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 ココ王家の謁見の間は、大国としては随分と落ち着いた簡素な部屋だった。
「そう。エノク側は我々に一任する、と」
 その王座にゆるりと腰掛けた少女は、謁見者の報告に軽く頷いてみせる。
 白いドレスを身にまとった少女こそが、シーラ・テ・コーココ。大国ココの盟主たる、女王だ。
「はい。そう言えば解る、と」
 目の前に膝を折るのは、シーラのドレスよりも白い翼を持つ少女である。エノクからの公式の書状を持ち、シーラに面会を申し出た冒険者だ。
「そう。承知しました。クラム・カイン」
 冒険者を控えの間に下げておいて、女王はエノク王から宛てられた手紙の封を解く。
 傍らに立っていた妹姫を呼び寄せれば、才媛で知られた少女は無遠慮に手紙を覗き込んできた。
「どう思う? アリス」
 書状は二枚。一枚目はエノク王からシーラに宛てた手紙で、二枚目は……。
 ココ王国に届けられた手紙と、全く同じ内容だ。差出人不明な点や、配達に冒険者ギルドを使った点なども同じ。
「『赤の後継者が、内乱のグルーヴェで暗躍している』……随分とストレートな密告ね」
 恐らくは七王国の各王家に宛てて出された手紙なのだろう。
「罠か、他国の干渉を狙っているのか……」
「まあ、クラトーアやラシリーアは動かないでしょうけどね」
 クラトーアはグルーヴェと隣接していないし、ラシリーアとグルーヴェは国境を峻険な山地で阻まれている。その点を踏まえた上で貧しいグルーヴェを侵略するメリットは、無いと言っていい。
 そもそも、どちらの国もグルーヴェとは縁が薄いのだ。ココとて、赤の後継者の暗躍や事前の小競り合いがなければ、グルーヴェの内乱に干渉などしなかったろう。
「なら、後はセルジーラとタイネスの動きだけか。セルジーラはともかく、タイネスにも誰か出した方がいいかもしれないわね」
「ええ。アテはないわけじゃ無いから、ちょっと頼んでみるわ」
 グルーヴェ誕生と縁の深い西方二国の名を口にして、シーラは大きすぎる玉座に身を沈めるのだった。


「承知致しました、ホシノ様」
 海風の吹く平原で、上等な服をまとった男は莫迦丁寧に頭を下げて見せた。
「我がセルジーラは、その件より手を引きましょう」
 小柄で人の良さそうな中年男だ。聖痕が顔に出ているのか、猿そっくりの顔をしている。
「物分かりのエエ王様で、助かるわ」
 対するのは虎族の中年男。こちらはがっちりとした体つきだが、へらへらと締まりのない笑みが猛虎の風格を台無しにしていた。
 その顔だけ見れば、場末の飲み屋で偶然居合わせた酔客同士……といった組み合わせだ。まさか、それがフェアベルケン屈指のトップ会談だとは、誰も思うまい。
「如何に因縁深いグルーヴェとはいえ、スピラ・カナンの龍王が一任したとあらば……我々に干渉する権利はありますまい」
 猿顔の男の名は、サンクリフ・テデ・セルジーラ。海洋王国として名高いセルジーラ王国の盟主だ。
「さよか」
 そして虎族の中年男の名はホシノ。
 伝説の空中都市スピラ・カナンに座する、七人の王の一人。陸生系ビーワナ全てを統べる、獣の王だ。
「ですが、大タイネスはどう出ますかな。あそことグルーヴェには、我々より深い因縁があります故……」
 タイネスはグルーヴェの東に位置する、フェアベルケン中央部最大の国家である。隣国のグルーヴェとの因縁は、ココやセルジーラの比ではない。
「ああ、タイネスはワイに任せるて」
「ほぅ。左様ですか」
 そんなサンクリフの懸念を一言で片付けたホシノに、セルジーラの猿王は苦笑。
 はるか古代からフェアベルケンを守護してきた獣王の事だ。何か秘策なりツテなりがあったのだろう。
「ワイの心配もエエけど、もうちょっと自分の足元も見た方がええかもしれんで。サンクリフ陛下」
「は? ……はぁ」
 ホシノはそう言うと、不思議そうな顔をして頷くサンクリフの前から颯爽と姿を消すのだった。


