4.虜囚達の輪舞 革命派の本拠地となったアークウィパス。 外郭を構成する迷宮の中程に、半ば崩れかけた石造りの小屋がある。 「ベネ。イーファの調子はどう?」 そう声を掛けたネコ族の娘に、牢の中の少女は無言で首を振った。 イーファは部屋の隅にうずくまったまま。ベネたち相部屋のメンバーにも、表情らしい表情を見せる気配がない。 もっとも、相棒の獣機を失ったそうだから、無理もないが……。 「……そっか。お昼ご飯持ってきたんだけど、食べられそうかな?」 声だけは聞こえているらしい。うずくまった少女は、そのままの姿勢でネコ族の娘の言葉を拒絶する。 「シグ。あんたさぁ、同じ獣機だろ? 何か分からないのかい?」 イーファを連れてきたシェティスの話では、ドゥルシラは奇妙なプレートを一枚残し、光となって消えてしまったらしい。プレートの詳細はイーファが手離そうとしないため、調べようもないのだが……。 ドゥルシラが消えてから。すなわちアークウィパスが陥落して、十日が経とうとしていた。食事や水も全く摂っていないわけではないが、これ以上の無理は命に関わる。 「ベネは自分の体の中の事、全部分かる?」 「……悪かったよ」 珍しく的確なシグの回答に……。 「わーん、ベネがぶったー」 響いたのは、ぼぐ、という鈍い打撃音。 「……何やってんだい、あんたら」 そんな少女達の漫才に掛けられたのは、呆れたような声だった。 半ば崩れた牢屋の壁から、豹族の女が顔を覗かせている。そうは見えないが、グルーヴェ革命派の内政を仕切る、事実上のナンバー2だ。 「あ、雅華。どしたの?」 「マチタタ。客だよ」 呼ばれて入ってきたのは、マチタタと同じネコ族の冒険者だった。 「あれ、システィーナ?」 「ベネ。姉さんを捜してるんじゃなかったの?」 しかし、反応したのはマチタタよりもベネが先。 「何? 二人とも、知り合い?」 「ええ。ベネやシグとは、プリンセスガードに入る前、一緒に冒険していましたから」 意外と言えば意外な関係に、一同は世の中は狭いと苦笑する。 「で、今日はどうかしたの? アリス様から新しい指示?」 「いえ。ムディアさんがココに戻ったので、その間の連絡役をわた……」 瞬間。 凄まじい衝撃音と共に、半ば崩れていた石造りの牢屋は、今度こそ完全に崩壊した。 破砕音も届かない、アークウィパスの最深部。 「なるほど、噂以上の大要塞だな」 男はサングラスを外し、グルーヴェの誇る要塞の威容に感嘆する。 「ええ。別の場所で発掘された装備もかなり搬入されていますから」 見渡す限りの広間には、獣機やその専用装備が所狭しと置かれていた。軍事基地を名乗るだけあり、その規模はただの遺跡であるスクメギとは桁が違う。 現在は、先日の戦闘で失われた獣機の修復と補充が急ピッチで進められていた。 「いざとなれば必要な物だけ持って、施設は放棄してもいいと思っていたが……そういうわけにもいきそうにないな」 喧噪に包まれた周囲を見回し、男は苦笑。 いかんせん、規模が大きすぎる。 「まあ、最終的には放棄せざるをえないでしょうけどね……」 もともと、軍部派に決戦を挑むために占拠した場所だ。初めから、戦いが終われば放棄する予定になっていた。 そんな事を話していると、広間の向こうから雅華が走って来る。 「ジーク! ああ、クワトロも良い所に」 「どうした。マチタタでも暴れてるのか?」 冗談めかして問うたクワトロに、豹族の女はニヤリと笑う。 「分かってるじゃないか。私じゃ手も出せないから、アンタに何とかしてもらおうと思って……」 その笑みに、クワトロは表情を青ざめさせた。 「……マジか」 クワトロ達が慌てて辿り着いたときには、騒ぎはもうあらかた終わっていた。 「うう……。いいなぁムディア。あたしも姫様に会いたいよ……報告する事は何もないけど」 マチタタは倒壊した牢屋の隅にうずくまり、ぼそぼそと何事か呟いている。 