9.泥沼の結戦 ぎし。 ぎし。 ぎし。 世界は、鈍い軋みの音に覆い尽くされていた。 無数の角槍で構成された森と、粘り着く血の臭い。葬の名を冠された魔槍が等しくもたらすのは、死の一文字だけだ。 「く……っ」 血の滲む脇腹を押さえつつ、ムディアはゆっくりと立ち上がった。 (何なの、今の……) 見回せば、周囲の光景は今までと全く変わっていた。見通しの良かった平野は金属とも生物ともつかない物体で作られた槍林に覆われ、僅か先の様子さえ分からない。 確か、槍が降る直前に敵の襲撃を受け、部隊はバラバラになってしまったはず。ムディアが何とか一緒だったのは……。 「そうだ。アルジオーペ!」 行動を共にしていた美女の事を思い出す。とっさに自分の鎖を使い、護ってはいたが……。 「ムディア。無事かしら?」 名を呼べば、当人の声が槍の向こうから聞こえてきた。 「良かった。無事なのね!」 手元の鎖を腕に巻いて槍を叩けば、魔力が失われつつある構造物は意外と脆いようだった。 腹の痛みを堪えて数撃打ち込めば、ガラガラと崩れ落ちる。 「アルジオーペ! だいじょ……」 槍の向こう側にいた女は確かに無事だった。滅びの槍は手前で遮られたのか、ムディアと比べても傷一つない。 無数の魔槍はムディアの鎖、 「ええ。お陰様で、ね」 そのはるか先に展開した白い蜘蛛網によって、絡め取られているではないか。 「……まさか」 蜘蛛糸を放ったのが誰かなど、確かめるまでもなかった。 「賢い貴女にいつ気付かれるか、楽しみだったのだけれど……。残念ねぇ」 美女はくすくすと嗤い、痛みで崩れ落ちたムディアの躯を優しく抱き留める。 蜘蛛糸を放った、六本の腕で。 「自分の力で防げるなら、まずは自分の身を守ればいいのに」 耳元にそう囁きかけ、そっと地面の上へ。 それ以上何かする気はないのか、天上の槍へ蜘蛛糸を放ち、アルジオーペは移動を開始する。 後に残されたムディアはただ一人、静かに唇をかみしめるのだった。 「総員、聞け」 静寂の世界。貫かれ、崩れ落ちたヴァーミリオンの通信機から、男の声が響いた。 「ミクスアップは討たれた。総員、掃討戦に移行せよ」 グルーヴェ軍将軍、フェーラジンカ・ディバイドブランチの声だ。 「右翼はオルタ・リングの確保、左翼は革命派の殲滅を継続せよ。以上!」 「だ、そうよ?」 通信を終えた機械を放り捨て、六本腕の美女は悠然と微笑む。 「やれやれ……ミクスアップは脱落か」 葬列の翼が放たれたのはミクスアップのいた所、議会側の本陣だった。そこを中心にこんな技を使われては、議会側の中枢は残ってもいないだろう。 「ヴァーミリオンとブラディ・ハートを持ち出した割には、お粗末な結果ねぇ」 くすりと嗤い、無数の角槍に貫かれた黒鎧の騎士の顔をすぃと撫でる。男の側は動く事もできず、女にされるがままだ。 「君はクルラコーンを持ち出しただけ、だったかね……」 幾本もの槍に貫かれているというのに、フォルミカの躯からは一滴の血も流れていない。ただ、透明な体液がいくらか滴るだけだ。 「その話、詳しく聞かせて貰えないかしら?」 がらがらと崩れ落ちた柱の向こうから姿に見せたのは、一人の少女だった。 片手には燃えさかる炎、反対の手には紅い魔石のはまっていた長剣を提げている。過去形なのは、石の収められていた場所が空洞になっているからだ。 「この前譲ってもらった剣なんだけど、この槍の雨の影響で壊れちゃったみたいなの。新しいの、くれないかしら?」 