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7.ディレクターズ・カット

「メティシス。エミュが戻るまで、待てない?」
 黒髪の少女の問いに、いいえ、と鉄色の娘は首を振った。
「既に他国とのバランスは崩れ始めていますから……。アルド殿下やリヴェーダ様にもそう言われましたし」
 白との戦いが済んだ今。獣機という過ぎた力は、この世界に災厄しかもたらさない。
 それは先日の七王国会議でも言われた事だ。
 結局、ラシリーアを筆頭にした獣機全廃提案は、七王国中五王国の賛成を持って可決されていた。
 員外であるグルーヴェはミクスアップという大臣が賛成し、エノクとココは『国軍の獣機に限り、修理した後に完全凍結する』という条件付きで賛成したのだ。
「エミュが寂しがるわよ」
 もちろん、封印に賛成したのはラシリーアに押し切られたからだけではない。
「また、刻が巡れば逢えるとお伝え下されば」
 白い箱船は十万年の後にやって来た。幸い今回は大事にならずに済んだが、この先に箱船がやって来ないという保証はない。
 獣機達の戦いは、まだ終わってはいないのだ。
「それに、暫くは箱船の調査もありますし」
 結局、この数ヶ月では白の箱船から奪われた物が何かは分からなかった。封印作業が完了するまでの間、これからもアノニィと協力して地道な作業が延々続く事になる。
「そう……」
 揺るがぬメティシスの意志に、イルシャナは王宮の窓から高い空を見上げるのだった。


 そのエミュは、同じ空の下にいた。
「そうか。グルーヴェの内乱は落ち着かんか」
 イェド風の浴衣をまとった少女は、そう言って深刻な表情を浮かべる。
「ポクも聞いただけだけどね。まだ内陸部だけで、海側までは広がってないみたいだって。シェティスさんは、海の出身なんだよね?」
 グルーヴェの調査から戻った者の話では、そういう状況らしい。
「そうだが、ジンカ殿もアークウィパスで戦っているし、雅華も放ってはおけんしな……」
 結局シェティスはシーレアの戦いの後、軍を抜けた。
 シーレアの戦いでシスカが疲弊していた事もあるし、分裂した軍のどこに付くかで悩んでいた事もある。
 隊の部下達も自らの道を歩み、レヴィー家の二人はココ王城でイルシャナの客人としての生活を送っているはずだ。
「ドラウン様の仇を討つより、そちらが先か」
「……シェティス」
 ぽつりと呟いた言葉を、ずっと黙っていた少年が短く制した。
「すまん。お前の前でする話では無かったな」
 目を伏せている少女に、シェティスは気まずそうに頭を下げるのだった。


 とぼとぼと去っていくエミュの背中を見やり、幼子は屋根の上で呟いた。
「違った、みたいだね」
「ええ。そろそろかと思っていたのだけれど」
 傍らにいるのは老爺達に茶を給仕した美女。
「シスカは封印命令が来たら、どうするの?」
 封印の対象はココ王国に所属する獣機だから、冒険者である彼女達には関係のない話ではある。だが、冒険者の獣機の封印を受けていないわけではない。
「主次第……かしら」
 それは名を与えられた時から決めていた事だ。自分が不要と告げられれば、その時は去ろうと。
「主体性ないなぁ。ダメじゃん」
 高い位置にあるシスカの腰を軽く叩き、幼子は外見に似合わない苦笑いを浮かべる。
「じゃ、ハイリガードはどうするの?」
「あたしはロゥと一緒に居たいけど……」
 居たい。それは理解している。
 けれど、今の自分達に居場所はあるのか……と問われれば、首を傾げるしかない。
「……やっぱり、ロゥ次第かな」
 かつて隣に立つのは自分一人だった。
 だが、今は銀髪の彼女がいる。獣機結界の張り巡らされたココでは全力を出せない自分よりも、はるかに頼りになる相棒が。
「お互い、辛いわね」
 あれを使うわけにもいかないし……と空を見上げ、小さく嘆息。
 姉は封印を解いた。聞けば、ウシャスも一度封印を解いたという。
「ねぇ。ロゥ達、グルーヴェに行く、とか言わないかなぁ」
 三ヶ月の休養で、立ち上がれなかったほどに弱っていた体調も復調している。戦乱のグルーヴェであれば獣機を封印するとも言わないだろう。
「そうね。ドラウン様の事も、笑えないわね」
 あまりにも不謹慎な少女の言葉を諫めるどころか、美女も力なく同意を示すのだった。