ねこみみ冒険活劇びーわな
Excite NaTS "Second Stage"
獣甲ビーファイター
#3 シュライヴの(後編)

7.絶望に至る希望

「さて、どうしたものか……」
 長い廊下を歩きながら、ソカロは一人、思案に暮れていた。
「ソカロ!」
 その青年を呼び止める強い声が、一つ。
 ソカロとしては予想通りの声に振り向けば、やはり予想通りの少女達がそこにいた。
「イーファにドゥルシラか。どうした?」
 一つ予想と違っていたのはハイリガードが一緒にいた事だが、いずれにせよイーファの話題の予想は付いている。
「どうかしたのかじゃないわヨ! 何であんな事したの!」
 やっぱり。
「あの場は、ああでもしないと収まりがつかんだろう」
 それはイーファも分かっているはずだ。
 公人としてのオルタの考えも、護衛としてのフォルミカの言い分も、どちらも理解できる物だ。しかし仮にあの場で言い争ったとしても、論争は平行線を辿るだけだったろう。
 しかもフォルミカはオルタの正式な護衛で、ソカロ達はある意味部外者だ。強引な口出しをするわけにもいかなかった。
 なら、一度間をおいた方が良い。
 心情的にはオルタ寄りだったが、そう思ったからこそ、ソカロは一時フォルミカの考えに従ったのである。
「なら、何とかしてくれるのね?」
「……まあ、な」
 どうするのが最良かは思い浮かばなかったが、ソカロはとりあえずそう答えておく。
 だが、それに続くイーファの言葉はソカロの予想外だった。
「なら良かった。ワタシ達これから出掛けるから、後の事は宜しくネ!」
「はぁ!?」
 言った時には既に三人とも走り出している。荷物の類を全く持っていなかったから、まさか外出するなどソカロも思わなかったのだ。
「そんな、無責任な!」
「こっちも一刻を争うのヨ! もう出るから、メルディアにも伝えといて!」
 角を曲がって一瞬の後、飛翔の轟音が館を震わせた。どうやら中庭でドゥルシラを獣機化させ、そのまま飛び出ていったらしい。
「何の急ぎだ……畜生」
「ソカロ」
 空の彼方を見上げ、悪態を吐くソカロに声が掛けられたのは、そんな時だった。


「おや。君か」
 青年の背後に立っていたのは、オルタ付きの少年だった。顔に傷でもあるのか、目元を仮面で覆ったままだ。
「殿下の部屋に居たんじゃないのか?」
「あの時の三人は、どうしたの?」
 唐突に問われ、質問の意味を理解するのに少し時間がかかった。
「……あァ。あの時の」
 ようやく、戴冠式のココ城での事を思い出す。そういえばこの仮面の少年、ココに入った時の馬車で相席になった少年ではないか。
「俺達も、別にいつも組んでるワケじゃないからな……今頃、どこの空の下にいるのやら」
 その内の二人は同じグルーヴェの空の下にいるのだが、予知能力もないソカロの事、知るはずもない。
「あ、そう」
「で、何だ? 別に、そんな世間話をしに来たわけでもないんだろ?」
 サングラスの下、半目で問えば、傍仕えの少年はあっさりと首を縦に。
「殿下を逃がす。馬車を一台貸して欲しい」
「……いきなり本題か」
 いささか意表を突いた展開に、ソカロは言葉を失った。少年のペースはあまりに独特で、ついていくのが難しい。
「僕達は殿下の意を汲むのが仕事だから。で、無理なの?」
「メルディアに言えば大丈夫だろうが……あのフォルミカをどうにか出来るのか?」
 そもそも、問題はそこなのだ。
 移動手段はメルディアに頼めば確保できるだろう。ソカロはグルーヴェを旅した経験もあるから、案内役も事足りる。
 だが、フォルミカとオルタの間を何とかする手段だけが思い浮かばなかったのだ。
「出来たから、呼びに来た」
「……はぁ?」