役立たずになった長剣を放り棄て、無邪気に問い掛ける。まるで、子供が菓子のお代わりをねだるように。 「あらあら。不良品だったみたいねぇ」 今頃は他のブラディ・ハートも同様にその力を失っているだろう。そうなれば、獣機を持っていない議会派の兵士達に勝ち目はない。 「製造元を教えてもらえれば、自分でもらいに行くのだけれど?」 茶化す美女を横目に、少女は右手の炎をすいと振りつつ問い掛ける。 「じゃ、お客さんが来たようだから、行くわね」 「ああ、後は君とヴルガリウスでつぶし合えばいいさ」 糸を放ってその場を離れた美女を見送り、黒鎧の騎士は静かに少女へと答えた。 「残念だが、丁重にお断りさせてもらおう」 「全く……何なのよ、一体……」 さして硬くもない柱を蹴り破りながら、ミーニャはやれやれとぼやいた。 戦場をうろついていると、いきなり頭上から突撃槍の雨が降ってきたのだ。力任せに打ち落としたのは良かったのだが、元々分からない方向感覚が完全に無くなってしまった。 今も適当に進んではいるものの、どこに向かっているのかさえ分からない。 「えいっ!」 気合と共に蹴り破った先は、広い空間だった。 がらがらと柱が崩れ落ちる崩壊音に続き、何かが燃え上がるような強い音が響く。 「誰かいるの? おーい!」 「あら。お久しぶり」 呼びかけに応じたのは、誰かどころか知った顔だった。 「貴女も赤の後継者退治?」 炎を使ったのだろう。いまだ白煙の昇る右手を軽く振りつつ、宿敵は世間話でもするような調子で声を掛けてくる。 「いや、そうじゃないけど……ってミンミ! 何でアンタがこんな場所に!」 「私はちょっと陰謀があってねぇ」 その言葉に、ミーニャの本能が反応した。 「陰謀!?」 考えるよりも速く右手が動き、対峙した少女をまっすぐに指差す。 言葉も自然と突いて出た。 「何だか知らないけど、ボンバーミンミ! あなたの陰謀はアタシが止めてみせる!」 本来の目的の事はあまり、頭の中になかった。 「ええ。楽しみにしているわ、シューパーガール!」 刻を同じくして、少女達も軍部の兵士達に詰め寄られていた。 「貴公、オルタ・リングだな」 少女三人に対し、兵の数は数十人。しかもその全てが完全武装である。 「我々と一緒に来て貰おうか」 だがそんな中で伸ばされた手を、中央の少女は小さな声ながらも振り切った。 「……嫌、です」 「何だと!? ……痛ッ!?」 二度目に伸ばそうとした男の手は、見えない衝撃に弾かれる。男の金属鎧に走る真空の斬撃創は、風の結界に触れた証だ。 「オルタ様が、嫌だって言ってる」 呟いたのはオルタの右に控えるフードの少女だった。伸ばした右手に構えられた短杖が、彼女が魔術師である事を示している。 オルタを護るように張られた結界の主は、間違いなく彼女であろう。 「この餓鬼ッ! ……がああっ!」 しかし、その彼女にさえ兵士の手は届かなかった。 何が起こったかその場に崩れ落ち、荒い息を吐き始める。 「……今日は止めないのね」 コーシェにそう問うたのはオルタの左に控える女。蝶の姿を模した羽根を持つ、道化である。 「オルタ様を、護る為なんでしょ?」 苦しみ悶える兵士を冷ややかに見下ろす彼女を、コーシェは一言も咎めはしない。 「それに……」 それどころか、自らの風の結界を広げ、フィアーノをも取り込んだではないか。 「もっとすごいのが、来るから」 そう言った瞬間。 コーシェの風の結界を、強烈な衝撃が襲いかかるのだった。 横殴りの衝撃は光矢の弾幕。