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6.燃え上がる日は沈み

 グレシアに近寄る魔物を払っていた白銀の獣機は、視界に入った援護機に思わず身を凍らせた。
「……隊長」
 弓を構えていたグレシアからも、引きつった声での通信が入ってくる。
「……ええ」
 ギリューがいる。
 それも、四式ではなく一式が。
 ここではシスカ以外いないはずの、中央機が。
 さらにいえば、その一式の集団の先陣を切っているのは……シェティスの想像を超えていた。
「そ、装角のクルラコーン!? 本国の将軍機がなしてこげな所にいるだよ!?」
 両肩に接続された大形の双角は見間違えようはずもない。アークウィパスの師団本部に置かれた、グルーヴェ最強獣機の一つ。
 それを駆るのは、獣機師団副団長である……。
「こちら、グルーヴェ王国獣機師団団長、フェーラジンカ・ディバイドブランチ大将。貴官はココ所属の獣機隊か?」
 ジンカ将軍その人である。
「そ、そうだ」
「スクメギのリヴェーダ卿には承諾済だが、此度の無断での参戦、迷惑をお掛けした」
 彼はこちらの正体に気付いているのだろうか。素知らぬ顔でこちらに礼を言ってくる。
「いや、リヴェーダ卿の承認があるのであれば、こちらとしても問題はない」
 シェティスも無論、素知らぬ顔で返答するだけだ。
「そうか。ならば、これで失礼する」
 短い応答で会話は終了。通り過ぎた白銀の獣機群は、魔物の群れの殲滅を確認するや、大きな弧を描いてスクメギの方へと姿を消す。
「……ふぅ」
 その様子を見、シェティスはシスカのシートにゆっくりと身を沈めた。
 緊張で、体が硬い。
「誤魔化せましたかね、隊長」
 メルディアのグレシアはココ側の獣機だと思われただろう。だが、一式のシスカは誤魔化しようがない。
「どうだろうな……」
 どうとでもなれ。シェティスは長いため息を吐き、敵のいなくなった高原を見渡すのだった。

 一方、そのクルラコーンの機体内。
「将軍。あれ、うちの一式ですよ?」
 入ってきた副官の通信に、ジンカはやれやれとため息を吐いた。
「お前、俺の事バカだと思ってるだろ……」
 一式はグルーヴェの貴重な基幹獣機だ。それを見落とすほどジンカもバカではない。
 辺境方面軍に供与した一式の駆り手くらいなら、一通り頭の中に入っている。
「見なかった事にしておけ。俺達も、本来ならここにはいない存在だぞ?」
 確か、スクメギ方面にいる一式の駆り手はシェティスとか言ったか。
 先代団長の策で切り捨てられた部隊の一員だったのだ。グルーヴェを捨ててココに付いたとて、責められる義理はない。
「はぁ……。閣下がそうおっしゃるなら」
 自らの甘さに失笑しつつ、ジンカは水晶盤に映る夕日を眺めるのだった。


 宿の小部屋で、黒いコートをまとった黒兜の男は静かに呟いた。顔全体を覆う兜を身につけているはずなのに、不思議と声は籠もっていない。
「……冷静な貴公が熱くなってどうする。撤退の指示は任せておいたはずだろう?」
「悪かったよ、フォルミカ」
 対するのはウォードと呼ばれていた少年だ。平坦な口調と銀の仮面に隠された表情では、彼が不機嫌なのかどうか伺い知る事は出来なかった。
 ココ王都の宿場にいる後継者達は四人。驚いた事に逃亡するどころか、戴冠式の喧噪に賑わう街にまだ堂々と居座っている。
「まあ、無事に事は済んだ故、それ以上は言うまい。アルジオーペ、貴公らはどうする?」
 ベッドに腰を下ろすのは美女二人。
 蝶女のフィアーノはそのままで。蜘蛛女のアルジオーペは三対の異形の姿を隠し、普通の美女の姿へ『擬態』している。
「グルーヴェに戻るわ。アークウィパスも、いつまでも留守にしておくわけにもいかないし」
「ヴルガリウスもオルタ様の所に戻るそうだ」
 しばらくはまた別行動だ。無論、残る三人もそれぞれ仮の主とする人間の所へと戻る事になっている。
「なら、また逢いましょう」
「そうだな。ミクスアップも、今度の会議でアークウィパスを攻める口実が得られようし」
 次に逢うのは戦場だ。同志でありながらも、敵同士としてまみえるに違いない。
 黒鎧の騎士が黒い兜をすいと撫でれば、そこには端正な青年の顔がある。擬態したビーワナの顔を使い、フォルミカは貼り付いたような笑みを浮かべるのだった。


 夜を照らす灯りの中、静かな弦楽が緩やかに流れている。
「そう。無事追い返せて良かったわ」
 ムディアの報告に安堵したのは、夜会服に身を包んだアリスだった。主役であるシーラが白をまとっているため、今日は黒を基調としたシックな服を選んである。
「皆には、ご苦労様と伝えておいて」
 シーレアに続き、街側でも侵入者は無事撃退され、大した犠牲者も出なかったという。
 通りすがりの冒険者や、グルーヴェ本国から来た獣機の応援など、後で礼を言わなければならない相手を山ほど作ってしまったが……大きな犠牲が出なかった事に比べれば些細な事だ。
「シーラ姫様……いえ、陛下は?」
 結婚式の夜のパーティーだから、主役はシーラとアルドであるはずだ。だが、会場のどこを見回しても二人の姿はない。
「今、イルとお兄さまとで会議に行ってるわ。報告はそれが終わってからになるわね」
「獣機全廃政策という、あれですか?」
 獣機は過剰な戦力であるという意見は、獣機の発見当時からあちこちで登っていた。それが七王国間で具体的な形になっただけの話だ。
「ええ。ラシリーアの提案らしいけれど……」
 七王国の中で獣機を持つのは、公式にはスクメギを有するココだけとされている。後はアークウィパスのあるグルーヴェだが、この国は七王国に含まれていない。
 故に、今度の会議はグルーヴェなどの諸国も招かれており、『七王国及びその隣国会議』という名前が付いていた。
 いずれにせよ、こんな会議が形になるということは、獣機を持たない諸国はこの提案に同意していると見て間違いないだろう。
「全く、新婚初夜だというのに無粋だこと」
 もっと無粋な人がいる事はあえて考えないようにして、アリスはため息を一つ。
「姫様が言うと説得力ありますね」
「……ムディアとは一度、一晩かけてじっくり話し合う必要がありそうね」
「その辺りも、マチタタに回してやってください。明日には戻るそうですから。では、失礼します」
 アリスの誘いをさらりと流しておいて、軽く一礼。紺のメイド服に身を包んだムディアは、料理の載ったカートに手を掛け……
「失礼」
 伸ばされた手に気付き、グラスを手渡してやる。
「あら、貴女は確か……」
「お久しぶりです、アリシア姫様」
 アリスの声に、父親とは似ても似つかぬ穏やかな表情で、ふわりと微笑む少女。
 細身のドレスがスカートの後だけ不自然なほど大きく広がっているのは、そういう作りなのではなく、彼女の九本ある尻尾によるものだ。
 ナインテール。
 ムディアの種族でいえば猫叉に当たる、狐族の稀少種だということを、ムディアはぼんやりと思い出した。
「ラシル家のチュナ・ナ・ラシルでございます。アリシア様にはご機嫌、麗しゅう」
 浅黄色のドレスに身を包んだ少女は、グラスを片手に優雅な礼をしてみせるのだった。


続劇
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