。
 風を切る音と共に、角槍を射出。
 必殺の威力を持つ槍の雨を前に、突撃槍を構えてさらに疾走する。
 無数の槍が端から大地を貫くが、その槍ぶすまの中に怪人の姿は無い。
「疾ッ!」
 気付けばその姿、既に上に。
 蒼穹を黒羽根が優雅に舞い、ゆるりと半回転。次の瞬間には螺旋に穿つ錐となり、突撃槍を構え直すジンカへと突撃する。
「クルラコーン!」
 ジンカの咆吼に応じ、双の角がさらに変形。ありうべからざる位置から角質が盛り上がり、巨大な重槍となって漆黒の錐を撃ち落とす。
 だが、漆黒の錐は落ちなかった。
 渦巻く螺旋の流れを保ったまま重槍の打撃点をわずかにずらし、そのまま槍を遡る軌道を描いて地を目指しているではないか。
「破ァッ!」
 その錐が、重槍を蹴って飛び退いた。
「貴様ッ!?」
 見れば、重槍の表面には無数の槍が枝のように突き出ているではないか。そのままクロウザが進んでいれば、ちょうど貫かれていたタイミングだ。
 危機を脱した黒い怪人は、音もなく着地。
 既に角槍の魔人も体勢を取り戻している。
「……それ程の腕を持ちながら、志を失うか」
 ようやく紡がれた怪人の言葉に、魔人は叫ぶ。
「失ってはいない! そこにいる奴が、俺達の想いを踏みにじっただけだ!」
 放たれるのは無限の砲撃。ヘラジカ種のフェーラジンカを象徴する、角から削り出された角槍だ。
 その必殺の弾幕をかわし、墜とし、円の動作で受け流し、漆黒の怪人は迫る迅さを緩めない。
 眼前に辿り着いた黒い影に、魔人は全力で生み出した角槍を叩き込む。
「ジークベルト!」


 その戦いと戦場を同じくして、もう一つの戦いが繰り広げられていた。
「だ、そうだよ。お兄さん」
 長身の青年が無造作に構えるのは戦棍だ。ポケットに放り込んだ魔石の力を吸い上げて、真っ赤な炎に包まれている。
「らしいねぇ」
 相対するのは戦槌を模した長杖を構える男。こちらの長杖は、内側より紫電の輝きを漏らしていた。
 どちらも得物の長さはほぼ同じ。
 違うのは、まとう力の質だけだ。
「私としては、裏切ったのは彼だと思うのだが、ね」
 男がその言葉と共に長杖を振り抜けば、先端に生み出された雷球が炎の青年に向けて襲いかかる。
「やれやれ……」
 当たれば爆散し、周囲に雷の渦が走る一撃だ。
 奇襲となったこの一撃で、グルーヴェ軍部の本陣は壊滅したと言っていい。
「二番煎じが通じるほど、おれは甘くないぜ?」
 だが、その特性を知ってなお。
 イシェファゾは飛んできた打球の正面から、炎の戦棍を横薙ぎに叩き付けた。
 ミートの瞬間、雷球を炎が包み込み、戦棍を振り抜いたパワーがそのまま炸裂弾を打ち返す。雷光の力は超高熱の炎に押さえ込まれ、炸裂することを許されない。
 炎の打球ははるか上空に吹き飛び、誰もいない空に雷の渦を巻き起こした。
 先程の奇襲でも、彼がとっさに張った炎の結界の中に紫電は入り込めなかったのだ。だからこそ、イシェとジンカはこうして無傷で戦えている。
「雷は、無駄だって」
 呟く青年の周囲には、既に炎の弾丸が浮かんでいた。青年の意志に従って陣形を取る弾丸のその数、九と一つ。
「ナインボール!」
 白い炎に包まれた火球に弾き飛ばされた九つの弾丸は、予測不能な軌道を描いてジークのもとに殺到する。
 何しろ青年すら軌道の先は分からない。そんな打撃を九条も同時に撃ち落とすなど、不可能だ。
「サンダーボルトッ!」
 だが、炎弾が直撃する瞬間、男を雷の渦が包み込んだ。
 九つの爆裂と灼熱は雷光と渦に押し流され、男のもとに届く事はない。
「……相性的には、今一つのようだね」
 当然、雷渦の晴れた男は無傷。
「……まったくもって」
 再び戦棍を炎に包み、青年はゆっくりと構えを取るのだった。


