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2.三者三様の選択 勝利者の進む道

 傭兵の詰め所に顔を見せたイーファは、中の騒ぎを一目見て首を傾げた。
「何やってるの? あれ」
「ああ。いつものことだよ」
 入り口あたりで笑いながら騒ぎを眺めているのは、豹族の美女だ。
「へぇ……」
 女の名はベネンチーナといったか。傭兵の仕切り役だと紹介された彼女が笑っているくらいだ。大した事はないのだろう。
「でも、子供のケンカね。あれじゃ」
 そう言ってイーファは苦笑する。口論を初めから聞いたわけではないが、恐ろしく低レベルな言い争いのようだった。
 イーファ自身もまだ未熟者という自覚はあるが、あんな言い争いをする段階はとうに卒業している。
「そう……ですね」
「ドゥルシラ。どうかした?」
「いえ、別に」
 なぜか視線をそらす従者を放って置いて、目の前の言い争いに意識を戻す。
「何が邪魔よ! あたしがいないと何も出来ないくせに!」
 叫ぶのは年端もいかぬ少女。
「バカか。獣機結界があっちゃ、お前だって何も出来ないだろ」
 言い返すのはまだ若い少年。
 獣機と駆り手の言い争いだ。無論、ハイリガードとロゥである。どうやら昼間の騒ぎの時の働きを話題にしているらしい。
「なら超獣甲すればいい……じゃ……」
 イーファの隣でドゥルシラが息を飲むのが分かった。ハイリガードも言いかけて気付いたのか、その言葉を最後まで言い切れない。
「……ハイリガード」
「分かってるわよ。言ってみた……だけじゃない」
 怒りの声と入れ替わるように漏れ出る嗚咽に、ロゥも続ける言葉を失ってしまう。
「ロゥ。この子はアタシが見といてあげるから、キミは将軍の所に行ってきたら?」
 これから出撃前の晩餐会がある。将軍達上層部の集まるその会に、ロゥは特別に招かれていたのだ。
 先刻の黒い獣機使いの迎撃が評価されての事である。
「……お、おう」
 イーファ・レヴィーは獣機使いであるし、女の事は女同士に任せた方がいいのかもしれない。
 それに、ロゥはこれから……。
「あんた。そいつの事、頼むな」
「え? ええ」
 妙に真剣なロゥの言葉に、イーファはとりあえず頷いてみせるのだった。


 半刻後。
 晩餐会の会場は凍り付くような緊張に包まれていた。
 式典の隙を突いた焼き討ちで糧食を失い、王党派討伐の遠征が一週間遅れるという報告があったからではない。それに関しては、晩餐会の前に兵達には通達済だった。
「……何だと? もう一度言ってみろ」
 顔を青くする士官の上を通り過ぎたのは、ジンカの静かな声。質問をもう一度求める言葉を放つ、グルーヴェでただ一人残った将軍の声。
 彼に意見できるような者はこの場には居ない。
 はずだった。
「どうして、議会派の爺さん達を処刑しようとしたんだ、と言ったんだ」
 ただ一人、ロゥを除いて。
「貴公も、私の演説は聴いていたと思ったのだが?」
 第二のミクスアップを生み出さぬために。
 いずれできる新たな元老院に禍根を残さぬために。
 そのために、古い闇を消し去ろうとした。
「以前のあんたなら、こんな事はしなかったはずだ。それが、何で……」
 それはこの場にいる誰もが問い掛けたい質問だった。だが、それは同時に、この場にいる誰もが問えぬ質問でもあった。
「ロゥ・スピアード! 場をわきまえよ!」
 ついに場の空気に耐えかねたか、将校の一人が立ち上がって叫んだ。
 その声で呪縛が途切れたか、外にいた警備兵達も中へと雪崩れ込んでくる。
「今までならいつでも聞けたさ! けどよ、最近は傭兵の詰め所にも顔出さねえじゃねえか!」
 兵士達に押さえられながらもロゥは問いかけを投げ付けるが、答えが返ってくる事はない。
「答えろ! フェーラジンカ・ディバイドブランチ!」
「……貴公を営倉処分とする」
 ただ、その一言だけが、ジンカの口からこぼれ落ちた。
 営倉とは、アークウィパスにある軍事監獄の通称である。それはすなわち、王都にある主力部隊からの除名と同義であった。
「それがお前の答えか! フェーラジンカ!」
「アークウィパスへの護送任務はベネンチーナ・ロッシが適任だろう。連れて行け」
 軽く手を振って指示を与えれば、兵士達はロゥを連れたまま姿を消す。
 後に残るのは、ロゥが来る前と同じ晩餐会の景色のみ。


 一団の先頭を歩きながら、イシェはやれやれとぼやいた。
「ロゥ。何であんな事を……」
 功を労されて呼ばれた晩餐会で、あの騒ぎ。大人しくしておけば、何の問題もなかっただろうに。
「確かめたかったからに決まってるだろ」
 あまりに単純な理由に、もう笑いも出ない。
 気持ちは分かるがやり過ぎだ。
「昼間の功績がなきゃ、殺されても文句言えんぞ。あれじゃ」
 もっとも、その功績が無ければ、あの場には呼ばれなかったのだが……。
 長い螺旋階段を下り、塔間の吊り橋を渡り、さらに階段を下った所で目指す場所にたどり着いた。預かっていた鍵で錠を開け、懲罰房の分厚い扉を押し開ける。
 ロゥはイシェに逆らう様子もなく、部屋の中へ。
「……ハイリガードは槍の姉ちゃんに預けてきた」
「それで、あのケンカか……」
 すれ違いざまの会話に、イシェの口元にようやく苦笑が浮かび上がった。
「まあ、な」
 その言葉を残し、懲罰房の扉は重い音を立てて閉じられる。



続劇
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