その弾幕の影から現れた巨大な影は、一騎の獣機である。 軍部派の新手かと後ずさるオルタだったが、掛けられたのは敵意のある声ではなく、純粋な驚きの声だった。 「オルタ様! どうしてこんな所に!?」 若い娘の声に見上げれば、操縦席のある場所からグルーヴェの軍服に身を包んだ少女が姿を見せている。 「貴女は?」 「レヴィー伯爵家が一子、メルディア・レヴィーと申します」 まだ警戒の取れぬ声で問うてみれば、獣機の少女からは軍属ではなく、貴族としての名乗りが返ってきた。 「レヴィー家の方ですか」 王宮にいた頃、何度か聞いた事のある名だ。コルベットの授業でも、現在はどこの派閥にも付いていない主要貴族の一つとして教えられている。 「はい。先程の通信を聞き、急ぎ参じました」 少なくとも、明確な敵というわけではないようだ。 「我が一門の者がフェーラジンカの獣機隊を足止めしております。お早く、撤退を」 「しかし!」 そんなメルディアの言葉に、オルタは珍しく反発した。 自分はこの戦いを止めに来たのだ。自分にも何かできることがあるなら、それを成し遂げてから去りたいと思う。 「いや、ここはレヴィー卿の言う通りに御座います。殿下、お早く撤退を」 そんなオルタの意志に反し、メルディアの言葉に賛意を示したのは頭上からの声だった。 見上げるばかりの禿頭の武人。 「ヴルガリウス!」 「貴方!」 その禿頭を見、思わずメルディアも声を上げた。慌てて近矢を構え、光の矢を引き絞る。 「シーレアでは世話になったな。が、ここはすまんが休戦と願いたい」 目の前の武人はシーレアで相打った六本腕だ。 しかし、その前に立つオルタは、彼に対して一部の警戒心も見せていない。 「ご主人!」 グレシアの声に、ぐ、と唇を噛む。 今なら倒せる。身長差があるから、オルタに当てぬ自信も、ある。 「……仕方、ないわね」 だが、その弓をメルディアは射なかった。代わりに近付いてきた獣機の一騎に放ち、時間を稼ぐ事に専念する。 「絶対に殿下を護りなさいよ!」 「応!」 強い巨漢の言葉を残し。ヴルガリウスが切り開いてきた道を逆に辿り、オルタ達はその場を後にする。 もともとは戦場の最外縁に位置する場所だ。わずかな部隊さえ抜けば、脱出自体は容易い。 「メルディア! オルタ様は?」 ソカロとイーファが合流したのは、そんな彼女達が脱出して暫くしてからの事だった。 「ええ。無事に下がられたわ……」 「くぅ……っ」 鈍く痛む頭を振りつつ、ロゥは天を見上げた。 「何で俺は……こんな所に立ってんだ?」 かざした手の先には巨大な光の盾が浮かび、大地を襲うはずだった角槍の全てを押し止めている。 盾を生み出した左手を覆うのは、獣機と同じ純白の軽甲冑だ。同じく装甲に覆われた脚のはるか下は、角槍の襲撃を免れた兵士達の姿が見えた。 「ロゥ! 力入れて!」 「お、おう!?」 状況が理解出来ぬまま、心の中に響くハイリガードの声に従い、力を込める。 「なあ、何で俺、こんな所にいるんだ!?」 「ジンカ将軍のレベル3を防ぐんでしょ!」 ハイリガードは当然というふうに答えるが、ロゥには全く理解出来ない。 「はぁ? なんでこの攻撃がジンカのなんだよ!」 フェーラジンカは味方、それも指揮官のはずだ。その指揮官が味方を攻撃するなど、少年の理解を超えている。 「ジンカ将軍が暴走しちゃったんだから、知らないわよ!」 そう言われて、半分だけ理解できた。ロゥ自身も一度、機嫌を損ねたハイリガードを暴走させた経験があるからだ。 だが……。 