 こちらも、戦況は膠着状態にあった。
 フェーラジンカの直線的な角槍は螺旋の舞に用を成さず、かといってクロウザの打撃も角槍の結界に阻まれて届かない。
「貴公。手を抜くのも、いい加減にしろ……」
 槍化した双角をもとの角へと引き戻し、ジンカは苛ついた声で呟いた。
「はて。こちらは本気であったのだがな」
「莫迦にするな!」
 回避するたび、クロウザは倒れている兵士を蹴り飛ばし、怪腕と化した翼ですくい上げ、戦域の外に投げている。叩き落とす角槍も、大半は兵士に当たりそうなものばかり。
 それだけ気を散らせておいて、勝負はいまだ互角。本気になれば、決着などとっくについているだろうに……。
「もう終わりにするぞ! クルラコーン!」
 その声と共に、ジンカの超獣甲から生える双角が一際大きく膨れあがった。
 万物を葬る巨大な角は、主を包む結界と化し、戦場の空を覆い尽くす角質の天蓋へと不気味な成長を開始する。
「ジークベルト! 来たぞ!」
「おう!」
 クロウザの呼びかけと同時に、イシェファゾと戦っていたジークはクロウザのもとへと駆け出した。
「カヤタ。ジークを上へあげるぞ」
 ジークベルトには葬角封じの秘策があるらしい。それを成すためには、彼を葬角の上へ向かわせる必要があった。
 有翼獅子である彼の翼は、かつて負った傷がまだ完璧に癒えていない。そのフォローをする為のクロウザであり、カヤタだったのだが……。
「無理です」
「……何」
 即答するカヤタに、クロウザは言葉を失った。
「先程の戦いで、どれだけ力を使ったと思っているのですか」
「……さあ?」
「さあ、じゃありません! 見れば解ります!」
 言われて見れば、甲冑を覆う黒羽根は大半が失われている。飛んでくる角槍の迎撃や、負傷者のフォローでかなり無理をしていたらしい。
「さて、どうしようか」
 既に葬角は天を覆うほどの大きさに成長している。後もう少しで、滅びの槍が降ってきてしまう。
「……上げればいいのか? あんたを、あの高さまで」
 声の方を振り向けば、そこにいたのは炎の棍を持った青年だった。
「いいのですか?」
「何となくだ。……理由なんか、ない」
 それだけ言って、イシェは戦棍を低く構える。
「カヤタ」
「……そのくらいの余力は、あります」
 構えた戦棍を反対側から支えるのは、クロウザと黒羽根の怪腕。
「……ありがとう」
 ジークは戦棍に向けて疾走し。
 跳ね上がる棍と炸裂する炎を踏み台に、天空高くへと舞い上がる。


 ぎし、という異音と共に、葬角の成長が止まった。
 あと一声で、世界は角槍の林に覆い尽くされる。
 その、はずだった。
「何っ!」
 角の結界の内にあるジンカに伝わってきたのは、葬角の上に誰かが舞い降りた衝撃。
 それと同時に突き立てられる、細い槍のような一打。
「ジークベルトか! 貴様ァッ!」
 強い思念が角質の大樹を動かし、その表面から無数の角槍を創造する。それを構成するのは、超獣甲を形作る魔石から溢れ出す、暴走寸前の強烈な魔力。
「まさか、この技まで忘れたとは言わせませんよ……フェーラジンカぁっ!」
 その圧倒的な力が、一瞬で吸い上げられた。
 本来なら半分だけ使われるはずの魔力が、全て。
「貫け!」
「そして打ち砕け!」
 発動の言葉に、新たな言葉が上書きされる。
「葬角ッ!」
 角質の大樹が滅びの雨を降らせるよりも一瞬早く。
「ウィズ・ジャッジメントボルト!」
 角槍の表面を疾走する無数の雷撃が、大樹の構成そのものを打ち砕くのだった。