「……いやお前」
 その光景を見て、ソカロは呆然とするしかなかった。
「これは、やりすぎじゃないのか?」
 全身を甲冑に覆った人間が、転がっていた。
 胴や腕どころか、兜まで身に付けた完全武装の騎士が、その場に直立姿勢で倒れているのだ。
 ぴくりとも動かないその様子は、中に人など入ってないようにさえ見える。強烈な眠気に、全力で抵抗した証だろう。硬直がまだ抜けていないのだ。
「他に、穏便な手段なんか思い浮かばなかったんですもの」
「……だ、そうだよ」
 仕掛けた張本人達は、悪びれた様子もない。
 フォルミカを除く全ての従者は、全面的にオルタの味方だったとみえる。
「フォルミカには悪い事をしましたが……」
 相手も別に死んだわけではない。ただ眠っているだけだから、穏便と言えば穏便……では、ある。が。
「……で。これやったの、お前か?」
 ソカロが問い掛けたのは、猫を連れた少女だ。
 恐らくは名うての魔術師なのだろう。前にココ城下で会った時、彼女はソカロ達を一瞬でシーレア高原まで転移させている。
 それだけの力を使えば、この黒鎧の騎士を眠らせる事など造作もないに違いない。
 だが、問われたコーシェは無言で首を横に振る。
「わたし、よ」
 手を上げたのはコーシェではなく、フィアーノだった。
「へぇ……」
 蝶の羽根を持つ道化がどんな力を持っているのか、ソカロは知らない。
 ただ一つ知っているのは、相手を強制的に眠らせる能力など、魔法以外に存在しないという事だけだ。よほど特殊な幻獣ならともかく、普通種で眠りの聖痕を持つビーワナなど、いるはずがない。
 そして眠りの聖痕を持つ幻獣など、冒険者のソカロでさえ耳にした事がない。
「ほらほら。今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょう。行くなら早く行きなさい」
 一同の不思議な沈黙を破ったのは、ポケットから鋼の鍵を取り出したメルディアだった。
「メルディアは?」
 ふと、オルタが問う。
 彼女はこの場にいる皆でコルベットに向かうと思っていたのだ。メルディアの物言いでは、彼女一人だけが残るようではないか。
「フォルミカ卿が起きた時、弁解する者が必要でしょう? 本来ならイーファあたりに押し付けたい所ですけれど……」
 イーファはハイリガードを連れ、どこかに出掛けしまったらしい。こんな面倒ごとを城の者に押し付けるわけにもいかないから、彼女自身で何とかするしかなさそうだ。
「ですから、これをお返しします」
 薄く笑い、鋼の鍵をオルタに渡す。
 ウォード達が乗ってきた馬車の鍵だ。
「……感謝します」
 差し出された鍵をそっと受け取り、少女の小さな手を柔らかく握り返す。
「殿下」
 ふと、メルディアの声が硬さを帯びた。
「このグルーヴェの内乱、裏から糸を引いている輩が居ます。この先ワタクシ達が本当に戦うべきは、そいつらでしょう」
「その者達の名は……?」
 オルタの問い掛けに一瞬迷ったが、メルディアはあえてその名を口にした。
「『赤の後継者』」
 それ以上は口にせぬ。今は味方である彼等の名を出しても、余計な動揺を与えるだけだと理解しているからだ。
「赤の後継者……不吉な名ですね」
 赤い泉に通じる銘。
 グルーヴェの歴史は、赤の名を持つ存在との戦いの歴史でもある。オルタにとっても、その名は凶兆以外の何者でもない。
「その時は皆、頼みますよ」
「御意」