「いい加減、この戦も終わらせてくれんかね」
 その戦場の真っ只中で、赤い髪の美女は珍しく弱音を吐いた。
「ほら。死人は黙って働けって」
 投げられた容赦のない言葉に、無駄だと知りつつも片方だけの目で睨み付ける。
「ついでに追加」
 ニヤリと笑う獅子族の男が雅華の視線にひるんだ様子はない。それどころか、持っていた紙束を作戦テーブルの上に放り投げてみせるほど。
「……はぁ?」
 見れば、グルーヴェの東部戦線が崩壊しそうだという報告書だ。
 美女達もあずかり知らぬ理由でグルーヴェの首脳部が瓦解して、しばらくが経つ。
 この数ヶ月で、アークウィパスの軍部派、王都の議会派、南方の王党派の三戦力が勢力を強めているが……そこから先はどうなるか、見当もつかない。
「俺は西方に回るから、そっちは頼む」
 そう言い残すと、男は獅子にはあらざる翼を広げ……幻獣系なのだ。この男は……ゆっくりと上昇を始める。
「……はいよ。ジーク」
 結局、ここまで無理難題をふっかけられて美女が文句一つで済ませているのは、それ以上に男が働いているからなのだ。
 東部戦線は崩壊しそうで済んでいるが、西方の戦線は完全に崩壊済。もともと統率のない革命軍を仕切るのは、並大抵の苦労ではない。
 それを、有翼獅子のジークはただ一人で行っている。もちろん裏で美女達が支援している場面も多々あるが、半分以上はジーク自身の行動によるものだ。
「東部には赤兎を投入すれば何とかなるだろう。良い人材を拾ってきたな」
 そう言い残し、西に向けて飛翔。
「ああ。そうするよ」
 聞こえるか分からない言葉を投げておいて、瓦礫の向こうの影を呼ぶ。
「だ、そうだよ。赤兎殿」
「……そうか」
 現れたのは、長大な剣を担いだ隻腕の男だった。背の高い雅華でも見上げるほどに大きい。
「にしても何だい。その趣味の悪い仮面と、連れてる子供は。獣機は乗らないんじゃなかったのかい?」
 そして顔を覆うのは、橙に近い赤で染められた、兎を模した仮面。長い耳は触角のように後へ長く伸びており、あまり兎には見えなかったけれど。
「気にするな。過去を捨てた、証だ」
 短くそう言い、こちらも歩き出す。
「まあ、戦で働いてもらえればいいけどね」
「それは……任せてもらおう。雅華」
 本名で呼ばれた眼帯の美女は、仮面の男に静かな苦笑を返すのみだ。


「良くないにゃあ」
 詳細を聞いた猫族の第一声は、それだった。
「ネコはそんな悪い事しないにゃあ! するなら『白猫』さんみたく、正義の味方にゃあ」
 二股に別れた尻尾を揺らしながら、随分とムキになって反論してくる。先日宮廷詩人から聞いた猫族の英雄の話を聞いてから、ずっとそんな調子なのだ。
「あら、そうかしら?」
 おいたをする悪い猫はここにいるけれど、と少女は呟き、魔術師の娘を抱き寄せた。
「姫様。山道ですので程々に」
「……分かってるわよ」
 配下の者にそう言われ、姫様と呼ばれた少女は渋々猫族の娘を解放する。
 そう。ここから先は、少女達がじゃれあって進めるような呑気な道程ではない。
「このあたり? 出るのは」
「そのはずですが」
 ココの山中に巨大な化け猫が出現するようになったのは、つい先日の事だ。あちこちに現れては事件を起こすそいつを、ココ王家第二姫であるアリス自らが討伐にやって来たのである。
 アリスの周囲を囲む少女達もピクニックのお供などではなく、姫直属の護衛騎士。すなわちプリンセスガードなのだ。
「とはいえ……」
 そう言って、ガードの一人がため息を吐いた。
 この数日で見つけたのは山賊が数人と、ゴブリンの団体を二つほど。正直、その程度では準備運動にもならない。
「姫様、あれを!」
 その時、ガードの一人が生い茂る一角を指差した。良く通る少女の声に気付いたのか、その奥にいた影はがさりと姿を消す。
「待ちなさい!」
 言うが早いか、アリスは疾走を開始。もともと身軽な彼女のこと、不規則な大地や蔦に身を取られる事もなく、森の中を快走する。
 護衛のはずのガード達をあっさりと置き去りにして、気付いた時には相手と自分の二人きり。
 そこに至って、ようやく相手は足を止めた。


「お姉ちゃん、どうして私を追いかけるの?」
 問い掛けるのは、娘の声。分厚いフードの下にあるのは、年端もいかない子供の声だ。
「それは貴女も知っているでしょう?」
 アリスはそう答え、たおやかな指を腰の剣へ。
 鍛えられた鋼の音が長く鳴り、撥音一つ残して完全に引き抜かれる。
「……そう」
 対する少女も瞳を伏せて、それきり人の言葉を放たない。
 アリス小飼の魔術師が聞けば耳を疑ったろう。それは、こんな子供が駆れる域をはるかに越えた呪文だったのだから。
「術など……遅いっ!」
 その事を知ってか知らずか、アリスは美貌に笑み一つ。下草を蹴り、配下を置き去りにした快速を即座に叩き出す。
 躊躇のない突き込みは、詠唱よりも迅い。
「!」
 しかしアリスの前に現れた巨影はさらに迅く。
 連なる斬撃の音と、刹那の雷光音。
「……お見事。名前は?」
 そう呟いたのはアリス。
 巨影と少女の後にいた異形を貫いた剣を、ゆっくりと引き戻しながら。
「コーシェイだよ。こっちは、ねこさん」
 答えたのはコーシェイ。
 見上げるほどの獣が、巨体に似合わぬ声でにゃあと鳴く。その手の下では、雷光に撃たれた異形がやはり叩き潰されている。
「コーシェイ……そう。前にイルシャナが連れてきた子ね。戴冠式の時は、トーカを手伝ってくれてありがとう」
「アリシア……姫様?」
 戴冠式の時にトーカから聞いた名だ。大切な姉がいると。だからこそ、トーカの戦いにコーシェイは力を貸したのだ。
「ええ。アリス、でいいわ」
 そこに至ってようやく少女達が追い付いた。
「姫様! 辺りに魔物が!」
「な……なんだにゃあ!」
「魔物くらいで慌てるんじゃないの」
 魔物や巨大な獣にどよめく一同を、プリンセスガード達の主は悠然と制す。
「紹介するわ。こちら、コーシェイ嬢とねこさん。トーカの友達で、『白猫』のお二人よ」
 近頃ココを賑わせる英雄の名を呼び、アリスはコーシェイの隣で剣を構えなおした。
「助太刀宜しいかしら? 白猫殿」
「もちろん」



続劇
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