「ここさぁ、ご飯はあたしの嫌いなものばっかりだし、砂埃ですぐ砂だらけになっちゃうし、早く帰りたいんだよー……」 「悪かったね、へんぴな場所で」 完全に自分の世界に入ってしまったらしく、雅華の皮肉も聞こえた様子がない。 「……まったく、随分と暴れたもんだな」 白大理石のサラ地と化した牢屋跡を見遣り、クワトロはやれやれと呟いた。 先日の戦いで半壊していた牢屋はおろか、周囲の迷宮すら跡形もない。半径二十メートルの間合は、完全な空白地帯になっている。 「手間を掛けさせたようだな、客人」 「なに。どうという事はない」 クワトロの言葉に静かに呟くのは、黒髪の美女を連れた黒ずくめの男だった。 ベネ達と同じく捕虜として捕まったのだが、クワトロの顔見知りという事で革命派の客分という扱いになっている。 「そちらの二刀流の娘も、なかなかやる」 どうやら、男とベネの二人がかりで押さえ付けたらしい。仮にクワトロ一人で押さえようとしても、到底無理だったろう。 「ああ、みんな揃ってるんですね」 怪我人など出ていない事を確かめた所で、ようやくジークベルトが口を開いた。 「皆さん、ちょっと来てもらえませんか? クロウザさんに、ベネンチーナさん……でしたっけ? 貴方がたも一緒に」 何もない場所となった白い大地に、少女は小さくうずくまっていた。 姉のように慕っていた相棒は、既に亡い。 戦う気力はおろか、動く事さえ億劫だった。 このまま動けなくなってもいい。 そう、思うほどに。 「……何やってんだ、お前」 掛けられた声に力なく顔を上げれば、そこにはいるはずのない顔があった。 相棒を喪う直前まで、共にいた戦友の顔。 「ロゥ……ロゥ!」 思わず涙があふれ、立ち上がろうとして体の制御を失った。 「わ、な、なんだっ!? どした、イーファ」 倒れ込んだイーファを支えきれず、ロゥはその場に倒れ込む。 死にそうな顔で座り込んでいたかと思えば、泣きながら飛び付いてきたのだ。少女の動きは唐突過ぎて、対応しきれない。 「ドゥルシラが……ドゥルシラが……っ」 「え……?」 言われて、彼女の傍らにいるはずの少女の姿がない事に気が付いた。 「そんな……嘘だろ……」 余りの事に愕然とするロゥの顔を、どこからともなく伸びてきた手がぎゅっと押さえ付けた。 「そんな事で、取り乱したり、しないの」 そのまま、小さな手はイーファとロゥの間を力任せに引き離す。 「……え?」 離された自身を支えきれず。その場に尻餅をついたイーファは、呆然と二人を引き離した手の主を見上げた。 イーファの胸元にある銀色のプレートを見下ろし、幼子は静かに呟く。 「ドゥルシラ姉さまによっぽど無理をさせたんだね。イーファ」 「え……?」 幼子の冷たい言葉に、少女は身を凍らせる。 「こんな事より、クロウザと姉様を捜すんでしょ、ロゥ!」 冷たい表情を崩さないまま、ハイリガードは白い平地を後にする。 「お、おぅ……。じゃ、イーファ。また後でな」 少年も軽く手を振り、少女の消えた迷宮の奥へと駆けていく。 「ワタシが……ドゥルシラを……」 「封印機ね、これは」 最初に結論を出したのは、赤兎の肩に腰掛けたカースロットだった。 「照合完了。封印機と推測されます」 次に呟いたのは、クワトロに寄り添うように立つラピス。 「封印機ではないでしょうか?」 「こちらの言葉では、封印機になりますね」 三番目、控えめに言ったのはシスカとクロウザの獣機であるカヤタだ。 そして。 「わかりませーん」 シーグルーネはそう言って、 「この、ばかっ!」 ベネンチーナに殴られた。 「で、それは何なんだ? 結局」 アークウィパスの最深部。一同の目の前にあるのは、床に作り付けられた巨大なユニットだった。 動力炉でもなく、周囲の装置と連動している様子もない。何とも不可解な物体だったが、間違いなく稼働していると言う事で、古代の知識を持つ獣機達に調査の役が回ってきたのである。 