「で、そんな大事な事を何でこの俺が忘れてるんだよ!」 ロゥ自身、頭が悪いという自覚くらいはある。しかし、そんな重大事、それもほんの少し前にあった事を忘れるほどバカではない。 「あたしに……聞かないでよ」 苛つくロゥに答えた少女の声は、どこか非難されたような悲しさが籠もっていた。しかし、状況に混乱するロゥにそこまで気付くほどの余裕はない。 「もう、大丈夫よ」 「……ああ」 単身での浮遊に心での会話。そして理解出来ない戦況。違和感ずくめの状況に混乱を覚えながらも、ゆっくりと光の盾から手を離す。 その瞬間、盾を突き破ってロゥの元に飛び込んでくる影があった。 「なっ……お前!」 直線的な翼に、まとう鎧と同じ白銀の長髪。白銀の甲冑の中、下にある軍衣の色だけが闇のように黒い。 細身の槍で葬角の森を突き破ってきた超獣甲は……。 「シェティス!」 「ロゥ!? どしてこげな所に!」 さすがのシェティスも驚きを隠せない。ロゥはココの温泉村にいるはずではなかったのか。 「ココ絡みの傭兵の仕事でな。今はジンカ将軍の所にいる」 「そうか……」 問い掛けに答えたロゥに、銀髪の美少女は下げていた長槍を構えた。 「……こりゃ、どういう意味だ?」 向けられた槍に、ロゥは眉をひそめる。 「ジンカの命令を聞いていなかった訳ではあるまい? ロゥ・スピアード」 強く問われた言葉に、少年は答える術を持たぬ。シェティス達革命派の討伐命令が下されているのは、ロゥも聞いていたからだ。 (……討伐命令は覚えている? じゃあ、忘れているのはジンカの暴走の事だけ……?) だが、ロゥにシェティスへの敵意はないのは、彼女も分かっているはずなのに。 そんな彼と彼女の関係を示すかのように、角槍の森が少しずつ崩れ始めていた。 崩れ始めた葬角の森の中、男が立っている。 「アンタ……大丈夫か?」 傍にいた兵士が声を掛けるのも無理はない。 男の異形を構成する黒羽根の腕は喪われ、体を覆う鎧のあちこちにもひび割れが走っている。これで息をしていなければ、死んでいるかと思うほどの損傷だ。 全ては角槍の雨を撃ち落とし、防いだ為。 まとう黒羽根を触れる者全て断ち切る刃と成す、クロウザの最終奥義である。 「心配は無用だ。迅く逃げろ」 そんな切り札を惜しげもなく切り、反動で創痍となった姿でも、男は弱者を案じていた。 「見つかれば、斬られるぞ……」 崩れゆく角槍の向こう。 紅の大地に立つ、赤い超獣甲を目の当たりにしていたが故に。 「麒天」 クロウザの体から漆黒の鎧と黒羽根がはがれ落ち、巻く風に澱み固まって少女の姿に変わる。あちこち破れた服に覆われた肢体に優しく掛けられたのは、刃の嵐の中でも形を失わぬクロウザの黒外套だ。 「クロウザ様……」 ほつれた髪で弱々しく見上げれば、そこに立つのはいつもの青年の姿。 「無理です。そのお身体では」 しかし、カヤタには分かっていた。 青年が立つだけでやっとの体である事を。 「私は知りたいのだ、カヤタ」 それでも青年は双の拳を握り、両の脚で大地を踏みしめていた。 対の瞳は目の前に。血の海の上に立つ超獣甲を、単騎で静かに見据えている。 「あの修羅の、真の心を」 男の闘気を感じたか、赤い孤影も一振りの巨大な刃を一挙動で振り上げる。 片腕一本で掲げたその姿は、一撃必殺の奥義の構え。双の魂を重ね合わせた破壊の極み。 「我は赤兎。獣機の銘は、カースロット」 「ならば赤兎。塵風のクロウザ、参る」 それ以上は互いに無言。 「クロウザ様!」 