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4.三者三様の選択 望郷者の至る道

 グルーヴェの街には塔が多い。
 それは塔の街と称されるグルヴェアだけでなく、地方の街でも同じである。大抵の街は、塔を中心に街が構成されていると言っても過言ではない。
 そんな塔の一つに作り付けられた螺旋階段を、小さな灯りがゆらゆらと下っていた。
「せやなぁ……。まあ、兄サンの考えも分からんでもないからなぁ」
 灯りを持つ一団の先頭は、眼鏡を掛けたメイド服の少女だ。明り取りの窓すらない長い階段を、不安な様子なく歩いている。
「従者の心、主知らず、ですわね」
 彼女達の間に伝わる有名なことわざをおっとりと口にしたのは、しんがりを務める少女だ。こちらも先頭と同じメイド服を身に付けている。
 どちらもレヴィーの家に長く仕えたメイド。この陰気な螺旋階段も、二人にとっては慣れた道なのだ。
「……ロゥ、バカだよね」
 そしてぽつりと呟いたのは、二人の間にいた幼い娘だった。
 ハイリガードである。
 投獄されたロゥからイーファに預けられた彼女は、フェーラジンカの干渉を避ける為ここレヴィーの地に連れてこられていた。
「ただ、そういうバカな主に仕えるのもウチらの仕事やしなぁ」
 頭に浮かんだ誰かの姿を思い出し、二人の少女は口々にぼやく。
「必ず機会はありますわ。変化があれば、ベネンチーナ様やイシェファゾ様も連絡を下さるそうですし。それに……」
 短気な彼女達の主も、動きがあるまで黙っていようはずがない。今も状況を少しでも良くしようと、あちこちを飛び回っているのだから。
 そんな事を話しながら歩いていると、螺旋階段の最下層に辿り着いた。目の前にあるのは、少女達の倍ほどもある大扉だ。
「だから今は」
 足を止め、うつむいたハイリガードを、ドゥルシラは背中からそっと抱きしめた。
「機会を待って、準備する時や」
 その言葉と共に、グレシアが扉を開く。
「ここは……」
 扉の向こうにあったのは、光に包まれた広い空間だった。そこに広がるのは、このフェアベルケンにも数えるほどしか無いはずの施設。
「整備場!?」
 獣機の整備施設が、レヴィー家の地下空間に広がっていたのだ。
「イファやメルディア様も知りませんの」
 少女が、幼子の耳元にそっと囁く。
「私達だけの、秘密の部屋」
 先代のレヴィー家当主が二人を引き取った際、アークウィパスから極秘裏に持ち込んだのだという。もちろん、公になれば大問題だ。
「アンタもだいぶ無理しとるしな。少し、ここで休んで行き」

 グルーヴェの街には塔が多い。
 それは塔の街と称されるグルヴェアだけでなく、地方の街でも同じである。大抵の街は、塔を中心に街が構成されていると言っても過言ではない。
 いや、正確に言おう。
 グルーヴェの街は、古代遺跡である『塔』のある地を中心に建てられる事が多い。
 そんな塔を中心に作られた典型的なグルーヴェ都市、コルベットの中央塔に、二つの声が響き渡った。
「「オルタ姫を、レヴィーに招くと?」」
 全く同じ声質、全く同じ台詞回し、全く同じイントネーション。唯一の違いは、来客の左右に立っているその一点のみ。
 立ち位置にズレがなければ、ステレオ音声ではなく完全な一つの声として聞こえただろう。
 この二人組こそが、南方コルベットの長、コルベット双公爵である。
「はい。この後、オルタ姫を狙うフェーラジンカがコルベットを攻める事は必定。ならば……」
 内密にオルタを安全な所に避難させ、もしもの時に備えてはどうか。そう、来客の少女は提案したのである。
 レヴィーは現在、グルーヴェの中立派に位置している。確かにフェーラジンカも、そんな所にオルタが避難しているとは思うまい。
「「成程。貴女は、フェーラジンカめに私達が負けると……」」
「そ、そのような事は……」
 冷笑する二つの影に、レヴィーの使いは慌てた声を上げる。
「それは、閣下が一番ご存じの事ではありますまいか?」
 だが、その少女の慌てを、後に控えていた青年があっさりと両断した。
「ソ、ソカロ!?」
 コルベット公はグルーヴェでも有数の貴族主義者だ。格下、それも侍従程度に意見されては、どんな反応を示すか分かったものではない。
「「……確かに。我々の兵力でフェーラジンカを下す事は、非常に困難」」
 しかし、意外にも貴族主義者は現実を現実として直視できる人物であった。
 獣機部隊を主力とし、十分な歩兵も備えるフェーラジンカ軍は、紛う事なきグルーヴェ最強の戦力である。反面、コルベットに駐屯する戦力は、衛兵やミクスアップ軍の残党を主力とした歩兵中心。
 誰がどう見ても、戦いになる相手ではない。
「「力でしか物事を解決できぬ野蛮人に、一泡吹かせる方策を採るのも良いでしょう」」
「では……」
「「ですが、一つ約束なさい」」
 顔を上げた二人の使者に、二人の公爵はいつもの威厳で凛と言い放つ。
「「メルディア・レヴィー。貴公らには、殿下の身を絶対に護って頂きますよ」」
「この命に替えましても」


 鍵の開く小さな音に少女は祈りを止め、伏せていた顔を上げた。
「オルタ様」
 格子の窓から差し込む光は浅く、昼食の時間にはまだ早い。
「コーシェ。どうしました?」
 思った通り、入ってきた娘は何も持っていなかった。いつも通り猫を一匹連れているだけだ。
 謹慎中のオルタに用もなく会う事は禁じられているはずだが……。
「お出かけ、だそうです」
「他の皆は? 私一人?」
 問うてから気が付いた。コルベットともあろう者が、彼女一人で外出させるはずはないと。
 それに、
「……それに、何処へ?」
 聞くべき事がもう一つあった事を。
「レヴィー候のお屋敷だそうです。私とフィアーノ、後でウォードとフォルミカ様も来るそうです」
 何も分からず不安げだったオルタの表情が、それを聞いて僅かに和らぐ。
「レヴィー? そう、皆も一緒なのね」
「ご存じで?」
「先日の戦いで私達を助けてくれた獣機があったでしょう。彼女が、レヴィーの者だわ」
 レヴィー領は中立で、そこに属するメルディアとはわずかながらも面識がある。全く知らない者の所に行くよりは、はるかに気楽な仕事だ。
「それでは、準備をお願いします。部屋の荷物はフィアーノが支度をしていますから」
「ええ。分かったわ」
 もともと修道女であるオルタには手回り品もほとんどない。半時も掛からずに準備を終え、旅装を整える。



続劇
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