 打ち砕かれた魔物を蹴り飛ばし、クワトロは舌打ちを一つ。
「ちっ……まだ来るか!」
 相変わらずアークウィパスの裏門である。
 接敵して既に一刻近く経つはずだが、敵の数が減る様子は一向にない。恐らくは他の所からも大量に侵入しているだろう。
「第三十波、続けて三十七波まで来ます!」
「いちいち数えなくていい! 気が滅入る!」
 さらに迫ってくる魔物に双銃のトリガーを引き絞るが、反応がない。
「マスター。弾倉のチャージにあと三十秒必要です」
 言われるよりも早く体が反応。蹴打と拳打に切り替えて、近接間合にやってきた魔物の群れを迎撃する。
 超獣甲の出力があれば、格闘だけでも何とか魔物を退ける事は出来た。
「そっちも限界か……」
 が、やはり銃弾に比べれば手数が足りなさすぎる。
(一時撤退するか……)
 脳裏に、黒い服をまとった少女の姿がよぎる。
 最後に見た表情は怒っていて正視出来なかったな……などとぼんやりと考えたその瞬間。
「あれ? こんなところにいた」
 底抜けにのんきな声と同時に来たのは、一片の容赦もない爆撃だった。
「マチタタ! 戻ってきたのか!」
 爆撃の余波をすんでの所でかわし、空いたスペースを使って間合を取り直す。
 振り返ればそこにいるのは、身長に似合わぬ大斧と場違いなメイド服に身を包んだ、ネコ族の少女の姿だった。
「うん。アリス姫様、優しかったぁ」
 よほど甘えてきたのだろう。表情が、帰る前とは全然違う。
「シーラは?」
 ふと、頭をよぎった少女の事を問うてみた。
「シーラ様には、お食事の合間にちょっと報告しただけだけど。どうしたの?」
「いや、俺の事は何か……」
 言われ、マチタタはんーと思考。
「別に」
 結論が出るまで、三秒くらいだった。
「……そうか」
「マスター。弾倉のチャージ、終了しました」
 だらりと下げられた両手の先で、弾倉の補充を示す機械音ががちゃりと鳴る。
「マチタタ」
 その双銃をゆっくりと持ち上げ、男は静かに呟いた。
「あい」
「まわりの敵、全部薙ぎ払うぞ」
 ゆらり、と男の周囲の空気が歪む。
 ラピス・ラズリの中枢を構成するティア・ハートから溢れ出した力は、構えられた銃の中へゆっくりと流れ込んでいく。
「全力で?」
「……当然だ」
 圧倒的な意志に支えられた獣甲はより強度を増し、クワトロの格闘戦能力を限界まで引き出せる構造へと進化していく。
「はーい」
 それは、難しい命令が苦手なマチタタにしても分かりやすすぎる命令だった。
 だから、少女はあっさりと理解した。
 というか、あんまり考えなかった。
「じゃ、とりあえずいくよー」
「……は?」
 ようやく我に返ったクワトロの背後にあるのは、目を光らせた小娘の姿。
 振りかぶられているのは、少女の身長を優に超える巨大な戦斧。
「いちばん強い人が、敵陣の中であばれてきてくださーい!」
 唯一の救いは、斧の平で叩かれた事くらいか。
「ちょーひっさつー! ちょーじゅーこーだんがーん!」
 ネーミングも、超がつくほど適当だった。
「ちょ!!!! まてっっっっっ!!!!」
 その後、アークウィパスの裏門周辺は完膚無きまでに破壊される事になるのだが、それはまた別の話。



続劇
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