カヤタの悲鳴を引金に、朱と黒の影は大地を蹴り。 正面から、激突した。 振り下ろされた剣を打ち砕いたのは、横殴りに振り抜かれた鋼の銃身だった。 「数が……多いな」 そうぼやきつつ、振り抜いた銃が直線に伸びきった所で撃つ。引き金を引いた動作音は一つ、放たれた弾丸は三つ。 三点バーストの重撃が撃ち抜くのは、倒れたままのジークベルトに伸びた軍部派獣機の巨大な腕だ。飛ばされ、くるくると舞う銀色の腕に向けて加速・接敵し、蒼い鋼の蹴り一つ。 新たに迫り来る騎兵達に巨大な腕を蹴り込んでおいて、二丁拳銃を同時に射撃、両腕を喪った獣機の頭を吹き飛ばす。 半瞬の間が空いた所で、空になった弾倉に魔力を装填し、一息。 「……たまらんな、これは」 超獣甲の動作援護を受けたクワトロの動きは、いかに戦場で舞い、大口径の大型銃を連射しても、乱れる事はない。 だが、クワトロ自身はただの人間だ。怪我人を護りつつも数百の兵を一人で相手取れば、息は上がり、膝は震えざるを得ない。 (ちっ!) 新たに背に浮かんだ気配に銃打を抜き放てば、二本の指でひょいと止められた。 (な……っ!?) 獣機でさえも吹き飛ばす、超獣甲の一撃だ。それを止められる者など…… 「あれぇ。アルド様」 顔を向ければ、見知った顔だった。 戦場には全くそぐわぬメイド服が、そこにいる。 「……何でお前がそこにいる。マチタタ」 張りつめていた空気が一気に切れ、思わずクワトロの膝が崩れた。 「何でっていうか、シーラ様のお使いだよ」 「シーラは何か言っていたか?」 アリスならともかく、シーラならクワトロの手助けに何か寄越してくれたのかもしれない。少なくとも、応援の言葉の一つくらいはあるはずだ。きっと。 「べっつにー。アルド様絡みの用じゃないし」 だが、淡い期待はアッサリと裏切られた。 「……そうか」 どこか沈んだ声で、肩を落とす。もはや、マチタタが本名を連呼している事を注意する気力もない。 その時、頭上から苛ついた女の声が響き渡った。 「あんたら。手が空いてるなら、喋ってないで撤退の手伝いしな!」 見上げれば、灰色のギリューの操縦席から赤髪の女がこちらを睨み付けている。おそらくマチタタを連れてきたのが彼女なのだろう。 「逃がすか! 包囲しな!」 気付けば軍部の新手が来つつある。 先陣を切るギリューではない豹頭の獣機は、傭兵の物らしい。特徴的な双剣を構え、こちらに真っ直ぐ突っ込んでくる。 おそらく駆り手は、女。それも獣機の意志を残したまま契約している、一流の使い手だ。 「ちっ。言わんこっちゃない!」 赤髪の女はそう怒鳴ると操縦席に戻り、背中の長大なグレイブを引き抜いた。そのまま双剣獣機に振り下ろし、接敵を阻もうとする。 だが、時間稼ぎの斬撃も一流の獣機使いには通用しない。軽く受け流され、懐に飛び込まれてしまう。 「見ていられないな! 雅華!」 崩れた膝に鞭を入れ、クワトロは再び駆け出した。雅華の三式の脚を踏み台に跳躍し、二丁の銃で操縦席を狙った双剣を同時に撃ち払う。 「レディと戦うのは本意ではないが……雅華、ここは俺が引き受けよう!」 双剣使いも相手はギリューよりクワトロだと悟ったのだろう。スラスターの咆吼一つで間合を取り、双剣の間合を完全に制す銃撃を警戒する構えを取る。 「マチタタ! 撤退するよ!」 倒れたままのジークベルトを地面ごとすくい上げ、雅華のギリューは直線的な翼を広げた。 「あぅー。全然話が見えないんだけど、要はその辺ぶっとばせばいいのかな?」 