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2.そこに至る、ものたち

 どこかで見た光景だな、とソカロは思った。
「何だ君は。唐突に」
 宙を舞う槍を空中でひょいと掴み、長身の青年はバツが悪そうに頭を掻く。
「唐突なのはアナタも一緒でショ!」
 叫んだのは、イーファだった。
 槍を弾き飛ばされた腕のしびれを誤魔化すかのように、青年を大声で怒鳴りつける。
「アナタでしょ! あたしの街で色々嗅ぎ回っている、怪しい人っていうのは!」
 レヴィーはグルーヴェの辺境にある小さな街だ。軍事的な価値がないため、いまだ内乱の戦火にさらされていない貴重な場所である。
 それ故に、来訪者がいれば様々な意味で目立ってしまうわけで。
「……まあ、怪しいのは否定しないが」
 大地に突き立った槍を引き抜き、くるりと半回転させて石突きを少女のほうへ。槍を一瞬で弾き飛ばした細剣は、すでに鞘の中だ。
 実際、自覚はあるのだ。白いコートに濃いサングラスを掛け、街の老人達に話を聞いて回っている長身の人物……と言われれば、自分でも怪しいと思う。
 ココの温泉村でさえそうなのだから、地方で旅人も来ない街ならなおのことだ。
「とはいえ、問答無用で槍を突きつける方もどうかと思うが?」
「悪かったわね。でも、内乱の国で怪しい人がいるのだもの。少しは分かってもらえない?」
「……まあ、な」
 こんな地方の街だ。男手も、傭兵を雇う金もあまりないのだろう。
 故に、イーファのように武器の心得のある少女が守護者の役を買って出ているのだ。
「そうだ。お前、蝶の羽根を持ったビーワナを知らないか?」
 ふと思い立ち、ソカロは先程村人に問い掛けた質問を少女にも問うてみた。
 ココでは一人の少年を除き、明確な答えのなかった問いだ。しかし、魔法王国タイネスの歴史を継ぎ、古代の戦いで最終決戦の地となったグルーヴェであれば、何か答えが見えるかもしれない。
 そう思って、男は戦火のグルーヴェに流れてきたのだ。
「蝶の羽根……? 三ヶ月前にココ王城に侵入しようとした?」
「知ってるのか!?」
 イーファとて報告書で読んだだけにしか過ぎない。だが、六本腕の巨漢、糸を操る美女、黒甲冑の男、貝殻の腕を持つ少年と共に、蝶の羽根を持つ女の名は、確かに報告の中にあった。
「それは、『赤い聖痕』ですわね」
 答えたのはイーファではなく、その後に控えた清楚な侍女だった。
「『赤』? それが、フィアーノのいる組織の名か?」
 ソカロが初めて聞く単語だ。無論、色を示す……などという単純な意味ではあるまい。
「わたくしも詳しい事は知らないので、分かりませんが……恐らくは」
「一度、屋敷に戻った方がいいかもネ。そちらのアナタの話も、詳しく聞かせて頂戴」
 イーファは槍をくるりと回し、背中に収める。目の前の男が敵でない以上、使う必要はないものだ。
「ああ。こちらから頼む」


 レヴィー家の館からやって来た馬を見て、イーファは思わず声を上げた。
「……メルディア!」
 二月ほど前、イーファより一足先にココからグルーヴェへ戻った従姉妹の姿がある。
 馬の数は二頭。メルディアの後に続くのは、彼女の従者であるグレシアだ。
「あら。戻っていたのですね、イーファ様」
 久方ぶりに会った従姉妹は、イーファに馬上から見下ろすよう呟く。
「アナタ、王都のミクスアップ卿に着いたって……ホントなの!?」
 それはイーファがレヴィー家に戻ってから聞いた話だった。いつまでも方針を決めない現頭首に、しびれを切らしたのだという。
「ええ。叔父様にもミクスアップ卿に協力して頂けるよう、お願いに来たのですが……」
「それは残念ね」
 ため息を吐くメルディアの答えを聞くまでもない。父親の答えは分かっている。
「レヴィーの家は何処にも付かない。そう、決めたそうよ」
 それに仮にどこかに付くにせよ、何かと評判の悪いミクスアップに協力するような判断だけはしないだろう。
「そうだ、メルディア」
 ふと思い出し、イーファは従姉妹を呼び止めた。メルディアも先日の戦いで、六本腕の後継者と戦っている。ドゥルシラやソカロの話と突き合わせれば、何か分かるかもしれない。
「それではイーファ様。ご機嫌よう」
 だが、メルディアは話を聞く気すらなく、その一言で馬を進め始めた。
「ちょっとメルディア、待ちなさい! 大事な話が!」
「ワタクシも忙しいんですの。失礼」
 従者のグレシアはこちらを気にしたような視線を送るが、主がずっと先に行ってしまっては続くしかない。
「ごめんな、イーちゃん。ご主人には後でよーく言っとくから」
「……もう!」
 慌てて続いたグレシアを見送り、少女は軽い苛立ちと共に息を吐いた。
「今のは?」
「……従姉妹よ。一応ね」
 貴族ともなれば、色々複雑な事情があるのだろう。自らの経験も踏まえてそう納得し、ソカロはそれ以上の追求を避ける事にする。
「それにしてもメルディア、ミクスアップなんかに付いてどうするつもりなのかしら……」


「わたくしも全てを知っているわけではありませんが……」
 そう前置きしてドゥルシラが語った物語は、にわかには信じられない物だった。
「古代の戦……か。その相手が今でも生きていて、復讐を狙ってるって事か?」
 それが『赤の一族』であり、うちの一人がソカロの探す"蝶の羽根をもつ女"なのだという。
「はい。少なくとも、わたくし達獣機が造られた時には、赤の一族は我々の敵でしたわ」
 そして赤を封印したドゥルシラ達は、赤の復活に備えて眠りに就いた。まさしく、今日という時の為に。
「教科書にはない歴史……か。よく言ったもんだぜ。まったく」
 普通のビーワナ達は知らないだろう。爬虫種の一族は知っていそうだが、種族内の結束が硬い彼らの事、ソカロのような部外者には絶対に語らないはずだ。
「じゃ、ドゥルシラ。彼らの手がかりを得るとすれば……」
 イーファの言葉に、獣機の娘は静かに頷き。
「スクメギは先日の戦いで崩壊してしまいましたし……グルーヴェ国内で手がかりがあるとすれば、ここ、でしょうね」
 広げられた地図で指したのは……
「アークウィパス、か」
 グルーヴェ北方にある、一つの古代遺跡だった。



続劇
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