「ティア・ハートの獣機結界と同じで、特定の何かを封印する装置よ。この規模からすると、相当大きな物のようだけれど……情報が足りなさすぎるわねぇ、今のままじゃ」 「……そうですか」 そう結論づけるカースロットを横目に、ジークは静かに呟く。 「とりあえず、壊されるとマズいって事か」 だが、この地はこれから戦場になる。しかも、敵の長は桁外れに強力な範囲破壊の技を持っているのだ。 「ジンカの事です。アークウィパスを傷付けるような真似はしないとは思いますが……」 そうは思うが、今のジンカにその良識があるかと問われれば、首を傾げざるを得ない。 アークウィパスの現在の長は、瞳を閉じてわずかに思考。 「ラピス、シスカ。貴方達で、この装置の情報を今日中にまとめられますか?」 「ええ。他の皆さんに手伝ってもらえれば、可能だとは思いますが……」 シスカはそう言い、捕虜や客人達の連れを見遣る。いくら何でも、二人では手が足らない。 「では、それでいいですから明日の朝までにまとめて下さい。マチタタ。その資料を持って、ココに飛んでくれませんか?」 ココにはアークウィパスと源を同じくする大遺跡がある。こちらで分からない事も、向こうの研究者になら分かるかもしれない。 「アリス姫様に渡したら、いいの?」 「お願いします。運が良ければ、封印の正体や対処法も分かるでしょう」 途端に上機嫌になるネコ族の娘に、ジークは微笑。 「では、我々は上に戻りましょうか。シスカ達は、すぐ調査に取りかかってください」 遺跡の地下から戻ってきた男に投げ付けられたのは、強い少年の声だった。 「クロウザ!」 そこに立つのは少女を連れた少年だ。アークウィパスが陥ちたあの日、クロウザは彼に一度だけ会った事がある。 だが、その時には名乗りはしなかったはずだが……。 「……少年か。どうした?」 「聞きたい事……が」 そう言いかけ、少年は言葉を止めた。 視線の先はクロウザではなく、その背後。同じく遺跡の地下から戻った、仮面の男に注がれている。 「……」 しかし、仮面の男と肩の少女は少年を一瞥したきり。 「そうか。彼等の事か」 まるで少年の事など眼中にないかのような赤兎の振る舞いに、クロウザも苦笑。 「……ああ」 「鬼天は我々の国から姿を消した、カヤタと並ぶ最強獣機の一角だったそうだ。当時の駆り手は槐丸という貴人だが……私もそれ以上の事は知らん」 クロウザがカヤタを得た時には、既に『鬼天』は伝説の存在だった。本国最強の獣機に興味が無いわけでもなかったが、実際に巡り会えるとは思っていなかったのだ。 「……は?」 「ん? それが聞きたかったのではないのか?」 ここまで簡単に聞き出せるとは思っていなかったのだろう。呆気にとられている少年の背後へと、ひょいと跳躍。 「いや、まあ、そうだけどよ……」 「別に隠すような事でも……」 「クロウザ様!」 黒髪の少女の声で、青年ははたと思い出した。 この伝承が、一族秘中の秘だった事に。 「……すまんな。一応、我が国の秘事ではある故、他言は無用に頼むぞ」 白亜の遺跡に木霊するのは、漆黒の青年の高らかな笑い声だ。 広い地下空間に残ったのは、二人の男だけだった。 「後継者の関連だろうな、封印されているのは」 「ええ。恐らくは」 クワトロの問いに、ジークは静かに頷く。 カースロットは恐らく知っているのだろう。だが、その場で言わなかったのは、場を混乱させるだけと思ったか、他に考えがあるのか……。 いずれにせよ、分からない事は分かる所から潰していくしかない。 「だが、ジーク。この手の調査なら、マチタタより俺がラピスでスクメギに持っていった方が……」 ふと呟いたクワトロに、有翼獅子の青年は珍しく顔を曇らせた。 「……これ以上彼女を放っておくと、ジンカを迎え撃つ前にここを廃墟にされそうなんですがね」 「……悪かった」 |