「あーもう、めんどいからそれでいいよ!」 雅華の言葉にメイド服の少女はひとつ頷くと、自らの身長ほどもある大斧を『どこからともなく』取り出した。 あまりにシュールな光景に周囲の兵士達も、思わず動きを止める。 「じゃ、いくよー」 気の抜けた声と共に振り下ろされた爆撃は、周囲に迫る敵の八割ほどを一瞬で吹き飛ばした。 「な……っ!」 冗談としか思えない光景だが、間違いなく現実だ。シーグルーネを駆るベネンチーナも思わず絶句してしまうが……。 「ラピス! スモークカートリッジ!」 「しまった!」 獣機の感覚さえ狂わせるラピスの煙幕が放たれ、辺りに立ち込める。 それが晴れた時には、革命派の兵士達は誰一人として残っていないのだった。 「全く、何だったんだ。さっきのは……」 崩れ落ちた葬角の中を駆けながら、ウォードは静かに呟いていた。 ジークベルトを倒した後、追撃の手を逃れるために森側ではなく、あえて戦場側に逃げたのだ。歴戦の猛者であるクワトロや赤兎を確実に振り切る為の考えだったが……それが、完全に裏目に出てしまっていた。 だが、もう少しで戦場の外だ。追跡もないし、その辺りの兵士相手なら逃げる事など造作もない。 「……敵!」 戦意を感じ、鋭く跳躍。足下を薙ぐ打撃に相手の獲物を棍と知り、空中で向きを変えつつ水の斬撃を解き放つ。 歩兵用の革鎧程度なら容易く切り裂ける攻撃だ。しかも形無き水刃を受け止められる武器など、この世には存在しない。 「疾ィッ!」 だから、男は受け止めなかった。 止める事無く焼き尽くした。 舞わせた棍を包む込む、ティア・ハートの灼熱の炎で。 「子供っ!?」 「炎使いだとっ!?」 炎と水刃、言葉と言葉。対なる二つの一撃が、空と大地で交差する。 「……気が変わった」 た、と着地したウォードの声に籠もるのは、陰。灼かれ濁った水色の瞳で、長身の青年を睨め付ける。 「何だ? 坊主」 「炎使いは、皆殺しだ」 構えた貝殻の両手から、先程に数倍する水が沸いて出た。 大地を濡らすその水を蹴り、走り出す。 「非戦闘員……って訳じゃ、なさそうだな」 相手の身のこなしに並の物ではない技量を感じ、イシェファゾも得物を一振り。ティア・ハートから生み出された炎が、長く構えられた棍の上を疾走する。 正面から来たウォードを、真っ向から突打一撃。水使いの少年は避けることなく棍の打撃に突っ込んでいく。 「残念」 その少年が、棍の穿たれた点から歪み、爆ぜた。 「幻影か」 伸びきったイシェの体勢では、反撃に転ずるまでに一呼吸の隙が生まれる。無論、イシェの背後に回り込んだウォードにとっては十分過ぎる時間だ。 懐の内、水の刃を生み出して……。 「けどな、坊主」 水刃を突き込んだウォードの真正面から、棍の突打が襲い来た。引き戻す動きをそのまま攻撃に転ずれば、一呼吸の半分で攻める事も不可能ではない。 水の刃と、逆棍の打撃が再び交差して。 水の刃を受け止める者と。 棍の打撃を受け止める者は。 「両者、そこまでだ!」 どちらも同じ一人だった。 「貴様!」 漆黒の鎧をまとった、細身の騎士だ。左の腕で棍を止め、右の剣で刃を受けて、二人の間に立っている。 無論、その黒い鎧には傷一つ無い。 「ウォード、退け。既に主達は退いたぞ」 「……分かったよ」 騎士の言葉に渋々頷き、ウォードは足元に溜まった水から煙幕を巻き上げる。 「逃げられたか。まあ、いい。こちらも戻ろう」 姿を消したウォード達を追う事まではせず、イシェファゾは本営に向かって移動を始めるのだった。 |