 馬車は、砂煙を上げて街道の彼方に消えていく。がらがらという車輪の木霊も消えた頃、メルディアの背後から静かな声が投げられた。
「殿下はコルベットに向かわれたか」
 フィアーノは半日は目覚めないと言った。しかし、そこは貴人の護衛。魔法の眠りも完全な効果を現さなかったらしい。
「お早う。とても上手い狸寝入りだったわね」
「褒められても嬉しくはないな」
 鋼の兜の中から聞こえるのは男の笑い声。
 不思議な事にフルフェイス独特のくぐもった響きがなかったが、さしものメルディアもそこまで気付く余裕はない。
「で、どうするの? 彼女達を追いますか?」
 馬を駆れば、フォルミカが馬車のオルタに追い付く事など造作もないだろう。半日進めば街道の分岐にも入れるが、出発直後ではかわしようがない。
 だが、意外にも黒鎧の騎士の反応は淡白な物だった。
「別に。後はシェルウォードやヴルガリウスがやるだろう。我々の出番はここまでさ」
「……ウォードも!?」
 ヴルガリウスはともかく、今までのウォードの行動は、ごく普通の侍従と大差なく見えた。
 そんな輩まで赤の後継者で固められているというのか。オルタ・リングの周りは。
「我等もあ奴が何を考えておるのか知らぬ。が、我々の予想が正しければ、理想通りの展開になるだろうな」
 それが不穏なものというのは容易に予想が付く。そして災禍の中心に、オルタ・リングの姿があるという事も。
「殿下をどうするつもり!?」
「アーク・ルゥ・イング・ウィパスの娘は光、だよ。我々にとってのね」
 それはフォルミカ達にとっては大事な名前なのだろう。その名を呼ぶ騎士の声は、どこか悦びを秘めている。
「アーク……オルタ様のお母様?」
 オルタは妾腹の娘だ。その母親は、先代グルーヴェ王アインが旅先で見つけてきた街娘だったらしい。
 メルディアの生まれる前の話だが、そのスキャンダルは狭いグルーヴェの社交界で随分と話題になったのだという。
「随分饒舌ね」
「あまりにヴルガリウスの思い通りに進む故、多少気分が良くてな」
 それに、と黒鎧の騎士は言葉を連ねた。
「貴女には、ここで消えてもらうのだから」
 最後の言葉に連なるのは瞬速の踏み込み。それと同時に、鎧に覆われた手刀がメルディアを直撃する。
「グレシア! 超獣……」
「遅い!」
 それは、メルディアがパートナーを呼び寄せるよりもはるかに迅い一撃で……。
 暗転するメルディアの意識に最後に届いたのは、フォルミカとは違う男の叫び声。


 瞳に最初に映り込んだのは、白い天井だった。
 ぼうっとしたままのメルディアの意識に、柔らかい声が掛けられる。
「気が付いた?」
 聞いた事のない少女の声だ。グレシア達メイドの声でもなければ、イーファやオルタの声でもない。
「ここ……は?」
 そう問うてから、天井を向いたままだった頭を横に向ける。
 落ち着いた配色と見慣れた調度を確かめて、レヴィーの一室だとようやく理解した。
「ご主人! 心配したで!」
 そして、聞き慣れた侍従の声。
「グレシア……大丈夫よ」
 ベッドサイドに寄ってきた涙目の娘にそっと手を伸ばし、長い髪を柔らかく撫でてやる。
 そうしているうちに、気を失う前の状況がゆっくりと浮かんできた。
 オルタを送り出し、フォルミカと対峙して、超獣甲をしようとした所で……
「そうだ。フォルミカは?」
 フォルミカに一撃を食らい、気を失ってしまったのだ。
「鎧を着た後継者だったら、私の連れが倒したわ。倒した瞬間、煙のように消えてしまったけれど」
 疑問を補足したのは聞いた事のない声。顔を向けてみれば、見た事のない少女がそこにいた。
 メルディアより少し年上だろう。短い金髪の、ネコ族らしい娘だ。
「そう……ありがとう」
 グレシアが警戒していないという事は、たぶん味方なのだろう。
「もう少し眠った方が良いわ。メルディア・レヴィー」
「そうもいかないわ」
「オルタ姫なら、フェーラジンカの本陣に着くのは明後日を過ぎてからでしょう」
 レヴィーからコルベットまで、どれだけ急いでも馬車なら二日以上はかかる。だが、グレシアの機動力なら数時間でコルベットまで辿り着けるはずだった。
 しかし、それを知っていてなお、メルディアは首を横に振る。
「貴女が何者か確かめてからでないと、眠れないわ」
 後継者の名を知っている以上、少女はただの通りすがりではないはずだ。そもそも辺境のレヴィーには、通りすがりの旅人など迷い込んでこない。
 少女はメルディアの問い掛けに、はぁ、とため息を一つ。
「……尋問ならここで受けてあげるから、せめてベッドでなさい。ね?」
 呆れ顔の少女と心配そうなグレシアを交互に見て、メルディアはベッドの中から最初の問いを放った。
「なら、まず名前から」
「……アイディ・ルフェル」
「偽名はいいから」
 ふぅ、とアイディはため息を一つ。
「ムディア・クルトイントスタッフ。多分、貴女と道を同じくするもの、よ」



続劇
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